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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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It Must Be Love (9)





あれ…
作戦、どこかでしくったかなぁ…この店に入るまでは普通のエレオノールだったのに…


まさかエレオノールがヤキモチを焼いているとは夢にも思わない鳴海は、彼女の不機嫌の原因が分からない。ここの店、エレオノールの好みじゃねぇのかなぁ…なんて思いつつ、エレオノールの顔色を窺いつつ、彼女の言葉に従い、自分から見てエレオノールに似合う色柄のものを懸命に選んだ。
一方のエレオノールは、鳴海が必死に選んでいる様子も見ていて面白くない。だって今まさに、鳴海の頭の中には誰か他の女の子がいるのだから。まるでデートみたい、なんて浮かれてた自分がバカみたいだ。


「これ、かな…」
選び抜いた鳴海のゴツい手が取り上げたのは、エレオノールがくれた髪ゴムに似たパステルピンクのタオルハンカチだった。ふわっとしていて手触りが良さそう。エレオノール自身、ぱっと見で一番、可愛いと思ったやつだ。
「それなの?」
「うん…オレはな?ぽい、と思うんだケド…」
「ふうん」
白い横顔が素っ気ない。興味なさげな瞳が鳴海チョイスのタオルハンカチを一瞥する。銀色が涼しげでとても綺麗なエレオノールだから、冷たくされると心臓が半端なく凍りつく。


「ちょい待ってて。会計して来るから」
と言う鳴海には付き合わず
「店の外に出てる」
とエレオノールは背を向け、さっさと店を出た。少し離れた通路の壁に寄りかかるとふっと溜息を吐く。
「私、凄く感じ悪い…」
どういう意図のプレゼントか分からないけれど、どうでもいい相手に身の回りで普段使いするものをあんなに真剣な表情で選ばないだろう。自分の選んだものを気に入ってくれるだろうか、その思いがひしひしと伝わってきた。店の雰囲気や価格からしても、鳴海が相手を軽んじていない空気が滲んで苦しい。
「やだな…学校の中であのハンカチを持っている人を見かけたら…どうしよう…」
部活のマネージャーのミンシアや、校内で親しげに鳴海と会話している場面にしばしば遭遇するエリやファティマやシャロン(エレオノールはまだ名前を知らないけど)の顔が脳裏に浮かぶ。
歩いて帰る、なんて言わなければ良かったと後悔しきりだ。このまま電車でひとりで帰りたい。せっかく鳴海と過ごせるのに表情が柔らかくなってくれない。あんなに楽しかった気持ちはすっかり萎んで、水をかぶった綿あめみたいだ。


「お待たせ」
会計を終えた鳴海がやって来た。自分のつま先を眺めていたエレオノールはチラと視線を上げる。鳴海の手には可愛い小さな紙袋。鳴海にとても似合わない。それを誰にあげるんだろうと考えると、やはり面白くない。鳴海の前でどんな顔をすればいいのか分からないでいると
「はい」
と紙袋を差し出された。意味が分からなくて
「何?」
と訊ねた。鳴海は何とも言えない心配そうな表情をしている。どうしてそんな顔をしているのかも、エレオノールには分からない。
「これはプレゼントだろう?」
「うん、だから、エレオノールに」
エレオノールがきょとんと目を丸くして固まっているので、鳴海の言葉は
「あ、ええと…今日の買い物は、おまえに新しいハンカチを贈りたくて…だったんだけども…お礼、っつーか、お詫び、っつーか」
いささか弁解じみたものになる。
「私に…?」
「その、ハンカチ二枚も汚しちまってさ、洗濯したけど、汚れが気になって使えなくなっちまってたら申し訳ねぇなぁ、と」
鳴海は心持ち背中を丸めて頭を掻く。エレオノールは紙袋を両手で受け取って
「そんなこと、気にしなくていいのに」
と呟いた。


世界が急に、キラキラして見える。さっきまでの、胸の中に渦巻いていた不安や嫉妬が流れ出し、喜びや嬉しさに置き換えられていく。
だって鳴海があんなに一生懸命に選んでいたのはエレオノールのためだったのだから。


「私になら、最初から言ってくれたら良かったのに」
そうしたら、不必要なヤキモチを焼くことも、可愛げない顔をすることもなかったのに。今更ながら、自分の態度硬化を鳴海がどう感じたかが気になった。可愛くない、と思われてたら嫌だな、と怖くなる。
「言ったらおまえは、買わなくていい、っつーだろ?」
「ああ、言ったと思う」
「だろ?だから伏せたんだ。おまえにやるモンだから、おまえが好きなのを選べば間違いねぇって、思ったんだけどさ…オレチョイスになっちまって、おまえが気に入るモンだかどうだか」
選んだ時の、あの冷たい表情を思い出すと震えがくる心地だ。でも、今のエレオノールはあの表情が一体何だったのかと不思議に思うくらいに機嫌がいい。
「心配いらない。私もこれが一番いいなと思っていた」
「ホント?」
「ありがとう。大事に使う」
なんて潤んだ瞳で微笑まれたら、胸がきゅうと鳴って何も言えない。上機嫌で跳ねるポニーテールを追ってゆっくり歩き出す。


「もったいなくて、使えないかも」
「あー良かったぁ…」
ついつい安堵の息と一緒に言葉が転げ出た。
「何が?」
「何だかおまえが不機嫌に見えたから、そんな風に喜んでもらえるとは思えなくてよ。内心、ビクビクだった。知らねぇうちにやらかしちまったのかと」
「あ…すまなかった。私の態度はよくなかった」
エレオノールは素直に謝った。
「やっぱ何か怒ってた?オレ、何かやった?」
「違う。ナルミは悪くない。私が勝手に…」
「勝手に?」
勝手にヤキモチを焼いていました、だなんてとてもじゃないけど言えない。だから
「……内緒」
「内緒かよ」
とお茶を濁した。でもきっとこれからも、勝手にヤキモチを焼いてしまうのは止められない。鳴海が他の女の子と楽しげにしている姿を見かけるだけで、心が痛くて仕方がない。こんなにも嫉妬深い人間だとは、自分でも知らなかった。
彼女でも何でもないのに、ただの幼馴染なのに、独占欲丸出しでヤキモチを焼いているなんて知ったら、鳴海に何を勘違いしてるんだと、重たく思われてしまう。


「でも、お礼とお詫びにしては、これはもらい過ぎだ。貸したハンカチだって使えなくなっていないし」
鳴海には理解できないかもしれないけれど、鳴海に貸した思い出が付与されたハンカチ達には付加価値が付いて、エレオノールの宝物になっているくらいだ。
「それはほら、オレの気持ちだから」
「気持ち…」
「そ、気持ち」
鳴海だって分かっている。買い直す必要はなかったことは。ただ単に、エレオノールに贈り物をしたかっただけ、自分の贈った何かを彼女の身近に置いておきたかっただけだ。独占欲の萌芽だと言われても否定はしない。
ふと、思う。店に入るまでは普段通りのエレオノールで、店の中で不機嫌で、店の外で種明かししたら嬉しそうになった。てことは、プレゼントがオレから他の女の子宛だと勘違いしたからエレオノールは不貞腐れた、とか、可能性はなくもない、のでは、ない、か……て、コトは…


「ナルミ、ちょっとだけ屈んでくれないか」
「ん?」
エレオノールは少し考え事をしているかのように唇を人差し指で押さえて言った。
願望味の強い推測を脳内展開していた鳴海は特に何も考えずに言われた通り、素直に腰を屈めた。ふたりの顔の高さが揃う、途端、エレオノールの手が伸びて襟元をむんずと掴まれ、擦り寄る猫が鼻先を擦り付けるような仕草で、頰に軽く柔らかなものが触れた。それはそれは本当にライトな感触で、ちょん、と触れた瞬間に、する、と解けた。
「は?」
「私からの気持ち、私からもお礼とお詫びだ。こんなものしか持ち合わせがないから気が引けるのだが…」


それがエレオノールのキスであるという現実が、時間をかけて頭蓋骨を貫通した時、かくん、と鳴海の膝から力が抜けた。ヘナヘナとその場にしゃがみ込み、大きな両手で火を噴く顔面を覆い隠す。


これだから…!
フランス人ってのはキスのハードルが低くていけねぇ…っ!


「ちっちぇえ頃、ごほうび、ってほっぺにキスしてくれたっけなぁ…」
エレオノールの中で、今のキスも当時と根っこは同じ、だってコトは分かる。でも鳴海としては、今と当時の何が違うって、エレオノールが好きだと自覚していて、お互いにすっかりカラダは成長して高校生で、キスが当たり前か当たり前じゃないかの文化圏を理解してるということだ。
何にせよだ。今のライトキスが、好きな女の子からのプレゼントだってことには変わらない。
「どうした?どこか痛いのか?」
何の気なしの己の行動が鳴海に会心の一撃を食らわせた覚えのまるでないエレオノールが、いきなり顔を真っ赤にして蹲る鳴海がどこか体を悪くしたと思いペタペタと彼のカラダのあちこちを触る。そのため、更にオーバーキルされた鳴海が復活するのに結構な時間を要した。





空がオレンジ色に染まる頃、ようやく鳴海はエレオノールを橘家へと送り届けた。予定より帰宅が遅れたのは、最近オープンしたレモネード専門店に寄り道したり、遠回りして川沿いの緑道を散策したりしたからだ。何と充実した帰路だったろうか。
「私のバッグも持ってくれて、重たかったろう?」
「全然。チャリだしよ」
エレオノールはスクールバッグを受け取って
「ありがとう、ナルミ」
と微笑んだ。
「ナルミの部活がお休みの時、また一緒に帰れたらいいな」
なんて言うから
「もちろんもちろん」
と食いついた。全くもって願っても無い。
「それじゃ、また明日」
「ああっと、ちょっと待って」
門扉に手を掛けるエレオノールを鳴海は引き止めた。


今日、鳴海が自らに課したミッションは三つあった。
ひとつ、エレオノールに一緒に帰ろうと誘うこと。
ふたつ、エレオノールにプレゼントを買って渡すこと。
「あっ、あのさっ」
そして、みっつ目、
「次の日曜日、大会なんだ。もしも都合が良ければ、だけど、観に来ねぇか?」
エレオノールを大会に誘うこと。
「応援に?」
「決勝戦だけでいーんだ。エレオノールが来ると思えばオレ、必死で決勝に残るから」
心臓がバクバク鳴る。去年、先輩が彼女に応援に来てもらってて、正直「いいなぁ」と羨ましかった。とはいえ自分には彼女も、気になる女子もいなかったから縁のないことだと思っていた。
けれど、エレオノールが現れた。


別にエレオノールは鳴海の彼女でも何でもない。でも、好きな女の子が来てくれる、ってだけで頑張れる。それに決勝まで勝ち抜いた姿を見れば、『貧弱時代』で止まっているであろうエレオノールの『カトウナルミ像』だって上書き更新されるはず。そしたら『ご褒美』じゃなくて『好き』成分過多のキスだってもらえる日が来ないとも言い切れない、気がする。
キス、と考えたことで、頰がエレオノールのキスを反芻し、くにゃ、とニヤケ崩れた顔面を慌てて手の平で覆う。例え『ご褒美』でもエレオノールのキスはただただ嬉しい。
「どうかした?」
「い、いや、別に」
「今日のナルミは情緒不安定なのだな」
エレオノールに笑われる。
「初戦からちゃんと観る」
「いいの?」
「ああ。後で場所と時間を…そうだ」


エレオノールはスクールバッグの外ポケットからスマホを引っ張り出すと
「アドレスとか、交換する?」
と言った。
「あ、するする」
鳴海は慌ただしくスポーツバッグからスマホを取り出した。夏休みに再開してからこの方、喉から手が出るほど欲しかった情報。前回訊いても教えてもらえなかった手前もあり、本日のミッションに加えるか悩んだものの、上記の三つで精一杯な気がして先送りした事案だ。それをエレオノールから言い出してくれたのだから有難いことこの上ない。
「夏休みの時は、こっちでの携帯を持ってなかったから」
「そっか」
夏休みに言われた「携帯を買い直す」が方便でないと分かり、涙が出そうだ。
「はい。これで交換…できた?」
「おう、完璧」
エレオノールのデータを得た我がスマホが神々しくて尊い。


「後で詳しいこと送って」
ホットラインが開通した今、もう無敵だ。
「それじゃ」
「また明日」
エレオノールに見送られ、鳴海は自転車を漕ぎ出す。襟足に風を孕んで火照った肌に気持ちがいい。漕いで漕いで橘家から離れたところで
「よおぉっしゃあぁっ!絶対、勝ぁぁつ!」
鳴海は渾身の雄叫びを上げた。散歩中の犬に激しく吠えられる。飼い主は不審者を見る目をしていた。
「はっはー!吠えろ吠えろ!」
見事、ミッションコンプリート!
恐れるものなど何も無し!
鳴海は、今ならどんな相手でも一撃必倒できる気がした。



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