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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。





「一緒に帰ろう」





「しろがね!こっち、こっちだよ!」
目当ての教室を見つけた勝が駆け出していくのを、しろがねは「あくまで私はお坊っちゃまの付き添い」という顔を繕いながら見守った。
ここはサーカス駐屯地から少し離れた、電車の距離にある大きめのショッピングモール。その中に鳴海が働く道場があった。中国時代の兄弟子がカルチャーセンターで道場を開き、そのよしみで鳴海はアシスタント講師なんてものを不定期で勤めている。
勝はずっと「先生やってる兄ちゃんが見たい!」と言っていて、今日はやっと見学が叶った次第。


廊下に面して大きなガラス張りになっているその部屋は、中の様子が見える。勝は窓にかじりつき、大きな目で覗き込むとすぐに目的の人物を見つけたようで、しろがねに向けて「早くおいでよ!」と手招きしてみせた。
しろがねは特に歩く速度を上げることもせずにただ肩をすくめて「私はカトウに興味はないのです」アピールをしてみせた。




本当は、とても気が逸っているのだけれど。
見学に行くと決まってからずっと、今日という日が楽しみだった。




勝の周りはいかにも母親然とした女性たちで混雑をしていた。今は子供向けの教室が行われているので、我が子の授業終わりを待ちがてら見学をしているのだろう。
しろがねが勝の後ろから部屋を覗くと、彼女のよく見知った加藤鳴海が子供相手に先生をやっていた。周りにひしめいているのが小さな子供達ばかりなので相対的に、いつも以上にやたらと大きく見える。しろがねの知っているいつもの鳴海とどこか違うような気がした。白い道着だって格段珍しいものでもないけれど、普段よりもずっと真剣な面持ちはどうしてかしろがねの胸をドキドキさせた。
目が吸い付けられる。周りの音も遠くなる。しろがねを取り巻く音も何もかもが、鳴海に向かって集約していく気がする。


「兄ちゃん、ちゃんと先生をやってるね」
「はい」
「兄ちゃん、いつもより大人っぽいね」
「はい」
自分の頭の上で、真剣な瞳で鳴海の一挙手一投足を見逃すまいとしているしろがねを眺めて勝はクスリと笑った。
「兄ちゃん、カッコいいね」
「はい……あ、いえ、そんなことはありません」


頬を染めて「今のは失言ですから!」と言い張るしろがねは何だか普通の女の子に見える。勝は、しろがねって変わったよね、なんて感じられて嬉しかった。
「カトウがカッコいいなどと私は欠片も思っていませんから!本当のことなのです!申し訳ありませんがお坊ちゃまのお話をよく聞いていなかったのです!他のことを考えていて…」
「分かったってば」
「お坊っちゃま、絶対に、カトウに言わないでくださいますか?その、私が、そんなことに同意したなど」
しろがねは一息に言うと、鳴海に向ける瞳を眩しそうに細めた。勝はそんなしろがねを見上げて、うふふ、と笑った。


そんなやり取りの後、見学を始めて間もなく、それまで子供達に集中していた鳴海が、す、と顔を上げ、廊下から見学する勝としろがねへと真っ直ぐに目を向けた。真面目な顔を一変させ喜色満面になる。今日の訪問を内緒にしていたから、予想外のサプライズに余計に反応したのだろう。
鳴海と目が合う。さっきからドキドキ鳴っている心臓が更に派手な音を立てた。
しろがねは何とも言えない居心地の悪さを覚え、視線を下に向ける。鳴海と目が合って五月蝿い心臓も理由のひとつだけれど、鳴海が笑顔をこちらに見せた途端に周囲から浴びせられた、好奇心満載の視線の集中砲火が一番の居心地の悪さの理由だった。気のいい若い講師のプライベート、なんてものは格好の井戸端会議ネタだろう。


鳴海の笑顔に応えているのが、突如現れた美貌の女性ではなく、同じように嬉しそうな笑みで腕をブンブンと振っている小学生だったので、廊下に流れた空気は和らげられた。
同時に、しろがねはハッとする。
好奇心が薄まった分、刺すような攻撃的な視線を強く感じる。
「お坊っちゃま」
しろがねは膝を折り、目線を勝に合わせるとひそひそと声をかけた。
「どうしたの?」
「お坊っちゃまはこのままご見学をお続けください。しろがねは向こうでお待ちしてます」
と受付前の辺りを指差す。
「どうして?せっかく兄ちゃんを見に来れたのに」
それには答えずに淡く微笑んでみせる。話して勝に余計な心配をかける必要はない。
勝に仇なす者とて、こんなに人がいるところで行動に移すとは思えない。出口近くから、広く周囲の挙動を見張っていれば対処できるし、いざとなれば鳴海もいる。何にせよ、これほど安易に敵意を漏らす相手など取るに足らない。


すく、と立ち上がり、ガラスの向こうの鳴海を見遣る。子供に型の手直しをしてあげている。優しい表情、本当に子供が好きなのだな、とつられてしろがねの表情も柔らかくなる。このまま見つめ続けてしまいそうな自分に小さく首を振り、背を向けた。
ふと、すれ違う女性と目が合った。険のある目元、刺すような視線は彼女のものと知る。ふん、と顔を背けられた。
「……?」
はて、と思う。
この敵意はお坊っちゃまを狙うモノではない?
ターゲットはむしろ私、か?
敵意も消せないとはプロにしては稚拙だと思ったけれど、素人ならば当然。いずれにしても、敵意が勝に向けられたものでないのなら尚、自分は勝から離れた方がいいし、枝葉末節だ。
子供の保護者だろうか、それにしては若いしスポーツライクな格好をしていた。
何にしても初対面の相手に悪感情をぶつけられるいわれがない。しろがねは怪訝に思いながら、受付前の椅子に腰を下ろして教室が終わるのを待つことにした。


見学を断念したしろがねを見送って、勝は教室に目を戻す。勝には、鳴海が物凄く張り切っているように映る。また、鳴海がチラリとこっちを見た。そしてその瞳は勝の背後を彷徨って、誰かの不在を見つけて、笑顔はあからさまにガッカリした顔になった。張り切ったキラキラ感が見る見る間に消失していく。
「わっかりやすいなぁ、ナルミ兄ちゃん…」
勝は苦笑する。
鳴海がしろがねに気がある、なんてことは三人が出会ってすぐに知れたこと。それを隠せ果せていると思っているのだからおめでたい。サーカスの中で気づいていないのはしろがねだけで、それもまた不思議でならない。
以来、鳴海の目がちょくちょく勝の方を向いた。その度に勝の後ろに誰かが戻ってないかを確認しては消沈して、をクラスが終わるまで繰り返していた。







「しろがね、お待たせ」
鳴海が講師をするクラスが終わり、勝がしろがねの元にやって来た。
「いいえ、お側を離れて失礼しました。どうでしたか?カト…授業の様子は」
「うん。見に来て良かった、面白かったよ」
鳴海の先生っぷりをまるで見ることの出来なかったしろがねのために、勝は端的に分かりやすく、身振り手振りを交えて語ってあげた。耳を傾けるしろがねの瞳がキラと光って細くなる。
「足を運んで正解でしたね。お坊っちゃまに喜んで頂けて良かったです」
「兄ちゃん、カッコ良かったよ」
「ええ…いえ」
しろがねはコホンと咳払いをして、何やら誤魔化した。


そこへ、子供達を送り出した鳴海が保護者との挨拶もそこそこにこちらへと駆けて来た。
「おおい、ふたりとも!」
途端、再び強まる好奇心と敵意。鳴海の向こう、好奇心いっぱいの母親達に紛れてあの女性が激しく睨んでいる。
「何だよ、来るなら来るって前もって言ってくれたら」
「兄ちゃんを驚かそうと思って」
勝がニコニコと笑うと
「いや、驚いた。ありがとな」
同じ笑顔を返す大きな手の平が勝の髪をくしゃくしゃと撫ぜた。すると、敵意を孕む視線が勝にも向いた。しろがねは警戒モードに入る。
「しろがね、おまえも…」
「ああ、お疲れ様…さぁ、お坊っちゃま、帰りましょう」
とおざなりで素気ない。
「え、もう、しろがね?」
勝が鳴海を見上げると、顔には同じく「もう帰るの?」と書いてあって見るからにガッカリしている。が、理由は分からねど、しろがねがピリピリしていることは鳴海に伝わった。何だか怒っているようにも見えるので「オレ何か、しろがねの怒りスイッチ押すようなコトしたっけ?」と不安にもなる。何やら察した勝はしろがねの隣に立ち、鳴海に向き合った。しろがねが常に自分のために行動してくれていることを勝は知っているから。
「また来るね、ナルミ兄ちゃん」
勝の行動に、近くに敵がいるのかもしれない、とピンと来る。鳴海には何も感じられないけれど、しろがねには分かる何かがあるのだろう。
「気をつけて帰れよ。何かあったらすぐに連絡寄越せよ?」
「ああ」
「ナルミ先生ー?」


名前を呼ばれ、声の方に顔を向けた鳴海の腕に、女性が飛びつくようにして腕を絡めた。しろがねに敵意を向けていたあの女性だ。
「クラスが始まる前に教えてもらいたいことがあるんです。いいですか?」
婀娜っぽく鳴海にしな垂れ掛かる。その仕草にしろがねの眉間に微かな皺が寄った。鳴海の太い二の腕の陰から好戦的な瞳で威嚇される。
しろがねは、敵意の全容を理解した。
あの敵意は、彼女が鳴海に好意を持っているから発せられたのだと。鳴海が親しげな態度を取る自分が気に入らないのだと。あれほどの明け透けな敵意を剥き出しにするくらい、鳴海を独り占めしたいのだと。
「あ、はい」
と返事をする鳴海は、腕に胸が形が変わるくらいに押し付けられていることに反応していて、鼻の下が思いっきり伸びている。だらんとした腕を胸の谷間に預けっ放しにして、僥倖、と言わんばかりの表情で応対している(ようにしろがねには見えた)。
盛大にカチンと来た。
しろがねの胸の中がモヤモヤイライラしたもので満たされる。




何故私が、あなたに好意を寄せる女性から一方的に、不快感を押し付けられねばならないのだ?
何故私は、楽しみを取り上げられただけでなく、こんな悪感情を抱かなければならないのだ?
そして何故、あなたは、その女とくっついたままでいるのだ?私の前で!




しろがねは無言で踵を返した。その際しろがねに氷のような瞳でジロリと一瞥され、鳴海はビクッと肩を震わせた。
あれ?やっぱりしろがねってオレに怒ってる?態度が急変してないか?何でだ?
「ちょ、ちょっとしろがね」
「じゃあね、ナルミ兄ちゃん。カッコよかったよ!」
「あ、ああ…」
「さぁ、お坊っちゃま、行きましょう」
しろがねは勝の手を取ってスタスタと帰って行った。







鳴海は半ば呆然としてしろがねの背中を見送った。あいつは一体何に不機嫌になっているんだろう、何を怒ってんだろう、と思う。こんな時は大抵、自分が気付かないうちに何事かをやらかしてしまっている。
ふう、と溜息が出た。
「ナルミ先生?」
「は?ああ、教えて欲しいコトあるんでしたっけ?とりあえず教室に行きましょうか」
と誘導する。彼女は次の、女性向けクラスの生徒だ。いつもこうして鳴海の元に質問や相談をしにくる生徒で、鳴海は「拳法が好きで熱心なヒトなんだなぁ」と思っている。認識レベルがその程度なので、まさか自分を巡ってしろがねに敵意を向けていたとは夢にも思わない鳴海だった。
もちろん、しろがねの不機嫌がそこに起因する、なんてことも思いも寄らない。
女性の会話に相槌を打ちながら、見学もそこそこすぐにいなくなったしろがねのことを思い返す。


鳴海は何となく、しろがねの存在が分かる。
理屈ではなくて、感覚的に分かる。
おそらくそれは、自分がしろがねのことを常に求めているから、だと思っている。


授業中、しろがねを感じた。こんなところにいるはずもないのにと思いながらも目を上げたら、いた。しろがねを見つけて物凄く高揚した気持ちと、次見た時に彼女が消えていて物凄く凹んだ気持ち、その落差たるや甚だしいにも程がある。スカイツリーの天辺からパラシュート無しでダイブさせられたような気分だった。
勝は熱中して最後まで観てくれた。けれど、しろがねは。すぐにいなくなった。彼女はあくまで勝の付き添いで、自分の先生風景など観る価値はないと考えたのだ。


あいつ…オレに興味ねぇのかな…
ま、興味、あるワケもねぇか…
日々の態度を思えば。
オレはいつも、あいつを怒らせてばかりで、
あいつはいつも、オレにつれねぇもん。


「オレだけだよな、気にしてるのは」
そんなことは、初めから分かってたことだ。
初めて出逢ったあの日から、想っているのは自分だけだ。それを考えると胸がジクジクと痛くなる。
「ナルミ先生?何か?」
「いえ、何でも。こっちの話」
そう言いながら、鳴海はふたりの帰った出口の方を振り返り、もうひとつ溜息を吐いた。



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