忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。







(45) 父の詩 1/2





一月半ば、正二はギイを伴って愛娘エレオノールの元にやって来た。混雑期を避け、遅い遅いクリスマス休暇(とは既に言えない休暇)を取っての来日。玄関の扉を開けると
「いらっしゃい。明けましておめでとう」
とエレオノールが晴れやかに出迎えてくれた。
「久しぶりだなあ。元気にしてたか?」
と思わず涙ぐむと
「大袈裟ね。秋休みにもこっちに来たじゃない」
と軽く返された。確かに三ヶ月ぶりの再会ではあるが、可愛い娘に三ヶ月も会えなかった父の気持ちも汲んで欲しい。すると、家の奥から小さな男の子が子犬のように駆けてきた。
「あ!正二おじいちゃん!ギイおじさん!」
「おお、勝!元気だったか?よしよし」
嬉しさを隠さないニコニコ顔で正二に飛びついてくる勝を、正二も好々爺の顔で抱きとめる。娘も息子も可愛いけれど基本的にクールで、成長しきった彼らとはスキンシップなどなくなって久しい。だから「おじいちゃんおじいちゃん」と懐いてくれる勝がとても可愛い。血の繋がりもない、よその子ではあるのだが。


「勝、お年玉を持ってきたぞ?ほら」
とポチ袋を差し出すと
「え?いいの?」
とエレオノールを申し訳なさそうに見上げた。
「だってぼく、おじいちゃんのホントの孫じゃないよ?」
その遠慮がちな姿に好感が湧くと同時にいささか子どもらしくない苦労人な面も感じる。
「いいんですよ、マサルさん。気にしないでも大丈夫です」
「本当?」
勝の円らな瞳に、正二は笑顔で応える。
「もらってくれると私も嬉しいぞ」
と改めてポチ袋を差し出すと
「ありがとう」
とピカピカな頬っぺたで両手を伸ばしてくれた。
「マサル。僕からは遅ればせながらクリスマスプレゼントだ」
優雅な仕草で薄っぺたい何かが手渡される。
「父は生粋の日本人だからお年玉をあげたいようだが、僕にはピンと来ないからな。図書券だ。好きな本を買うといい」
「わ!ありがとう、ギイおじさん!」
「…すまないが、おじさん、というのは…」
「ギイ、正二さん。明けましておめでとうございます」
最後に、その勝の父親が現れた。上がり框分が上背に加算される、見上げるほどに大きい男、加藤鳴海だ。


「すみません、お嬢さんのお宅に息子と厄介になってます」
と頭を下げた。包帯を巻いた左腕が首から吊られている。正二もギイも、エレオノールの元に暮れから転がり込んでいる居候のことは前もって聞かされているので大騒ぎにはならない。尤も、エレオノールから、結婚前の娘が男と同棲したという事後報告を受けた時には恐慌を来たす一歩手前の正二ではあったが。事情が事情だし、期間限定だと言うし、正二はぐっと涙を飲んだ。
「おとうさん、おじいちゃんからお年玉もらったよ」
「や、これは。すみません、ありがとうございます」
筋金入りの体育会育ちが滲み出るお辞儀と態度に、正二はうんうんと頷いた。正二自身も体育会上がり、道は違えど武道を嗜む者同士、通じ合うものはある。我が息子ながら肉体鍛錬に興味を示さなかったギイよりも近しいものを感じる。
「さ、みんな上がって。今コーヒーを淹れるから」
「よお、ギイ」
「ギイおじさんにももらったよ、図書券」
「へえ、おまえがねえ…」
「なんだ」
「いーや、ありがとうな。ギイおじさん」
「やめろ。あのなマサル、そのおじさんというのをだな…」
和気藹々とした空気。皆の背中を見遣って、正二は鳴海親子と初めて会った時のことを思い返した。それは去年の10月、秋休みのヴァカンスがてら、エレオノールが日本で開いたカフェを訪れた時のことだった。







思えば更に一年前、日本の恩人の葬式に参列すると突然言い放ち、飛行機に飛び乗ったあの日から人生の行路は決定づけられたように思う。嵐のように行って帰って、それからのエレオノールはしばらく塞ぎ込んでいた。真剣に何かを思い悩んでいる娘を温かく見守っていた正二だったが、これまた突然、エレオノールは日本に越して、恩人の遺した喫茶店を継ぐと言い出した。
当然、反対した。仕事だって軌道に乗って順調で、その安定した生活を放り出してまでやりたいことが不案内な日本での喫茶店の主人。娘を想う父だからこそ猛烈に反対した。けれどエレオノールは一歩も退かなかった。ギイはにやにや笑うだけで役に立たなかった。だから
「エレオノール、ちゃんと理由を言いなさい」
と説得した。
「納得の行く理由なら私だって鬼ではないのだから」
と。すると娘は素直にその理由を語った。
「好きなひとの傍にいたいから」
正二は若干、いや、結構な鬼になった。
「どういうことだ?まさかもう付き合ってるのか?こないだ日本に行った時に」
「違うわよ!…ナルミは…ナルミには…!…私の、片想い、よ…」
片想い?なるほど。それはそれ、正二は更なる情報を根掘り葉掘り訊き出すことに腐心した。
相手は日本で暮らしていた時のマンションの隣人だと言う。その隣人の男にエレオノールがやたら面倒をみてもらったらしい話は正二も聞いていた。エレオノールが強姦魔に襲われた時も彼が駆けつけてくれなければ、敵討ちに出向いた正二が殺人犯として逮捕されていたことだろう。その点では顔も知らない隣人に感謝はしている。改めて
「その男のどこがいいんだ」
と訊ねたら、エレオノールの流れるような演説が始まり、正二は小一時間ばかり相槌を打つことだけを強要された。少し後悔した。ギイは早い段階でいなくなっていた。口を挟もうとすると、亡き妻によく似た瞳で全力で睨まれた。まだまだ続きそうな勢いの演説を遮ってくれた宅配業者には甚く甚く感謝した。


宅配を受け取り、仕切り直し。
それは恩人に対する想いを愛情と勘違いしているのだと指摘しても、エレオノールは「そんなことない」と首を横に振り、頑として聞き入れなかった。
正二は思った。エレオノールの想いは十中八九勘違いだろうが、隣人の男は確実にエレオノールに惚れているに違いない。亡き妻に瓜二つの娘はまさに目に入れても痛くないレベルだし、男の方もあわよくばな下心があったからエレオノールに良くしたに決まっている。単に男は高嶺の花に手が出なかっただけだろう。その意味では意気地が無い男だ。だからエレオノールが特攻した日には、男が両手を挙げて棚から落ちて来たボタ持ちを喰らう未来しか見えない。
正二は懸命に娘を思い留まらせようと苦心したが骨折り損に終わった。
「自分よりもずうっとずうっと年下の、17歳のアンジェリーナを追いかけて、仕事も地位も放り投げて渡仏した三十路男性は、どこのどなたでしたっけね」
藪から蛇の大群が現れた。
「説得力がないのよ、お父さん」
エレオノールに「自分を棚に上げるな」と言われ、正二は撃沈した。でも父さんは惚れたアンジェリーナのために横車を押しまくったんだぞ?意気地なしじゃないぞ!は心の中で叫んだ。
「蛙の子は蛙だ」
とギイに笑われ、正二は渡日を泣く泣く許可することになった。


オープンして4ヶ月ほどになるエレオノールの喫茶店はこじんまりしてはいたが、和風の庭が見渡せて日本人の正二をどこか懐かしい気持ちにさせてくれた。居心地のいい店だと思った。ランチで頂いたカレーは文句なしに美味しかった。
「例の隣人の彼を紹介しなさい」
と前日、単刀直入に言うとエレオノールは見るからに表情を曇らせた。
店をオープンするまではフランスに帰らない、店をオープンするまでは日本に来るなと言われ、遠い空からずっとヤキモキさせられていたのだ。正二は、エレオノールに靡かない男などいないと思っていたから、渡日即「私たち付き合います」報告が来るとばかり覚悟していたのに一年経っても進展がなかった。振られたわけでもないようだが、まさかの娘の片想い継続状態、それはそれで納得がいかない。


私の娘の何が不服だと言うのか!
何様だ、その男は!


父さんが見極めてやると鼻息を荒くしていると、エレオノールは
「明日のお昼にお店で待てば会えるわよ。土曜日のお昼はうちで食べるひとだから」
と言った。渋い渋い眉間の皺に、相手を自分に見せたくない気持ちがありありと窺えた。おそらく、人を見る目が培われた父親(自称)に会わせるには不安のある男なのだろう。
「分かった。なら我々も明日のランチはおまえの店で頂こう」
「ただし」
エレオノールの目力が異様に強くなった。
「絶対に、絶っっっ対に、余計なことは言わないでよ!」
「余計なことって何だ」
「私が、彼を好き、とかそういうことよ!」
エレオノールは何やら怒っているようだ。八つ当たりされている気がしないわけでもない。
「なんだおまえ、まだ告白」
「してないわよ!」
エレオノールはご立腹のようだ。その怒り様が亡き妻の逆鱗に触れた様にそっくりで、正二はパブロフの犬になった。黙る。
確かに、エレオノールは渡日したい理由として「好きなひとの傍にいたいから」とは言ったけれど、「一緒になりたい」とは言っていない。とすると、我が娘はこの1年間、告白もせずに足踏みを続けていることになる。正二はまだ見ぬエレオノールの想い人に怒りが湧いた。


私の可愛いエレオノールの隣人という幸甚に5年間も預かりながら、しかも自身のためにわざわざフランスからやって来た娘に手も出さないとは何たることだ?おかしいんじゃないのか、その男は?
「父さんがそいつのことをしっかり見定めて」
「いい?ナルミに変な態度取ろうものなら即刻フランスに帰ってもらうから」
「エレオノール、父さんはおまえのためを思」
「一生、口も利かないから覚悟して」
正二は亡き妻と初めて口論になった時のことを思い出して、背筋に冷や汗を垂らした。



next
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]