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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





新築物件の小屋組の最中、突然の強い雨に振られた。
最近流行りのゲリラ豪雨というヤツだろう。
鳴海は他の職人達と一緒に休憩所へと駆け込む。
休憩所、といっても浪トタンを日除けとして張っただけの簡易喫煙所だ。


バラバラバラッ、とトタンが雨粒爆撃を受けて引っ切り無しの悲鳴を上げる。
「何だか長引きそうな雨だなあ…」
と誰かがボヤいた。
雨が上がるまで仕事は中断を余儀なくされる、仕事への熱も削がれていく。
雑誌か飲み物が欲しいところだが傘になるものもない現状、コンクリにも穴を穿ちそうな大粒の雨を見るだけでコンビニに走る気も失せる。


「気長に止むのを待つかあ…」
の、誰かの言葉を合図に、銘々タバコに火を付けて、四方山話を始めた。
野郎が4人も雁首揃えれば、大抵は、仕事の愚痴と、シモの話だ。
「そういや、鳴海って、何で結婚しねぇの?」
言われて鳴海は「またか」と答えた。
「結婚しないのか」は、良く言われるセリフだからだ。
それもそうだろう。
30半ばで、背が高く筋骨隆々の体躯をしてて、腕のいい大工として仕事もバリバリ脂が乗ってて、且つ、
「女にだってモテるじゃん?」
とくれば、「何で彼女も作らねぇの?」と純粋な疑問が湧くのは致し方ない。


それに対し、鳴海は
「女は充分間に合ってるから」
と必ず答える。
「だって彼女いねぇじゃん?特定を作らない主義ってコト?」
「ああ、そうか、泡姫にお気に入りがいるって話?」
「それも違ぇだろ。コイツ、誘っても絶対行かねぇよ、そのタグイ」
「じゃ、2次元か?」
「いや、2.5次元かも」
「実はゲイとか」


鳴海は勝手に始まる推測話に「どれもハズレ」と苦笑しながら手を振る。
「じゃあ、何だよ」
「内緒。でも、おれにゃァ『山の神』がいるんだよ」
と、ニッと笑う。
「やまのかみ、って?」
「山神ってのは得てして、おっかねぇ女神なんだよ。恐妻家が自分の嫁を呼ぶ時に使うんだ」
年嵩の職人が若いのに教えた。
「ずいぶん、古い言い方すんだなあ、鳴海」
「つうか嫁も何もお前、独身だろ?」
「大体、何で内緒なんだよ?お前っていっつもそう、はぐらかすよな」
「言っても信じてもらえねぇからな」
「あ…。もしかして、死別、系…?」
となると、ちょっとデリケートな話。
「…死別、じゃねぇけど、似たようなモンかなァ…」
なんて鳴海が言うから、場は神妙になる。
「信じてもらえるかもしんねぇじゃん。とりあえず、その嫁との馴れ初めを話してみろって」
「何でそうなんだよ」
「見ろよ、この雨。暇潰しに話せって」


まあ確かに。狭い詰め所に逃げ込んだはいいが、止むまですることもない。
年中、顔を突き合わせてる仕事仲間、新鮮な話題もそうはない。
「誰にも話したコトねぇんだけどな…。話すと長いぞ?」
「いーから話してみろってば」
「んじゃー…あれはなァ、今から25年くらい前の話…」





花妻





神隠し 1/4



「やあい、都会モンはあっち行け!」
「すかしたヤツと遊べるか!」
「行こう!向こうで遊ぼうぜ!」
子供たちがみんなして駆け出していく。広場には鳴海ひとりになった。ミンミンジワジワと蝉が五月蠅い。だだっ広い広場に、ぽつん、と残された鳴海は、ぐすっ、と涙を堪えて鼻を啜った。


加藤鳴海、小学校3年生、8歳の夏。


小学生の頃は長い長い夏休み、鳴海は祖父のケンジロウと一緒に、ケンジロウの故郷に里帰りするのが毎年の恒例だった。それは四方をぐるりと緑に囲われた、山深い、自然豊かと言えば聞こえはいいけれど、ひたすらに不便なところ。家は畑と田んぼだらけのそこここに点在して、お菓子を売っているような店は村に一軒だけ。お世辞にも品揃えは良くなくて、祖父の実家から子供の足で20分以上かかるのに夕方4時には閉まってしまう。『コンビニ』の看板を掲げているものの、まるでコンビニエンスな感じはしない。日々の買い物は週末に車で30分はかかる地域にあるスーパーに家族で向かい、大量に買い込むことで凌いでいる。
テレビもチャンネルがふたつしかなくて、馴染みのない地方ローカルな番組ばかりで、そのせいか夜が滅茶苦茶早い。
田舎の夜は都会とは比べ物にならないくらいに真っ暗で、カエルの声も虫の声も異様に大きく響いて、怖がりの鳴海には非常に辛い。夜中にトイレに行くことは、地獄へ行くのと同義だった。
そんな場所に、鳴海は毎年、半月ばかり缶詰にされるのを余儀なくされた。
仕事で忙しい両親は長期休暇に入る度に、一人息子を中国から東京の祖父宅に送り付けた。面倒をみきれないからだ。祖父に厄介になっている自覚のある鳴海には、祖父に「行きたくない」も言えない。田舎に来る前から、家に帰りたくて仕方がなかった。


おまけに地元の子供たちにはいつも仲間外れにされる。
田舎の人たちは排他的、とか、東京にコンプレックスを持っている、とか、それ以前に鳴海のトロさが問題だった。ヒョロヒョロでガリガリで好き嫌いが多くて運動のまるで出来ない鳴海は、逞しい田舎の子供たちの動きについていけない。小1小2の頃は多少大目にみてくれていた彼らも、小3になってもトロいままの鳴海に痺れを切らし、遊んでくれなくなった。子供の世界はシビアなのだ。祖父の実家にはハトコがいたが、誰も彼も成人間近で鳴海と同じ年頃はいない。だから、鳴海は外で遊び相手を見つけないといけないのだけれど、ハブられる。当時、いじめられっ子気質の鳴海には表に出ることが苦行だった。


そしてその日もまた、仲間外れにされてしまった。
鳴海は子どもたちが去った方に背中を向けて、トボトボと歩き出した。ぐす…ぐす…と鼻はまだ鳴っている。ああ、夕飯まで何をして時間を潰そう。陽の高いうちに家に帰ると、「もう帰って来たの?」みたいな顔をおばさんにされる。ケンジロウはケンジロウで昔馴染みに会いに出かけていつも留守だ。
「ぼくの居場所なんて…どこにもないんだもん…。ああ、早く東京に帰りたい…」
泣き言をこぼしこぼし、当てもなく、鳴海は木立の中を歩き回った。不意に、子ども達の声が聞こえた。連中は縦横無尽に山の中を走り回るから、鳴海が逃げても時にニアミスしてしまう。歓声が猛スピードで鳴海に近づいてくる。子供たちと顔を合わせたくない鳴海は道沿いの草叢に飛び込んだ。
「見つからないように…出来るだけ道から離れなくちゃ…」
しばし藪を掻き分けると、獣道に出た。そして全速力で林の中に走り込んだ。
が、村人も入らない林の中で、鳴海は程なくして迷子になった。案の定、としか言いようがない。


「どうしよう…どっちに行けばいいのか、分からない…」
高い梢は太陽を隠している。薄暗い深い林は、里近い人間の手が入った林とは全く別の顔を見せた。近く遠く、何かの獣の鳴き声が響く。
もしかしたら、こういうところの暗がりに『妖怪』なんてものが棲んでいるのかもしれない。
そう言えば、おじいちゃんが言っていた。林の奥には、人の詣でなくなった神社があって、人に忘れられた神さまが怨んで化けて出るから絶対に近寄っちゃいけないって。ぼくがいるのは、その神社のある林…だったり、する…?
そんなことを考えたらもう怖くて怖くて、膝が震えて二進も三進も進めなくなった。
「怖いよう…おじいちゃん…」
背中を丸めてボロボロと涙を垂らしていると、突然
「おい」
と声を掛けられた。自分以外誰もいないと思い込んでいるところに知らない人の声、鳴海は
「わああ!」
と叫んで腰を抜かした。
「…失礼なヤツだな…」
小さな女の子の声だった。軽い足音がさくさくと下草を踏んで鳴海に近づいてくる。縮こまる鳴海の視界に小さな下駄を履いた真っ白くて細い足が見えた。恐る恐る視線を上げていく。丈の短めの白い着物、淡い赤の三尺帯。鳴海を覗き込む、大きな瞳の女の子。


見たこともないくらいに可愛らしい女の子だったから、恐怖なんかどこかに吹き飛んで、鳴海はただただポカンと口を開けた。
現実味がないくらい白く透き通った肌は、どことなく暗がりに光ってるように見えた。そしてそれよりも眩いのは、彼女の銀色の瞳と、髪。肩ほどに伸びた銀色の髪が木漏れ日を受けてキラキラと光って綺麗だった。
「日本人?」
と訊ねるのはちょっと失礼な気がして
「きみは、村の子?」
と訊いてみた。すると
「おまえの方こそ、村の者ではないだろう?」
と返された。
「あ…、ぼくはいつも夏休みの間しかここに来ないから…。加藤鳴海って言います」
女の子の少し偉そうな態度に委縮して思わず敬語になった。
「きみの名前は?」
鳴海に名前を訊ねられた女の子は丸い目を更にきょとんと丸くして    何故だか可笑しそうに目を細めた。
「そうだな、私は…私のことは、しろがね、と呼んでくれ」
そう言って、鳴海に手を差し伸べてくれた。鳴海はその手を握って起き上がる。女の子の手はひんやりとしていた。しろがねは自分と同い年くらいなのに、並ぶと鳴海の方がずっと背が低くて、やだなカッコ悪いな、と思った。


「ナルミは道に迷ったのか?」
「うん…」
「里まで送ろう」
しろがねは鳴海と手を繋いだまま、歩き出した。
「しろがねはこんな林の奥でも、道が分かるの?」
「この山は、私の庭のようなものだ」
しろがねはしゃんと背筋を伸ばしたまま、曲がりくねった木の根っこなんかで凸凹の地面も平気でスタスタ歩いていく。鳴海は、というと何度も何度も蹴躓く。しろがねが手を繋いでくれていなければ地面に手を付いていること請け合いだ。
「ナルミ、猫背は今のうちに治した方がいいぞ」
なんて言われて、鳴海はピシと姿勢を正した。しろがねが「そうそう」と淡く微笑んでくれたので、苦しいけれど頑張って背中に力を入れ続けた。
「しろがねは村のどこらへんに住んでいるの?」
と訊いたら
「私は村の者ではない」
と言われた。でもしろがねはそれ以上は答えず
「村の子らは今、川遊びをしているがおまえは加わらないのか?」
と逆に訊かれた。
「ぼく、は…」
「今日も仲間外れにされたのか」
「うん… … え?」
今日、も、ってどういうこと?と訊こうとした時
「着いたぞ」
としろがねが指差す方を見遣ると、自分の今いる場所が祖父の実家の裏山だと分かった。


「あれ?あの林とここ、こんなに近かったの?」
しろがねと歩いた時間はものの数分。しろがねと出会った場所まで、ずいぶん結構な距離をウロウロしていたハズなのに。
「あ、ありがとう、しろがね」
「さあ、行け。家の者が心配している」
「心配?」
「それから、猫背は治せ?おまえはこの先身長が伸びるから、姿勢がいい方が見栄えがいいぞ?」
しろがねが鳴海の背中を、とん、と押した。その勢いで鳴海は一歩二歩、前によろけ出る。するとさっきまで明るかったはずの景色が一気に真っ暗になった。
「あ、あれ…?夜?」
おかしいな?迷子になるまでどうやって夕飯まで時間を潰そうって悩んでいたのに。あの子と会ってからそんなに時間だって経ってない… … …あれ?


あの子の名前…何て言ったっけ…?


鳴海は自分が来た方を振り返った。そこには誰もいなかった。裏山は黒く染まった木々の枝を風にユラユラ揺らしているだけ。
「あれ…?ぼく、誰かと一緒にいた…と思うんだけど」
その時、唐突に懐中電灯ビームを顔面に浴びせられて、あまりの眩しさに目を瞑った。
「いたぞ、鳴海がいたー!」
ハトコのお兄ちゃんが大声を上げた。それを合図に自分に向けられた懐中電灯の数がわらわらと増えた。
「良かった!無事で!」
おばさんに熱烈に抱き締められたけれど、鳴海には何が何やらさっぱり分からなかった。





とある夏の、とある出来事。
鳴海が生涯最愛のひとと出逢った、大切な日だった。







花妻:花のように美しい妻。一説に、間もなく結婚する男女が、一定期間まったく会わずに過ごすときの、その触れることのできない妻。
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