忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






白銀縁起 4/7





その日の午後、鳴海は村でただ一軒のコンビニへと出掛けた。貧弱だった頃に二十分以上掛かっていた道のりは、そこそこ成長して逞しくなった今でも十五分近く掛かる。
オマケにこの億劫なくらいに強い雨、バチバチと傘が鳴る。鳴海がここに到着した時は辛うじて持っていたものの、降り出してからはずっとこんな調子だ。それまではジリジリと焼けつく日が続いていたらしく、余りの極端さに親戚の大人は「異常気象」を口にしていた。


鳴海の記憶にある限り、この里の天気で困ったことはなかった。いつも夏らしく空は青く晴れて、時々サッと雨が降って、子供達が外から家に戻るのを待ってから雷が鳴った。山風は涼しかったし、鳴海が山に向かう時に青空が覗いていない日は無かった。
「初めてかもな…ここで、傘差して歩くのは」
知らず、溜息が漏れた。悪い足元に向け続けていた目を上げる。
『コンビニエンスうぶかた』の文字が雨の向こうに見えた。


剥げたペンキで店名が書かれた看板を屋根に掲げているその店は、軽く築七十年を越えていそうな、民家とも店舗ともつかない佇まいを見せていた。
立て掛けられた、錆色の波トタン。
昭和期から貼られているのだろう、今時アンティークショップでしか見かけない蚊取り線香の広告がシャビーだ。いやもう、建物全体が醸す雰囲気がとにかくシャビーだ。年寄りの多い里のせいか、開店時間はやたら早いが、夕方四時には閉店してしまう、コンビニエンスと銘打ちながらまるでコンビニエンスでない店だった。


「こんちわー」
傘立てには雨滴を垂らす傘が何本かある。先客がいるようだ。品薄感が半端ない棚に気持ちばかりの食料品が並んでいる、蛍光灯が疎らに点いた非常に薄暗い店内に足を踏み入れると、
「お、ナルミじゃねえか。久し振りだな」
と、やたら声の通る爺さんに挨拶された。
「来るたび来るたびデカくなりやがって」
「うす」
「奥にケンジロウ来てるぞ」
「だと思った」
ここは地元年寄りの寄り合い所も兼ねている。年代物の応接セットが置かれている店の奥を覗くと、祖父ケンジロウは、村でただひとりの医者であるカンノ爺さんと囲碁をしていた。それを、昔は綺麗だったろう黒服の婆さん達三人が横から将棋を観戦しながら四方山話をしていた。


店主の通称『どなりんジジイ』は、見るからになガンコジジイだ。小さな頃は「泣くな」「背中伸ばせ」「腹から声出せ」と一声ごとに怒鳴られていたけれど、心身ともにちょっとやそっとじゃへこたれなくなってからは、どちらかと言えば『話の分かる気のいい爺さん』に感じるようになった。
「相変わらず品揃え悪ぃなぁ」
「おまえがいつも買い占めるからな」
「今年はまだ買い占めてねぇだろ?」
育ち盛りの鳴海は出される食事だけでは足りない。パンや菓子をざかざかと買い物カゴに投げ入れていくと棚は空になり、買い占め状態となる。
「いいじゃん、オレが在庫処分してると思えばさ。ほら、コレとか期限切れだぞ?」
「そーいやナルミ、おまえ、今年も来てすぐに山に入ったらしいな」
鳴海から買い物かごを受け取りながら、話を逸らしつつ、どなりんジジイがニヤリと笑う。
「何で知ってんのよ」
「ケンジロウの孫はここに来るごとに山に入ってるって、知らねぇのはいねぇからな」
小さい集落だから、ちょっとしたネタでも面白いんだろうが、噂話に余計なモンをくっつけるのは止めて欲しい。
「いつも何しに行くんだ、山に」
「何しに、って言われてもなぁ」
鳴海は頭を掻きつつ、返答を探した。


小学生の頃、山に入った翌日は身体にダルさを覚え、家で大人しくしている内に忘却に浸食され、山に向かう衝動を失っていた。
中学生時代は体調を崩すことはないものの、記憶が曖昧模糊として、かつて迷子になった場所や、白百合を目印にしていることなどが思い出せず、二度目以降の山歩きは不発に終わった。滞在期間が大幅に短縮されたことも、不成功の原因として大きいと思う。時間が経てば霧が晴れるように思い出せるのに、その時には帰京しなければならなかった。
でも、高校生になってからは、山で自分が何をしているのかは分からなくても、どこに行き何を目印にすべきかを忘れることが無くなった。白百合がいつも涼やかに鳴海を待っていた。


「ここに来ると何か…どうしても行かなきゃいけない、ってなるんだよ。どうしてか、なんて分からねぇ。でも、気がつくと家に戻って来ててさ、その間何してたのか、まるで覚えてない……んだけどさ…」
鳴海は俯きがちに肩で息を吐いた。
昨日、親戚に挨拶して、仏壇に線香を上げて、茶をしばくのもそこそこに山に入った。そこまではいつも通りだった。厚い雲に覆われていた空が玄関を出た途端に大粒の雨を落としたのと、どこにも目印の白百合が見つけられなかった事実以外は。目星を付けて藪を潜っても、そこはただの獣道でしかなかった。
可能な限り、山の中を歩き回ったけれど、雨はどんどん本降りになるし、鳴海は濡れ鼠で引き返さざるを得なかった。
鳴海は手の平を胸に当てた。シャツの下に感じる守り袋の形。去年までは山に入った初日に、気が付くと新しいものに取り変わっていた守り袋なのに、今、鳴海の手の下にある守り袋は古いもののままだ。


「今日も行ったのかよ」
どなりんジジイは老眼鏡をかけ、ショボショボした目でのんびりとレジを打つ。
「行った…けどさ」
大雨の中、山歩きをして時間を浪費しただけに終わった。記憶の空隙は生まれず、最初から最後まで、自分の足取りを忘れなかった。
「多分、山の神に呼ばれてるんじゃろ」
ケンジロウが顎を撫でながら言った。でも今年はどうも呼ばれてねぇっぽいんだよな、と心の中で返す。
「若ぇ頃のオレに似て、ナルミも男っぷりがいいからの」
「ほお、ナルミが小さい頃に遭った神隠しも、女神さんの青田買いか?…これでどうだ?」


カンノ爺さんの一手に「待った」「待たない」が始まる。その隙にどなりんジジイが
「で、どうだ?女神さんのアソコの具合は?」
とコソコソと訊いた。
「およしよ、全く下品な男だね」
三婆達が呆れた顔で嗜めた。
「そんなん記憶がねぇから分かんねぇよ…っ」
真っ赤になった鳴海の首根っこを捕まえて、更にコソコソと言う。
「それはそうとナルミ、りあるで女が出来たな?」
「色気付いてカノジョとデェトなんざしとるわ」
「余計なコトゆーな」
祖父のいらん合いの手にガチガチと歯を鳴らす。
「この一年で童貞捨てたろ。見りゃ分かんだよ」
「う、うるせぇなぁ…教えるかよ」
どなりんジジイの言う通り、つい最近、カノジョと一線を越えたばかりの鳴海は態度や顔色で「イエス」と答えてしまい、三婆にヤレヤレと溜息を吐かれた。


「実際、ナルミは山の神さんに好かれてることには違いないさね」
年寄り達が皆して頷いた。
「そう…かな…」
「そうさね」
赤ん坊の頃の髪の毛の一件と、神隠し事件はこの里の者ならば誰でも知っている話だ。
もしも自分が本当に山の女神に会っているのならば、その姿形を見知っているはずなのに、残念ながら覚えていない。だから、どんな顔をしているんだろう、とはよく考えた。女神、という言葉の響きから鳴海は物凄い美女を連想していたのだけれど、
「まぁ、山の女神は醜女ってのが一般的だな」
「女神さんもそこんとこ自覚してるから、他の女と比較されたくなくて帰す時におまえの記憶を消すのかもな」
「山の神は嫉妬深いと言うしねぇ」
とジジババが揃って幻想を砕いてくれた。
「シコメって…」
「器量イマヒトツ、ってコトよ」
「山の女神が醜女ってのは、神話の時代から言われることだからなァ…」
鳴海の絶句を他所に、碁が高らかにいい音を立てた。


「山の女神と言えば、磐長姫が代表格だからねぇ…」
「イワナガ?誰それ」
ジジババが説明するには、この国で山の女神の代表格とされるのは磐長姫で、彼らが雑に包んだオブラートを剥がせば、彼女は『偉大なるブス』なのだそうだ。だから、美女が入山すると怒って災害を起こす、が、それが不細工な女だと山の幸を分け与えてくれる非リア充。
この磐長姫には超絶美女の妹がいて、そっちも山の女神なんだそうだが、突き抜けた美女とブスだと後者にインパクトの軍配が上がるのは古代から変わらないらしい。
妹の女神の方はポンポン子どもを産んだらしく、山の女神=多産=男好き、のイメージを作ったそうだ。


「どうせ取り憑かれるなら、喪女のブスより、エロい美女がいい…」
とポロリと口にしてしまったのだが、それは男だったら誰もが持つ感想だろう。
とはいえ。
鳴海は首から下げた守り袋をそっと手の平に包んだ。山の神とやらは鳴海のことをいつでも、今も、見守っているのだとしたら。今のは失言だった。
悪口に取られることは二度と口にするまいとしても、脳味噌には常に留まっている男心なので、女神に思考を読む力があるのだとしたらアウトだ。
実際に器量悪で、自分のルックスにコンプレックスを持っている女神様だったら、それだけで罰を中てられそうで恐ろしい。しかも、自分にはカノジョがいる。
山の女神は嫉妬深い。
爺さん達の話が本当ならば、怒りの矛先は誰に向くのだろう?自分か、カノジョか。カノジョは可愛い部類だし。守り袋が更新されていない現状、怒りは既に鳴海に向いているのかもしれない。それならそれでいいのだが。


「ここらへんは、これ、といった特産物もないし豊かな土地ではないけれど、気候も収穫もそれなりに安定していたのにねぇ」
「今年はどうなっているのかねぇ…変な天候続きで。今日も全く、嫌な雨だよ」
「去年がとんでもなく豊作だったから、足して二で割ればとんとんなのかもしれないが…」
「おまえのせいかもねぇ、ナルミ」
ぞろ、とジジババの目が鳴海に向いた。
「オレ?なんでよ?」
「おまえがカノジョなんかこさえるからさね」
「言ったろう?おまえは山の女神に気に入られてるって」
「恋仲の男が他所に女を作ったら、誰だって怒って不機嫌になるだろう」


心臓が変に軋んだ音を立てた。確かに今夏はいつもと違う。歓迎されていない、何らかの拒絶を感じる。
「そ、んなコト言われても。顔も知らねぇ、いるのかいねぇのかも分かんねぇ女神に、何でオレ恋愛禁止を食らわにゃならんのよ」
「記憶が途切れてる間、女神さんとよっぽどいいコトしてたんだろ?だからおまえはここに来る度、無意識にそのいい想いをしたくて山に入ってたんだろが」
「し、知るかよっ、だからオレが覚えてねぇからって勝手に憶測すんなっ!」
不条理だ、と口にしながらも、不安な指は守り袋の形を確かめていた。見放された、そんな言葉が頭の中をグルグル回った。



カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]