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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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It Must Be Love (7)





リシャールは、女の子はみんな可愛いと思う。
人種、見た目、性格に関わらず、女の子は誰も可愛い。
女の子を褒めるのは、男に生まれた者の義務だ。
女の子を喜ばせるのも、男ならば当然の奉仕だ。
女の子のどんな話題にも乗れるよう色々なジャンルにアンテナはいつも広げている。自分磨きも全ては女の子のためだ。


女の子はみんな可愛い。みんな好きだ。
でも、その中でも『特に』という女の子は存在する。
この九月に留学生としてやって来たクラスメイトのエレオノール・ベルヌイユ。文句無しの美少女だ。クールな才色兼備、運動神経はやたら良い。新体操でのタイトル保持者だが、留学を機にあっさりと引退してしまった。学校の体操部が熱烈なラブコールを送っているがけんもほろろらしい。


同郷のよしみでアプローチして友人関係を築くことには成功した。声を掛けて断られることはないが、彼女から声を掛けてくることもない。来る者を拒むことはないがパーソナルスペースに寄られることは好まない、去る者は追わないというか気にも留めない。そんなエレオノールに深追いは悪手なので、移動教室や登校時にさりげなく合流している風を装うことから一歩ずつ地道に近づいている最中だ。
基本的に深い人間関係は煩わしいタイプと思われるエレオノールだけれど、例外がひとりだけいるようだ、とは、彼女攻略のために観察を始めてすぐに気がついた。
8組のカトウナルミ。聞けばふたりは幼馴染らしい。が、エレオノールの彼を見る瞳はただの古い知り合いというにはかなり熱っぽい。


今もそうだ。
移動教室からの帰り、リシャールはいつも通り、エレオノールの隣に位置取りをして歩いていた。他愛のないお喋りに見せかけた彼女の興味のリサーチをしていると、廊下の曲がり角でカトウナルミと鉢合わせた。途端、エレオノールの顔がパァと輝いたのがリシャールには分かった。エレオノールは
「ちょっとすまない」
と断りを入れて
「ナルミ」
と広い背中へと向かって、ほんの少しの距離を小走りに駆けていく。カトウナルミは名前を呼ばれるや否や、否、それよりも早く振り向くと
「よう」
と明るい笑顔を見せた。
あの笑顔ひとつで、向こうがエレオノールをどう想っているか、なんてことを推し量るのは容易い。エレオノールが親しげに自分から話しかけるのはカトウナルミをおいて他にいない。それが稀有な事実であると、あの鈍そうな大男は理解しているのだろうか?
盗み聞きするわけではないけれど、ふたりの会話は漏れ聞こえてしまうので仕方ない。


「怪我、具合はどうだ?」
「大丈夫。食いもんが沁みるのが難儀な程度よ」
「昨日の今日だぞ?」
「お陰さんで。こーゆーのも、病は気から、なのかなぁ」
「良く分からないけど。ナルミが楽ならいい」
カトウナルミの左頬には冷却剤が適当にテープで貼り付けられている。ケンカでもしたのだろうか、エレオノールは彼の怪我の仔細を既に知っているようだ。
「移動だった?」
「ああ、情報のクラス。ナルミもか?」
「うん、物理の。そうそう、後でハンカチ返しに行こうと思ってたんだけど。今、渡してもいい?」


エレオノールの頷きを受け、カトウナルミはシャツの胸ポケットから女物のタオルハンカチを引っ張り出して、エレオノールに手渡した。受け取ったエレオノールは大事そうに両手に抱える。
「ありがとな。血も何とか落とした…つもり」
「ずっとそこに入れて持ち歩いていたのか?」
エレオノールの花車な指がカトウナルミの胸先を突く。
「いつ渡せてもいいよーに、って思ったから」
エレオノールは返されたハンカチで口元を覆うと
「ふふ。ナルミの匂いがする」
と可笑しそうに淡く微笑んだ。それはそうだろう。夏場、筋肉ダルマの熱量の大きなカラダに密着させていればその体臭が、もっと言えば汗臭さが移るのは自明の理。洗剤の香りなどもはや皆無なのは嗅がずとも分かる。


「あー…そんな、嗅ぐなよなぁ…」
カトウナルミはバツが悪いのか、恥ずかしいのか、またはそれ以外の理由からか、顔色が赤みを帯びた。それもそれだろう。自分の匂いを嗅がれる、それも好きな女子に嗅がれる、というのはかなり高いハードルを越えた先にある行為だ。
「洗濯、し直して来ようか…」
「ううん、いい。これで」
エレオノールはそこはかとなく嬉しそうに見える。


そこで廊下はTの字に二手に分かれた。右に曲がれば1組、左なら8組に。
「それじゃあ、またな」
「ああ。ハーフアップ、上手く出来てるぞ」
「へへ」
得意気に笑うカトウナルミの髪を結ぶのは、ゴツい男には似つかわしくない可愛らしいピンク色のゴム。どうしてそんな色が彼の髪に置かれているのか、経緯は分からないけれどエレオノールが関係しているのは間違いないと思う。


カトウナルミを見送って、エレオノールは
「悪かったな」
とリシャールの隣に戻った。手の中のハンカチタオルは二枚。二枚も何して汚したのか、同時に、二枚もこの狭い胸ポケットに突っ込んでたのか、ギチギチじゃないか湿気てそうだ、という感想が脳裏を掠めた。
「それ、彼に貸してたのかい?」
と訊ねると
「ちょっとな。色々あって」
とエレオノールは表情を柔らかく解した。それはリシャールと会話している時には見せたことのないものだった。人間に興味がなく、常にクールな彼女が恋する乙女の顔を見せる。


カトウナルミの匂いがすると言ったハンカチに唇で触れている。誰かの匂いを嗅いで幸せになる時、それはその誰かを愛しているからだ。抽象的に愛する誰かを身近に感じることができるから、彼女はタオルハンカチの残り香を嗅ぐのだろう。
そんなエレオノールの、銀髪を束ねているのがありふれた黒いゴムであることに気づいた。
何となく、薄々勘づいていたことではあるけれど。
リシャールは、己の目の前に立ち塞がる障壁の難攻不落さに改めて溜息を吐いた。





そして、リシャールにはもうひとり、特に気になる女の子がいた。





「何してるの、ミンシア」
昼休み、8組の手前で足踏みをしているミンシアに、リシャールは声を掛けた。
「リシャール」
「8組に用事?」
「別に…用事、というわけじゃ…」
ミンシアはちらっと教室の中に視線を泳がせる。リシャールがその先を追うと、そこにはカトウナルミがいた。仲間数人と楽しそうに食後の時間を過ごしている。
何でかあの男に縁があるようだ。どうしてオレの気になる女の子はあの男に惹かれるんだろうか、とリシャールは苦笑しかない。
「ああ、あいつ…カトウナルミだっけ?君と同じ拳法部の」
「違う!何でもない!ミンハイの名前なんて出さないで!」
突然、ミンシアが大きな声で話を遮った。
「でも、いつもミンシアは休みになると彼のところで」
「リシャールに関係ないでしょ!放っといて!」
そう言い捨てると、隣の自分のクラスに引っ込んでしまった。驚いた。予想外の過剰反応。すれ違う、ケンカしたの?、という目には、何でもないよ、と小さく手を振って応えた。
「確かにオレには関係ないかもしれないけど。何でもない、てコトはないだろう?」
だって今、泣いていたじゃないか。
いつだってあいつの側で笑ってたミンシアが、側に寄れずに遠くから眺めているだけなんて、何かあったと思うしかないじゃないか。


リシャールは、ふ、と息を吐いてカトウナルミを見た。男同士でくだらない四方山話に興じている、そこら中で見かける風景。
その裏で女の子を泣かせている自覚もなく、ひたすらに楽しそうだ。今日は好きな女の子と話すことも出来たし、ご機嫌なのかもしれない。
リシャール自身はカトウナルミと面識はないけれど、彼は良い意味で有名人だ。去年の大会の高一にして全国覇者で、男女問わず慕われる嫌味のない性格、お節介焼きの性分で面倒見も良く、特に下からの信頼が厚いと聞く。
実際、友達になったら楽しいヤツだと思う。 
「でも、女の子を泣かしっ放しはダメだなぁ」
分析するに彼は「これ」と決めた相手のためなら無駄なくらいに考えも巡らせられるけれど、その唯一無二以外の全員は男女の隔てなく友達、なタイプなのだろう。そのため一度、友達認定されてしまったらどんなに秋波を送っても届かない。
ある意味、性差別とはまるで無縁な、正しい意味でのフェミニストと言える。


いつも勝気な女の子の見せる涙というのは、結構グッと来るものだ。ただ、今のミンシアの涙の半分は、彼女の気持ちを汲めなかったリシャール自身の責任だと思う。
「デリカシーがなかったな…後でちゃんとフォローしとかないと」
とりあえず近いうちに、気晴らしに映画にでも誘おうか、と考えた。



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