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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(43) ≠ レディ・ラック 1/2





クリスマス、というのは聖人の誕生日前夜を楽しむものであって、誕生日そのものはクリスマス飾りを撤収する日になる、というのがこの国のお決まり。
『Cirque』も25日の営業を終え、戸口をクローズする際に店頭のポインセチアは引っ込められた。後ちょっとしたら小さな門松が飾られる。


夕食後、灯りを絞った店内でエレオノールがクリスマスツリーのオーナメントを片付けていると
「何か手伝うことあるかぁ?」
と鳴海がやって来た。
「これ、外せばいいのか?」
と返事も訊かずに手伝いを始める鳴海に、エレオノールは自分の仕事の手を止めて
「大丈夫よ、あなたは休んでて?怪我人なんだから」
と言った。鳴海の左腕には痛々しい白い包帯が巻かれ、首から吊り下げられている。鳴海はまるで意に介さず
「おまえの背じゃ上の方は椅子使わねぇと届かねぇだろ?」
とオーナメントに手を伸ばした。鳴海の背丈ほどもある大きなツリーなので、確かに彼の言う通りなのだけれど。
「それに、右手は何ともねぇんだから」
取り外したオーナメントをエレオノールに手渡して、鳴海は右手をひらひらと振って笑顔を見せた。


薬品で腕を負傷した鳴海は救急車で運ばれ、化学熱傷と診断されて専門病院に即日入院することになった。集中治療室に丸2日、一般病棟に移って4日、人並外れて頑健で回復の早い身体のお陰で早期退院出来た鳴海だった。ただしばらくは毎日の通院で処置を受けることになっている。比較的軽く済んだのは、ギャラリーの中に医療関係者がいて、痴漢男の首根っこを掴んでいる鳴海の腕を流水洗浄し続けて薬品の浸食を食い止めてくれたことが非常に大きいとのこと。そのため皮膚移植も辛うじて必要ないレベルで収まった。
けれど、あくまで『比較的軽い』のであって熱傷自体は重度に分類されるもの、しばらくは左手の不自由な生活を余儀なくされるのは変わりない。だから「手がよくなるまでは私のところにマサルさんと来ない?」のエレオノールの申し出を素直に受けた。現実問題、水回りのことが何も出来ないので、自分ひとりならまだしも勝のためにはエレオノールの手助けが必要だった。
「おまえに厄介になってる以上、これくらいのことは当たり前だろ?」
鳴海の入院中も、エレオノールは勝を預かってくれていたのだ。勿論、毎日、見舞いにも来てくれた。それがどれだけ鳴海にとって助けになり、そして嬉しかったか。


「気にしなくてもいいのに」
「ツリー飾るの手伝ったんだ。片付けんのも手伝うよ。それに今日のパーティだって全部おまえに用意させちまったしよ」
クリスマスパーティーと言えばイブが定番なのだが、本日退院の鳴海合わせで予定より一日遅れで開催されたクリスマスパーティーは先程無事にお開きになった。当然、鳴海だってあれやこれやとプランを練っていたのだが全ておじゃんだ。
「だからこれくらいはやらせてくれよ」
「わかった。でも無理はしないでね?マサルさんは?」
「腹の皮が突っ張れば目の皮が弛む、てヤツ」
「あなたが無事に退院してきてホッとしたのよ。マサルさん、あなたの入院中、頑張っていたもの」
「心配かけちまったからなぁ」
鳴海はツリーの天辺近くのオーナメントを外しては、エレオノールの膝元に置くことを繰り返す。ガラス製のオーナメントが灯りを反射してキラキラと光る。そのオーナメントを大事そうに扱う鳴海の手を、エレオノールはじっと見つめた。そして、その目を白い包帯にスライドさせる。
ナルミの左手、元通りになるだろうか?
それを思うとエレオノールの胸が痛い。薬品の直撃を受けたのは腕だったけれど服を着ていたのでその下がどうなっていたか分からない。エレオノールが確認できたのは皮膚を晒していた左手の甲で、そこは薬品が垂れた形で真っ赤に焼け爛れていた。


私のせいだ。
私があんな男につき纏われたから。私が一人で解決出来なかったから。
私がナルミを頼ったから。私がナルミに甘えたから。
私に関わらなければ、ナルミはあんな男に逆恨みをされることもなかった。
私が、私の不幸にナルミを巻き込んだ。


ふと、エレオノールの視線に気づいた鳴海は怪訝そうな声で訊ねた。
「どうした?」
「え?」
「なんか見てて面白いか?」
「え…ええ、とても」
と、エレオノールは淡く笑った。
鳴海にはもう何べんも謝った。病院に見舞いに行った時も、鳴海が退院して来てからも。自分があんまり謝り過ぎるから、鳴海に困った顔をさせてしまった。本当はまだ謝り足りないのだけれど、もう困らせたくないから別の話にする。
「ふうん」
鳴海は自分の手の平を表裏に返し、変なことを面白がるモンなんだな、と思った。
「作業をする男の人の手って、凄く色っぽいと思うの。セクシーで素敵よね」
これはエレオノールが常々感じていること。エレオノールの発言に、鳴海の動きが止まる。自分の持ち物を『色っぽい』『セクシー』『素敵』と、想定もしない言葉で褒められて、それをこれまでどうやって動かしていたのかをすっかり忘れてしまった。右手は何にも悪くないのに。心頭滅却してから、ゆっくりと手伝いを再開する。
「エレオノール、目、おかしいんじゃねぇか?」
「そう?」
「じゃあ、感性がおかしい」
「そんなことはないと思うけれど」


武骨で肉厚な掌、節くれだった太くて長い指が、丁寧で繊細な動きをする。
鳴海が腕を動かす度、力を入れる度に、指先や手の甲の筋、腕の筋肉が律動して、見ているとエレオノールの胸はドキドキする。作業をする手付きに性的な魅力を感じて、その手が女性を愛撫するそれに見えてしまう。大切に、大きな掌に包まれるオーナメントに自分を重ねて見立ててしまう。
鳴海の大きな手に、武骨な指に、そんな風に触れられたいと、もう一度触れられたいと、視線に熱がこもる。莫迦ね。最低だ、私。
今のナルミの手からそんな淫らなことを連想するなんて不謹慎にもほどがある。
それに。
あの夜のナルミは、私に触れたいから触れてくれたんじゃない。
触れてと私が頼んだから、手を貸してくれただけ。
コト…とオーナメントが床に置かれる小さな音にエレオノールは考えを切り替える。割れ物の球体を、かさ、と紙に包んで箱にしまった。


鳴海もまたエレオノールをじっと見下ろし、物思いに耽る。
こうして、今まで通りに『親しいご近所さん』の顔を突き合わせている今が不思議だった。時間が経つにつれ、あの夜の出来事なんてなかったと思えてしまうほどに今まで通りだ。
エレオノールは「手を貸しただけ、手を借りただけ」と割り切っているから関係が破綻しないで済んでいるのだろう。鳴海はそれに乗っかっているだけだ。
もしも自分が、自分に課した誓いをかなぐり捨てて欲望のままに一線を越えていたらどんな関係になっていたんだろうと、入院中ずっと考えていた。やはり純愛を貫かない自分は軽蔑されただろうが、万が一にも、エレオノールがオレの想いを受け入れてくれることがあったなら。
熱く蕩けた肉の感触を、指全体が反芻する。
あの素晴らしい時間を、今この時も共有することが出来たかもしれない。自分が彼女に相応しくないことも忘れて、服の下の、深い肌に触れて、あの甘い蜜をこぼす場所を、今度は指じゃなくてオレの……
今度は鳴海がエレオノールに見惚れてしまい、手元が疎かになった。それまで単調に思えるくらいにスムーズだったオーナメントの到着が止まり、エレオノールは丸い瞳を上げる。
「どうしたの?ナルミ」
「あ?いやいや」
慌ててオーナメントに手を伸ばす。妄想に火がついて頭の中でおまえを犯してました、とは言えない。
良くない傾向だ。今日からしばらく、エレオノールとは一つ屋根の下で生活しなくてはならないのに。
「なに…その、エレオノールの頬っぺたが目に入って。傷…痛むのかな?って思って」
見ていた場所を変更し、誤魔化した。エレオノールの頬には膏薬が塗られ、その上からラップが貼られている。エレオノールは手の平で頬を覆うと
「いいえ。大丈夫よ」
と言った。
鳴海は膝を折り覗き込むと、指の背でそうっと白い頬に貼られたラップを撫でた。


犯人確保の役目を警官にバトンタッチした鳴海はその場に蹲った。その頃にはスーパーの店員がどこからか引いて来てくれたホースから勢いよく流れ出す水道水が鳴海の左腕を洗い、その周りには大きな水溜りが出来ていた。そんな鳴海の元にエレオノールは駆け寄った。だが、自分の身体にはどこに薬剤が付着してるか分からないから側に寄るなと鳴海に言われ、伸ばしかけた手を引っ込めながら涙をこぼす彼女に対し
「なんでそいつばっかり!」
と嫉妬を拗らせた男は常人ならざる力で警官の手を振り解き、エレオノールに掴み掛かった。
「僕の心配は?ねえ?何でそいつばっかり!」
男の平手がエレオノールの頰にクリーンヒットする直前で、鳴海はそれを弾いたものの、痛みに呻いていたせいで一歩出遅れ、男の爪が彼女の頰に引っ掻き傷を付けてしまったのだった。犯人をフリーにしてしまった警官たちは謝罪しきりで、警官の前で罪状を重ねた男はがっちりと拘束されパトカーで運ばれていった。鳴海は
「一度ならず二度までも!おまえさえいなければ!おまえ、覚えてろよ!」
の捨て台詞をもらったが、それはこっちのセリフだ!、と痛くて言い返せなかったのが非常に残念で仕方がない。


「あの馬鹿野郎、よくもエレオノールに……絶対ぇ許さねぇ」
何度も何度もラップを優しく撫でながら、自分が痛みをもっと我慢出来ていたらこんな傷なんか負わせなかったのにと鳴海は悔やんでも悔やみきれない。
「ナルミ、本当にありがとう…。でも、もう…あんな、自分を盾に、なんて止してね」
エレオノールの疲れたような声色に鳴海はラップから少し目を上げた。
「ずっとハラハラしてた…ナルミが酷い目に遭ってしまう、って…。だからもう、私のために無茶はしないで?」
「約束は…できねぇなァ…」
今度は鳴海の親指の腹が、ラップの上からそっと傷を撫でる。
「オレは…エレオノールに迫る危険を見て見ぬ振りなんざ、無理だ」
「でも、そのせいでナルミは拳法を…」
「拳法…のことはオレの鍛錬が足りなかっただけの話だ。エレオノールが気を揉むことじゃねぇ。それに、これからもエレオノールに悪さするヤツには容赦する気もねぇ。そういう意味でオレは最初から、格闘家に向いてなかった、ってこった」
心配を隠さない大きな銀色の瞳に苦笑する。
「でも…ま、それでエレオノールにそんな顔させちまうってなら…肝には銘じとくよ」
そんな顔、と言われてエレオノールは罰が悪そうに両手で頬を押さえた。


「痕、残らねぇといいな」
「浅い傷だから、大丈夫」
「だといいんだが。でないと、嫁の貰い手がなくなっちまう」
「…そうね」
エレオノールの銀色の瞳が、ゆら、と物言いたげに揺らめいた気がした。鳴海は何だか居た堪れなくなって手を引っ込めるとエレオノールに背を向けて、またオーナメント回収の作業に戻った。



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