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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





遣らずの雨 2/




新設された高速の出口が祖父の田舎の近くにあって、鳴海は少し驚いた。あそこは過去も未来も利便性とは無縁の土地だと思っていたから、高速を降りてからチラホラ見かける見慣れない建物に、自分が来なかった期間の長さを感じた。ちゃんとしたコンビニなんてものも地面から生えていた。でも『コンビニエンスうぶかた』も健在で、店前を通過しながら胸を撫で下ろした。
「どなりんジジイ、まだ生きてんのかな…」
ジジババ達の顔を見に店を覗きたいけれど、自分が来たと知れて大騒ぎになるのも嫌だったので素通りした。祖父の骨を届けた父親の話だと、鳴海がカノジョを作って山の女神のヤキモチを買った辺りから里の天候や収穫が安定せず、一部「ナルミのせいだ」になっているそうなので触れない方が身のためだ。
今はとにかく、しろがねだ。


バイクを駆って、ひたすら走って、しろがねのいる神社に辿り着いたのは三時過ぎだった。石段を駆け上がるや否や
「しろがねっ!」
と叫んだ。しろがねはいつも社殿の階に腰掛けて、正面の階段からやって来る鳴海のことを待っていてくれたのに、いない。十年振りにやって来た神社は記憶通り、今にも崩れそうで、ゴミが散らばってて、森閑としていた。景色が色褪せて見えるのは、山の方が都会より秋の訪れが早いからだろうか。
「しろがねぇっ!オレだよ!どこにいる?」
あちこちに目を走らせて見ても、しろがねの姿がどこにも見つからない。楠の前へとやって来た、注連縄は辛うじてぶら下がってはいるものの、今にも千切れてしまいそうだ。幹には新たな釘が三本刺さっている。今すぐ抜いてやりたいけれど、同じ轍は踏まないようグッと我慢した。


「しろがね…」
楠を抱き締めるようにして、両の掌と頬を樹皮に寄せる。
「いるんだろ?出てきてくれよ、しろがね…」
彼女はもう消えてしまったのかもしれない、そう考えると胃を鷲掴みにされたみたいに苦しくなった。酸っぱいものが込み上げて吐きたくなる。
「全部、思い出した、しろがねのこと…千羽鶴にお願いしたこと、叶ったんだ……もう忘れない、大丈夫…だから…!」
出て来てくれよ…!
けれど、鳴海の呼び掛けに応えてくれるのは樹々のざわめきばかり。
「ホントに…オレがここに来ない間に…消えちまったのかよ…」
嗚咽が漏れてしまう唇を噛み締めて堪える。しばらくは涙が流れるままに任せ、立ち尽くす。硬い樹皮に唇を寄せると、顔を上げ、手の甲で頬を拭った。


「とりあえずさ…約束を果たさねぇと、って思ってさ」
鳴海はバックパックからゴミ袋を引っ張り出すと、軍手を嵌めた手にトングを持って境内中のゴミを拾って回った。
「ちゃんと記憶があるってのはいいな。必要なモンを用意して来れるんだから」
初めてここを訪れた日から毎回「次来る時は大きなゴミ袋を持って来よう」と思うのに必ず忘れてがっかりすることの繰り返しだった。縦にも横にも育ち切った、日々肉体労働で鍛えている身体の動きは昔とは比較にならない。テキパキと動いて表を全部きれいにすると、今度は社殿に手を付けた。ザッとゴミ袋を社殿の横に並べた頃には、空は金色に染まり始めていた。
昔、しろがねに教えて貰った綺麗な泉水の湧く場所に行き、手や顔を洗い、口を濯ぐ。手拭いも冷たい清水に浸して社殿に戻って来る。改めて中を覗いても誰もいない。


陽光は橙色を帯びつつある。
「日暮れが早いなぁ…」
秋口とはいえ都会はまだ夏の残り香が色濃いけれど、山間にある田舎はとっくに秋に支配されている。
鳴海は戸口に腰を下ろし、少しずつ直視出来る姿になる太陽を見上げた。ここから離れたくない。しろがねはいないのだとしても、ここにいたい。ようやく取り戻したしろがねの想い出をひとつひとつ、大事に噛み締める。そうこうしている内に、空が燃えるような色に染まった。秋の日暮れはつるべ落とし、とは良く言ったものだ。
とりあえず、軒先に置いた荷物を取りに行こうか、そう考えて社殿を出ようとした時、急にパタパタと草木が打たれる音が耳に届いた。床板に次々と大きなドットが刻まれて行く。
「雨…?」


瞬きの内に本降りになった。急いで軒先の荷物を引っ張り上げ、社殿に逃げ帰る。再度見上げれば、雲一つない夕空から篠突く雨が降る。燃える夕陽が数多の雨粒をキラキラと光らせる、不思議で幻想的な光景だ。
「狐の嫁入りってヤツか。こんな大雨、破れ傘みてぇな屋根なんだ、雨漏りが…」
社殿の中に斜めに射し込む夕灯が、暗い室内をぼんやりと照らし出す。その光の向こうに見つけたものに、鳴海は必死に目を凝らした。長い髪の、白い着物を着た女がこちらを向いて座している。
鳴海は社殿奥へと這い蹲るようにして駆け込むと、女の前で両膝をついた。女の身体は透けていて、幽かに朧な光を纏うものの、今にも消えてしまいそうだ。


「しろ…がね…」
そう、と名前を呼ぶ。大きな声を出した途端、ぱちん、と消えてしまいそうで怖い。どうしてか、しらがねは榊の枝で顔を隠していて、いつもと違う態度を取る彼女が悲しい。
「触れたい……触れても、いいか…?」
「……」
しろがねからの返事はない。沈黙は肯定と解釈して、膝に載る、榊を持たない方の手に手を重ねる。すると、鳴海の手はしろがねを突き抜け、床に届いてしまった。
「そ、そんな…」
泣きたそうな顔を上げると、榊の隙間から濡れた銀色の瞳が見えた。それだけでしろがねの自分への想いが具に伝わって胸がいっぱいになった。


「この手でちゃんとしろがねに触れたい。どうにかならねぇか」
実体化できない程にしろがねが弱っている。今日までにここの神様のことを覚えている者が減り信仰心は減った。ましてや唯一の信仰者を自負していた鳴海が完全に忘れていたとあれば、それは皆無に等しかったろう。
「返事してくれよ!オレ…!しろがねが消えちまうのだけはイヤなんだよ…っ!」
鳴海の頬を涙が伝う。すると頭の中に直接、
『おまえをもう少し見ていたくて…帰したくなくて…雨を降らせたのが、仇になってしまったな…』


もう二度と逢うつもりはなかった。記憶を失った鳴海が千羽鶴を折り上げるとは思わなかったし、まさかここに駆け付けてくれるとも思っていなかった。このまま、鳴海との想い出を抱いて、空気に溶け、大地に還る心積りだった。
でも、鳴海にまた逢えた。最期に臨むしろがねにとって何という幸甚だったろう。あれから五年経ち、更に大人びて逞しい男子になった。その姿を目に焼き付けたくて、もう少し、焼き付けたくて、遣らずの雨を降らせた。
浄化の陽と雨が混じり、彼方と此方の世の境目が開いて鳴海に見つかってしまった。
鳴海の涙がしろがねに触れる。綺麗な涙だ。それを拭ってあげたいのに、この身体にはその力すら無い。


『…おまえの…精気を少し、分けて貰えるか…?』
としろがねの声がか細く響いた。
「それでしろがねが元気になるなら!そんなもん、幾らでも」
『傍に…』
鳴海は一も二もなく言われた通り、しろがねの隣に腰を下ろし、互いにめり込むようにしてくっ付く。腕を回してしろがねの肩の辺りの空を抱く。


『些か…草臥れると思うぞ?』
「侮んなよ?オレがどんだけ鍛えてるか」
『…そんなことを言いながら、足腰立たなかった奴がいたな…』
「そんな意地悪言えるなら、意外と大丈夫か」
鳴海は笑い、しろがねはその胸元に顔を埋めた。
しろがねが黙ったので鳴海も黙った。弱ってはいるけれど消滅していなかったしろがねに安堵する。間に合った、きっと何とかなる。自分が精気とやらを分け与えればしろがねが当座の元気を回復するならば、自電車操業的ではあるけど先は見えた。
でも、精気ってどうやって渡せばいいんだろう?
と考えた刹那、ぞろっ、と身体の奥から何かの塊がしろがねに吸い取られて行った。


「……っう、……」
腰から力が抜けそうになり、気力で立て直す。この塊が、オレの精気、ってヤツか。確かに、一吸いされただけでも足腰にかなり来る。侮るな、などと言った手前、しろがねに格好の悪い姿を見せたくなくて踏ん張る。
ぞろり、ぞろり、間を開けながらしろがねに精気を吸われていく。その度に強い倦怠感に包まれるのだけれど、それはどこか射精感にも似て高揚してしまう。精気が抜ける毎に、しろがねの身体が掴めるようになって行く。
「…良かった…しろがね…」
何度目かの、ぞろ、という感覚を最後に鳴海の意識は途切れた。



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