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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。





それが何時の話なのか覚えていない。
それが何処の国での出来事なのかも記憶していない。


当時、自分が何処に居るかなんて瑣末でどうでもいいことだった。
『人形を破壊する』、その使命が全て。
人形を探し求めて破壊する。
破壊し終えればまた、新たな人形を探し求めて流転する。
昨日も今日も明日も、変わり映えもなく切れ目なく続く、人形の見る機械仕掛けの夢に過ぎない。


それが何時の話なのか覚えていない。
それが何処の国での出来事なのかも記憶していない。
ただ、その日の天気ははっきりと覚えている。


冷たい雪が吹雪くように降る日だった。







二月の雪から五月の花へ







眠りが浅くなった時、ふと目蓋の向こうに淡い光が灯ったのを感じ、鳴海は薄っすらと目を開けた。細い視界にしろがねの白い肌がぼんやり光っている。彼女はうつ伏せで何やら本を手にしていた。起き抜けに覚えた光はその手元を照らす読書灯だったようだ。
いつもは形のいい卵型の頭骨に沿っているサラサラの髪が、眠りに落ちる前に交わした激しい情事のまま乱れている。それが可笑しくて愛おしくて、眠りの狭間でもこんなに幸せな気持ちにさせてくれる彼女を心から愛しているのだと実感する。
心許ない小さな灯りが届く球の外側は濃い闇に沈んでいる。まだ夜も深い。


見つめられている気配を感じたのか、しろがねは鳴海へと視線を向けると
「あ、ごめんなさい。起こしてしまった?」
と申し訳なさそうに微笑んだ。
「いーや」
鳴海は腕を伸ばし、縺れた髪を手櫛で整えてやる。
「珍しいな、読書なんて。眠れねぇのか?」
「眠れないわけじゃないの。ちょっとね」
旅先で宿を取る際、しろがねはライブラリを見つけると二、三冊借りてはみるのだけれど殆ど読んだ試しがない。大抵は鳴海との『語らい』に夢中になってしまい、読書をする時間が作れないからだ。夜中に目が覚めたとしても、今鳴海がしていたように、傍らで眠る彼の顔を眺めることで暇が潰せてしまい、せっかくの借りた本に手が伸びない。
けれど今夜は、そんなしろがねが読書をしている。
「で。何読んでんだ?」
ということはよっぽどしろがねの興味を引いた本ということで、引いては鳴海の興味を引く。鳴海は、灯りが鳴海に障らないようベッドの端に居を移しているしろがねに向けてごろんと身体を90度回転し、お互いの左右を密着させた。彼女の肩に甘えるように額を擦り付けて、ちょいと指先で持ち上げた本の表紙を覗き込む。そして非常に不可思議そうな声でそのタイトルを読み上げた。


「タロット解析入門…?」
予想通りの反応に、しろがねは小さく吹き出した。
「占い…だぁ?何でまた。おまえってそーゆーのに興味あったの?てゆか、今更オレらの間で相性占いもねぇだろ」
「ふふ。そうね」
「だろ?」
どちらからともなく、強請るようなキスを交わす。下唇同士が吸い付いて、名残惜しそうに離れた。
不死人であるから健康運なんて意味が無いし、旅芸人をライフワークにしているから仕事運も意味が無い。金運は気にした方がいいのかもしれないけれど現状で満足しているし、結婚相手はベストを見つけてる。そんな中、そんな本を手に取るということは
「あ、もしかして占いのスキルを身に付けようとしてる?」
可能性を鳴海は問うた。芸人として芸の幅を広げる、というなら分からないでもない。自分達の間には何ら占術に頼るような問題はないと漉く鳴海の瞳がとても綺麗だと、しろがねは思う。
「そういうわけではないの。これはただ調べたいことがあっただけ」
「調べたいこと?」
「昔、ね。あなたに出逢う何年も前に一度だけ、占ってもらったことがあって」
「おまえが?」
「ええ。それで私、結果を聞かなかったの。その結果が良くても悪くても聞きたくなくて。どうでもいいと言いながら怖かったのよね…逃げちゃった」


地平線まで続く絶望の道、その道中に希望があると言われたら。占いなど信じないと嘯きながらも必ず希望を通り道に探してしまう。当たる確証など何処にもないのに占いが外れた時、希望を手にできないことで徒らに絶望は深くなる。
逆に、やはりおまえの未来には絶望しかないのだと念を押されても、絶望は深くなる。
最初から最後まで何も無い、それが理想だとしろがねは思ったのだ。
「その占いのことは今の今までキレイさっぱり忘れていたの。でも、さっきライブラリでこの本を見かけたらすっかり思い出して。そうしたら、占いの結果が何だったのか、気になっちゃったのよね。最後のカードが何だったかも思い出したから」
しろがねはペラとページを捲る。


「で?」
「で?って?」
「で、どんなことを占ったのよ?」
つんつん、とマリオネットの指が本を突く。
「占いってさぁ…ほら、未来の自分がどうなってるか、ってのを視てもらうワケじゃん?金運とか仕事運とか健康運とか。んで、ま、フツーなら恋愛運や結婚運、が気になるのではなかろうか、と…」
例え、実年齢がアラハンな年上女房だとしても、出逢う数年前なら精神年齢は17歳前後。一応はJKだ、世が世なら。
「違うの。私が占ってもらおうと出向いたのではなくて、占い師のおばあさんに『暇潰しにどうか』って言われて…」
「そんで、何占いを」
どうにも鳴海はそれが気になるらしい。本人は気のない風を装っているけれど、唇が尖ってる。しろがねはくすりと笑って
「相性占い…?恋愛運を占った、というのかしらね」
と素直に答えた。案の定な答えに鳴海の唇が更に尖る。


興味のないという占い、暇潰しの占い、ついさっきまでしたことを忘れていた占い。でも、意味を聞きそびれた最後のカードも覚えていて、年月を跨いでもその結果が気になっている。それはひとえに、しろがねが相性占いの相手を今でも幾許か気に留めている証拠だろう。自分と出逢う前の、人形時代全盛のしろがねが相性占いの引き合いに出した、ってコト自体が大事じゃないかと鳴海は内心穏やかではいられない。
それがギイでも見知らぬ男でも何か嫌だ。当時はまだしろがねの中に自分は存在しないから、占いの対象にはなりえない。過去に嫉妬しても仕方ないんだけど面白くないものは面白くない。今のしろがねが誰か他の、過去の男のことを気にしてるコトが面白くない。そんなことでいじけてる、狭量な自分も面白くない。


「ふーん…。で、結果はどうだったわけ?」
そいつとの相性がどんな結果でも、彼女の伴侶は自分でありその役割は死ぬまで、否、死んでも放棄する頭などないけれど。鳴海は見知らぬ誰かに向こうを張る。
「ううん。これから調べようとしていたところだったから。まだ」
しろがねは微笑みつつも少し不安そうな緊張の面持ちを見せている。
「ええと…確か、コインがひとつ、と、カップがふたつ…」
オレが隣にいるってのに何でこんな顔してんのかなコイツ…やっぱ…面白くねーなぁ…
鳴海は、ページを捲ろうとするしろがねの手をやんわりと握った。
「ナルミ?」
しろがねの身体をころんと転がすと、自分と敷布の間に作った隙間に迎え入れる。しろがねは突然、仰向けにされ、甘えるようなキスをもらい、あやすようにキスを返す。
「……もっかい、したくなった……」
情欲を怒張させながらもどこかバツが悪そうな鳴海に、しろがねは可笑しそうに笑った。


愛撫、の二文字をしろがねのために体現する。
蜜と精の混じるしろがねの内に己を埋めると、根元まで心地よく迎え入れられた。柔らかくて硬くて、温かくて熱くて、圧し付け絞り上げられ、互いの口腔に官能の溜息を漏らす。動きに合わせて甘い声で啼かれるとはち切れんばかりの想いが即座に爆発してしまいそう。
「しろがね…愛してる…」
これまでに何万と口にした言葉。音にしすぎて希薄している気がする言葉。それでも彼女に分かって欲しくて繰り返してしまう言葉。
「私も、愛してる…ナルミ…」
彼女に言われるとじんわりと胸が温かくなる言葉。自分と同じだけ欲しいと強請ってしまう言葉。たった五文字では想いが収まり切れていない言葉。


オレだけを見て。
オレだけを愛して欲しがって。
オレは、おまえしか見てないし、
おまえしか、愛せない。
おまえしか、欲しくない。


鳴海は、緩んだ細い指から妬ましい本を抜き取ると、ベッドの端へと追いやり、そして、その指に自分の指を強く絡めた。



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