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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





遣らずの雨 1/





天高く馬肥ゆる秋。
鳴海は仕事仲間と現場のプレハブ小屋で休憩していた。空は遠くて雲も秋の雲なのに、地上には残暑の熱気が溜まっている。就業してから昼休みまでの中間の時刻、外気に晒されながらの肉体労働者には小まめな休憩が必要不可欠なのだ。
「ああ…エアコンって素晴らしい…」
筋肉量が多くて暑さに弱い鳴海は、文明の利器の恩恵を全身に受けていた。


「ずいぶん高速も伸びたなあ」
主婦向け情報番組を流すテレビに誰かが反応した。既存高速の老朽化と新設道路の必要性がテーマ。新しく伸びた道路は基本的に地方に向けてで、地図で表されるとそれは木の枝が張っているみたいだ。
「でも、意外と地元の人間は使わなかったりすんですよね。滅多に遠出しないし、下道も空いてるしで」
そう言えば。夏休み、祖父と田舎へは電車で向かった。車窓からは工事途中の高速の橋梁が見えた。白いコンクリートのドミノは毎年少しずつ増えていて
「これが田舎まで伸びるのはおまえが大人になった頃かなあ」
と祖父が言っていた。あれから二十年経っているわけで、オレも年を取ったなぁ、と思う。


「へぇー、新しいアウトレットが出来んのか」
「あんな田舎に作って客は来んのかねぇ」
「まぁ、新しく開通する高速沿いだからな。そこら辺も当てこんでんだろ」
そんなやり取りを、聞き流していると
「ナルミ。アウトレットの地名、おまえの爺さんの故郷じゃねぇか?」
と親方に話を振られた。親方と祖父ケンジロウは昔からの知り合いだ。
「そうっすよ。山を幾つか切り崩して作るみたいで。爺さんの骨を田舎に届けたオヤジの話じゃ、就職先が増えるってんで地元は喜んでるとか…とっくに死に体の里なんですけどね」
鳴海は首に掛けたタオルで、伸びた後ろ髪を拭き上げた。


元気で矍鑠としていたケンジロウも二年前に薨った。平均寿命は軽くオーバーしての往生だし、一緒に暮らす鳴海にすら迷惑をかけずにポックリ逝ったので良い最期だったと言えるだろう。
祖父の希望で遺骨は生まれ故郷の墓に入れることになった。鳴海は「骨を届けるくらい自分で出来る」と主張したのだが、「鳴海を故郷に近づけるな」との祖父の遺言から、わざわざ父親が中国からやって来る運びになった。
鳴海はあれからもう十年、田舎に行っていない。
生前、祖父は山を切り拓く噂に難色を示していた。温度差があるのは仕方がない、これは故郷を離れた人間の感傷だと、自嘲していた。実際にそこで暮らす者の苦労を思えば、仕事が生まれる大型施設が作られることはいいことなのだが、引き換えに姿を消す景色があることが切ない。


「おーし、昼飯係を決めるぞー」
「おっしゃ」
一瞬に、野太い声の掛け声と歓声と恨み節が交錯する。ジャンケンに負けた取りまとめ役がテーブルの上に仕出し屋のチラシを放り投げ
「とっとと選んで金を出せ」
と言った。鳴海は机に突っ伏したままチラシを眺め、日替わり弁当とチキン南蛮弁当のご飯大盛りに決めた。作業着のポケットを探って中身を引っ掴んで取り出す。黄ばんだ畳に転がる、小銭と丸まった千円札、くしゃくしゃのレシートと    空っぽの守り袋。鳴海の目が細くなった。
中身を失って納まりの悪くなったそれを首に掛けるのも躊躇われ、とはいえ肌身から離すことも躊躇われ、ポケットの中に定位置が移った。汚れたポケットの中を気の毒に思うけれど、そこに入っていた存在はもう居ない。抜け殻だ、ただ、その抜け殻が宝物なだけだ。
深い瞬きで情景を切り替えて、畳の上で弁当代を選り分ける。


「ナルミよお」
親方に名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
「なんすか?」
「こないだ話した、見合いの話なんだが」
「断ってください、って言ったでしょ?」
三十路を目前にして最近この手の話が多くなって来た。
「そうなんだけどよ。いーい話なんだぜ?もちょっと考えてみても」
「いーい話なら、ほら、このテーブル見たって独身男が選り取り見取りなんだから」
そっちにも振ってやってよ、とジェスチャーすると
「そうっすよ、おやっさん」
「何でナルミばっかり」
と食い気味の文句が飛んだ。けれど
「向こうのお嬢さんがナルミにご執心なんだってよ。しょーがねーだろ」
と言われ
「何でナルミばっかり」
ぐるん、と首と文句が鳴海に向いた。
「いーい話なのになぁ…取引先の、大手の、部長の…」
親方には親方の旨味もあったようだ。


「だったらさ、ナルミ。今晩付き合わねぇ?」
黒髪の方の兄弟子が小指を突き出した、がすぐに
「いやぁ、遠慮しとくっす」
と大きな手で制す。
「おまえ、最近乗らねぇなぁ」
「まー…色々と事情がありまして」
抱かれたかった、なんて元カノに言わせて泣かせたのに、風俗で性欲を満たす、もない。もはや右手が恋人で構わないし、そんな時に目蓋の裏に描かれるのは『銀髪』で『スレンダーなんだけど出るトコ出たメリハリのある』しかも『着物』といった非常にニッチな物件のため、そんじょそこらの風俗で満たされる性欲とも我ながら思えない。
「あっちもこっちも断るとなると。女が出来たか」
「そーゆーんじゃねぇんだけど」
苦笑いしながら視線を手元に落とす。さっきポケットから出てきたレシートを正方形に整えて、折り紙を始める。
「そーいや、おまえってよくそうやって指動かしてるよなー」
「うーん、何かクセでね」
「千羽鶴でも折ってんの?」
「別に、そーゆーつもりもねぇんだけど」
「よくまぁそんなぶっとい指で器用に折るもんだね」
「慣れかなぁ」


首を作り、羽を開く。
ただの紙屑が鶴と化す。
その刹那だ。鳴海の記憶を覆い隠していた薄布が消えた。膜が溶けるように霧が晴れるように、神隠しにあったあの日からの想い出が当たり前のようにそこに現れた。
「あ!」
突然血相を変えていきなり中腰になる鳴海に場にいた全員が身構えた。
「何だよ、ビックリするだろ!」
「ゴリラが乱心したかと思ったろ!」
「思い…出した…鶴が、千羽…」
揃った。
今や虫喰い状態だった記憶が修復された。欠けていたピースが全て嵌り、夏に山に入る動機が何だったのかが鮮明になった。人の世で「何故」「どうして」と自問自答していた何もかもに解答が与えられる。





しろがね
唯一無二の、オレだけの山の神様


想いを告げて愛を誓って
その翌年に人間の彼女を作って
そのために会って貰えなくなった
今思えば、オレが人の世で生きていくために
しろがねは身を引いてくれたんだ
無知から呪いを被ったオレのために
残り少ない力を振り絞って怨霊を祓ってくれた
そして、完全にオレの記憶を消し去って
それでも守り袋を通じて見護ってくれていた
その守り袋も、床に落として駄目にしてしまった
ラブホなんて肉欲の染み込んだ場所、
不浄も不浄だろう
あの夜、髪を梳るしろがねを夢に視た以来、
しろがねを感じない


あれから五年
しろがねはどうしてる?
オレしか信仰していない神様は、
オレが忘れている間、消えずにいられたのだろうか





「もしかして、もう消     
言葉にするのが恐ろしくて慌てて口を噤む。最悪の事態に陥っていたら、鳴海は自分を呪わずにいられない。
確認しなくては
しろがねの安否を
それしか考えられなくなる。そうなると居ても立っても居られない。


唖然とする視線を尻目に、鳴海はロッカーから荷物を取り出す。
「おやっさんっ!すんません!オレ帰りますっ!」と言い放ち、帰り支度を始めた。
「そんで有給取りますんでっ!有給切れるまでには何とか戻ります!」
「はあ?おまえ、何言って」
「オレ、働き出してから一回も有給使ったコトないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ」
風邪ひとつ引かず、怪我もせず、無理を頼んでも嫌な顔せずに出勤してくれる模範的な社員、それが鳴海だ。そんな男だからこそなのか、初めてのわがままは殊更、大事の様相を見せた。
ばたん、とロッカーを閉めて戸口へと速足で向かう。
「ご迷惑お掛けします、すいませんっ!そんじゃ、お先失礼しますっ!」
と大きく頭を下げて、鳴海は猛スピードで駆け出して行った。



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