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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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It Must Be Love (10)





「テスト明けの休みに映画観に行かない?」
リシャールがにこやかに声を掛けると、ミンシアは無言で首を横に振って答えた。ミンシアの好みをリサーチし、部の大会が終わるまでは忙しかろうと時期を待ってのお誘いだったが振られてしまった。
まあ、振られるのは想定内だけどね。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、今はちょっと…」
十月も半ばを過ぎて、デートをするにはいい陽気になって来た。中間試験さえ終われば清々する。
「映画じゃない方がいい?」
「行く場所が問題じゃないんだけど」
一回や二回、袖にされたところで挫けるリシャールではない。とはいえ、日を追って浮かない顔になっていくミンシアに笑顔を取り戻してもらいたい。女の子は絶対に笑顔がいい。リシャールは彼女の視線を陽光の中まで追って
「断るのはアイツのため?」
と訊いた。


昼休み、ミンシアが佇む校舎の窓からは中庭で全力バレーボールをして遊ぶ鳴海が見えた。ガタイのいい運動部有志が寄り集まった、ただのバレーボールの打ち合い。
現在、試験直前のため部活は休止期間に入っている。そのせいで力の有り余った連中が力任せに叩くコントロールの定まらないボールが、ひしゃげる勢いで飛んでいく。爆撃のような重たい球はレシーブするのも難しいけれど、受け損ない明後日に飛んでもそこから態勢を整えラリーが続くのでなかなか派手な見物だ。アタックしてもレシーブしてもギャラリーからは歓声が上がる。


「ここのところずっと塞いでるのもアイツのせいだろ?」
当の鳴海はズボンの裾も捲り上げ、反射神経と腕力をフルに使ってプレイしている。ボールに破裂寸前の悲鳴を上げさせている様は陽気なゴリラのようにリシャールの目に映る。
「アンタにはお見通しかぁ…」
視線を振ると、ギャラリーの中にエレオノールがいる。当然、エレオノールの目は鳴海だけを追いかけている。彼女にいいところを見せたいのだろう、鳴海がやたら調子に乗ってはしゃいでいるのはそのせいだ。
先日の大会もあんな感じだった。お陰で、校舎の壁面には『祝・全国大会出場』の垂れ幕が秋風に気分良さげに揺れている。万事が万事、エレオノール効果の賜物なのだろう。でも、ミンシアの気分は反比例する。
「なら、ちょっとだけ愚痴に付き合ってくれる?」
ミンシアは鳴海に目を向けたまま、小さく笑った。
「いいよ、幾らでも」
リシャールは快く返事をした。


「ミンハイがね、あんな風に誰かを好きになったのは初めてなんだ」
初めて会ったあの日から、今の姿になるまでの鳴海が脳裏に浮かぶ。
「ずっと拳法拳法、鍛錬鍛錬。上達することしか頭にないヤツだったの。だから、ミンハイの目が自分に向いてなくても構わなかった。だって私に向いてなくても、他の誰にも向いてないんだもん」
「だけど、ついに向いちゃった?」
リシャールの合いの手に、ミンシアの目元が歪んだ。
「初めてエレオノールを見た時から予感はしてたんだけどね。…ちょっと前、ミンハイが怪我して…ずっと呆けてたせいで、らしくない怪我して…でも道場を出て戻って来たら、物凄い元気になってたことがあってさ」
そう言えば、アイツ頬っぺたに白いの貼ってたことがあったっけ、とリシャールは思う。
「理由はすぐに分かった。帰って来たミンハイの髪がピンク色のゴムで縛られてたから」
エレオノールに縛ってもらったとニヤけていた日以来、鳴海は髪すらも縛らなくなっていたのに。道場に戻って来た鳴海はきっちり気合いが入って、とにかく目付きが変わっていた。
今日の鳴海の髪も括っている、可愛いピンク色のゴム。


「この間の大会にエレオノールが応援に来てた。ミンハイが誘ったみたい。エレオノールが来た来ないで一喜一憂しちゃってさぁ…全く…」
ミンシアは思い出し笑いをする。とても苦そうな笑いだ。
「分かってはいるんだよね。エレオノールと話してる時のミンハイ、笑顔が違うって」
鳴海はいつもいい笑顔を見せる。でも、鳴海のあんな笑顔、ミンシアは見たことがなかった。
「あいつと話してる時のエレオノールも、表情が違うな」
「でしょ?ミンハイ、エレオノールを語り出すと止まらないし。あーいうの、色に出にけり、ってヤツなんだろうね」
好きなヒトと話す時、好きなヒトのことを話す時、誰だって気持ちが溢れてしまうものだ。それが自分では分からないだけで。
「でも、ミンシアだって他と違うよ?あいつの前だと。今だって、アイツのコトを話すミンシアはとてもキレイな顔をしてる」
「な、何言ってるのよ」
突然、持ち上げられるようなことを言われ、褒められ慣れないミンシアは顔を赤くした。


「ミンシアだって可愛いんだからさ、好きって言ってみたらいいのに。アイツにアタックしてみたコトあるの?」
「ないよ、そんなの…ミンハイにとって私は『姐さん』以外の何者でもないしさ」
「分からないじゃない、言ってみなきゃ」
「分かるよ。この十年間、どれだけ私がミンハイに『私は姉弟子、アンタは弟弟子。上下を弁えなさい!』って仕込んで来たか。いじめたし、無理難題も言ったし」
「それはなかなか…ハードルが高いなぁ…ハードルの数も多いし」
「…まさか、好きになるなんて思ってなかったんだもん…」
ミンシアは窓枠に額を寄せて項垂れる。
「何でオレが気になるコは、アイツのコトが好きなんだろうな」
はあ、と大袈裟に溜息を吐いてみせるリシャールに
「今のあんたが気になるのはエレオノールでしょ?」
何言ってんの、と突っ込む。


「ミンシアのコトも気になるよ、今でもね」
「押してダメだから引いてるの?気が多いのね。私とエレオノールの他にもいるんでしょ?」
リシャールは女の子に優しい。マメだし気が利くし、運動出来るしイケメンだしでとにかくモテる。いつも色んなたくさんの女の子に取り巻かれているから、誰にでも言っている気がする。
「気になるのはふたりだけ」
ひとり、に絞らないところがリシャールらしい。
「私と彼女じゃタイプが全然違うじゃない。節操ないの?」
「タイプ?タイプなんかないよ。女の子は女の子だよ」
リシャールは甚く真面目に答えた。言ってる内容とその表情のギャップが激しくて、ミンシアはプッと吹き出した。


「何かおかしい?」
「おかしいわよ。それに私、女の子、なんて言われたコトないから何だか変な感じ」
「ミンシアの周りにいる野郎どもの目はフシアナだなぁ」
リシャールは「心外だ」と口を尖らせた。
「好きな男のことでこんなに心痛める顔してるのは、女の子だからなのに」
ドキ、と胸の中から大きな音がした。こういう音がする時は、鳴海を見ている時だけだったのに、それよりも大きい音がした。
鳴海も底抜けに優しいけれど、それはミンシアが辛くなるくらいの優しさで、リシャールのように相手を見て必要な時に必要なだけ、な融通の利くものじゃない。それが鳴海の良さだと理解はしているけれど、無神経だとも思う。優しさは時に残酷だ。


「映画、ホントに行かない?」
リシャールがもう一度訊ねた。リシャールと鳴海を比較している自分が嫌で、リシャールに失礼な気がして首を再度横に振った。
「アイツと一緒がいいかぁ」
リシャールが嫌いなわけじゃない。鳴海がこちらを見てくれるはずもない。だけど
「…行くのなら、ね…」
「オレはミンシアとデートしたいんだけどなぁ」
どうして私にこだわるんだろう、不思議な気持ちでリシャールを見る。するとリシャールは、ぱち、と指を鳴らして
「そうだ!ダブルデートしない?」
と言った。
「え?」
「オレ、ミンシア、エレオノール、ナルミでさ。オレはエレオノール誘うから、ミンシアはナルミ誘えよ。したらディズニー行こう。ダブルデートのド定番」


リシャールはナイスアイディアとばかりに笑ってる。鳴海とデート、できたらと思う。
「でも。…ミンハイは私が誘っても」
きっと喜ばない。『姐さん』にデートに誘われて戸惑う鳴海の顔は容易に想像できる。
「オレをダシに使えばいいし。リシャールに言われて仕方なく、ってさ」
「ミンハイ、行くかな…」
「行くよ。だってエレオノールが行くんだから」
逆も然りだ。鳴海が行くならエレオノールも行く。
「好きなヒトが出てくるダブルデートなら受けるって」
「けど、それはエレオノールを追い掛けるミンハイを見る羽目になるだけで」
「どんな形でも、場に揃うのが大事なんだってば」
「そう、なのかな…」
前を向くため、諦めをつけるためには、失恋にとどめを刺す必要があるのだろうか。
「大丈夫。後はオレに任せてよ。ミンシアはアイツを誘ってくれればいいから」
不安そうなミンシアの肩を、元気付けにポンと叩いた。


「おーい、オレも混ぜてくれ!」
リシャールは突然、中庭に向けて大声を上げた。窓枠をひょいと飛び越えると、上履きのまま飛び出した。校内屈指のイケメンの登場に辺り一面が黄色い声援で湧く。
バレーボールを打ち合う輪の中に混じると、飛び入り参加して来た自分を見て、正面にいる鳴海がぎょっとした顔をした。考えたことがまんま顔に出るタイプだな、とリシャールは思った。
これまでこれと言った接点がないので、お互いにエレオノールを巡る恋敵としてしか認識がない。そしてリシャールにとっては、ミンシアの恋心に気付きもしないで泣かせる腹立たしい鈍感野郎だ。


リシャールにトスが上がる。リシャールはボールを胸でトラップすると、右脚で思いっ切り蹴り抜いた。ボールは狙い違わず猛スピードで鳴海に直撃し、ギャラリーからは響めきとも悲鳴とも付かない声が大きく上がった。低い弾道、土手っ腹に一直線に伸びるとんでもなく強いボールを辛うじてレシーブしたが当てるので精一杯だった。
「お、反応したか。流石だな」
軌道を変えただけで高く上がったボールは滞空時間がやたらと長い。
「ててて…ワントラップボレーシュートって。バレーって脚使っていーんだっけ?」
鳴海はビリと痺れる手首をプラプラしながら、あの野郎は女子とチャラチャラしてるだけのヤツじゃねーんだな、と相手の力量を改める。


リシャール・ベッティー、当校サッカー部のエースストライカー。
後でエレオノールに聞いたところでは、日本に来るまでは某有名サッカークラブのジュニアチームに所属していたらしい。


エレオノールの見ている前でヤラレっぱなしでいるわけにはいかない。単純な鳴海の闘志に火がついて、その後は鳴海とリシャールの男の意地を賭けた壮絶な打ち(蹴り)合いに発展した。



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