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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(44) ≠ レディ・ラック 2/2





「なあ?」
「なあに」
「結婚、とか考えてねぇの?」
「誰が?」
「エレオノールが」
「誰と?」
「誰かと」


鳴海は手に取るオーナメントに目を据えて、モゴモゴと、不明瞭な声で言う。エレオノールはオーナメントに伸ばした手を緩め、透き通った瞳を鳴海に向けた。
「いきなり急に何?」
「別に、深い意味はねぇけど…」
「私にお嫁に行って欲しいの?」
「そーゆーわけでも、ねぇんだけどさ…」
エレオノールと目を合わせた瞬間、鳴海の瞳は黒いウロコの魚になってヒラヒラと泳いでいく。
「ほら…おまえだって結婚を考えてもいい年だろ?」
「結婚を…」
鳴海の言葉がエレオノールの胸にグサリと刺さった。
「結婚って適齢期みたいなのあるだろ?」
「今は女の適齢期も後ろに倒れているのよ。私なんてまだまだ」
エレオノールは肩を竦めて、結婚に興味がないアピールをしてみせた。
「何にしても相手が必要な話だし」
「結婚考えたいような人、いねぇの?」
「…結婚なんて、考えてないわ」
ガラスの飾りを緩衝材に包むエレオノールを見遣って、鳴海の手が、またも止まる。


「なぁエレオノール?」
「何?」
「なら、好きなヤツは、いねえの?」
「好きな人…?」
「……好きな人」
「……」
「おまえの、好きな、男は」
「……特に、いないわ」


いない、という答えにホッとした半面、自分自身もまた彼女の好意から弾き出されている事実に鳴海は胸が切り裂かれる心地がした。心底、手前勝手な自分に嫌気が差す。
「本当にどうしたの?今日のナルミ、何か変よ?そんなに、私のプライベートが気になるなんて」
「変…」
ナルミはガラスの滑らかさを指で確かめると、はは、と小さく苦笑した。
「何か…今回のことで色々考えた」
手の中のオーナメントをくるりくるりと手持無沙汰に何度も見回す。
「あんな馬鹿がいるからさ。あの馬鹿は…エレオノールが独りでいる間は、自分がその伴侶だって勘違いをし続けるだろうから…だから」
「だから、私が誰かと結婚すれば、ストーカー男も現実に気付くと?」
かさりかさり、とオーナメントが綺麗に包まれていく。エレオノールの指に整然と片付けられていくそれらの中に、鳴海の想いも含まれているようで、何ともやるせない。鳴海はワザと冗談めかして明るく言う。


「おまえが所帯持って幸せそうに笑っていりゃあ、あいつだって自分の出る幕じゃねぇって思い知るだろ?オレだって……そうなりゃ…… …おまえが、そうなりゃ、あ…安心だし…」
本心ではないことを口にしようとすると、言葉が滑らかに出てこない。本当は、エレオノールが自分ではない、他の誰かと幸せな家庭を築いている様など想像もしたくない。
「オレはエレオノールのことが大事なんだよ」
大事、という言葉で気持ちをあやふやにする。でもそれは本心だから、すぱ、と言葉が出る。
「だから、… …それを見届けねぇと…」
「私の『保護者』として?私の、結婚を?」
エレオノールはオーナメントを詰めた箱に蓋をして、顔を上げた。
「……まあな」
鳴海はそれ以上口を開かずに淡々と、今度はツリーからリボンを剥ぎ取っていく。
自分の未来とエレオノールの未来が交錯しない、自分とエレオノールの道がどこまでも平行線の結末しか見えない話なんてしたいわけじゃない。
「本当は、こんな風におまえの家に転がり込むことはしちゃなんねぇことなんだよな。変なウワサが立っちまう」
「そんなこと、私は気にしないわ?」
「おまえが気にしなくても、オレが気にするんだって」
鳴海が取り外したリボンを、エレオノールは端から巻いてゆく。
「とはいえ、おまえの助けがねぇとオレは何も出来ねぇのが実状だ。全く、申し訳ない」
「ナルミが申し訳なく思うことなんて、ないのに。助けられたのは私の方じゃない」
「そんなことねぇって。ありがとうな。おまえは昔から、オレのレディ・ラックだよ。助かる」
鳴海の明るい口調に反して、エレオノールの瞳は暗く翳った。


違う。
私はナルミの幸運の女神なんかじゃない。
私はナルミの厄病神だ。
その左手の怪我は、私のせいだ。私と、私のストーカーと関わりを持ったからこんな目に遭った。拳法を諦めたのだって、そうだ。
私と再会してからナルミは二度も救急車で運ばれている。あり得ないと思う。
そもそも、高校時代の私の面倒をみたりしなければ、ナルミはマサルさんのお母さん、最愛のヒトと別れることもなかった。そうしたらマサルさんだって両親の揃った家庭で育って、あのヒトだって苦労から早逝することもなかったに違いない。
私が、ナルミと、その周りの人を不幸にした。




私は、ナルミのレディ・ラックなんかじゃない。




ふ、と顔を上げ、二本目のリボンの撤収に取り掛かる鳴海を見上げた。
「私…、私は、ナルミの側に、いるべきじゃないのかもしれない」
「…何?」
「国に帰った方が、いいのかもしれない…」
「おまえ、何を言って」
思い詰めたように発せられた言葉に、鳴海は色を無くした。
「私のせいで、ナルミはあの男に逆恨みされたわ?また、何かやるに違いないもの。そうしたらまた、ナルミが危険な目に」
痛みに喘ぐ鳴海を思い出し、エレオノールの指がカタと震えた。
「私が国に戻ればあの男だって簡単には追いかけて来られない。私が離れれば、ナルミに目が行くこともないから」
「オレのことはいーんだよ。あいつの目はオレに向けとけばいいんだって。したら、おまえは安全なんだから」
鳴海は自分の左腕を指差して
「これだって、おまえが食らってたら、って考えただけでぞっとする。おまえの腕がこんな目に合ってたら…」
この白い綺麗な肌が焼け爛れ、今、包帯の下で自分の腕が見せる惨い有様になっていたら、そう思うだけで息が詰まる。だから
「マジでオレで良かったんだって」
と必死に訴えた。
「でも。私がナルミに今回のことで甘えなければ」
「どんなことでも頼れと言ったのはオレだ。おまえが…その、…おまえを生涯守ってくれる、伴侶を……見つけるまでは、オレが、その、代わりなんだから。それまでは、オレはおまえの側にいる」


エレオノールは彼女に相応しい男と一緒になることが最善の幸せだと、だから自分は身を引くのだと、心に決めているからそれまでは一番傍にいたいという、酷い矛盾。自分の存在は、彼女から最良の伴侶を遠ざける障壁にしかならない。分かっているのに、どうしようもない。
エレオノールのために、エレオノールを自分の手の届かない遠い場所に置いておきたいのだから「国に帰る」という選択肢は最善のはずなのに、それを必死に阻止している。
鳴海には、エレオノールのいない生活なんて想像も出来ない。
「な?だからオレに責任なんて感じるなよ。おまえはここで…店やっててくれればそれでいい」
「ナルミは、やさしい。昔から」
「やさしくなんかねーよ。てめぇのことでいっぱいいっぱいだ」
鳴海は自嘲の笑みを浮かべた。


「この傷が残ったら、貰い手がいなくなるわね」
エレオノールが頬に手を当て、ふふ、と笑った。
「それっぽっちの傷が残っても、おまえは美人だから引く手数多だよ」
「そんなことないわよ」
「誰も気にしないって。リシャールなんか、傷があることにも気づかなそうだ」
「ナルミは…リシャールを推すわね…」
「推し、てるつもりはねぇけど…他に、適当な名前を知らないだけでさ」
「…傷…別に残ったって構わないわ…。結婚なんて興味ないもの…」
エレオノールは飾りをしまった箱を手に立ち上がる。
「これ、片付けて来る」
「傷が残って…行き遅れて…そうしたら…」
「そうしたら?」
「…何でもねぇよ…」
「本当に変なナルミ」
オーナメントを納戸に仕舞いに行くエレオノールの背中を見送って、鳴海は溜息をついた。


「そしたら…マサルを巣立たせた後にオレが貰ってやるよ…」
聞く相手のいない言葉を綴る。
いっそ、顔に醜い傷が残ってしまえばいい。
むしろ、あの劇薬をエレオノールが浴びて、一生消えない痕が残れば良かったのか。
左腕の包帯を、褪めた瞳でじっと見下ろす。
そのせいでエレオノールが誰とも結婚出来なくなるのなら。誰にも見向きもされなくなるのなら。だって、オレならばどんなだってエレオノールを愛せる。
そうして首を横に振る。また、自分の願いを優先してエレオノールの不幸を思い描いてしまった。こんな利己的な自分が嫌で、鳴海は思い切り頬を張った。
「オレはおまえを守る…おまえにはもう擦り傷ひとつ付けさせない…。だから、おまえが行き遅れるなんてこと、万に一つもねぇんだよ…」
鳴海はツリーの解体作業に取り掛かりながら、もう一つ、大きな溜息をついた。



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