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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。





「一緒に帰ろう」





それから半月ほどが経った。
その日、22時を回った時刻、しろがねはショッピングモール内のカルチャーセンター棟にいた。鳴海の勤める道場が入っている場所、そこを背にして立っていた。
しろがねの眼前は吹き抜けになった店舗群、営業時間を過ぎた商業施設は電気が落とされて薄暗く、飲食店もラストオーダーに入っている。


しろがねが再びここに足を運んだ目的は、鳴海のアシスタント講師姿を再見学するため。
前回、鳴海に恋慕する女性の敵意のせいで、せっかくの機会を台無しにされたしろがねはあれからずっと不完全燃焼を抱えていた。
観たかったのだ、本当は。
先生をしている鳴海のことを。
お陰でこの二週間、ずっと不機嫌で鳴海に八つ当たりをしていたことを否めない。


前回訪れた時に道場のタイムテーブルを密かに手に入れたので、鳴海のシフトはしっかり把握している。しろがねはニットキャップを目深に被り、目立つ銀色を押し込んで見学に臨んだ。一番遅い時間の、仕事帰りのサラリーマンがメインのクラス。廊下には二人、生徒の彼女と思われる人が見学しているだけ。
教室にそうっと近づいて、廊下から室内を斜に覗ける場所に立つ。
遠目だけれど鳴海が見えた。しろがねの頬が緩む。
意識の高い成人男性を相手にするので、鳴海もまるで気が抜けないようだ。子供向けのクラスにはなかった緊張感を帯びた表情。


カッコいい、と思う。
勝には全力で否定したけれど、
拳法の型を演じる鳴海はまるで舞っているようで、
素敵だと思う。


今回は鳴海に気づかれることもなく、しろがねはすっかり満足してクラスが終わる少し前に道場を出た。今は、生徒達が帰宅の途に着くのを見送って少し経つ。
しろがねがこうして鳴海を待っているのは仕事帰りの彼と約束があるからではなく、懸念がひとつあったからだ。この半月、しろがねを悩ませること。
その時、自動ドアの開く音がして、しろがねは身を硬くした。重たいしっかりした足音、鳴海だ。授業終わりからさして時間は経っていない。どうしてだろうか、何だかとても急いでいるようだ。
「ナルミ先生。教室、終わりました?」
突然の声に、しろがねは全身を耳にして背後を探る。鳴海が道場から出て来たのと同時に、女の人が声を掛けた。あの、敵意のヒトの声だ。


前回の見学の日以来、しろがねがずっと気になっていたこと。
それは、鳴海のプライベート。
例えば、あの女性との関係。


鳴海が誰か他の女性と、なんて考えたことはなかった。
でも、女のヒトと腕に腕を絡めることに抵抗がなく、笑顔で接していた鳴海を見ているうちに、鳴海の気持ちがどこを向いているのか分からないことが苦しくて堪らなくなった。
ここでの仕事の後の時間を鳴海がどうして過ごしているのか知らない。もちろん、それ以外のバイトの時も。真っ直ぐ帰宅する以外の選択肢があることすら頭から抜けていたし、鳴海の周囲にいる女は自分だけだと思っていた。
世界の半分は女性であり、自分が鳴海を想うように他の誰かも彼を想う可能性もあるのだと、現実を突き付けられた。


しろがねは彼女みたいな笑顔を鳴海に向けたことがない。だって上手く笑えない。
あんな風に腕を絡めたこともない。胸を押し付けるように密着、どころか、ただ触れることさえ出来ない。
可愛げがないと思われている自分が甘えて見せたところで鳴海がどんな反応するか、考えただけで背筋が凍る。


そして今、しろがねが懸念していた通り、ふたりは鳴海の仕事終わりに会っている。鳴海が急いでいたのは、彼女との約束の時間が迫っていたからなのかもしれない。その事実にしろがねの胸は引き裂かれるように、浅い呼吸すら痛い。
太陽のような鳴海の笑顔。
鳴海が、あの笑顔を他の女のヒトにも見せることが嫌だ。あの笑顔を一番近くで見ることは、いつの間にか自分の特権だと思っていた。
誰よりも鳴海を独り占めしたいのは、しろがね自身だった。


しろがねの不安が辺りに満ちる中、鳴海の第一声は
「どうかしたんスか?こんな時間に」
だった。彼女がここにいることはカトウには想定外だったのだろうか、しろがねの瞳に希望が灯る。
「ええと、デートのお誘いです。どうですか、これから…」
女性の声は幾らか恥ずかしそうに、でも堂々としている。
鳴海は彼女とは関係がなかった。でも、今からはどうなるか分からない。知らず、しろがねの両手が胸の前で祈るように組まれた。
お願いだ、断ってくれ…
鳴海は黙っている。しろがねは鳴海の返事を固唾を飲んで待った。デートの誘いをしているのは自分ではないのに。しろがねの願いが届いたのか
「すんません、オレ先約があって」
と鳴海は断った。
はぁ…
絞り出すように、しろがねの唇から溜息が漏れた。


「今日はどなたかとご予定が…」
「はい」
肯定した鳴海に、しろがねの呼吸が再び止まる。やはり、と思う。鳴海が急いでいたのと辻褄が合う。鳴海は嘘をつかない。鳴海が「先約がある」と言うのなら本当に誰かと会う約束があるのだろう。
「でしたら。いつご予定空いてますか?」
「すんません。お答えできないです」
「…職場の決まりで公私混同禁止、てことですか?」
「それもありますけど…」
鳴海は大きく言葉を区切った。
「オレには邪推されたくないヒトがいるもので」
今度は女性が言葉を飲む。
「そのヒトとは……お付き合いされてるの?」
「…いえ…その、オレの片想いですよ」
「…先約は、その方ですか?」
「ええ、そういうことですから…あなたに応えることができなくて、」
「もう結構です」
女性は鳴海の言葉を最後まで聞かず、ヒールを荒々しく鳴らして去って行った。振られたことに対する憤慨が伝わる。


鳴海はあのヒトと何もなかった。真面目な鳴海は職場の決まりを守って、生徒とはそういう付き合いはしないのだろう。
でも、鳴海は「先約がある」と言った。鳴海には仕事帰りに会うようなヒトが別にいるのだ。他の女性といることで邪推されたくないような、大事なヒトが。そして、そのヒトに片想いだとも。
しろがねに牽制の視線を送った女性は振られた。そして
「私も、振られた…」
何という皮肉だろう。普段笑えない唇が歪んだ笑みを浮かべようとしている。こんなことで笑いたくもないしろがねは震える唇を噛み締め、堪えた。
ふうっ、と鳴海が大きく肩で息を吐いたのが聞こえた。続いて、スタ、と足を踏み出す音。背後の鳴海の足音が遠ざかるのを待とうと、柱の陰で身を縮こめる。
すると、鳴海の足音が真っ直ぐにこっちに向かって来るではないか。
「な、何故…」
しろがねの逃げ場もないままに、ひょこ、と鳴海が柱の裏を覗き込んだ。


「よう」
と声を掛けられてしろがねは飛び上がった。
「か、カトウ。どうして」
鳴海の死角で気配を消していた自覚のあるしろがねは、どうして鳴海に見つかったのか、まるで分からない。
「オレが分からいでか。侮んなよ?おまえさっき教室覗いてたろ」
鳴海はニッと笑って銀髪を隠すニットキャップを脱がした。バレていたことが気恥ずかしいしろがねは
「か、買い物に来たものだから。そのついでだ」
と髪型を整えながら強い口調で言い繕う。
わざわざ電車の距離のモールにやって来て、営業終了時間帯のクラスを覗いて、買い物の紙袋ひとつ提げてない。余りにも不自然な言い訳なのは自分でも分かってる。


でも
「いーよ、それで」
鳴海が屈託無く笑う。
「買い物のついででも何でも。おまえがわざわざ見学に来てくれたんだから」
「あ…あの、カトウ…私…」
鳴海にそんな風に言ってもらえるとは思っていなかった。素直に「あなたを観に来た」と言えば良かったと後悔する。だから駄目なのだ。気持ちをもっと素直に伝えていれば、きっと後悔することもなかったに違いない。
鳴海は笑っている。彼の笑顔をこんな間際で見ることが出来るのは、自分だけだと思っていた。苦しい、胸が電光石火で妬けていく。
「で?どした、こんなトコで。教室終わってだいぶ経つのに」
「そ、それは」
問われても答えることなんか出来ない。見っともない嫉妬から出た行動なんて。咄嗟に出たのは
「か、カトウはこれから予定があるのだろう?」
という言葉だった。


「予定?」
「すまない。今の会話、聞こえていた。あなたには先約があると…」
鳴海がハッとした顔をした。
大事な人と過ごす時間が鳴海を待っている。鳴海が大事な人と過ごしている間、自分は何をすればいいのだろう。膨れる気持ちを持て余して。
「やっぱ、聞こえてたか…この距離、もしかしたらおまえに聞こえてるかも、聞こえてなきゃいいなぁ、て思っちゃいたんだけど…」
鳴海はバツの悪そうな顔をした。おそらく、これから会うヒトの存在を自分に知られたくなかったに違いない、としろがねは思う。居た堪れなくなり
「そ、それじゃ」
鳴海の手からニットキャップを取り返すと、ペコ、と頭を下げた。逃げるようにその場を離れようとする。
「しろがね」
名前を呼ばれた。何、と心細げな目を上げた。やさしく目を細めた鳴海に
「一緒に帰ろう」
と言われ、意味が分からず首を傾げる。


「だって、カトウ…これから誰かと先約が」
「おまえと一緒に帰る、それがオレの、先約だ」







この半月ほど、鳴海はしろがねに冷たくあしらわれていた。しろがねの不機嫌の理由が全く分からず途方に暮れていた。最近では「純粋に嫌われてんのかもなぁ」と諦観の境地に達していた。
とはいえ、自分の中の、しろがねへの想いは滅しようもないので今後、報われない恋心と今後どう折り合いをつけて行こうかというのが目下の悩みだった。


そんな今日この頃、講師業に精を出していて、ふと、しろがねを感じた。先日と同じ感覚、でもいよいよもってこんな時間、勝抜きでしろがねがいるわけも無いのにと、チラ、と視線だけを向け    すぐに逸らした。
いた。
しろがねが。
教室が覗けるギリギリの角度で、変装しているつもりだろうか、キャップなんか被ってる。そんなもんひとつで自分のオーラが消せるとでも思っているんだろうか。そういうところが可愛いと思う。
しろがねが観に来てくれた、その喜悦が胃袋をぎゅっと締め上げるような、何とも言えない甘酸っぱさが痺れになって指の先まで伝わる。気が漲る。
ああ、オレは嫌われてなかったんだ、オレに興味がないワケでもなかったんだ、それだけで嬉しい。
気づいてないフリをする。気づいたと知れたらまた、しろがねが逃げてしまうかもしれないから。視界の端で彼女を見る。自分を観てくれる彼女を観る。


しろがねは授業終了直前に帰ってしまった。けど、追えば間に合うかもしれない、帰宅するしろがねと合流できるかもしれない、そんな勘が働いた。例え彼女に追いつくのが自宅の近くだっていい、ほんの少しでも、彼女と一緒の時間が欲しい。
だから鳴海は急いだ。明日でもいい仕事は明日に回して取るものもとりあえず、道場を飛び出した。
不思議と鳴海にはしろがねの存在が感じ取れるから。目の前の柱の向こうに彼女が隠れていることは即分かった。
分からないのは、しろがねがそんなところにいる理由。







「一緒に帰ろう」
言葉が肌に沁み入って、じんわりと、しろがねの胸の中に体温が戻る。嬉しくて身体が震えた。なかなか答えの帰らないしろがねに、鳴海は目を落とし後ろ髪をボソボソ掻いた。
「まぁ…その、おまえが嫌だってなら、別々に」
「いっ、嫌じゃない」
「……そっか。嫌じゃねぇ、か」
鳴海は肩で大きく息を吐いて歩き出す。
「じゃ行くか」
鳴海はどうしてか、物凄く嬉しそうだ。鳴海が自分だけにくれる笑顔が眩しくて、心の底から愛おしい。
しろがねは覚悟を決めて、前を行く鳴海の腕にしがみ付いた。素直に思い切り、胸を押し付けるくらいに強く。途端、鳴海の全身が石のように固まって、ギシ、と歩みを止めた。
「お、おい、何してんだ、しろがね」
予想と違う不可思議な鳴海の反応に、しろがねは不安になった。
「この間、さっきの人にこうされた時、あなたは鼻の下を伸ばしてたが」
同様の反応が返るとばかり思ってた。あの時の鳴海は、腕も表情も緩んでた。ニヤけた笑いを浮かべてた。
でも、今しろがねに抱きつかれた鳴海は明らかに戸惑っている。ニヤけ、なんてどこにもない。しろがねはショックを受けた。


「やはり、私じゃ嬉しくないか」
「ち、が、う。そんな顔、すんな」
潤んだ銀目に見つめられ、鳴海の顔が見る見る間に真っ赤になった。
「でも、あの人には、笑って」
「そ、んな余裕なんて、あるか。ばか」
ふい、と顔を背ける。
鳴海だって男だから、女子に抱きつかれれば嬉しいし、おっぱいが触れればラッキーだ。でも、それがしろがねだと、こういった行動の動機が気になってしまう。何を思って、オレを想って、それとも何も考えてないのか、からかわれてるのか、悩んでしまう。


「余裕なんてあるか…おまえ相手によ」
鳴海はそっぽを向いたまま、しろがねを腕にくっつけたままゆっくりと歩き出す。
「離れた方がいいか?」
と訊ねると
「…このまんまでいい」
と返事をもらった。気を遣わせているんだろうか、と解こうとしたら、脇を締めた鳴海に腕をロックされた。
「このまんまでいいったら」
「で、でも、カトウ」
「あのよ…観に来てくれて、ありがとな」
しろがねが見上げても高い位置にある顔を背けられて表情が分からない。
「その、嬉しかった。ここんとこ、おまえに嫌われてるって思ってたからよ」
でも、長い髪から覗く耳は赤い。触れる、鳴海の腕も熱い。


「カトウ」
「なんだよ」
「先の話、あなたは先約の相手に片想いしている、と言っていた。先約は私、だったからあなたの片想いの相手も、その…」
鳴海の拳に力がこもった。
「……やっぱ聞こえてたか、そこら辺も…」
しろがねに聞こえてるかもしれない、とは思った。口にしたのは告白紛いの言葉、けれど聞かれてもいいとも思った。自分の語る『誰か』をしろがねが『自分』と結びつけるとも限らないし、結びつけてもスルーされるかもしれない。
でももしも、しろがねがスルーせずに訊ねて来たら
「オレは、片想いしてるよ、おまえに」
告白をしようと腹を決めていた。
「ホント、に…?ああ、だから…あなたは…」
私と一緒に帰る、それだけのことであんなに嬉しそうに笑ってくれたの…?
顔を背けっぱなしの鳴海の首筋までが赤くなった。しろがねは柔らかな弧を口元に描くと、鳴海の腕をぎゅっと抱き締めた。


「…腕、まだ強張ってるな」
「だから、余裕ねぇって言ってんだろ」
何しろまだしろがねに返事をもらってない。
「で、その…何だ…おまえは、オレのコト、」
「好き」
「……え?」
「大好き」
「……」
「だから…片想いじゃない」
「……」
「……」
「あのよ」
「な、なに」
「真っすぐ、サーカスに帰るか?それとも、ちょっとウチに寄ってくか?茶ぁの一杯くらい、用意するケド」
「……一杯だけ?」
「そら、二杯でも三杯でも用意する。一晩中でも飲み続けられるモンなら」
「一晩中…それでもいいな」


ぽーん、と軽い音を立てて開いたエレベーターに、ふたり並んで乗り込んだ。
「はあ…」
壁に寄り掛かり、鳴海は胸に溜まった空気を安堵に変えて吐き出した。ようやく腕も表情も解れる。鳴海はしろがねと目を合わせると、腕を組むしろがねの手を握り、指を深く絡めた。しろがねの手を持ち上げ、絡めた白い指に、鳴海は軽く唇を押し当てて照れ臭そうに笑った。
「防犯カメラが付いてるからなぁ。今はこれで我慢だ」
鳴海の笑顔を一番近くで見る特権を名実共に手に入れたしろがねも、鳴海を真似て武骨な指にキスを返した。お互いに、初めて触れる唇の感触にぞくっとする。
「さあ、一緒に帰ろう」


ぽーん、と軽い音を立てて開いたエレベーターから、ふたり並んで出て行く。
手を繋いで、跳ねるような大股で、とてもとても幸せそうに。



End
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