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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





白銀縁起 5/7





「山の神さんを祭る神社って、昔、爺さんが脅して近づくなっつってた、山の奥にあるって神社だろ?」
と鳴海が訊ねると、ケンジロウは大きく頷いた。
「ワシも昔、子供の頃に肝試しに一度行ったっけなぁ。その時分にゃもうボロボロの神社だった」
「爺さんが子供て。それ、何十年前の話だよ」
「地元の人間も寄らねぇ廃れた神社だからなぁ」
「どうして誰も行かなくなったワケ?」
「何だ?若いのにそんな抹香臭い話に興味があるのか、ナルミ」
医者のカンノ爺さんが興味深そうな目を向けた。
「ま、まあね。神隠しにあった身としてはちょいと気になってね」
目が泳ぐ。本気で女神に嫌われたかもしれなくて心配で、という本音はとてもじゃないけど言えない。カンノ爺さんは「ふむ」と米神を掻いて
「あそこの神社にトドメを刺したのは、神社合祀だ」
と言った。
「ジンジャゴウシ?」
「おー、流石はお医者様。物知りだのう」
「五月蠅いわ」
ケンジロウの茶化しを振り切って、カンノ爺さんは教えてくれた。


神社合祀とは、主に明治時代の初期と末期に行われた神社の合併政策のことだ。
神社の数が増え過ぎたことを理由に、複数の神社の祭神を一つの神社に合祀、または一つの神社の境内社にまとめて遷座させ、その他の神社を廃することによって数を減らしたらしい。
「稲八金天神社、って味も素気も無い改名を余儀なくされた。稲荷、八幡、金毘羅、天神。ナルミも、どこかで聞いたことある神社だろう?大物の神さんだって十把一絡げにされたんだ。里山ひとつの人間しか信仰してない神社なんて合祀されることもなく、潰されて終わりよ」
ようするに、人間の都合、ってヤツらしい。


「で、あそこは何て神様を祀ってんの?」
「白銀山にある神社だから白銀神社って呼ばれてたな。山の女神さんを祀っとった」
「しろがね神社……」
神社の名前を聞いて、さわ、と心の底が波立った。聞き覚えがあると思った。それだけじゃなくて、これまでにも何度も、言葉にしたことがあるような。
「もっと詳しいこと、分かるかよ?差し支えなきゃ教えて欲しんだけども」
鳴海が頼むと、カンノ爺さんにその場にいる全員の視線が集中した。末席ではあるが、古くから集落を束ねる庄屋の血筋であり、自身が物知りである自負もあるのだろう、カンノ爺さんは眼鏡の掛け位置を直すと、コホン、と咳払いをし、
「ウチに聞き伝わっているところでは…


昔から、ここの山里一帯は甚く痩せた土地で、年々の年貢分を作付するので精一杯だった。
かてて加えて、旱魃と冷害、長雨と、長きに渡って天災に悩まされた時期があった。
いつしか山の恵みも枯れ果て、獲り尽くし、餓死者が出始め、間引きと子売り、姥捨てが公然と行われるようになった。
それを憂いだ、庄屋の娘が自ら身命を投げ打ち、山の神となって里村一帯を守ると宣言した。
里人は、若い身空でそのような、と娘を引き留めたがその意志は固かった。
そして、娘の死後、山の神として祀る神社は建てられ、それからは気候も安定し、豊穣とまで行かなくとも冬を越すに困らない程度の収穫が、里村には約束されるようになったと言う    


と、鹿爪らしく語ってくれた。
     という伝聞だ。我が身を犠牲にしてくれたのは妙齢の、﨟たく敏な娘さんだったそうな」
「妙齢?」
違和感を覚える。
「小さな女の子じゃねぇのか?それも、庄屋の娘じゃなくて、身寄りのねぇ…」
それも、自ら志願したのではなく、諦観の先にそうするしか道がなかったのでは?
「はて?何故にそう思う?」
カンノ爺さんに問われ、鳴海も「はて?」と首を捻った。


神社の由来を知らないから、自分はそれを知っていそうな地元の年寄りに訊いたのだ。
初めて耳にした話なのに、間違っている、だなんてどうして感じたのか。自分の中に元々、無意識的な先入観があったのだろうか。
それにしても、庄屋の娘じゃないとか、身寄りがないとか、そういうのはどこから得た情報なんだろう。
どうしてか、自分は詳細なイメージを持っている。
その理由を思い出そうとすると、脳裏に誰かの面影が浮かびそうになる。面影が陰影を結びそうになると、蝋燭が吹き消えるように、す、と見えなくなってしまうのだ。
切ない余韻だけが胸中に残る。
まあいい。
理屈は分からないけれど、人柱になった人物として伝聞に現れるのが例え若い女性であっても、鳴海は小さな女の子であったと思うことにした。


「あ、いや…何でもねぇ。すまん」
鳴海は手を横に振った。
「多分、他の話と混じったんだ」
「ほれ。全部で千円でいいわ」
唐突に、どなりんジジイがビニル袋を突き出して言った。
「いいわ、って何だよ?ちゃんと計算したのかよ?」
こんなに時間を掛けたのに?、と目が丸くなる。
「途中でレジ打ちすんのが面倒になった」
「何だよ、ソレ」
「大丈夫、まけたから」
「ホントかよ…」
大雑把過ぎる会計に何だか力が抜けて、鳴海は言い値を払った。得をしたんだか損したんだか全く分からない。


「そう言えば、神社の管理者やってた山持ちも都会に出てったっきり、帰って来ないっけねえ…」
黒服の婆さんのひとりが言った。
「ミツウシんちか」
「そうそう。私らのひとつ前の代だっけね、孫を都会の学校に入れる、これからの時代は学歴が必要だとか言って。それっきりさね」
「地元の連中を『学の無い田舎モン』と見下してたな。今は都会で何やらの会社やってんだっけ」
「今はナルミのちょい上の後継ぎ息子も働いてんじゃなかったか?」
「思いやそこからだなぁ、アソコの神社に人が完全に絶えたのは」
パチン、と碁が盤を高らかに打った。
「まあ、連中がいる間は手抜きでも神社の管理をしてたからな。いなくなってからは野放図に荒れるに任せて…それでも、オレらが小せぇ頃は信心深い年寄りが詣でてたんだが…今じゃそれも…」
「もう、誰も行かねェの?」
「正直、アソコはここいらの集落からは離れてるからね。昭和に入る頃、伝手があって山一つ向こうから新しい神様を分祀してもらったから余計に」
そう言って、黒服婆さんは稲八金天のうちのひとつの神様の名前を上げた。


「神様潰したのに、新しい神様呼んだのかよ?」
「神社が廃されて神様がいなくなって、不安になったんだろう。何だかんだで人間には神様が必要なのさ」
「それに有名な神様の方がご利益あるような気になるだろう?そちらは無人の社でないしね」
「そんなわけで、忘れられた神様なのさ。直しても詣でる者もない。おまえさんも深入りせずにいるのが吉だよ、いい子だからね」
年寄り達の助言は御尤もだと、鳴海も思う。
だが、何かが腑に落ちない。
「なぁ、その神社の場所、大体でいいから教えてくれない?」
と訊ねると
「おまえ、神様に会いに神社に行ってたんじゃねぇのかよ」
と逆に訊かれた。
「全部忘れるから行ってるのかどうかも分かんねぇ。誰かに会ってるのは確かなんだけど……少なくともオレは、神社に行こうとして山に入ったことねぇ」
皺々の顔が皆して更に皺々になった。


「だったら、自分から近づくのはやめとくんだね」
「寺と墓の跡地は清められているから買ってもいいが、神社の跡地は人間の預かり知れない何かが沁みているから手出ししないのが利口、そう言われるからね」
「おまえを呼んでる山の神様は、神社の神様とは違うのかもしれんしな。人間に祭られなくなって荒んだ神がおまえの成長を見護るとも思えんし」
「噂だと、丑の刻参りのメッカになってるって話じゃねぇか。今や恨みを司る神になってねぇとも言いきれん」
「これは老婆心だよ。縁を持ちに寄るのはおよし」


口々に言われた。皆が口煩いのは自分を心配してくれているからだと分かっている。
でも、そうじゃないんだ、と鳴海の本能が訴える。
「余計なコトは絶対ぇにしねぇ。ただちょっと確認してぇコトがあるだけだ。だから、行き方を教えてくれよ」
鳴海は頭を深く下げた。
切れ掛かった蛍光灯がチカチカ瞬いて、切れた。
ただでさえ薄暗かった店内は、更に暗くなった。









大きく息を吐いて、鳴海は空を見上げた。相変わらずに雨は降り続き、雑木の梢が傘代わりになってくれているものの、時折大粒の雨滴が落ちてくる。
あれから散々説得されたけれど折れない鳴海に結局、神社への道のりはケンジロウが教えてくれた。
「小さいおまえをここに連れて来て、神様との縁を結ばせたのはワシだからな。尻拭いはしてやるから気の済むようにせい」
そう言ってくれた。
祖父に教わった通りにやって来たが、確かに里からは若干離れているし、途中にきれいな神社もあった。山間だし、そこに至る道も悪い。途中からは舗装も途切れ、手入れのされない雑木林に覆われた土の道には幾筋もの轍に深い水溜りが出来ていた。


やっとこ見つけた朽ちた鳥居を潜り、長い石段を登る。左右から茫々に茂った熊笹が迫り、掻き分けて進む。傘を持ちながらはなかなかに難儀だ。葉っぱに切られ、藪蚊に悩まされながら上りきると、そこにはこじんまりとしたボロボロの社殿があった。今にも崩れ落ちそうな社殿に、直してやりたい、そんな気持ちが沸き上がる。


初めて辿った道、初めて来た神社、なのに何故だろう。とても懐かしい。鳴海にとって心の原風景と言ってもいい景色に思わず立ち尽くした。
「なんでだろ、オレ…ここを知っている気がする…」
あの社の階に、誰かが腰掛けてはいなかったか?鳴海を待っていてくれてはいなかったか?鳴海を認めた途端、駆け寄って来てはくれなかったか?
白い着物の袂から覗く細い腕が、眩しくて、その手が真っ直ぐに、鳴海へと差し伸ばされて    
「どう…したんだっけ…?」


薄布を一枚挟んだみたいに記憶がはっきりとしない。あるべき物が抜け落ちてしまっている。
昔からそうだ。薄ぼんやりとした膜が脳味噌にへばりついて肝心な物を押し隠している。
塞がらない胸の穴、忘れられている約束、覚えていない神隠し、助けてくれた山の子    山の神様、神様の銀髪の守り袋。


ざわざわと境内を取り囲む緑が戦慄いた。まるで何かに狼狽えているかのように。
誰かの心が震えているかのように。



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