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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





神隠し 2/4



鳴海にしてみれば、ほんの小一時間迷子になっていただけだった。
だけど、実際は真夜中で日付けが変わる一歩手前だった。まさに狐に抓まれた心地で、鳴海は何が何だか分からない。
「今までどうしていたんだ」
と訊かれたから
「知らない子と一緒だった」
と言うと大人たちは口々に
「『山の子』が出た」
と青褪めた。
鳴海は家の中に押し込まれると仏間に連れて行かれ、しばらくしてやって来た見るからに呪い師っぽいおばあさんに祈祷的な何かをされた。大人達は『山の子』とやらを「恐ろしい」と口々に言っていたが、鳴海にとっては呪い師のおばあさんの方が山姥みたいで怖かった。


祖父が言うには、『山の子』というのはここら辺の里に昔から居る人ならざる者で、山で迷子になった子に道を示すそうだ。しかし、『山の子』が遊び相手を探しているから子が神隠しに遭うとも言われていて、触らぬ神に祟りなし、近寄らぬが吉とされ、だから子どもは林の奥に入らないよう強く言い含められているらしい。
大人達の中にも「子供の頃に自分も『山の子』に会ったことがある」と言う者がチラホラいた。正確には「会ったことがあるらしい」であり、本人達は『山の子』に会ったことを忘れており、周りの人間が迷子になった時の言動を覚えているだけだった。
鳴海はじんわりとした倦怠感に身を浸しながら、彼らの体験談通り、自分が会ったはずの『山の子』の容姿も、語らったはずの言葉もまるで思い出せないことに気が付いた。そして、そのまま畳に崩れ落ちた。





その翌日のまる一日、鳴海は熱を出して伏せった。ぐったりと昏昏と、眠り続けた。
後から大人達から聞いた話だと、『山の子』に精気を吸い取られたから、だそうだ。『山の女神』が男の精気を吸う話は良くあるが、『山の子』も同じなのだそうだ。初めから精気を吸うのが目的で『神隠し』にするんだ、なんてことを言う人もいた。


そして、翌々朝にようやく熱が下がり、意識を取り戻した時、鳴海は『山の子』との出来事を殆ど忘れていた。山の中で迷子になったことは覚えているものの、どうやって家に帰って来たかがよく分からない。『山の子』に助けてもらったんだと人は言うけど、よく覚えていない。そのことを考えようとすると頭の中に薄ぼんやりした膜が張ったようになった。
「今日は外に出るのは止して、家の中でゆっくりしてなさい」
とおばさんが言うので、鳴海は大人しく夏休みの宿題をして過ごした。問題を解く合間、しばしば誰かの視線を感じて顔を上げると、縁側から山の緑が見えた。





更に翌日、朝食を食べた鳴海は庭に出た。蝉の合唱が五月蝿くて、まだ朝なのに太陽は焼き付くようだけど、山からは涼しい風が吹き下ろして病み上がりの鳴海に優しかった。
何気なく足元の影に目を遣る。ひょろっとした、背中を丸めた影。不意に「猫背」という単語が脳みそに浮かび上がり、鳴海はピシッと背筋を伸ばした。
「あ、あれ…なんだろ…」
つい最近、誰かに姿勢の悪さを指摘された気がするのは何故だろう。少しでも見栄えを良くしたくて懸命に胸を張って見せた……誰に……誰に?


「病み上がりなんだから、あまり遠くに行ってはダメよ」
とおばさんに言われ
「はい」
と答えたものの、鳴海の足は自然と先日迷子になった辺りに向かっていた。何となく、誰かがそこで自分を待っているような気がして。この土地には鳴海の友達なんかいないのに、どうしてそんな気持ちになるのか全く不思議だけれど、心の奥底から「会いに行かなくちゃ」って気持ちが湧き上がるんだからしょうがない。


「ここら辺でみんなの声がしたから、こっち側の茂みに潜ったんだよね……あ、ここだ。この木の形に見覚えある…」
ここから林の奥に行ったら先日の二の舞になるかもしれない。誰かが待っている、なんてのは自分の思い込みでしかないと思う。
でも。
「行かなくちゃ。そんな気がするんだもん」
鳴海は茂みに飛び込むと獣道に出た。薄暗い林の中、でも何故だろう、ちっとも不安にならない。キラキラした木漏れ日に何かを思い出しそうになりながら歩いていると
「どうしてまたここに来たのだ?」
と背中に声が掛けられた。振り返ると、白い着物の女の子が立っていた。大きな銀色の瞳、木漏れ日がさざめく銀糸の髪    


「……」
ぽかん、と口を開けたままの鳴海に近づいて、女の子は怒ったように言う。
「この間のことは忘れているのだろう?なのになぜ…」
「しろがね!」
ぱあっと晴れ渡った空のように底抜けの笑顔の鳴海に名前を呼ばれ、しろがねはパチクリと目を瞬かせた。
「そうだ、きみの名前はしろがねだよ!ぼく、どうして忘れてたんだろう?」
あれからずっとモヤモヤしていた、脳みそに掛けられた幕が取り払われた。家に辿り着いた途端に頭の中から消えてしまった女の子、その姿も、声も、言葉も、名前も、取り戻す。


「…どうして…覚えている…?」
しろがねは不思議な生き物を見るような目をしている。
「何で?覚えていたら変なの?ぼくとしては、しろがねのことをさっぱり忘れてた方が変なんだけど?」
「どうしてまたこんなところに来たのだ」
しろがねの手が伸び、茂みを潜った時にくっ付いた葉っぱを髪から取ってくれた。
「ええとね。助けてくれてありがとう」
「え?」
「それをしろがねに言ってなかったから。言わなくちゃって思ってて」
「どうして……そんなこと」
「だって。何かをしてもらったらちゃんとお礼しないと。良かったよ、思い出せて」
そう言うとしろがねが、くん、と眉根を泣きたそうに寄せた。どうしてそんな顔をするのか、鳴海が心配を口にする前に
「ここにいてはいけない。おまえがまた、体を壊してしまう」
としろがねが鳴海の手を引いた。
「これで口と鼻を覆い、出来るだけ息を止めて。苦しくなったら薄くほんの少しだけの呼吸をしろ」
手渡された手布で大人しく口鼻を覆う。手布は花のようないい香りがした。


「おまえが迷い込んでいる、ここは神域なのだ」
「しんいき?」
「神と呼ばれる者達の場所だ。空気が清浄過ぎて人間には長い時間は耐えられない。強い薬は毒になる」
「毒?だからぼく熱が出たの?」
「ああ、私がもっと早くナルミを見つけていれば良かった。すまなかった」
しろがねは鳴海の手を引いて足速に進む。
「しろがねのせいじゃないよ。しろがねは平気なの?」
「…私には…人間の住むところの空気の方が毒だからな…」
「どういうこと?」
しろがねの言うことは幼い鳴海には難しくてよく分からなかった。そして鳴海の質問に、しろがねは少し寂しそうに微笑むだけで答えることはなかった。


しばらく歩いて、開けた場所に出た。そこは山の中腹のようで、人里が眼下に見えた。
え?こんなに歩いたっけ?ぼく、いつ山を登ったの?ずっと平らな地面を歩いていたのに?
頭に疑問符を幾つも並べていると
「もう普通に息をして大丈夫だぞ」
しろがねに言われ、呼吸を覆っていた布を外し、ぷは、と息をつく。
「ここの空気は普通に吸ってもいいの?ぼくも、しろがねも」
「ここは神域と下界、人間が住むところとが混じる場所だ。おまえには全く障らない。私もここなら大丈夫だ」
「ふうん……それで、ここはどこ?」
「…人間に忘れられた神の社だ。ここには信仰を持って誰も詣でなくなって久しい…」
「やしろ?」
「神の家だ」
しろがねはそう言うと、やっぱりどこか寂しそうに微笑んだ。



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