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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






黄楊の櫛 2/3





「なあ、もうこういうの止めようぜ」
部屋に足を踏み入れる一歩手前で、鳴海は前を行く背中に言葉を投げた。
「姐さんのためにもならねぇ」
だけど、相手は事も無げに
「私がいいって言ってるんだから別にいいじゃない。ヨリを戻して、って言ってるワケでなし。たまに会ってセックスするだけ、あんたにとっても気楽だし、後腐れない美味しい話でしょ」
と言った。
鳴海が彼女との電話をスルーしたかったのは、会うと食事だけでは済まないと分かってたからだ。必ずセックスするまでがワンセット。今の鳴海には美味しいよりも気不味いが強い。


彼女は鳴海の元カノだ。高校三年の春に初めて出来たカノジョだ。そして、初めてセックスをした相手だ。だけど、付き合ったのはほんの数ヶ月、祖父の田舎から戻った鳴海が一方的に別れを告げて終わった。
彼女にはかなり泣かれた。そりゃそうだ。夏前まではラブラブで、彼女は鳴海が大好きだったし、セックスのぬかるみにのめり込み始めたところだったのだから。鳴海の語る別れの理由は曖昧で、どたい納得のいく話ではなかった。
鳴海にしても彼女を嫌っての別れではなかった。好きだから付き合ったわけだし、彼女には何の原因も無い。でも、あの夏、記憶の大欠落を受けて「自分には特定の誰かを作る資格がない」に心が固まってしまった。彼女に「理由が曖昧」と責められても、鳴海自身、どうしてそう結論付けたのか分からないのだ。


別れた後も友人として続いていたけれど、いつの頃からか俗に『セフレ』と呼ばれる関係になった。上記の理由から彼女には強く言えないし、自分が与えた傷を癒すためと言われれば、彼女のリクエストに応えるしかない。
でも、こんな形でセックスを繰り返しても堆く積もるのは罪悪感だ。鳴海の救いはそこにはない。自慰の方がずっと気楽で気待ちがいい。なのに、こうして誘いに乗ってしまうのは、愚かな男の性だ。
セックスをする度に、鳴海の胸に空いた穴が少しずつ拡がりを見せる。心の中に罪悪感が真っ白な雪になって降り積もる。まともな恋愛に踏み出せない。これが、風穴に付随する鳴海の悩みだ。


「嫌なら嘘でも用事があるって言えばいいじゃない」
ソファに上着を掛けて、スカートのホックに手を掛ける。着々と服を脱ぎながら、眉根を寄せた声が言う。
「嘘は嫌いだからよ」
と戸口に突っ立ったまま返事を寄越す鳴海に
「アンタの性格なんて嫌ってほど分かってるわよ」
と唇を尖らせた。鳴海のことは彼が小学生の頃から知っている。幾つか年上である彼女は、あまり弱い顔が見せられない。
「でも私だって傷付くじゃない」
とは鳴海に聞こえないように呟く。ブラウスの上にパンストを落とし、戸口から動かない鳴海の前に立つと、爪先立ちで唇を重ねた。彼女の舌がねっとりと絡んで来る。女の手が鳴海の胸から股間へと落ちて行き、包んだペニスはしっかりと怒張していた。
鳴海は素直な自分に絶望して、深いキスに応え、諦めて室内に入る。


ソファにコンビニ袋を放り投げ、次いで上着を脱ぐ。手早く情事に臨む支度をしていると、
「先にシャワー浴びるね」
鳴海とのセックスが確約されて機嫌の良くなった彼女は下着だけの婀娜っぽい仕草でシャワールームに向かう。鳴海はそれを引き止め、ベッドに押し倒した。仕事帰りに合流し、夕飯を食べてからのホテルイン、彼女の下着を何のムードも無く剥ぎ取ってゆく。
「ちょっと。汗くらい流させてよ」
「これから汗掻くコトするんだ。同じだろ」
「そうだけど。あんたってホントに即物的よね」
いつも言われる文句は同じ。
「嫌なら帰るよ」
「や、そんなの。抱いてよ…」
陰毛を撫でればその指先に応え、しどけなく股が開いて行く。長い武骨な指で蜜壺を掻き回せば、キスをせずとも文句は立ち消えた。割れ目から抜いた指が愛液塗れになれば準備完了とばかりに彼女の脚を抱え上げる。


「もう?がっつき過ぎじゃない?」
鳴海は前戯に時間を掛けてくれない。とは言っても何だかんだで挿入されることに異論がないことは、躊躇いなく鳴海の背中に回された腕が証明している。
鳴海はただ、動物的にセックスが出来たらそれでいい。溜まった欲望を吐き出すことが出来ればそれでいい。あえて自戒してそういうセックスをしている。自分は気持ちを込めてセックスをしてはいけない、そうするしか出来ない最低な男だという自覚があるから、本当はセックスしたくない。でも彼女がそれでいいから抱いてと言うのだから、仕方ない。
ずぷ、と一気に根元まで埋まる。
「…っん…あッ…あ…」
白い敷布の上に、短かな黒髪が散った。


彼女の弱点が手に取るように分かる。そこにしつこく亀頭を押し付けると、肉壁が熱く蕩け落ちていく。ペニスで擦り上げる度、鼻に抜ける甘い声が吐息と共に耳に掛かった。乳首を口に含み、強めの愛撫を施すと鳴海を咥えた膣がギュウと締まった。
「ああ…いい…すごい、いい…っ」
程なく、「いい」から「イク」に変わる。鳴海に抱かれ、いつも強気な彼女が見せる惚けた表情。とても可愛いと思う。好きだとも思う。こんなんで幸せになれると言うなら与えたいと思う。
でも、彼女が自分の腕の中で善がり狂うにつれ、鳴海は、相手ほどセックスに夢中になれない自分を見つけて気持ちが萎えてしまう。ひたすら無心になり、果てることだけに専心した。





「先にシャワー浴びる?」
「え、もう?」
事後のふたりの言葉としてはかなりせっかちで労りがないと言わざるを得ない。彼女は絶頂からようやく抜け出したところ、鳴海との甘い時間が欲しいのに。
「だって支度の時間を考えたらそろそろ動かねぇと。二時間過ぎちまうぜ?」
「だから、私のホテルで良かったじゃないの」
仕事で東京に来ている彼女は他所にホテルを取っている。でもそこで抱くとなったら、何だかんだで自分が朝まで帰れないことが分かっていたから、あえてのラブホテルだった。
「何なら延長しても」
「今ならまだ終電に間に合うからよ。だったらオレが先に使ってもいいかい?」
飛ばした意識が回復して間のない身としては、情事の余韻に浸りたいのに、鳴海は躊躇いなく身体を起こすと、ぺた、と裸足を床に付けた。


「ねぇ?あんたって誰と寝てもそんななの?」
ムードがなくて、即物的で、前戯も後戯もしない、終わればさっさとベッドを降りてしまう。誰よりも優しい男なのに、事セックスとなるとまるで優しくない。
「姐さんが思うほどしてねぇよ。する時ゃ、ちゃんと断りを入れて、それでもいいってヒトとしかやんねぇし」
新規開拓も面倒で、職場の先輩に連れられて時々行く風俗嬢相手が気楽でいいのかも、とか最近では考える。
鳴海は即物的なセックスしかしない。挿入れて、一回出して終わりだ。ただ、その一回で女を必ずイかせてくれる。それも何度も何度も、失神するほどのエクスタシーをくれるのだ。造形見事なペニスでポルチオを突き崩し、長時間イキっ放しを約束してくれる。一度でも抱かれると中毒になる。
だからと言って、鳴海が特別なテクニックを披露しているわけではない。相手をイかせようと遮二無二になっているのでもない。むしろ遅漏気味でなかなか射精出来なくて辛いらしい。身体の相性がいいと思っている女達と、鳴海との間では大きな隔たりがある。


「繰り返すけどさ、オレには無理なのよ。悪いとは思うんだけどさ」
広い背中が丸くなる。彼女はゆっくりと起き上がると、その背中にしがみ付いて頬を寄せた。
「いいよ、あんたはそれで」
盛り上がった筋肉を指先でなぞる。
「いいんだけどさ……ねぇ?」
「うん?」
「あの夏、やっぱり何かあったのよね…あんたに…」
あの夏、とは鳴海が高校三年の、ふたりが別れることになった夏だ。
「他に誰か好きな人が出来たんじゃないかって、今でも思ってるよ…おじいさんの田舎でさ」
別れ話を切り出した時も言われた。そう疑われても仕方がないけれど、鳴海には心当たりがないので「違う」としか言いようがない。
「あそこには姐さんより可愛いのはいなかったってば。限界集落だからさ、若いのも独身も、殆どいなかったし」
鳴海はお世辞を言わない。だから「可愛い」も鳴海の本心、彼に可愛いと思われていることは嬉しい。


「美人の人妻かもしれないじゃないの。あんた、チョロいもん」
「ひでぇなぁ」
鳴海は年上に可愛がられる傾向がある。デカくて強面で、誰よりも強くて、でもそんな鳴海が見せる人懐こい笑顔と底抜けの優しさは母性本能を擽るし、自分だけに見せる顔なのかもと思えば構ってしまう。実際、彼女もその口だし、鳴海に抱かれたがって誘う女は大抵年上、そもそも鳴海は自分から動いたことがないと思う。
「関係持っちゃダメな相手だから、あんたは記憶がないとか曖昧なコト言って…あんたもその人に本気だから、私と別れるって」
「バッカバカしい」
「あんたが嘘を絶対に吐かないって知ってるよ。知ってるから…嘘が嫌いなあんたが嘘を吐いたなら、本気も本気、ってコトじゃない」
鳴海が嘘を吐いておらず、記憶喪失も本当ならば、記憶を無くすくらい、トラウマで恋愛が出来なくなるくらい、どんな体験をしたと言うのだろう。どんな女が、鳴海を変えてしまったのだろう。
鳴海が呆れたように息を吐いた。


「だって、私の後、誰とも付き合ってないでしょう?それはその人に操立てしてるってコトで…」
「要は、オレが浮気をしたわけだ、姐さんと付き合ってたのに」
「辻褄は合うでしょ」
「オレは姐さんのコトがホントに好きだったよ。今も、好きだよ」
「だったら」
「だからこそ、こんな欠陥のある状態で付き合うコトが出来なかったし…今も出来ない」
鳴海の言葉、これも嘘じゃない。好きだという気持ちが嬉しい。温かい背中に涙の滲む目元を擦り付ける。
「姐さん以上の女じゃなきゃ、付き合う意味ねぇし……それに、姐さんに不義理をしておきながら、他にカノジョもねぇだろう?」


苦笑いをしながら、鳴海は立ち上がり、シャワールームに向かった。しかし途中で足を止め、ぼそ、と
「でも姐さんの言うように……仮に、田舎にオレに誰かがいたとして…どっちが浮気なんだろな」
と言った。
「え?」
「何にも覚えてねぇからさっぱりだけど。姐さん言ったろ?オレ達が初めてセックスした時、『あんたホントに初めて?』ってさ」
誘った時、初体験の鳴海の反応はとても初々しいものだった。スタート時点では経験ありの彼女がリードしていた、けれどいざとなると童貞らしからぬ態度で、彼女を絶頂から失神まで導いたのだった。鳴海自身、腑に落ちない表情をしていて、思わず口をついてしまった台詞だ。
「私の方が浮気だったかもってコト?」
「例え話だよ……でも」
「でも?」
「好き、と言えても、愛してる、が言えない。その原因も隠れてるのかな…とかさ」
鳴海はやはり曖昧に笑うと、シャワールームに消えた。



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