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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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It Must Be Love (8)





その日の放課後、エレオノールはひとり、いつものように図書室で課題を片付けていた。
エレオノールが座る窓際の席からは中庭が見下ろせる。怪我をした鳴海を見つけたあの日から何となく、定位置となってしまった席だ。
鳴海が怪我をすることも、部活中に中庭にやって来ることも、あんな語らいの時間を持てることもそうそうあることじゃないと分かってはいるけれど。それに、また怪我をされても困るけれど。本当に何となく、この席に座ってしまう。
そんなわけで、課題をこなしては時々、窓の外に目をやって下校時間を待っていると突然、
「エレオノール」
と声が掛けられた。図書室、という場を考慮して普段よりもずっと絞られた声だけど、それが誰のものかなんてすぐに分かる。


「ナルミ」
首を巡らせても、背の高い鳴海の顔に目が届かない。彼女が着いているテーブル近辺は妙に人口密度が高く、当然、左右の席も野郎が陣取ってるので、鳴海はやむなくエレオノールの椅子に手を掛けしゃがみ込む。エレオノールはぐるりと真後ろを向くと、自分より低い目線の鳴海に
「部活は?」
とヒソヒソ語りかけた。鳴海もヒソヒソと返す。
「今日は休み」
これまでは休みでも自主練したり、バイトをがっつり入れたりの鳴海だけど、今週末がいよいよ大会本番なのでカラダを休めようかと…と言うのは建前、本音は別にある。
それは、大会直前だからこそ、エレオノールと一緒に帰るミッションの発動。


「珍しいな。図書室でナルミに会うなんて初めてだ」
比較的近い距離でほんのり微笑まれて、鳴海は勢いをよくした心臓のせいで顔色を赤くする。実際、図書室に入ったのは、入学時の校舎案内の時以来だ。
「や、その、ちょっと探しモノがあって…」
探しモノはエレオノール。前に放課後は図書室で過ごしていると聞いたので、ここに来れば会えると踏んだのだ。
図書室での探し物なら本だろうと、まさか鳴海の目当てが自分だとは思わないエレオノールは
「探し物は見つかったのか?」
「ああ、おう」
「なら、もう帰るのだな」
「ま、そう、なるけど」
と鳴海の退路を絶ってくれた。


こうなると単刀直入に本題に入らないといけない。出来たらエレオノールと時間を共有してからが理想なのだけれど。エレオノールの隣が空いていれば「オレも課題やって帰ろうかな」が可能なのに生憎、彼女近辺のテーブルは満席だ。真面目に課題に取り組んでいる彼女の邪魔をするのも躊躇われるし、並びでふたつ空いてる席への移動を勧めるべきか悩むし、ヒソヒソとは言え私語が続けば睨まれるしで、どうしようかと手をこまねき始めていると
「私も帰る」
とエレオノールは勉強道具をしまい始めた。
「え?課題は?」
「帰ってからやるからいい。せっかくだから、一緒に帰らないか?」
まさにそれが目的で来ていた鳴海はありがたいエレオノールからのお誘いにコクコクと頷いた。本懐の遂げ方が受動的なのがちょっとアレだけど、大事なことは一緒に帰る事なのだ。
「待たせたな。さ、帰ろう」
機嫌の良さげなポニーテールについて歩く。ふたり連れ立って席を離れると、図書室中の視線が一斉に注がれた。羨望の視線、それは鳴海の気分を相当良くさせた。


昇降口で、エレオノールが
「ナルミは自転車?」
と訊ねた。学校から最寄り駅まで徒歩10分強、加藤家や橘家のある町は駅一つ、その距離を鳴海は自転車通学しているが、エレオノール達は電車で通っている。結構、車通りの多い通学路なので橘家は、自転車は危ないからNG、の判断らしい。
「そう、でも転がしていくから」
「ならば、私も家まで歩こうかな。一駅分くらい、いい運動だ」
それは大変嬉しい申し出だ。エレオノールと一緒にいる時間が30分以上延びてくれる。内心、とてもホクホクする。自転車置き場で愛車を拾い、エレオノールのスクールバッグをカゴに乗せながら、鳴海は深呼吸をした。そして本日のミッションふたつ目に繋がる前振りを口にする。


「え…エレオノール?」
「ん?」
「あっ、あのさ、」
ごく、と喉ボトケが上下する。
「い、一緒に帰るついでに、そ、その、買い物に付き合ってくんない?」
めっちゃどもった。上擦った。汗掻いた。たったこれっぽっちを言うだけで、どうしてこんなに緊張しなくちゃなんないんだろう?
でもエレオノールは極普通に
「ああ、構わないぞ」
と返事をくれた。
「どこで買い物する?」
「駅ビルの中の」
「分かった」
エレオノールは跳ねるように歩き出す。鳴海は、ほー…、と肺を空っぽにするほど息を吐き出して、手汗の酷い手でハンドルを握り直した。





割合に大きな学校の最寄り駅には商業ビルが寄り集まっていて、なかなか小洒落た店が入っている。そして最寄りなだけあって、同じ学校の生徒をよく見かける。今日は彼らとすれ違う度に、鳴海はびっくり目を向けられた。正しくは、男子とふたりで連れ立っているエレオノール、にびっくりしているんだとは思う。
エレオノールが留学して来て一月と少し、その間エレオノールに告白し玉砕した屍の数は日々、累々と積み重なっていると聞く。エレオノールの周りを平然とチョロチョロしている男子はリシャールくらいなもので、それだって一緒にいるのを目撃されるのは校内と、登校時の駅〜学校間だけ。どちらも時間的にも場所的にも天井のある話だ。
そんなエレオノールが放課後に男子とふたりプライベートな時間を過ごしている。もしかしたらデートしてるように見えたりすんのかな、なんて考えると鳴海はニヤニヤが堪えられなかった。
「どうかしたか?ナルミ」
「んん、何でもねぇっ、あ、用事があんのはあの店なんだけど」
にやけた顔を見られたくなくて、さりげなく誘導する。


買い物のために鳴海がエレオノールを連れて来たのは、女性向けの小物を売っている店だった。エレオノールも覗いたことがある。どちらかというと大人っぽくて品のある、お値段もそれなりの店だ。
てっきり文房具とか部活で使う物とか、自分向けの買い物をするんだとばかり思っていたエレオノールは少し面食らった。確かにこんな店は、鳴海ひとりでウロウロするのはキツイかもしれない。だから女の子の連れが欲しかったんだろう、と考えた。
でも。ここで買った何かは絶対に『ご自宅用』ではない。鳴海が自分で使うとは到底思えない。ということは
「誰かへのプレゼント?」
以外の選択肢がない。案の定、鳴海は
「まあ、そんなトコ」
と言った。気恥ずかしいのか、鳴海の耳が赤い。プレゼント、ならばあげる相手を前に選ぶわけがないので、エレオノール以外の誰かへの贈り物ということとなる。胸の奥がモヤっとした。


かなり面白くない気持ちを抱えて鳴海の後ろをついて歩く。すると鳴海はタオルハンカチが並ぶ棚の前に立ち
「あのさエレオノール、選んでくれない?」
なんて言う。
「私が?」
「うん、エレオノールが一番いいな、と思うヤツを教えて欲しい、んだけど」
他のコにあげるモノを何で私が選ばないといけないの?エレオノールは真顔の裏でイライラとした。
「誰宛てのプレゼント?」
「それは…内緒」
「内緒?」
「いや、内緒、てゆーか、エレオノールには先入観抜きで選んで欲しい、てゆーか」


内緒、だって。感じ悪い。もらうヒトだって他の女の子が選んだモノだって知ったら気分が悪いだろうに。
エレオノールは自分が選ぶべきじゃないと思った。わざと意地悪して選んでしまいそうな自分がいて自己嫌悪に陥りそうだ。だからエレオノールは
「私が一番いいと思うのは、ナルミが選んでくれたモノ」
と言った。
「は?オレが選ぶの?」
「そう。あげる人に合うものを選べばいい。私は、あげる相手を知らないのだから」
例えば、鳴海がプレゼントをくれるとして、鳴海が自分のために選んでくれたものならばどんなものだって、エレオノールは宝物にする。このプレゼントをもらうのがどこの誰かは知らないけれど、その子だって同じだと思うのだ。他の誰かのアドバイスで選ばれたものよりも、鳴海が選んだものの方が絶対にずっといい。
何で私が、見ず知らずの女の子のためになることをしなくちゃいけないの?
鳴海が見下ろすエレオノールの輪郭の、口が少し尖っているように見えて、恐る恐る訊いた。
「何か、ふくれてる?」
「そんなことない」
が、エレオノールには、ぷい、とそっぽを向かれてしまった。



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