忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

原作にそったパロディです。





「次は、『おまえさんたちの出会い』を占うかね」
老婆が手振りでまた二枚引くようにと言うので、しろがねは黙ってそれに従った。
「魔法の杖の8と、聖杯の6……」
老婆はしばし考え込んだ。これも絵柄がないのでしろがねには判別しかねる。
「おまえさんとその男との出会いには子供が関わる」
「子供?」
髪の毛一筋、しろがねは身を乗り出した。何故ならしろがねは、とある子供との出会いを心待ちにしているからだ。
「その子がふたりの扇の要になる。その出会いをきっかけに停滞していたものが怒涛の如く動き出すだろう」
じじっ、と蝋燭の芯が燃える音が静かな部屋の中に反響した。
「運命は…そこから大きく回り出す。おまえさんも、おまえさんの男も」
老婆が真剣な瞳でじっと見つめて来る。
「私の男、なんて止めてくれませんか。そんな言い方」
「強くて優しい男だ、おまえさんのことを守ってくれる。その子供のことも」
「私は自分の身は自分で守れる。その子供も、私一人で守れる。それはただのお節介な力自慢ではないか」
しろがねは些か不快の色を差した声色で言った。でもまさか。こんな場所で『子供に会える』なんて言葉を聞くとは思わなかった。かの恩人の声が脳内に響き渡る。


子供はしろがねが守らなくてはならない。そうでなければ彼女の悲願が達成されない。人間になりたい。人形であることが嫌で嫌で堪らない。自分の邪魔をするそんな存在は排除しなければならない。
けれどその反面、子供を守る自分の背後から、包むように突き出す逞ましい腕のイメージが湧き上がる。永年の孤独を癒してくれる存在、それを想像すると胸の中が苦しくなる。
飛び回って疲れた翼を休める宿り木を、欲したことがないと言えば嘘になる。
「それで…それは何年…いえ、何でもありません」
それは何年後の話なのか、と訊ねかけて止めた。これは信憑性のない、当たる保証もない、お遊びの占いだ。だとしても具体的な数字を聞いてしまったら、期待を持ってその日を待ってしまう。占いは外れるものなのに、外れたことを残念に思うだろう。
人形の心にもきっと、小さな罅が入る。
人形の心に罅を入れるのは、子供、宿り木、どちらの不在……?


尻切れトンボになったしろがねの言葉を追求することもなく老婆は
「それでは次の占いに移るかね。ふたりの障害を視てみよう」
と言った。やり取りに慣れたしろがねが指示を待つことなく二枚を選ぶ。老婆が表に返すと
「『剣のナイト』に『吊るし人』…」
が現れた。険しい表情で剣を大きく振り翳す騎士と、頭を下にして吊るされた人物。絵柄を見ただけでも、しろがねと件の男の間には障害が山積、というか前途多難さしかないのが見て取れた。
そして、膝の上の拳が小刻みに震えた。幸先の悪そうなカードが出て、胸の中が騒めいている自分に気付く。あやふやな占いなどに無意識の期待を寄せていた自分が情け無くなる。
この占いは実際しない人物との占いだから、問題自体が存在しない。そんなものに慄いてどうする。幻と相性が悪くても構わない。それに案の定ではないか。自分の行く道は絶望に塗れた道だ。


「戦うナイトか……『悪魔』の影響……死を覚悟して戦地に赴く、『力』から見る男の性質から存分に窺われる英雄的行為……」
老婆の言葉が小さくか細くなった。カードを見つめる表情は深刻で、薄暗い燭火に照らされるそれは死人のように見えた。
「もしやこの戦いは……そうなるとあの男は……その振り上げた拳は……。戦う相手を失って、行き場を無くした強い敵意が向かう先、それに晒されるのは…『吊るし人』…」
意味不明をブツブツと呟き続け、ふ、と辛そうな息が吐かれた。
「あまり良い先行きではなさそうですね」
「…その男はね、死の淵を見つめる戦地にいる」
「『いる』?」
何故に現在形なのだろう。
「今まさに死闘の最中にいる。その戦い自体は男の勝利で終わるだろうが、おそらくは真の敵を討つことが叶わないに違いない。『悪魔』になるとの誓いのままに、その男は…」
そして、まるで占う男と知り合いのような口を利く。もしや、先のイノシシ男と混同しているのではないだろうか。そんな気がした。いよいよもって信憑性がないとしろがねは思った。信じるに足る物ではないと自分と確認し合った。
「ああ、全部見通せた…。戦地から生還した男の敵意はおまえさんに向く」
「何故、私に?」
「おまえさんはこれ以上ない試練を強いられる。自己犠牲の精神を振り絞ることになる…」


老婆のリーディングが余りに脈絡がなさ過ぎて、支離滅裂過ぎて話にならない。
そのヒトは私を守ってくれるのではなかったのか?
ようやく出逢えたやさしいヒトに、私は敵意を向けられる?
どうして?
ああ、私は何でこれほどまでに動揺している?
「本当に。真実は小説よりも奇なりとは良く言ったものだ」
私は占いなんて信じない。この占いだって眉唾モノだ。
なのにここまで聞き入ってしまったのは、この老婆の語り口がかの先生にそっくりだからだ。背筋がピンと伸びた居住まいと、占いの雲行きが悪くなってからの厳しい表情のせいで、幼い頃から身に沁みた、教え諭しを受けているような気になるからだ。
「真に大事なことは目には見えない。そして失って初めて、その失ったものが自分にとってどれだけ大事だったかに気付く。男に与えられたものが多ければ多いほど、おまえさんの抱く喪失感は大きい。けれど、その喪失感がおまえさんを成長させる」
「私は最初から何も持っていない。何も持たなければ何も失わない。だから私は、このままでいい。どうせ私の進む道には絶望しかない」
「茨の道なら尚のこと、連れ合いがいた方がいい。そしてそれは必ず現れる。人間は変化するものだ。変化しないのは人形さ」
「私は、人形になれと、言われて育った」
名前を捨てよ、感情を捨てよ、人形を壊す人形になれ、言われたことを守り使命だけに生きてきた。だから変化しない、それが正しい道ではないか。


一筋の揺らぎも無い水鏡に落ちたひとしずく、そこから生まれた波紋がなかなか治らない。それは跳ね返り跳ね返り、しろがねの無意識の下にうねりを生んだ。心の中を綯交ぜにされ、その底に沈み澱んだ何かが立ち上がる。


「…さ。長々と付き合わせて悪かったよ。次で最終結果だ」
「最、終…」
これまでずっと最も手前のカードばかりを選びもせずに抜いてきたしろがねの指がカードの上を惑う。初めて、カードを選ぶのに迷った。しばらく選びあぐねてあちらとこちらのカードを引き抜いた。
「自分で捲くってごらん」
「私が…」
どこか躊躇い、捲る。
現れたのは、ふたつ並んだ聖杯と、星が大きく描かれた金貨がひとつ。


老婆が、ほんの少し、息を呑んだのが分かった。
「ああ…おまえさん達はね…」
老婆が微かに震える声で結論を口に上せかけた時、女の手がさっと伸び
「もう、いい。何も言わないで」
と制した。老婆は言葉を呑み、しろがねの様子を見遣る。
「やはり…聞きたくない。未来のことは…。何を言われても、今更、私は変わらない」
変わりたくない、否、変わるのが怖い。
この占いの結果がいいか悪いか、見ただけで判断できない数札で良かったと心底思った。占いに興味の無いしろがねですら知っている『死神』や『塔』のカードが出なくて良かったとも心底安堵している。
知りたくない。変化することも、変化出来ないことも、恐ろしい。
「…そうかい…。では、終わりにこれだけ」
老婆の指が『魔法の杖4』のカードを指し示す。
「おまえさんの長い旅もいつかは終わる。辛くても果てしなくても、自分の心を信じてお進み」
老婆は筋張った腕を机に伸ばすと、ゆったりとタロットカードを掻き集め、きちんと一纏めにしたそれを元の位置に戻した。


「そろそろバスが来そうだね」
「ありがとうございます。雪を凌がせて頂いた上、時間を潰すことも出来ました」
「ああ、頃合いだね。私ももう行かなきゃいけない。時間切れだ」
店じまい、と言うことか。確かにこんな天気では客足は途絶えるだろう。そうでなくても繁盛してなさげな店だ。
「すまないね、下手な占いで。私の願望も入ったリーディングになってしまった」
「願望…何故?」
「もっと上手いアドバイスをあげたかったのに、私も会話が下手くそでね……娘にしてやれなかった後悔を繰り返したくなかったのだけれど…」
永く生きたのに情け無い、老婆はそう言って溜息を吐いた。実の娘に非人道を強いたあの日から、人の情を離れることを自分に戒めて来た。言葉を温める術を遠い昔に置いて来た自分には、誰かの凍えた心を融かすことなんか出来はしない。


戯れの占い、その短い間に彼女は色々な感情を浮かべていた。吹けば消える小さな燭火のような儚さであるのだとしても。ワイン樽の底に沈む澱の如く、確かにそれは在る。
「人形のように思える心も近い未来、人を愛することを知る。想いの丈をこめて愛する日が来る。おまえさんの想いが、愛するヒトに届くことを祈っているよ」
自分の言葉が彼女の頑なな心に楔となり、ほんの少しでも罅を入れることが出来れば、と願う。
後は、アレに任せるしかない。ワインも飲めない頑固者だが、あの単細胞が良い方向を向きさえすれば、真面目で一途な男だ。ふたりともが幸せになれる。間違いない。
「このまま旅立てるかと思っていたけれど…やはりアレにも一言伝えてから行かないと駄目かねぇ…放っておいたらこっちに来そうだし」
「あの…あなたは…一体」
銀色の瞳をじっと見つめる。
あの春の夜に別れたきりの、あの娘と同じ面差し。長久の道を共に歩いてくれる人が現れれば、私達の呪われた生にも絶対に意味は有る。おまえの母親がそうだったように。
ああ、どうか。おまえの未来が幸福に満ち溢れたものでありますように。
老婆はこの上もない優しい微笑みを浮かべた。
「それじゃあね…自分の想いを信じるんだよ」


突然、かくん、と老婆の首が落ちた。
「…あら」
老婆はハッとした表情で首を上げると眩しそうに瞼をぱちぱち瞬かせ、目の前に座るしろがねを見てびっくりした大きな声を上げた。
「あらやだ、私、居眠りしていたみたい。ぼーっとしてたわ。占いをご希望ですか?」
「え?」
占いなら今の今までしていたのに。
記憶の欠落、というよりもまるで別人だ。居住まいも口調も振る舞いも、さっきまでしろがねと語らっていた人と全く違う。背の高い人特有の猫背、枯れ木の大木に似た老婆が見た目に合わない高い声を出し、少女みたいな仕草をする。
先程までのあの人は何だったのだろう…まるで何者かが憑依していたかのような…
「お嬢さん、どのようなお悩みが?」
「…いえ、バスが来るまで、と思っていたので。もうバスが来る時間のようです」
「あらー…私、いつの間に寝ちゃったのかしら?まるで覚えがないわぁ…ごめんなさいねぇ」
「お気になさらず。失礼しました」


店を出ると雪は止んでいた。薄くなった雪雲の隙間からヤコブの梯子が幾筋も下りている。チラリチラリと落ちる名残の雪が光を反射する。
「旅はいつか終わる…」
老婆の言葉を反芻する。
愛する誰かに、いつか出逢える。誰かを愛することが出来るなら、それは人形ではなく人間だ。とても優しくて逞しいヒトと出逢えると彼女は言った。でも、そのヒトに敵意を向けられる、とも。
しろがねの瞳が翳る。
どれだけのことをすれば、優しさが憎しみに変わるのだろう。私は未来で何を仕出かすのだろう。
大事なヒトを失うほどの。
そして、ふる、と首を振る。
「いや、この占いのことは忘れよう…」
忘れよう。希望など、自分には無用の長物だ。
最初から何もなければ、失うことも無いのだから。あの占い師がたまたま恩師を連想させ、『子供』なんてキーワードを偶然口にしたから、気になってしまうだけだ。
「タロット占いは無作為に選ばれたカードの、それぞれが持つ意味を繋げ、先入観をもって物語を作っているだけ…」
しろがねは、すう、と大きく雪混じりの冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
しばらくして、バスが停留所へとやって来た。しろがねは占い屋の看板を一瞥すると、大きなスーツケースを抱えてバスに乗り込んだ。



*
*
*



next
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]