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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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It Must Be Love (11)




「おお、いらっしゃい」
「おじいさん、お久し振りです」
古書店で懐かしのケンジロウと再会したエレオノールは、気持ち幼げな表情でぺこりと頭を下げた。記憶の中よりもケンジロウの髪やヒゲは白さを増していた。小さい頃と印象が変わらないけれど、今なら、目元や輪郭がナルミに似てるのがよく分かる。
「まあ、ホントに別嬪さんになったなぁ、えっちゃん」
「そう呼ばれるの、懐かしいです」
『えっちゃん』は昔、日本にいた頃限定の呼び名だ。





大会も無事に終わり、平穏な日常が戻ったとある鳴海の部活休みの日の放課後。
鳴海はエレオノールに「一緒に帰らねぇか」と誘い、(本人的には甚くさりげなく)「じいさんに挨拶しにウチ寄る?」と誘った。エレオノールが「是非」と返事をくれたので、心の中でガッツポーズを作った。すかさず、鳴海は覚悟の深呼吸をして第二フェーズに移る。
「何ならウチで試験勉強でもしてかねぇか?せっかくだからよ」
肝心要の本命部分は「何」を口にした途端に全身から汗が噴き出した。ウチ=オレの部屋。爺さんへの挨拶はあくまで建前、こっちが目的である。


「ナルミ、どうした?顔が真っ赤だぞ?熱か?なら挨拶はまた別の日で」
エレオノールに心底心配そうな顔をされた。エレオノールが本気で辞退をしそうだったので
「ちゃうちゃう、大丈夫!今日の体育が外だったんで日焼け日焼け!」
と本日の中途半端な曇り空では日焼けは無理そうな言い訳を頑張った。エレオノールが胡散臭く思えば、演技下手の向こうに下心を見透かされてもおかしくない状況だったけれど
「そう?ナルミが平気なら、お言葉に甘えて課題をやっていこうか」
鳴海の言葉を鵜呑みにするきらいのある彼女は、青春真っ只中の少年に感涙を流させた。





「いやいや、美人さんになったなった」
しばし居間でお茶をご馳走になった後、トタトタと廊下を渡りながらケンジロウがご満悦そうに言う。
「そんなことないです」
「毎日毎日うるさいくらいに『可愛い可愛い』てえっちゃんの話を鳴海のヤツが」
「え?」
「わーわー!」
腹からの大声でケンジロウの話を妨害し、エレオノールの肩を押して自室方面へと誘導する。
「そんじゃオレら部屋で勉強すっから」
鳴海は階段にエレオノールを押し上げると、ケンジロウの元に取って返し、その首根っこを掴んで、
「絶対ぇに覗きに来んな、邪魔しに来んなよ?」
と低音で釘を刺した。
「すんの勉強だけかぁ?エロいコトしよーとか考」
「声デケェ!す、するか、んなコト!」
ニヤニヤと顎ヒゲを捻る祖父に最後まで言わせない。が、顔色が茹だったタコなので説得力はまるでない。実際、そんなムードになったらいいな、と考えてないワケじゃない。
「えっちゃん、気を付けろよ?鳴海がケダモノになったら大声出すんだぞ?じいちゃんが助けに行くから」
「は、はい」
「ちょっ!いー加減にしろよな、クソジジイ!」
「図星だからって怒んな、チエリーボオイよ」
かつて名クラウンだったというケンジロウは芝居掛かった仕草で、鳴海の太い腕から難なく逃れると、エレオノールに「ごゆっくり」と好々爺の笑みを見せて店番に戻って行った。
しん、とした空気に場が支配される。
「この空気をどうしてくれんだ…」
エレオノールを部屋に上げる前に、一生懸命に組み立てたプランを引っ掻き回され、
「後でコロす…」
鳴海はワナワナと震えるしかなかった。





エレオノールを自室に案内した鳴海が、改めて冷たい飲み物と袋菓子を手に戻って来ると、そこには物問いたげなエレオノールがデッカい目をこちらに向けて待っていた。用意された座布団に、真面目な顔してきちんと正座してるエレオノールもまた可愛い。写メりたい。
とはいえ、鳴海からしてみたら、これまで上手に隠していた(つもりの)エレオノールへの想いを祖父にバラされてしまったようなもので、何とも居心地が悪い。
「わ、悪かったな、ジジイが変なコト、色々…」
「ううん…あ、改めて、大会優勝おめでとう」
エレオノールも居住まいが落ち着かないのか、モジモジと手元に目を落としつつ、これまでにも何度もくれた「おめでとう」をまたくれた。
「あ、いや、こちらこそ応援ありがとう。お陰様で勝てました」
鳴海も丁寧に謝意を返す。実際、好きな女の子が『そこに存在する』ってだけで湧き上がるパワーというものを、これでもかと思い知らせてくれた。自分が如何にエレオノールが好きか、ということも再確認できた。


「ええと…んじゃあ、試験勉強を始めようか」
とエレオノールを促す。鳴海の本音はエレオノールを愛でたいお喋りがしたい、そもそも勉強なんかしたくないなのだけど、爺さんの不発弾『うるさいくらい可愛い』だの『エロいコト』だの『ケダモノ』だの『チェリー』だのに彼女に食いつかれたら、藪からは蛇しか出ない。
そんなことになるくらいなら先手を打つ。
「あのよ、物は相談なんだけど」
と目下の懸案事項をネタとして口にした。
「ミンシア姐さんにさぁ、その…ダブルデートしないか、って誘われたんだよ。オレと姐さん、それとリシャールとおまえの四人でディズニー行こうってさ」
鞄から勉強道具を取り出していたエレオノールの手もピタと止まる。
「ああ、その話。私もOKした」
「やっぱリシャールの話に乗ったんだ…」
「うん?と言うか、私がリシャールに言われた時には、ナルミがミンシアさんに既にOKを出してる、って話だったが?」
視線は鳴海に据えたまま、細い指がペンケースの中の文具をノロノロと探す。
「へ…?どういうコトだ?オレは、エレオノールがリシャールにOKしたって聞いたから…」


要するに、オレ達はそれぞれ撒き餌に食いついてしまったわけか。いやいや。オレはエレオノールを鼻先にぶら下げられたら無視できないけれど、エレオノールはオレが餌になるとは限らないワケで、したら純粋にリシャールと遊びに行きたかったってコトで、それはちょっと面白くねぇなぁ…


エレオノールがリシャールをどう位置付けているのか、鳴海はいまだ分からない。移動教室の際はいつも並んで歩いているのを見かけるし、エレオノールの教室に顔を出すといつもふたりは話している。朝も一緒に登校してるっぽい。
「どういう関係なの?」なんて問い質すのも野暮だし、何のつもりで訊いているのといった目でエレオノールに見られるのも嫌だし、だからって、まるで気にしないでいられるほど自分に自信があるわけでもない。
胸の中で少しモヤっとしたものを独り言でブツブツと吐き出していると
「え?もしかしてナルミは行かないのか?」
と訊ねられ
「行くよ、オレもその場で了解したし」
と答える。
エレオノールがどういう腹積もりで行くと決めたのかは知れないが、鳴海サイドには少なくとも近くで監視をする必要は絶対にあるのだ。リシャールが彼女にちょっかいを出さないように。
「だと思った。ナルミはミンシアさんの頼みを断れないものな」
エレオノールが同情したように苦笑する。実際、体育会上下関係に弱い鳴海にも、幾ら想いを寄せても姐さんと往なされてしまうミンシアにも同情が禁じ得ない。
「そう…なんだけどさ」


エレオノールがリシャールとペア、と聞かされれば鳴海は食らいつくしかない。それもあるけれど、ミンシアの様子がどこかおかしかったから、というのもあった。最近のミンシアは元気がなくてらしくない。思い詰めたような、困っているような顔をいつもしている。ダブルデートに誘われた時もそうだったから、何となく、看過ごすことが出来なかった。そんなわけでエレオノールのことがなくても、遊びに行くことでミンシアの気晴らしになるのならと、引き受けていたとは思う。
確かに鳴海の中にはミンシアに対する恋愛感情はないかもしれない。でも、それ以上に敬愛する姉弟子なのだ。


「まぁ、エレオノールがダブルデートに行くって決めてんならそっちはそっちで構わねぇんだけと」
「そっち?」
「うーん…実はさぁ」
鳴海はボソボソと後ろ髪を掻く。
「姐さんに話を振られる前にさ、勝とダブルデートの計画立ててたんだよ」
「勝さん?」
勝、とは同じ学校の一学年下、拳法部の鳴海の後輩である。エレオノールが帰国後、身体を鍛え出して逞しくなった鳴海が知り合った元いじめられっ子で、鳴海に助けられたことから今でも「ナルミ兄ちゃん」と慕ってくれるかわいい弟分だ。
「ほら、エレオノール、タランダを応援に連れて来てくれたじゃん?」
「ああ」
「ここだけの話、勝のヤツはタランダに気があンだよな」
勝とタランダは仲の良いクラスメイトで、エレオノールはタランダから「私の一方的な片想い」と聞かされていた。
「そうなの?」
エレオノールの目が丸くなり、幾分キラキラと輝いた。年相応に恋話に興味があるんだろうか、と鳴海は思う。
「だからあの日のアイツ、メチャクチャ張り切ってさぁ。個人入賞できたのはタランダ効果なんだよ」
「そうか…勝さんはタランダが好きなのか…」
「そ。やっぱ好きな子のチカラって凄ぇんだよなぁ」
同類の鳴海はしみじみ実感する。
「だから、そんならオレとエレオノールをダシに使っていいからダブルデートって名目でタランダを誘ってみるかって、話をしてた矢先でさ」
「タランダ、喜ぶな」
「ん?」
「彼女が大会に同行したのは、勝さんのことが好きだからだ。私がナルミの応援に行くと聞いて、即断したんだ」
今度は鳴海の目が丸くなる。
「なんだ。両想いかよ。話の早いふたりだな」
何だかとんでもなく、勝がうらやましい。


「でさ、話を元に戻すと、勝と話が決まった後に姐さんからのソレだろ?」
「そうか。重なってしまったわけだな」
「だからと言って、ディズニーに二回行くだけの軍資金がないわけよ」
バイト代の殆どはあっさりと胃袋に消えていくので、さほど蓄えには回らない。
「勝の方は、おまえやタランダに話を振る前だったから…やっぱ、こっちの話を諦めるしかねぇか…勝、ガッカリすんな…」
「タランダもな」
オレもだ。
鳴海にしても、エレオノールとペアを組めるダブルデートを断念するのは痛い。すると、エレオノールが
「なら、一緒にしてしまったら?勝さんのとミンシアさんのと」
と言った。鳴海は、は、と顔を上げる。
「トリプルデートで、てコト?」
エレオノールがこくんと頷いた。
「タランダと姐さんとか、面識ねぇけどいいんかな」
「それを言ったら、私とミンシアさんだってないし、勝さんだってリシャールとないだろう?」
「そりゃそうだ」
鳴海とリシャールに関しては、先日の全力バレーボールでの打ち合い(もしくは蹴り合い)で、戦いを終えたふたりの間には新たな友情が生まれていた。元々、お互いに相手の悪評を聞いたことがなかったし、内心、友達になったら楽しいタイプだろうなと思っていたので、力量を認め合ったら仲良くなった。


「勝さんとタランダは、他に誰がいてもいなくても気にしないと思う」
下手したら、ダブルデートなんかしなくても自分達だけでデートするだけのポテンシャルはありそうだ。キッカケにしたいのは鳴海とエレオノールの方で。
「そう…しようか…」
勝とタランダが混じれば、高二の四人はペアの組み合わせがフレキシブルになる。
「エレオノール、おまえはそれでいい?」
「私は…構わない。ナルミと一緒にディズニーに行けるのだろう?」
「ん?うん」
「フランスのも小さい頃に行ったきりだから。楽しみだ。当日は現地まで一緒に行こう」
いつもクールなエレオノールがどこかはしゃいでいるように感じられて、心中じんとする。当日は橘家まで迎えに行こう。エレオノールはタランダと出て来るから、勝にも声を掛けて同行させよう。したらみんなでハッピーだ。


「ではこの話は決まりでいいな」
エレオノールがテキストを手にしたので、鳴海はおやつに用意したポテチを手に取った。
「それで、私からも訊きたいことがあるのだが」
「何だ?」
「さっき、おじいさんの言っていたことなのだが」
力が入り過ぎてポテチの袋がバクっと大きく裂けた。慌てて皿の上にあける。
爺さんの件、すっかり忘れていた。てっきりもう流れた話だと考えていた。エレオノールがケンジロウのどのワードに引っ掛かっているのか、ちょいと知りたくもあるけれど、「可愛い」も「エロいコト」も「ケダモノ」も訊かれたところで答えに窮する近未来しか想像出来ない。だから
「じいさんの言ってたコトって言やぁ。『えっちゃん』のコトか?」
と懸命にはぐらかした。


「え?」
「オレも、むかーしはおまえのコト、えっちゃんて呼んでたなぁ。気が付いたらエレオノール呼びになってたけどさ」
「そうだな…ナルミにもそう呼ばれていたな…」
「なっつかしーなぁ。なぁ、えっちゃん」
「あ、ああ…そうだな…」
「そういや、えっちゃんさぁ、幼稚園の運動会でオレにお土産持って来てくれたじゃん?」
「……」


エレオノールが返事をくれなくなってしまった。「どうしたよ」
と訊ねると
「な、何だか…今になって、ナルミにそう呼ばれるの、恥ずかしくて…物凄く」
と頬を赤らめている。困ったような上目遣いが何ともグッとくる。鼻の下が伸びてしまう。
「何で?昔は普通に呼んでたんだし」
「今は別人みたいに大きくなってるし。わ、私は最初からナルミとしか呼んでないのに…なんか、ずるい…」
ずるいと言われましても。
「呼んじゃダメ?かわいーのに『えっちゃん』」
「かわ…」
エレオノールは眉根を寄せて俯いてしまった。そして
「そろそろ勉強しよう」
と、怒ったように文字を書く。


ちょっとしつこかったかなー…
と自分の非を認めつつ、エレオノールが嫌だってモノを無理強いは出来ないし、勿体無いことをしてしまったと残念に思う。諦めて鳴海もノートを開くと
「たまになら、ダメじゃない…」
小さな声が聞こえた。
「後、学校の外で、ふたりの時なら…えっちゃん、て呼んでもいい」
目を上げるとエレオノールは恥ずかしそうにふんわり笑っていた。
「えっちゃん」
「あ、あの、本当に恥ずかしいのだ。擽ったい、と言うか」
赤い頰と、それを挟む白い手と、そのコントラストに目を引かれる。鳴海はテーブルの下で、硬い拳を作ると、静かに深呼吸をして身を乗り出した。


もしも大会で優勝できたなら。
もしもエレオノールの前で優勝できたなら。
彼女に告白しようと決めていた。


「あのさ、えっ…エレオノール…っ!」
「な、何だ?」
「その…オレ、さ…」
「ちゃんと勉強しとるか?」
ガチャ、と派手に扉が開いた。鳴海の心臓が、ぎくん、と変な音を立てる。割れたかと思った。
「じっ、ジジイ!」
「えっちゃん、鳴海にヘンなことされてないかな?」
「はっ、はい、大丈夫です。何にも…」
「何じゃナルミ、意気地がないのー」
「覗くなって言ったろーがっ!」
豪速で放たれたテキストを、ケンジロウは激突する寸前に扉を閉めて回避する。
「くそっ…!お約束じゃねぇかよ…っ!」
床に落ちたテキストをノロノロと這い蹲って取りに行く。丸まった背中に
「それでナルミ、何の話だった?」
の問いが飛んだ。特大の溜息が出る。練り上げた気合いと覚悟が完璧に圧し折られてしまった。ムードもぶち壊されてしまった。
「ええとな…何言おうとしたか、忘れた…」
「そ、うか…」
どうしてか、エレオノールも小さな息を吐いた。


エレオノールへの告白はまたの機会にしよう、
鳴海は、祖父の言葉通り『オレって意気地がねぇなぁ』と思いつつも、決定的な時間の先送りにホッともしていた。



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