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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





神隠し 3/4




そこは小さな神社の境内だった。
木々に埋もれるような色褪せた朱塗りの鳥居の足元は苔生しており、朱の剥げ落ちた表面のざらつきからもかなり古い物と知れる。 鳥居の向こうは下りの石の階、熊笹が左右から押し寄せるように生えている。地元の人間が永いこと詣でていない証拠だ。気持ちばかりの手水舎は水が枯れ、溜まった雨水に緑の藻が浮いていた。
小さな社殿は今にも崩れ落ちそうな有様で、控える眷属の石造も打ち壊されて胴体だけ、半ば土に埋まる落ちた首が虚ろな目を空に向ける。
社殿の前に転がる賽銭箱には、中身を取り出すのに誰かが小型の手斧か何かを振るった跡がある。 本来、賽銭箱が置かれる辺りの真上には、年期が入り過ぎた鈴緒が千切れても往生際悪くぶら下がり、みすぼらしく風に揺れていた。
しろがねの言葉通り、修補する人間が絶えて久しいのだろう、今にも朽ちそうな神社だった。


「神さまの家…」
ならば敬われるべき場所なのに、社の周りに敷かれた玉砂利の上は一面ゴミが散らばっている。信仰心を持つ者は誰も訪れずとも、不信心のロクでもない者はやって来るようだ。
後に、調べる術を得た鳴海は、この神社が『心霊スポット』に名を連ねていることを知った。白い着物の女の子、または白装束に緋袴の女が恨めしそうに現れるという。余りにも辺鄙な山の中にあり、道路も整備されていない場所なので実際には、近隣の不埒者が肝試しに訪れたり、社殿を『ヤリ部屋』として使われたりが多かったようだ。


祖父は「林の奥に人の詣でなくなった神社がある」と言っていた。「人に忘れられた神さまが怨んで化けて出る」とも。
「ねぇ?ここがお化けの出る神社?」
「お化け…」
「おじいちゃんに聞いたんだ。林の奥には忘れられた神さまが化けて出る神社があるって。怖いところだから行っちゃダメだって」
「…人間はそう言うな。ナルミから見てどうだ?お化けとやらが出そうか?」
「うーん…確かに建物はボロだし、ゴミだらけだけど…」
でも、怖がりの鳴海なのに恐怖はカケラも湧いてこない。夏なのにひんやりと感じる空気はキリと澄んでいて清々しい。青々と明るい木々に守るように囲まれているからだろうか、優しく見守られているような気すらする。
「そんな感じ、しないや。しろがねも一緒だしね」


鳴海はしろがねにニコと笑って、くるりと辺りを見渡した。そして、社殿の後ろに亭々と聳える大きな楠に目を止めた。樹齢は軽く三、四百年は越えそうな鎮守の樹だった。
「わあ…すごい立派な木だね…」
鳴海の言葉にしろがねも目を上げる。
「あれはここの神体だ」
「しんたい?」
「昔、あの木を神として人間は祭り、神社を建てたのだ」
「あの木が神さま?そうかぁ大きくて綺麗な木だもんね」
鳴海が神木を褒めると、どうしてかしろがねは恥ずかしそうに頬を染めた。


「神さまの家なのにどうしてゴミだらけなんだろう?掃除する人も来ないの?」
「ここの神は人間に軽んじられた神だから。ましてや、お化けとやらが出る、なんて噂のある場所に誰が来る?」
「そう…だよねぇ…」
確かに、こうしてしろがねに連れて来てもらったから「お化けが出る」が有名無実の噂だと分かるけれど、そうでなければ自発的に来ようなんて思わない。足が遠退くのが普通だ。
「でも、だからって、散らかしたままはヒドいよね」
鳴海は腰を屈め、落ちているゴミを拾い集め始めた。その行動にしろがねは驚いた。
「ナルミ、何を」
「ぼくが掃除するよ。ここがあるお陰でぼくはしろがねとおしゃべり出来るんだから」
人間達に忘れ去られた神、人間達の信仰心を失った神、人間達に神域を蹂躙される神。
都合のいい時ばかり利用してきた人間に対し、おそらく呆れているのではないかと思う。子供とはいえ自分もまた、十把一絡げの人間のひとり。 人間の不始末は人間である自分が謝ろうと思ったのだった。


「しろがねも一緒に掃除しよう」
と声を掛けると
「私は…」
しろがねは困ったように手をモジモジさせた。
「不浄に触れることが出来ないのだ。今、不浄に触れて力を失うと、この姿を保てなくなってしまう」
しかもこれらの塵芥は不浄なだけではなく悪意もまとっているからしろがねには辛い。
「しろがねの言うことは難しいなぁ。汚いモノにアレルギーがあって触れないってコト?」
「あれるぎ?」
言葉の意味が分からなくて聞き返すのはいつも鳴海だったのに、珍しくしろがねが訊ねてきた。
「ええと、アレルギーって言うのは、食べたり触ったりしたら病気になる原因、かな?」
「そうだな。私は『あれるぎ』だ」
「だったらいいよ。ぼくがやる。しろがねが病気になっなら困るもん。ぼくも熱出しちゃって大変だったし……あー、大きなゴミ袋があればいいんだけどなぁ」


仕方なく、地べたに落ちているコンビニ袋を拾い上げ、上に溜まった水を振るい、その中に拾ったゴミを詰めていく。
「お菓子の袋…オニギリはがしたヤツ…タバコの吸い殻…」
大人なのに何でちゃんと捨てないんだろうか、と不思議に思いながら手を動かしていると、コンビニ袋に向けてゴミが差し出された。見れば、しろがねが細長い小枝二本を箸のように使っている。
「ナルミにだけさせるわけにはいかない」
鳴海が袋の口を広げると、その中にゴミを押し込んでしろがねは口元に淡い弧を描いた。
「ナルミが袋を持っていてくれれば、私も浚うことが出来るな」
何だかしろがねが嬉しそうに見えて、改めて「しろがねって可愛いな」なんて思ってしまって、鳴海はわたわたとゴミ拾いに集中した。


ふたりで境内のゴミを拾って歩く。コンビニ袋がいくつか落ちていたので何とかゴミの分別に間に合った。しろがねが『ゴミの分別』を知らなかったので、どうして分けて捨てるのかを教えてあげた。それだけでなく、しろがねが色々と質問をするので鳴海は一生懸命答えた。
難しい言葉をいっぱい知っているのに、鳴海が知っているようなことを全く知らないしろがねは、鳴海の話をとても真面目な顔をして聞いてくれた。両親は仕事が忙しいし、いじめられっ子気質だし、鳴海の話を親身に聞いてくれるのはこれまで祖父くらいしかいなかったから、同年代のしろがねとのおしゃべりは本当に楽しかった。女の子と話したことだってこれまでなかったから、なお楽しかった。


ゴミを拾い歩いて御神木の前へとやって来た。間近に立つと、畏敬を覚えるほどに綺麗で立派な大木だった。その幹には朽ちてボロボロの注連縄が辛うじて巻かれていて、この木こそがこの神社の神籬(ひもろぎ)だと微かに主張していた。
「この木が、神さま…」
鳴海は手を合わせてぺこりと頭を下げた。
「正しくは、神の依り代にした木が鎮守へと育った、だ」
大きく枝を広げて鳴海の上に優しい木陰を葉擦れの音とともに落としてくれる神木。なのに。鳴海の目が顰められる。その幹には新しい物から古い物まで、何本もの五寸釘が打ち付けられていた。中には、藁人形と思しき残骸や、変色した写真の切れ端なんかを咥えたままの釘もある。神木の痛みや苦しみが心の中に流れ込んで来て、やるせなくて、鳴海は取り除いてやろうと手を伸ばした。それを
「絶対に触れるな」
としろがねが制した。


「どうして?」
「体に障る」
「でも、木が痛そうだよ、こんなの」
「ナルミは優しいな」
しろがねはそっと鳴海の背を撫ぜた。
「これは人間達の妬み恨み嫉みの具現化したものだ。誰かを殺したい、死ねばいい、奪いたい、そんな呪いが打ち込まれている」
明かり一つない山深い朽ちた神社に、恐怖を噛み殺すほどの怨念を抱えて丑の刻に参る人間の呪いは、打ち込まれた神をも負に傾かせる。
「信仰さえ得られれば、相殺も容易なのだが」
「でも、ここの神さまはそんな悪い願い、叶えないでしょ?」
「ああ、神は願いを叶えない。願いを叶えるのは、願った人間自身の力だ。神は見護り、手助けをするだけ」
「だったら取っちゃえばいいのに」
「釘を抜くと呪いは不成立となる。すると呪いの成就を阻んだ者に、呪いの矛先が向く。そうしたら、熱が出る、では済まない。ナルミの、その気持ちだけで充分だ」
「……しろがねはこの木の気持ちが分かるんだね」
「……」
しろがねは答えずに、ただ寂しそうに微笑むだけ。鳴海は木肌を撫でると
「ごめんね」
と呟いた。


ゴミを拾い集めた後、しろがねはどこからか木苺を手の平いっぱいに持って来てくれた。木苺は熟れて甘酸っぱくて美味しかった。
「秋ならば…せめて、ひと月早ければ良かったのだが、この時期、山には食べられる木の実は少なくて…すまない」
「謝らないでよ。それはしろがねのせいじゃないでしょ?」
「おまえはここを綺麗にしてくれた。それに私は応えてやりたいのだが…今の私にできることは山の幸をご馳走するくらいしかないのに」
もう少し、私に力があれば。項垂れるしろがねに
「いいってば。しろがねもさっき言ったでしょ?気持ちだけでじゅうぶん、って。キイチゴ、とっても美味しいよ?」
と鳴海は笑顔をみせた。





社殿の階段に腰掛けて、木苺を平らげて、楽しいお喋りをいっぱいして、太陽が天辺にやって来た頃
「ナルミ、お昼になる。そろそろ帰る時間だ」
としろがねが告げた。
「え?もう、そんな時間?」
「おまえは病み上がりだ。おばさんが心配する」
「あ、遠くに行っちゃダメって言われてたんだ…そうだね、帰らなきゃ。しろがね、ごちそうさま」
立ち上がる鳴海に次いで、しろがねも立ち上がり
「帰り道はこっちだ」
と案内する。鳥居を潜り、長い階段を下りて行く。階段に覆い被さるような熊笹が不思議とふたりを避け、トンネルを作ってくれているような気がした。
「ねぇ、しろがね」
「何だ?」
「午後も遊びに来ていい?」


屈託無い笑顔をみせる鳴海に、しろがねは困ったように目元を顰めた。
「迷惑、かな?」
「そうじゃない。……ここから離れれば、私に関わることを忘れる。前回、そうだったろう?」
「ならきっと大丈夫、次も思い出せるよ」
しろがねは銀色の頭を左右に振った。
「そもそも二度もここを訪れたこと自体、盲亀の浮木なのだ」
「もーきのふぼく?」
「滅多に出会うことがない、ということだ。なのにおまえはやって来た。今回のおまえは麟鳳亀竜の存在で…」
「り?りんぽ?」
「とても稀で珍しい、ということだ」
「そんな…どうして忘れちゃうの?覚えていることは出来ないの?」
「そういう決まり、そう思って欲しい」


人間が忽然と姿を消失させることを、神隠し、と呼ぶ。それらの要因の大半は迷子、家出、事故、犯罪など、神とは無関係だ。だが時に『禁足地』と呼ばれる神域に足を踏み込むことがある。人間の子供は無垢だから、神域に動物が出入り出来るように迷い込んでしまう。
神域は下界と時間の流れる速度が異なり、その端境もあちらこちらにある。自力で下界に戻れたとしても、そこは何年も経った全く見知らぬ土地、ということにもなる。
そして、その空気は人間に清浄すぎる。いずれは死に至ってしまうから、本能的に体は死を回避しようと、神域での記憶を失うことで再度来訪しないよう安全弁が下りるのだ。


鳴海はしょぼんと下を向いてしまった。しろがねは鳴海に悲しい顔をさせたいわけではない。最後に見る顔は笑顔であって欲しい。笑顔で別れたい。どうせ忘れられてしまう約束ならばしてもしなくても同じ、鳴海の気休めになるのならば大盤振る舞いの約束をしてやろうと思った。
「だが二度あることは三度あると言う。おまえならまた来られるやもしれない。ナルミ、もし覚えているようなら、この神の社に来るといい。私はここでおまえを待っているから」
「ほんと?」
鳴海はパと顔を輝かせて言った。
「ここにはどうやって来ればいいの?」
「おまえがさっき潜った茂みとこの場所を繋げておく。迷わずにまっすぐ来られるように」
「凄いや。どうしてしろがねはそんなことが出来るの?」
「さあ、階段を下りた先の鳥居を潜るといい。おばさんがおまえを探している」
「うん。じゃ、しろがね、後でね」
鳴海はニコニコと手を振って、鳥居の向こうへと駆け出して行った。
「ありがとう、ナルミ」
礼を口にして手を挙げ見送る、しろがねの表情が妙に寂しげなのが気になって振り返る    も、潜ったはずの鳥居はどこにもなく、眼前には大きな無花果の木が控えていた。
いつの間にか、鳴海は祖父の実家の庭にいた。





「あ…あれ?」
ぼく、誰かと一緒にいなかったっけ?
呆然と立ち尽くす。
その誰かと、大事な約束して……約束?何の約束?
「ぼく、今までどうして…」
「ナルミ?ずっと庭で遊んでいたの?」
おばさんが母屋から庭に向かって声を掛けてきた。
「う、うん」
「姿が見えないから、また『山の子』に連れて行かれたんじゃないかって思っちゃったじゃないの」
「『山の子』…?」
「さ、お昼ごはんよ?いらっしゃい」
家に引っ込んだおばさんを追って、鳴海も足を縁側へと向ける。
「お昼…何でかな?ぼく、ちっともお腹が空いてないや」


口の中に残る甘い味。赤い実を山盛りに掬った小さな白い手。銀色の木漏れ日。『山の子』。
それらは一本の糸で繋がっているようなのに、思い浮かべた瞬間、しゅるしゅると記憶が解けていってしまう。
沓脱石に上り、振り返る。来た道に誰かがいるような気がしたのだけれど、そこには万緑の山が広がっているだけ。さわさわと、手の形をした無花果の葉が鳴海に手を振っている。
「ナルミー?」
「はーい」
鳴海は家の中に返事をすると、もう一度山を眩しそうに眺めて、縁側に上がった。



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