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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





黄楊の櫛 1/3





三月も下旬に入り、だいぶ空気も温まった。町中では桜の蕾がかなり膨らみ、花開く日を今か今かと待っている。


昼休み、昼食を終えた鳴海は仕事が始まるまでの時間をぷらぷらと散歩をして潰していた。下町の活気のある商店街を、背の高く、ガタイのいい強面な男がニッカボッカで闊歩すると些か威圧感があるようで、人波がモーゼの十戒のように割れていく。威嚇してるつもりはないんだけどなぁ、と頭に巻いたタオルを外し、頭を掻いた。長く伸びた髪先が肩を擦った。


鳴海は二十三歳になった。
工務店で働き出して五年目、毎日親方にみっちり扱かれつつ仕事にもだいぶ慣れた。元々が練習バカなので、出来るまで居残って反復練習をする、なんてことが苦でもない性格なため、上達の速さは周りから認めて貰っている。仕事はハードな割に安月給だけど、職場はいい人ばかりだし、仕事は楽しいし、充実した毎日を過ごしていた。
ただ一つだけ、胸の真ん中にぽっかりと空いた大穴を、時に持て余す以外にはこれといった問題はない。


五年前、鳴海は毎夏訪問していた祖父の田舎で何か大事故に巻き込まれたらしい。らしい、というのは鳴海自身が記憶喪失になって、幼い頃から当時までの田舎での想い出をきれいさっぱり忘れてしまったのと、祖父も含め、周りの人間が口を噤んでしまったのとで詳細が分からないからだ。
事故、というのは嘘だと思う。
その日、目覚めると何故か仏間で、布団の周りには枯れ竹が折れ重なっており、畳の上には真っ黒いタール状の何かが擦り付けられていた。異常事態が起きたことが火を見るより明らかな場でぐっすりと眠りこけていた。身体中が傷だらけで「事故に遭ったから」と言われたけれど、単なる事故では手形の痣なんて残らないだろう。
右手を開き、手の平に視線を落とす。
身体の傷や痣はすっかり消えた、でも、右手の平の中の火傷痕だけが薄らと残った。桜の花弁のようにも見える痕だ。


何にも覚えていないし、誰も何も教えてくれなかったけれど、ざっくりと、土着の山の神様に祟られた、というオカルトじみた雰囲気を汲んだし、「おまえはもうここに来るんじゃない」といつもおちゃらけているケンジロウに真剣な表情で言われたこともあり、以来、一度も田舎には行っていない。記憶を失うくらいよっぽどな怖いコトがあったんだな、と思えば行く気も失せた。
「おまえは魅入られてたんだよ」とも祖父は言った。山の神の恐ろしさ、性質の悪さをこれでもかと叩き込まれた。次にあの山に入ったら命はないと思われる。


改めて考えると、昔、あんなにも行きたくなかった祖父の田舎に、どうして高校生にもなって毎年行っていたのか理解出来ない。何にも無い退屈な場所、友達がいるわけでもない、見るべきものは山しかない、そんな場所に。
それが「魅入られた」結果なのか。
そんな場所と縁が切れて良かった。でも、山の神が悪様に言われた時に覚えた、激しい「そうじゃない感」は一体何だったのだろう。


鳴海の胸に空いた風穴がヒュウヒュウと音を立てる。桜の蕾が膨らんだり、初夏の風に木々が濃い緑を揺らしたり、色付いた葉がハラハラと落ちたり、雪が枯れ木を白く染めたり、そんな何気ない季節の移り変わりを目にする度に、自分の中に『欠け落ちた何か』を探してしまうのだ。
胸の穴は事故とやらのせいなのか、でも、小さな頃から空いていた気もするし、そこそこ成長してからのような気もする。
そして、鳴海には、この穴に付随していると思われる悩み事がある。


商店街を抜け、横断歩道に出たところで着信音が鳴った。尻ポケットからスマホを取り出して、画面に表示された名前にゲンナリとした顔になった。出ないにしようかと思ったけれど、出なけりゃ出ないで出るまで掛けてくるのが目に見えるので出る。それに、鳴海には相手に負い目がある。
『もしもし?』
「おう、久し振り」
『仕事でこっち来てるんだけど。ねぇ、今晩空いてる?良かったら晩ご飯どう?』
「空いちゃいるけど…」
『いるけど何よ』
「あんまり気乗りしねぇ。断ってもいいか?」
『ダメ』
いつものパターン、二択のようで事実上は一択だ。鳴海は肚を決めて承諾した。待ち合わせの場所と時間を一方的に押し付けられて通話は切られた。


「はァ…」
重くなってしまった気持ちを宥めるために、青信号をひとつ見送ることにした。
その間、手持無沙汰で辺りをぼんやり見回していると、とある店舗のショウウィンドウに目が向いた。
大きな一枚ガラスの向こうに、様々な木製品が並んでいる。
「…ふうん…。木で作った時計にフレーム、テーブルウェア…子ども用のパズルに、ステーショナリー…」
木の材質も様々で、素材を推理するのも楽しそうだ。
「木工芸品のセレクトショップ、か。こんなトコにこんな面白そうな店があったとは…全然知らんかった」
木彫りの小鳥の愛らしさに鳴海の頬が緩む。思いも寄らないささやかな発見にちょこっとだけ気持ちが浮上する。


家具も販売しているようで、店の真ん中には一枚天板で作られた見事なダイニングテーブルも置かれている。
その上には売り物の器や箸が綺麗にセッティングされていて、これまた木製の花器に生けられた大振りのグリーンが涼やかだ。
「ふうん…なかなかセンスのいい店だなぁ」
横長のウィンドウを端から端までとっくりと眺めて行く。
と、その中のある品物に目が止まった。
職人の手挽きと見られる上質な櫛だ。


「へええ…綺麗なモンだな。櫛の素材なら斧折樺(おのおりかんば)…いや、この黄色味は黄楊(つげ)だな」
大工、なんて職業の手前、多少木の種類に詳しくなった。硬質で、木目が細かく緻密な黄楊は、櫛の素材として高級品だ。
手付き櫛やら楕円型やら、歯も荒いものから驚くほどに細い歯が繊細に並んでるものから色々並んでいる。
一歩下がって、窓ガラスに貼られた店名をチェックする。
「ふうん…ギャラリー・アルレッキーノ、ね…」
今度ゆっくり覗きに来よう。


青信号になった。さて職場に戻ろうか、と横断歩道へと身体を向けて    ゆっくりと足を止めた。店前に舞い戻り、再び、黄楊の櫛の前に立つ。
細かく挽かれた櫛の歯に、絹糸の如き長い髪が梳き通る。そんなイメージが鳴海を引き留めた。
今朝のニュースの雑学知恵袋的クイズのコーナーで、「江戸時代、櫛を贈るのは求婚の意味」とやっていたのを思い出す。
もっとも今は江戸時代じゃないし、鳴海にはプロポーズしたい恋人もいない。だけど、何故か妙に気になった。新しい櫛が必要な誰かが、知り合いにいるような。
また、鳴海の中で寂しい風の音がする。


「何かお探しですか?」
扉から顔を出した店員に声を掛けられた。アルバイトだろうか。大学生くらいの、明るい色の髪をショートカットにした快活そうな女の子だ。
「いや、そうゆうワケじゃ」
「良かったら、中に入って手に取ってみて下さい。ご覧になるだけでも」
どうぞどうぞと半ば強引に店内に連れ込まれた。先の商店街のモーゼ状態を思い出し、お洒落な雰囲気にイカツイガテン系男子は営業妨害ではなかろうかと申し訳ない。店奥のアトリエでは店主と見られる男がナイフで木を削っていた。緩く編んだ長い髪を腰まで垂らした、モデルのようなイケメンだった。


「これを熱心に見てましたよね」
はい、と黄楊の櫛を差し出された。実用的な楕円形の櫛だ。
「素手で触っても?」
と訊ねると「どうぞ」とにっこりした笑顔が答えた。艶やかな光沢と滑らかな手触り。馬鹿力で折らないよう心掛けて均等に細かく並んだ歯に指を滑らせてみる。
「綺麗な仕事だ。職人技だねえ」
「どなたか、贈りたい方でも?」
櫛を手掛けた職人のこととか、素材の良さとか、普通はアピールポイントのセールストークをするところなのではないだろうか。いきなりそっちかよ、と鳴海は苦笑う。まあ、こんなナリで女物の櫛ではギャップを感じられても仕方がない。
「贈りたい…どうなんだろ…いないと思うんだけど」
「櫛の手入れには椿油がいいですよ?」
小瓶をふたつ手にして戻って来た店員は問答無用で片方を差し出した。匂いを嗅げとのジェスチャーを受け、くん、と吸ってみる。強い匂い、ちょっと鼻が曲がる。
「あ、結構、匂いにクセがあるな」
「でしょ?だからフレグランスの付いた椿油がオススメなの。私はこのフローラルの香りが好きなのよね。一緒にプレゼントしたら親切よ」
「何で櫛を買うことが前提なのよ」
促されるままもうひとつを嗅いでみる。スッキリした白い花の印象が残る。いい匂いだと思う。だけど鳴海は、花の香ならばもっと甘やかでもっとやさしい匂いを知ってるような、気がした。



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