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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





白銀縁起 6/7





キョロキョロと見回しながら、狭い境内を見て回る。砕けた石造の像、千切れた鈴の緒。玉砂利の上に散乱しているゴミは、ここで肝試しした連中の忘れ物だろう。でも、社殿の影にゴミを纏めた袋が幾つか置いてある。それもちゃんと分別してあって、ここには誰も詣でなくなって久しい筈なのに、掃除をした人間の気配を感じる。ゴミ袋の上には厚く土埃が積もっているので小まめな参拝とは言えないけれど。
境内の奥、社殿の後ろには亭々と聳える大きな楠が雨に白く煙っていた。樹齢が軽く三、四百年は越えそうな鎮守の樹だ。
「すげぇ立派な木だ…アレがここの御神木…?」
近くに寄り、見上げる。幹には朽ちて切れかかった注連縄が辛うじて巻かれていて、この木こそがこの神社の神籬だと微かに訴えている。大きくて、とても綺麗な樹だと思った。自然と畏敬の念が湧き上がる。眺めている内に、じわ、と眦が熱くなった。
「あ…何で…?」
掌底で拭う。勝手に涙が溢れた。


見上げていた視線を下方へ向ける。そこには新しい物から古い物まで、何本もの五寸釘が打ち付けられていた。中には、藁人形と思しき残骸や、変色した写真の切れ端なんかを咥えたままの釘もある。神木の痛みや苦しみが心の中に流れ込んで来て、息苦しくなった。
鳴海は取り除いてやろうしたが「絶対に触れるな」と誰かに制され、伸ばした手を止めた。何某かの気配を感じて再度顔を上向ける、も、誰もいない。
「空耳…か…?」
確かに釘からは禍々しい悪意を感じる。触らない方がいいという動物の勘が空耳の形でブレーキをかけたのかもしれない。
風が出てきたのか、楠がざわざわと葉を鳴らしている。梢枝から誰かに見つめられているような気がして仕方ないが、ここは悪い物と良い物が混ざり合っていて、よく分からない。
幹に手を当ててみた。ざらりとした樹皮の向こうに大事なものがあるようで、鳴海が一番触れたい何かがあるようで、胸が締め付けられる。


神様を祀ったり忘れたり、神社を減らしたり増やしたり。
「そんな都合、神様にゃ関係ねぇよなぁ…」
人間の勝手に翻弄される神が化けて出て祟っても納得の有様だ。でも、人間に忘れられた神は怒っているのではなくて悲しんでいるのではないだろうか。ふと、小さな女の子のイメージと一緒にそんな考えが浮かんだ。
「なぁ…神様、もしかして泣いてんのか…?」
この雨は神の降らせる涙雨なのかもしれない。とはいえ、ジジババが言うように、自分が恋人を作ったことが原因だなんて、それは余りに大袈裟だろう。自分は一介の人間で、神からすれば数多の塵芥と変わりないのだから。
女神の涙雨に濡れたくて、傘を放り投げる。すると不思議なことに、雨の降り方が明らかに弱まった。
「オレが風邪を引かないように…?」
だったら優しい神様じゃねぇかよ。樹皮に両手を当てて、額も寄せる。


「オレが山で迷子になった時、助けてくれたのはここの神様なんだろ?そんで……それ以来、山に入るたびに来てた場所ってここなんだろ?何にも覚えてないんだけどさ、ここの景色は、覚えているような、気がすんだよ…」
「いつも、誰かとの約束を守らなきゃ、そんな気がしてた…それは、夏に、ここで、会う、こと、だったんじゃねぇか、と…」
「オレは…ここの神様に、会いに来てたんだろ…?ホントにそうならさ、出て来てくれよ、どうして今年は、会ってくれないんだよ…?」
「年寄り達が言ってたように…オレが、カノジョ作ったから、怒ったのか…なら…オレと、神様って…」


返事の戻る宛のない、独り言の問いを繰り返す。
傍から見たらただの阿呆だ。廃社の庭で、デカい図体の男が樹を抱き締めて泣いてる様なんて、滑稽を通り越して気持ち悪い。
ぐず、と鼻を鳴らして身体を起こす。
「オレだってさ…自分が当事者じゃなきゃ、こんなオカルト話、有り得ないって思う……でもよ、実際に記憶に穴が開くし、新しい守り袋になってるし…」
でも、今年はどちらもない。セックスを経験したことで大人になったからか、純粋に嫌われて会いたくないと思われたのか。神からの拒絶は鳴海の胸に空いた穴を大きくする一方だ。


「オレは…会いたいんだ…でも、神様にはもう、オレが必要なくなったんだよな…」
優しく木肌を撫でる。言いたいことは殆ど伝えた。ぺこり、と頭を下げて傘を拾いに行く。
「そんじゃ…今まで、助けてくれてありがとう…」
幹に突き刺さる釘を一瞥して、鳥居へと向かう。道中、何気なく社殿へ目をやって、その階に何かが落ちているのを見つけた。色褪せた景色の中、色鮮やかな小さいもの。近寄って、膝を折って拾い上げる、手の平に載るそれは折掛けの折鶴だった。


「コレ…」
鮮やかな千代紙で途中まで折られた鶴。
「この紙…」
鳴海は階に腰掛けると、バックパックの中から紙袋を引っ張り出した。雑に封を破ると、中から真新しい千代紙が出て来た。二十枚ほどある千代紙の中に、偶然、この折り鶴と同じ模様の千代紙を見つけた。
「オレが買った、千代紙じゃねぇか…」
毎年、どうしてか買ってしまう千代紙のお土産。そのお土産は気が付くと無くなっていた。まるで、新しい守り袋と交換と言わんばかりに。
「やっぱり、オレの目的地はここなんだ」
千代紙を四つ切りにしたサイズで折られた鶴。千代紙を大事に使ってくれていた様子が窺えるのに、どうして途中で折るのを止めたのか。紙の湿気り具合から、ここに置き忘れられて一昼夜は経っている。
鳴海は、ふ、と息を小さく吐いて、鶴の続きを折り始めた。


雲の合間から細い光が幾筋も射し込んで小雨に当たり、反射した光で辺りが薄らと明るくなった。狐の嫁入りか、と顔を上げた時、視界の片隅にキラリと光る何かが映り込んだ。鳴海は瞬きを止め、指だけで鶴を折り続け、気付いてないフリをして視線を左へ移動させた。
ここには鳴海ひとりの筈なのに、鳴海のすぐ傍に誰かが座っている。白い着物を着た女性、ふたりの間に手を置いて、鳴海の手元を覗き込んでいる。先程キラリと光って見えたのは彼女の長い銀色の髪と知る。
もしかして、コレが山の女神様?
もしかしたら、オレが寝たかもしれない、
オレがカノジョ作ったって、ヤキモチ焼いてるっていう     


どんな顔をしているのか確かめたかったけれど、目の乾きに耐え切れず、瞬きをしてしまった。雲から射していた光も閉じ、次にはもう、そこには誰もいなかった。
俯きがちの顔を見ることは出来なかったけれど、横から覗けた唇は形が良くて綺麗だった。細い顎を白く光らせていたのは、涙だったのではないか。
きっと今も彼女は鳴海の傍にいる、でも姿は現さない。鶴を途中で折るのを諦めたのは何故なのだろう。折り鶴にこめた願いは何だったのか。そんなにも彼女を傷つけたのか。
「どうしてここでのコト、いちいち忘れさせるんだよ?覚えたままにしてくれたら…」
違う道もあったろうに、悔しくて堪らない。高い鼻梁に涙が伝う。ふわ、と花の香りが近く漂った。ああ、きっと、涙にくれる自分のことを女神が慰めてくれている。理由は分からねど、そっちだって泣いてるクセに。
して貰うばかりで何も恩を返せない自分が、心底嫌なった。掌に完成した鶴を握り込む。
「シイイイ」
深い呼吸が歯の隙間から漏れた。


    っ!」
鳴海は脱兎の如く駆け出すと楠の前に立った。そして躊躇なく、五寸釘に指をかけると力任せに引き抜いた。一陣の風が吹き、木の葉が悲鳴のような音を立てて激しくざわめいた。
「こんなもん、釘抜きなくたって抜けるっての」
硬気功使いとして伊達に師父に認められてはいない。鉤爪のように曲げた指で次々と引き抜いて、楠に刺さった悪意を全て取り除く。地面に落ちたサビ釘を一纏めにすると、空き缶が分別されたゴミ袋に叩き込んだ。
「へへっ、コレですっきりしたろ?」
幹にポカリと空いた穴が痛々しいけれど、太い釘に串刺しになっているよりもナンボかいい。神に何かお返ししたいと考えた末の行動だった。少しでも境内に清浄さが戻るといいな、と考えて。


「今度こそ、帰るわ…そんじゃ…」
楠に背を向ける。踏み出す足が妙に重い。後ろ髪を引かれているからだろうか。不意に、その後ろ髪が逆立った、否、全身の毛が、生毛に至るまでだ。
なんだこれ。気持ちが悪い。
何かがすぐ後ろにいる。
得体の知れない気配がする。
その何かが、鳴海に圧し掛かるような激しい感情をぶつけてくる。
振り向かない方がいいと本能が訴えた。だら、と冷や汗が流れた。見てしまったらおそらく動くことが叶わない。圧倒的な恐怖を覚え、鳴海は石段を駆け下りた。振り切れるとは思えないが、全力で神社から離れた。








玄関を突き破る勢いで帰宅した鳴海に
「おまえ、神社で一体何をして来た…!」
と怒号のような声が飛んだ。
ケンジロウは恐る恐る近づいて、見るからに恐々と鳴海の表情を覗き込んだ。目の下に大きな隈を作り、顔色も精彩を欠いている。先程、店で別れてから然程時間は経っていないのに大きく様変わりしてしまっている。
「何が」
と強がって見せたが
「体調、悪いだろう?」
そう言う祖父の方がずっと具合が悪そうで、ただでさえ爺さんなのに今は更に爺さんに見えた。


実際に自分の置かれた状況がまともだなんて思ってはいない。よくぞここまで自力で戻って来れたものだ。正直、かなりヤバい。寒気は酷いし、身体中どこもかしこも重たくて倦怠感が半端ないのだ。怪我したわけでもないのに骨や肉が痛む。耳鳴りも止まらないし、目眩もする。
「カンノ先生を呼ぼうか」
とおばさんが言った。「いいよ、呼ばなくて」と鳴海が口にする前に
「祓い屋の婆さんも一緒に頼む」
とケンジロウは言った。



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