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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作パロですが、鳴海が勝やしろがねと出会う時期がズレている世界線のお話です。





あなた無しの人生





お馴染みのイチョウもすっかりと葉を落とした並木道、その代わりに今の季節で目を引くのは、各家庭の外壁や庭を飾るクリスマスイルミネーションだ。とはいえ、今のしろがねには暗がりを賑やかにする電飾に目を向ける余裕もなく、白い息を棚引きながら、ひとり、例の公園までの道をひたすら急いでいた。勝のキルティングの手提げを握り締め、硬いヒールの音を跳ねさせながら懸命に向かう。
移動図書館の店仕舞いの合図となっている広報無線の『夕焼け小焼け』が流れてからもう一時間が経ってしまった。そこから片付けを終えたトラックが公園を去るまでどれくらいの時間が掛かるものか知らないけれど、流石にとっくにいなくなっているに違いない。もういない、と思いながらも一縷の望みに縋っている。
月曜日と木曜日、一週間のたった二日、それはしろがねにとって特別な曜日だ。
あのひとに、会える日。


今日は月曜日だから、当たり前のようにナルミに会える頭でいて、朝からどこかウキウキとしていた。
けれど、学校帰りの勝を出迎えると、小さな主人は「友達にクリスマスパーティーに誘われた」「パーティーは今日なんだけど、急なんだけど、どうかなって誘ってもらえて」「プレゼントの交換をするんだって、それを今から買いに行きたいんだけど、いいかな?」とピカピカした笑顔で言った。ずっといじめられっ子だった勝にしたら始めての経験で、嬉しくて堪らないのだろう。
当然、お坊っちゃまのために最善を尽くすことがしろがねの使命なので、自宅に一旦戻ると、プレゼントを買いに街へ出掛けた。限られた予算の中で友達が喜ぶものを一生懸命に選ぶ勝に付き添って、パーティーの差し入れにみんなで分けられるお菓子を買い、パーティ会場である友達の家へと勝を送り届けた。
その家へ向かう途中、『夕焼け小焼け』が流れた。
「あー、しまった!今日はナルミ兄ちゃんのところに行く日だったね」
その時に発せられた勝の言葉にハッとする。


今日は、今年最後の移動図書館ではなかったか。
今日を逃したら、次に会えるのは確か、年を跨いで三学期が始まってから、何日も先になってしまう。
そして今日は、クリスマスイブだ。
今夜はナルミも、誰かと暖かな時間を過ごすのではないだろうか。
だとしたら、今日の店仕舞いはいつもより早いに決まってる。


急に寒さが身に沁みた。
これまでの人生においてもクリスマスというイベントはしろがねにとって無縁なものだったから、今更、孤独が何だと言うのか。
どうして勝と出会えたという念願の年のクリスマスに寂しさを覚えるのか。
「…この国の人間はクリスチャンでもないのに祝って…曲解して…恋人と過ごす日にしている…」
変な国だ。
苛つきの矛先を見当違いの方向に向けて、しろがねはひたすら寒々しい空気の中を速足で進んだ。







「夕焼け小焼けで日が暮れて…山のお寺の鐘が鳴る…」
何度、この歌を口ずさんでいるだろう。この曲が流れているうちはまだ願う余地があるような気がして、思い出したように歌ってしまう。
とっくの昔に帰り支度を終えて、トラックの運転席に着いているのに何となく帰り難くて、エンジンも掛けずにハンドルに突っ伏している。冬至を過ぎたばかり、流石に辺りはとっぷりと暮れて、公園の街灯だけでは心許ない。暖房を入れていない冬の車内は冷え切って、流石の鳴海も寒さを感じる。ぐるぐると巻き付けているマフラーに鼻先まで突っ込んで吸気を温めた。


鳴海が当てもなく待ちぼうけに甘んじているのは、月曜と木曜に会えるはずの銀色美人が今日に限って現れなかったからだ。彼女が侍っている勝も顔を見せなかったから、ふたりして何か用事があったのだろう。
「今日は…やっぱ来ねぇ、かぁ…」
だって今日はイブだしな。鳴海は特大の溜息で、心に占める懸念を吐き出そうとしたものの、上手くはいかなかった。


初めて逢った日から好きだった。彼女は鳴海の知りうる限りで一番キレイな女だった。最初は見た目から入ったことは否定しない。好き、という気持ちも「会えてラッキー」くらいな軽いものだったと思う。
でも、それがいつしか、月曜日と木曜日を待ちかねるようになって、雨天荒天で移動図書館がお休みだとつまらなくて、彼女に会えないことが物足りないから心苦しいに変わった。本気で好きになっていた。彼女のキレイが見てくれだけじゃないことなんてすぐに分かった。強そうで偉そうな言動でガードする心が実はとても脆いことも、とてもやさしいことも、気付いた。何より会話の向こうに透ける彼女の孤独をこの手で温めてやりたいと思った。
けれど、この想いは秘することしか術はない。


「…ちぇ…この忌々しいビョーキさえなけりゃなぁ…」
手の平で喉元を摩ってみる。
ゾナハ病。他人を笑わせないと死んでしまう不治の病。発作を起こしては激痛に見舞われ、誰かが笑顔を向けてくれなければ生きて行けない。
それが、例え誰かを好きになったとて、その関係性を深めるスタートラインに立つことすら許されない事情だ。この病気のせいで進学することも就職することもままならない。


でも、秘することしか出来ないのだとしても、思うことは自由だ。目蓋の裏に愛しいヒトを想い描くことは自由だ。


「ま…そうは言っても時間を区切んなきゃな。七時まで粘って…それでダメなら、帰るとするか…」
ふう、と溜息を吐いて、
「日々、懸命に真っ当に生きてんだ。オレにも細やかなプレゼントをくれたっていいだろうに、サンタさんよ…」
赤服の老人に悪態をつきつき時計に目を遣ったその時、窓をコンコンとノックされた。ああ駐車しっ放しでお巡りさんに注意されんのかも、と渋々顔を向けると、そこには鳴海お待ちかねの銀色美人が立っていた。どくんと高鳴る心臓を抱え、慌ててトラックを飛び出る。
「良かった。まだ帰ってなくて」
白い息を忙しく吐き出しつつ、しろがねは暗がりでも分かるほどキラキラと光っている。
ああ、サンタさんありがとう。
硬気功遣いの拳に恐れをなしたのか、一番欲しかったプレゼントを秒で寄越してくれた赤服の老人に感謝した。


「もう帰ってしまったとばかり。間に合ったようだな」
すっかりと店仕舞いをして走り出す準備が整っているトラックを眺めて、しろがねはホッと一息を吐いた。
「いつもこんな時間までいるのか?」
真っ直ぐな瞳で訊ねられて、さすがに「おまえを待ってた」とは言えない鳴海は
「いや、今日はその…遅れて本を持ってくるヒト(しろがね)がいる…(かもしれなくて)」
語尾はモゴモゴとお茶を濁した。嘘を吐くのは本当に苦手だ。でも、しろがねは
「良かった。年内最後だものな。他にも同じような人がいたのだな」
と鳴海の歯切れの悪い言葉を丸呑みにしてくれた。「おまえを待ってたんだ」と言えたなら、と痛切に思った。


「今日はおまえだけか?勝は?」
「お坊っちゃまは今日、お友達の家にお呼ばれなさって。クリスマスパーティーだそうだ」
いかにも小学生ぽい。なるほどな、と思う。
「そうだな。今日はクリスマスイブだもんな」
「だから代わりに私が。お友達へのプレゼントやら、準備に時間を取られて今になってしまった」
「いーのに。本は借りたばかりで、返却日に年末年始を挟むんだし」
「でも」
あなたに会える可能性をむざむざ見過ごしたくはなかったから、その言葉を口にする勇気がなくて、しろがねは寒そうに身をすくめた。
「あ……しかし、図書館は片付けてしまったのだな。今から本を返すのは迷惑だろうか」
「構わねぇよ、新しいのを貸すことは出来ねぇけどさ」
「そうか」
「わざわざありがとう」
「あ、そうだ。ちょっと待って」
鳴海は助手席側のドアを開けて何やら取り出すと、本を受け取るのと引き換えにそれを差し出した。


「今週はクリスマスウィークだったから来てくれた子達にプレゼントの菓子を配ったんだ。これは勝に渡してくれ。メリークリスマス、ってな」
「お坊っちゃまに代わって礼を言う。ありがとう」
「いいってこった」
しろがねの手に菓子の詰まった小袋を載せる。その際に触れたしろがねの指先が余りにも冷たくて、鳴海は驚いた声をあげた。
「おまえ、手ぇ冷てぇなぁ」
「そうか?」
「どうせ冷え性なんだろ?手袋すればいいのに」
ここまで息急き切ってやって来るうちに冷えたのだろうが、手袋をはめていたらいざ人形繰りという時に邪魔だ。だから、しないことが習慣であり、己の冷たい手足というものにも慣れていた。しかし、
「いつもこんなものだ……あ」
これも油断と呼ぶのだろうか。瞬きのうちにしろがねの手は鳴海の手に掬われていた。何て大きな手。自分の手がまるで子供のもののようだ。
「…あなたの手は…温かいな」
「おまえの手が冷え過ぎなんだよ。マフラーもしてねぇのか。首もスカスカで寒そうだなぁ」
鳴海は握る手にぎゅっと力を込め、熱を分けてくれた。


昔、しろがねの身体が小さかった頃、一緒に旅をしていた師の繋ぐ手が温かかった記憶が蘇った。
勝と出会い彼と手を繋いだ時、子供特有の温かさに、いかにこれまで自分が他人に触れずに生きて来たか、関わりなく生きて来たかを思い知った。
そして今、誰かの温もりを生まれて初めて気持ちよく、分け与えられた熱で身体の芯が融ける心地を知った。それによって揺り起こされた感情は、いつだったか、自分は人形なのだと身の上話を締め括ったしろがねに鳴海がくれた「おまえは人形じゃねぇよ」の言葉を裏打ちした。


人形は、誰かのためにこんなにも胸を甘やかに切なく焦がすことはない。
自分は人間だからこそ、誰かの温もりを泣きたいくらいに欲するのだ。


華奢で冷たい手、いつでもいつまでも温めてやりたいけれど。鳴海はその権利を持っていない。自分の武骨な手とは、生き物が違うと思わざるを得ない嫋やかで白い手を眺めているうちに、いいことを思いついた。
「ちと待っててな」
近くの自販機まで駆けて行って、ガコン、と音をさせてすぐに戻って来る。
「ほれ。おまえにもクリスマスプレゼント」
鳴海は温かな缶を手渡す。
「ホットコーヒー。カイロ代わりにしとけよ…て、どうした?」
缶コーヒーを見下ろしたまま黙り込んだしろがねに、鳴海は訊ねた。
「微糖じゃなくてブラックが良かったか?それとも逆に甘いのが良かった?あ、コーヒーが苦手とか」
だったら好きなのを買い直そうか、とジーンズの尻ポケットを探る鳴海を
「いや、これでいい。ありがとう」
と押し留める。


「ならいいけども。何か複雑そうな顔してたからさ」
「ううん。プレゼントなんて貰ったこと、今までに一度もなかったから。少し驚いただけ」
「一度も貰ってねぇってこたぁねぇだろう?男が黙っちゃねぇだろが」
「確かに私に物を押し付けたがったり、物を食べさせようとしたりする男は多かったが」
「だろ?」
「でも、私はどれも受け取ったことがない」
「何で?」
「誰からのも欲しくなかったから。どんなに高価な物を贈られても、私がありがた迷惑なら無価値になる」
「ま、缶コーヒーなら気楽に受け取れるもんな。プレゼントっつったけど、プレゼントの内にも入んねぇし」
「そんなことない。これはあなたから貰った、立派なプレゼントだ」
初めて自分から受け取ったプレゼント、贈られて嬉しいと思ったプレゼントだ。


しろがねは缶コーヒーを両手に挟んで、それを鳴海の手だと思ってそっと頰に当てた。確かにカイロの代わりにはなる、というか、熱い。さっきの鳴海の手の温度の方がしろがねには心地良かった。出来るなら、鳴海の温もりで温まりたい。
でも、鳴海のくれたものだから。カイロではなく、鳴海だと思うことにする。
「ふふ。温かいな」
知らず、頰が緩む。口端に淡い笑みが上った。
しろがねは事あるごとに、私は人形だから笑えない、と言うけれど、それは鳴海を見惚れさせるに充分な微笑みだった。彼女の銀髪を照らすのは味気ない公園の街路灯、それでも鳴海の目には光輝燦爛と、どんなクリスマスイルミネーションよりも眩く映った。


「しろがね」
鳴海の声に、半ば閉じかけていた睫毛を持ち上げる。
「や…その、オレ、さ…」
しろがねと目が合うと、鳴海は見るからに狼狽えてその目を泳がせた。そして、何やらの葛藤を覗かせ
「オレ…おまえの…」
と言いかけはしたもののそれを呑み込み
「いや、メリークリスマス…」
と締め括った。彼はどんな台詞を呑み込んだのだろうか。しろがねは訊きたかったけれど、あえて言わないことを選択したものに触れていいものか分からなくて
「ああ…メリークリスマス」
と言葉を返すことしか出来なかった。
「良いお年を。年内に会うのは今日で最後だからな」
「来年は、いつから」
「一月の第二月曜日から…だった、かな?」
「そうか…」
遠いな。次に会える日が遥か彼方にあるようで気が遠くなる。
「それじゃ…」
「ああ」
用は済んだ。だからもう別れなくてはいけない。本当はお互いの時間が欲しい。
だってこの国では、クリスマスイブは愛する人と過ごす夜なのだから。


「あ、そうだ」
踵を返そうとしたしろがねを鳴海が呼び止める。そして、自分のマフラーを解くと
「おまえ、寒そうだから、貸してやる」
としろがねの細首にぐるぐると巻いた。マフラーに残る、鳴海の体温と匂いに心臓が盛大に跳ねた。耳が溶けそうに熱い。
「あ…あ、でも、そうしたらあなたが」
「オレは寒いの強いからいいんだ。後はトラック乗って帰るだけだし。ま、次に会う時に返してくれよ」
マフラーを貸せば。しろがねは貸主に返却をしなければならなくなる。鳴海に会いに、移動図書館に来なければならなくなる。今日は本を借りて行かないのだから、また来てもらう口実を作る必要があった。
自分達の間に渡った糸は、しろがねが来なくなったら簡単に切れてしまう、危うげな細糸なのだ。
「必ず、返しに…会いに…」
来て欲しい。尤も、勝に託す、という選択肢も彼女にはあるけれども。
「分かった、必ず返しに行く」
しろがねの、目力いっぱいの言葉にホッとする。
「私も何か…あなたにプレゼントを渡したいのだが、あいにく持ち合わせが…」
「気にすんなよ、ただの缶コーヒーだし」
「プレゼントはプレゼントだ」
「おまえは真面目だなぁ…いいの、オレはもう貰った」
「え?私は何も」
今日、しろがねに会えたことが、鳴海にとって最高のプレゼントだ。


「あのさ。もし、何だったら」
トラックで良ければ乗せて行こうか、と言う途中で鳴海の携帯が鳴った。そうしよう、そうすれば少しでも長く一緒にいられる。
「すまん、電話」
スマホを取り出し、しろがねに背を向ける。
「もしもし…」
『ナルミ?今どこにいるの?』
「あ、連絡入れずに遅くなっちまって…今から上がるんで」
『もう、心配するじゃない』
漏れ聞こえて来る声は女性のものだった。
そうだな、今日はクリスマスイブだから、彼を待っているひとがいたのだ。どこか暖かな部屋で彼の帰りを待っているに違いない。
しろがねは、鳴海の背中に切なそうな瞳を投げた。


電話の相手は、移動図書館の運営者で、もっと言えば、鳴海の小学校の同級生のお母さんだ。鳴海の持病のことも知っていて、このバイトを紹介してくれた人だ。いつも戻る時間になっても帰社しない鳴海を心配して電話をくれただけなのだけれど、しろがねには知る由もない。


「今すぐそっちに向かうから…そんな心配しねぇで…うん、うん、そんじゃま、また後で」
巻きで通話を終え、
「話途中ですまねぇ、しろがね」
と振り返ると、そこには誰もいなかった。
「し、しろがね?」
きょときょとと辺りを見回しても、あの銀色を見つけられない。鳴海はしばし呆然と立ち尽くした後、がっくりと肩を落とした。
「え…何で…」
やっぱおまえにとっちゃ、そんなあっさり帰れるくらいの存在か、オレは。しろがねはしろがねで、イブを過ごす相手がいたのかも……それでキリのいいとこで帰ったのか……んなコト、カケラも考えたくねぇ……
自分のあげた缶コーヒーごときであんなに喜んでくれたから、ちょっとだけ浮かれて自惚れてた。これから本命にずっといいプレゼントを貰うのかもしれないのに。顔の周りを真白に染めて、トボトボと運転席に向かう。
「来年…本を借りに来てくれるんだろか…」
次に会うまでにしろがねが誰かのものになってたら、と考えると居ても立っても居られなくなる。
「ちくしょ…サンタの馬鹿…」
鳴海は急激に首筋が寒くなって、大きなくしゃみをしながらトラックの中に逃げ込んだ。



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