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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。




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日本で運命の歯車が動き出す数年前。


その街に巣食っていた自動人形を人知れず破壊したしろがねは、当時身を寄せていたサーカスに戻ることにした。
サーカスが興行を打つ場所を基点にし、周辺で自動人形を探しては壊して回る。旅先で誰にも告げずにフラリと姿を消しては、人形破壊者としての役目を済まして戻る、その繰り返し。
仮宿のサーカスからずいぶんと離れた田舎街での任務遂行、バスで帰ろうとしたけれどその日は日曜日で、ただでさえ本数少ないバスは更に少なかった。時刻表の数字を信じるならばバスは出たばかりのようで、次のバスが来るまでかなりある。折しものこの天気。しろがねは空を見上げた。
冷たい雪の降る午後だった。
雪はしんしんと降り、彼女の全身に白く積もる。この雪のせいでバスは遅れるかもしれない。安息日のためお店はどこも休みで、バスの到着まで身を寄せる場所もない。吹き曝しで待つしかないのか、と冷めた目で諦める。


すると、停留所前の店からひとりの老婆が顔を出し彼女に呼び掛けた。
「寒いだろう?バスが来るまで中で待つといい」
見ず知らずに親切な声を掛ける相手にはまず疑心を向けることを忘れない。親しい隣人の顔で近づいて来る者が自動人形でないという保証はないと、師は良く言っていた。
店の釣り看板には『占い屋』であることを示す単語とイラスト、ガラス窓には占いの料金表。彼女の視線の動きから、親切ごかしにカモにする気か、の考えを読んだらしく
「別に押し売りはしないよ。早くお入り」
と老婆は言った。しばらく来ないバスを待って雪だるまになるのは正直避けたい。しろがねは当座の風雪を凌げる場を選択した方が合理的だと判断し、大きなスーツケースとともにその店の中に足を踏み入れた。


招き入れられた店内は胡散臭いの一言に尽きた。店の最奥に置かれた年代物の机と肘掛け椅子。その上を、埃臭く色褪せた、分厚い布地の天蓋が仰々しく幾重にも覆う。机には古めかしい、如何にもステレオタイプな占いの小道具がそれらしく並べられていた。毛羽立ったビロードのクロス、恭しく置かれた丸い水晶玉に、得体の知れない頭蓋骨、年期だけは入っている手垢でくすんだタロットカード。
数本の蝋燭の灯りだけが頼りの薄暗い部屋には香が焚かれ、その濃厚な匂いは淀んだ空気に溜まる。天井や壁から垂れ下がる、東西の洋を問わない咒道具や魔除けが燭光を雑多な色で乱反射させていた。
「バスの時間なんて出鱈目だからね。バスが来たのを確認してからここを出ればいい。雪に濡れることもない」
老婆は奥の肘掛け椅子に腰を下ろすと、彼女にはその向かいに置かれた客用の椅子を勧めた。
こんな古臭い“占い師らしい”小道具にこだわった店に似合う、黒のドレスに黒のヴェールの黒尽くめの占い師。瘦せぎすの大柄でまるで枯れ木のよう。
まさに、絵本から飛び出した魔女だ。


他人のことなどどうでもいい。他人と関わるのも面倒だ。不死人は、人間の人生に爪跡も残さない。人形を壊す人形は、人間に伝える言葉もない。
けれど。
しろがねはチラリと老婆に視線を向けた。
初対面なのにも関わらず、この人を知っているような気がする。どこかで会ったような気がする。この喋り方にも聞き覚えがある気がする。どうしてだろう、こんな風に正対していると何だか、落ち着かない。
「旅の人だね。こんな田舎町に何か用でもあったのかえ?」
問われ、しろがねのただでさえ良い姿勢が更にピンと伸びた。
「仕事で立ち寄っただけです」
思わず敬語で即答していた。いつもなら「別に」の一言で会話を終わらせているところなのに。
「気楽におしよ。何をそんなに硬くなっておいでだい?」
「いえ、そう言う訳では…」
そして気付いた。この老婆が、全ての『しろがね』の先生であるあの女傑を連想させるのだということに。彼女も、絵本的魔女に似ている。


幼い頃からもう何十年と沁み付いた恐怖にも似た畏敬がしろがねを支配する。これはもう条件反射としか言いようがない。ある種のトラウマではなかろうか。
勿論、しろがねはその女傑を尊敬している。ただ、自分の受け答え次第では今にも叱責が飛び、拙い所作に指示棒が振るわれそうな気がしてならない。
大丈夫、彼女は先生ではない。
しろがねは自分に言い聞かせる。件の先生は、今日もフランスの古い館にいるだろう。ましてや、こんな田舎町に突然、恰も示し合わせたかのように現れることなどない。
何より目の前の老婆の顔には温かな笑みが浮かんでいる。あの厳格な教師の深く刻まれた顔の皺が微笑みを形作っているのを見たことがない。


しかし、別人だと頭で分かっていても身構えてしまう。当然、会話など生まれようわけもなく、ふたりは沈黙の中に身を置いた。元よりしろがねは他人と話をしようなどと欠片も考えが及ばなかったから普段通りではあったのだが、今に限っては先生を連想した老婆に自分から語りかける、世間話を振るなど恐れ多くて無理難題に過ぎる。
不意に、老婆の手が机の上のタロットカードに伸びた。彼女が動いたことで不覚にもビクッとしてしまったしろがねは黙って、脚長蜘蛛みたいな両手がカードをシャッフルする様を見つめた。
「昔馴染みにタロットカードの占いが上手なのがいてね……祖母か曽祖母が占いを商いにしていたとかでね、彼女のタロット占いは良く当たったよ…」
若い頃は仕事を抜け出しては、女友達が寄り集まって恋占いに興じていたのだと、老婆は懐かしそうに笑った。
「私もね、その時に色々教わったよ。カードの意味や簡単な占い方に解釈の仕方……若い頃はそれなりに恋に興味があったし、不確定な未来にもちっぽけでも希望があった……あの平凡で朴訥な日々は永遠に続くと信じて疑わなかったねぇ…」
カードを混ぜる速度がそれと分かるほどに遅くなった。穏やかな微笑みに苦味が走る。
「平穏はある日突然取り上げられた……彼女は言ったよ…『私達の誰を占っても同じ結果になる』と。『久遠に続く茨の道を無表情で歩く私達は人間なのか』と。そしてある日突然、彼女は私達の前から姿を消した…」
老婆は声を途切れさせた。しろがねも黙っていた。


「すまないね、昔語りなんかして」
「いえ」
「こんな年寄りの話は詰まらないだろうがね、おまえさんも思うところがおありだろう?口を挟んでいいんだよ」
「人の話は最後まで聞くように。途中で遮ってはならない。そう教わったものですから。あなたの話がどこで終わるのか、判断しかねました」
老婆はしろがねの言葉に一瞬ハッとした表情を見せ、何故か申し訳なさそうに言った。
「それは…教えた者の責任だね。会話というものは四角四面なものではない」
「誰かが話し私が聞く、という事象には変わりがありません」
「…おまえさんは会話の中に楽しさを見出せるようにならないとね」
「私は『ひと』と違いますから」
老婆の言っている意味は良く分からない。楽しさ、とは何だろう。しろがねの使命には会話スキルなど必要ない。自動人形を壊すことに会話を挟む余地などない。
元より他人との関わり合いを煩わしいと感じるしろがねは、その中に楽しさを見つけることは出来ないし、そもそも他人の身の上には興味がない。
「自分のことにも興味がない、そんな顔をしているね」
胸の内を見透かされたようなことを言われ、しろがねは居心地悪そうに極々僅かだけ眉根を寄せた。老婆はしろがねの様子を静かに見守ると、カードを混ぜる手の速度を上げた。


「そうさね。バスが来るまで退屈だろう。ひとつ、戯れに占いでもどうだい?」
「押し売りはしない。そう伺いましたが」
「お代はいらないよ」
老婆は口端を緩く持ち上げる。
「……私は、占いに興味がない。目に映らない不確かなものは信じない」
「信じなくてもいいさ。戯れって言ったろう?ほんの暇潰しさね。婆のお遊びにバスが来るまでの間、付き合ってくれればいい」
「……」
「それとも…未来が詳らかになるのが恐ろしいのかい?」
しろがねは一瞬強張った唇に冷たさを象って「別に」と言った。
「タロット占いは…無作為に選ばれたカードの、それぞれが持つ意味を繋げ、先入観をもって物語を作っているだけ。恐ろしくとも何ともない…」
しろがねの指が、老婆から見えないところで腿を掻いた。


過去も現在もずっと闇の中だった。これからも茨の道が続いているイメージしかない。これ以上ない悪い未来しか想像しようがないから、何を言われても平気だ。
蝋燭の灯りのせいか、しろがねの目の下に大きな隈が見えた。
「手っ取り早くやろうかね。いつバスが来るとも知れないし。スプレッドしない、正位置のリーディングのみ」
老婆は、両手で丁寧にカードをまとめると、二度三度カットして、机の上で山を丸く崩した。
「今のおまえさんの現状を視てみようかね。二枚お引き」
「私が?」
「私が引いたんじゃ、イカサマ物語通りのカードを選んだって思われてしまうからね」
何だっていいのに。
しろがねは、適当に、自分に一番近いカードを選び、荒れたビロードの上を滑らせ、老婆に手渡した。枯れ枝のような指が表に返す。一枚目は『愚者』のカード。
「長く遠い旅をしているね。ひとりぼっちで荒れた道を」
しろがねの銀色の瞳が色も無くカードを見下ろす。


長い旅、これまでも、これからも。
愚者とされる男の足元には犬が一匹。しろがねの目には犬にすら吠えられ噛み付かれ、崖へと追い立てられ転落する己の未来を暗示しているように映る。
私が旅をした年月の方が、彼女が生きた年月よりもおそらく長い。それを知ったら、目の前の女が死なない化け物だと知ったら、彼女はどんな反応を見せるのだろう。
悠長に占いなんてしていられないだろう。


「今、この街から一番近くで興行しているサーカスはどこかねぇ?」
不意に、老婆が言う。
「…メガラニカですが」
「フランスのサーカス団だね。おまえさん、今はそこに身を置いているのかい?」
この言葉にはさしものしろがねも驚いた。
「どうしてそれが」
「少し横着だったかね」
「え?」
「いや何。このカードには『大道芸人』の意味がある。さっき『仕事で』と言っていたからね」
しろがねは、なるほど、と思う。占いというのは推理力や洞察力も駆使して行うものなのか、と学ぶ。二度と隙を見せぬよう気を引き締める。
老婆が二枚目のカードを開き見つめた。『魔法の杖4』のカード。こちらのカードは先の『愚者』と異なりイラストがなかったので絵柄やタイトルから内容を推察することが出来ない。
「 なるほどねぇ」
すると老婆は二枚目のカードについては何も言わず、脈絡もなく
「時におまえさん、好みの男はどんなだい?」
と言った。しろがねの微かに寄った眉根が訝しさを隠さない。


「それは、恋愛対象、という意味でしょうか」
「ああ」
「そんなものはありません」
「誰かを好きになったことは」
「ありません。質問の意図する答えは私の中にありません」
きっぱりとして色気のないしろがねの答えに老婆は鼻白んだ。
人形に誰かを愛する心があるわけがない。彼女は私の恋愛を占うつもりだろうか。だとしたら全くの無駄な時間だ。
「私はこれまでひとりが当たり前でしたし、特に困ることもありません。ひとりの方が煩わしくなくていい」
「考えたことはないかい?草臥れた身体を支えてくれる誰かがいれば、と。永劫の孤独を共に歩いてくれる誰かの存在を欲したことはないのかい?」
ぴく、としろがねの長い睫毛が揺れた。
心の奥底から泡沫のように、ごぽん、とイメージが湧き上がろうとする。しろがねはそれを静かに細かく砕いて打ち消した。


「いいから考えてごらんよ。おまえさんの隣に立たせるとしたらどんな男がいいか」
「くだらないとしか」
「お遊びだよ。お遊びお遊び」
戯れ、暇潰し、老婆の言葉を思い返して
「カラダの大きな男」
と言った。先のイメージがぶり返しそうになるのを堪える。男は誰も大抵は自分よりも大きいものだ。特定の誰かにはなり得ない。
「他には?」
毅然と首を横に振る。
「そうかい。じゃ、まずはおまえさんの言う、身体の大きな男とはどんな男か」
「本当にそれで占うのですか?私はそれを適当に言いましたが」
しろがねが呆れたように言った。
「さあ、二枚引いとくれ」
老婆は聞く耳を持たないようだ。高齢故にもしかしたら耳が遠いのかもしれないと、諦めてまた間近のカードを引いて老婆に手渡した。
『力』と『悪魔』のカードが上を向いた。その時、老婆の皺だらけの目元に更に細かな皺が寄り、どれが目だか皺だか分からなくなった。しろがねにはどうして老婆が嬉しそうなのか、理由が分からない。


「ふうん…義勇に溢れた男のようだね。努力と忍耐、自己犠牲も厭わない…腕力もありそうだね」
「何しろ『力』ですからね」
「分かりやすくていいだろう?ただ、病に冒されている。かなり重い病に…」
ふふっ。老婆がいきなり思い出し笑いをした。しろがねが怪訝そうな目を向けると、老婆は笑いを噛み殺して「すまないね」と体裁を整えたが、まだ小さく肩が震えている。
「いや何ね…知り合いに腕っ節しか取り柄のない、元は不治の病持ちがいるものだから。それの顔が思い浮かんでしまってね」
老婆はまた、くく、と笑った。
「本当にすまないね。あれのイノシシっぷりを思い出すとどうしても」
しろがねは老婆の笑いが治るのをじっと待った。魔女に笑いを噛み殺させるイノシシとやらとはどんな生き物なのだろう、と考えた。



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