忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。







(42) 死滅回遊 8/8





「おはよう!エレオノール、具合悪いの治った?」
明るい朝の挨拶にエレオノールはハッと顔を上げた。ニコニコとした勝がエレオノールの隣に腰かける。
「マサルさん。おはようございます。ええすっかりこの通り」
笑顔で挨拶を返すと、勝は「よかったぁ」と胸を撫で下ろす仕草をしてみせた。
「心配かけてごめんなさいね。泊まり込んでお手伝いさせてしまって…ありがとうございます」
「いいんだよ、おとうさんだって『お互い様』って言ってたでしょ?」
具合が悪くて苦しそうだったエレオノールには悪いけれど、父親と彼女の接点を増やすという勝の思惑からしたら万々歳。実際、エレオノールの近くで過ごせた父親だって穏やかな笑顔を見せていたし、エレオノールだって看病してもらったことで父親へのポイントを上げてくれたに違いない。内心ほくほくとしていると
「その、おとうさんは?」
と訊ねられた。
「おとうさん、まだガーガー寝てる。エレオノールが心配できっと寝つけなかったんじゃないかな?」
父親をよいしょしてエレオノールの好感度を上げておくことを忘れない。


「でもおとうさんが休みに寝坊って珍しい。休みの日の今頃は、これ」
勝が鳴海を真似した拳法の型の動きを披露した。
「をやりに公園に行ったりしてるのに」
「マサルさん、今のすごく上手だった」
エレオノールがパチパチと手を鳴らす。
「おとうさんに習ってるの?」
エレオノールに褒められて勝は「えへへ」と照れ笑いをすると
「ときどき。僕もおとうさんみたいになりたいなって思って」
と答えた。エレオノールは勝の言葉に瞳を細めた。
「おとうさんは大学生の頃、国内大会総舐めで、選手権は三連覇しているのよ?」
学生時代の鳴海の部屋に飾ってあったトロフィーを思い出す。
「へえ、知らなかった。おとうさんって強そうだなーとは思ってたけど。本当に強かったんだ」
「そうよ?試合とか、負けたところ見たことないのだから」
「四連覇はできなかったの?」
「四…?」
エレオノールは、ふと考えこんだ。
「あら、卒業した頃……?社会人になって…」
彼、拳法…どうしたんだっけ…?


銀色の瞳が答えを求めて宙をさまよった。そういえば、今の加藤家にはトロフィーが飾られていない。加藤家の朝ごはんを手伝うために出入りを始めた頃に、ないな、とは思った。でもそれは勝と暮らすようになり物が増えたために引っ込めただけだと深く考えることはなかった。
「社会人になってなかなか稽古の時間が取れなくなったから、後進に譲る、って言ってたような…」
確かに鳴海がそう言っていたのは覚えている。鳴海が嗜んでいる拳法。再会してからも、マンションのポーチや駐車場で型の稽古をしている鳴海をよく見かけた。エレオノールが高校生だった頃はちょくちょく鳴海の試合を観に行った。けれどいつからか、試合観戦をすることがなくなっていた。
何故だろう?自分は何かを忘れている気がする、否、何かを見落としている気がする。
「ふうん」
とどこか不思議そうな勝の瞳に落ち着かなくなり
「そ…そろそろ朝ごはんの支度をしようかしら。作っている間におとうさんも起き出すでしょう」
と席を立った。
「僕も手伝う!」
という勝とシンクに並び立つ。何気なく足元に目を落として、フローリングに薄っすらと残る鳴海の情痕を見つけ、更に心臓が落ち着かない音を立てた。









「今日はもう、ひとりでも大丈夫か?」
「ええ。大丈夫。すっかりお世話になっちゃったわね」
昼過ぎ、三人は近所のスーパーに買い出しに出かけた。鳴海は正直、近場の買い物と言えどエレオノールを一人で出歩かせたくなかったので、今日は荷物持ちがいるわけだし、次の休みまで買い物いらずで済むようにと大量買いを勧めた。三人して手に買い物袋を提げ、スーパーを出る。
「こんだけ買い込めばどうにか持つだろ」
買い物袋の殆どを両手に提げた鳴海が言う。
「もしも足りないものとか急な要り用とかあれば、オレに連絡しろな?帰りに買って届けるからよ」
「僕もお使いに行くよ?」
「そうそう。いざとなったら勝を使え。万が一、どうしてもって時は表通りを通って明るい時間帯に…」
「大丈夫よ。過保護ねぇ」
エレオノールは可笑しそうにくすりと笑った。
「そうは言うけどよ」
用心に越したことはないのだ。鳴海は横目で、しろがねの横顔をチラと見遣った。


鳴海が寝ぼけ眼で起き出して挨拶したエレオノールはいつも通りのエレオノールだった。昨夜、ふたりの間に何か特別な出来事など何もなかったかのように、いつも通りだった。声色も、顔色も、何ひとつ。だから鳴海もいつも通りに挨拶をした。
ふたりの間で笑っている、勝の存在が大きかったように思う。
今も、何も変わらない、何の変哲もない距離感。昨夜のことは、鳴海が願望から見た夢だったような気すらしてくる。肌に残る湿度や温度がやたら生々しく感じられるけれど、それも全部、夢幻だとしようと決めた。
あんなことがあった以上、意識し合って今まで通りに接することができなくなるのではと懸念していた。それが普段と変わらずにいられるのだから有難いと思わなければならない。
「戸締りだけはしっかりしとけよ?そうすれば、セキュリティ入ってるから」
「大丈夫だってば。ナルミはホントに心配性…」


エレオノールの言葉が不意に途切れた。人の行き交うスーパーの駐輪場を横切ろうとした時、その通り道を塞ぐようにひとりの男が立っていた。
鳴海にも見覚えのある顔だった。
鳴海は立ち止まり、エレオノールと勝を背後に隠す。
「おとうさん?誰?知ってるひと?」
事情を何も知らない勝が丸い目を上げた。
「下がってろ。マサル、エレオノールを守れよ。こいつから目ぇ離すな。エレオノール、警察に連絡」
鳴海は正面に目を据えたまま、てきぱきと指示を出す。勝が怪訝そうな視線を巡らすと、蒼ざめたエレオノールが震える手で携帯を取り出そうとしていた。


「よう。久し振りのツラだなぁ」
地面に買い物袋を下ろす。そう鳴海が声を掛けると男は忌々しそうに顔を歪めた。
「またおまえか」
ギリギリと歯噛みをする音が聞こえてくる。ちょっとおかしなこわいひとだ、と勝は察し、鳴海の言葉に従いいつでも引っ張れるようにエレオノールの服をぎゅっと掴んだ。
「いつもいつも、僕の邪魔をしやがって。いつもいつも、エレオノールの周りに纏わりついて。僕はおまえが目障りなんだよ!」
突然の大声に、ぎょっとした周囲の客が動きを止めた。しん、としたたくさんの目がこっちを伺っているのが勝には分かり、心臓がばくばくと鳴り始めた。
「纏わりついてんのはおまえだろうが。こっちは迷惑してんだよ」
「迷惑?そんなわけないよ?だってエレオノールは僕の妻なんだから」
にい、と笑った瞳を身体に縫い付けられ、エレオノールはぎゅっと身を縮こませた。
「妻ぁ?前は彼女っつってたろ」
「あれから何年経つと思ってるの?昨日だって、僕が触れただけで凄く濡」
「おまえさ、接近禁止命令出てんだろ?」
男が誰にも聞かせたくないことを口に上せたので、鳴海は咄嗟に話題をすり替えた。
「古今東西、愛には妨害と障壁が付き物じゃないか」
男は鳴海の意図に気付かず、自分の語りたいことを語る。
「違ぇねぇ。でも、こいつにゃおまえへの愛なんざねぇんだよ」
「それは、いつもおまえが、僕の邪魔をするからじゃないかぁ!おまえがいつでもエレオノールの隣にいるから!もう死ねよ、おまえ!」
大音量の恫喝に、あちらこちらから小さな悲鳴が上がった。


「おまえが居る限り、僕とエレオノールは幸せになれない。だから、僕は、まずおまえを排除することに決めたんだ」
黙っていれば端整であろう顔を醜く歪め、男は鳴海を憎しみに満ちた瞳で射抜く。
こいつはいい。鳴海は笑った。
こいつの興味がオレに向かっている間は、エレオノールは安全てことだ。
「いいぜ、相手になってやる。でも忘れたのかよ?オレの一撃で沈んだこと」
「ふん。一般人に格闘家が手を出してどうなったか、おまえの方こそ忘れたか?」
男の問いにエレオノールは、は、となり
「お蔭さんでね、道場からは破門された身だ。オレはもう格闘家じゃねぇんだよ」
鳴海に答えに腑に落ちた。
「ふん、ざまあないね。でも僕は野蛮人じゃないんだ。殴り合いなんてしないよ?」


男は胸元から液体の詰まった瓶を取り出すと蓋を開けた。鳴海の目元が険しくなった。酸かアルカリかは分からないけれど十中八九、劇薬だ。この男の性質上、ハッタリてことはまずない。肌に当たったらタダじゃ済まない感がひしひし伝わって来る。この距離じゃ確実に当たる。自分一人なら避けるのは雑作もないが、後ろにはエレオノールと勝がいる。自分は壁にならないといけない。
「下がれ!マサル!急げ!」
と鳴海が叫ぶのと男が瓶を投げ付けたのは同時だった。鳴海は上着を手早く脱ぐと、エレオノールと、彼女を思い切り引っ張り鳴海から距離を取ろうと動く勝に向けて放り投げた。眼前に迫る瓶を咄嗟に左手で払い落す。刹那、左肘から手に掛けて熱が走った。
「ぐうっ」
じゅう、と皮膚が溶け、肉が焼ける感覚、脳天を裂くほどの激痛に鳴海は顔を顰めた。
「ナルミ!」
エレオノールが悲鳴のような声で名を呼んだ。


「死ねよーっ!」
男がナイフを手に突っ込んで来る。鳴海は痛みに顔を顰めながらも、突進してきた勢いを軽く受け流し、男の手首を捻り首根っこを掴んで地面へと引き落とした。気が漫ろになっていても身体が勝手に動いた。捩じられた手からナイフが転げ落ちる。地に伏せた男の背を膝で押さえ込み
「マサル!そっちは大丈夫か?」
と背後に声を掛けた。
「大丈夫!でもおとうさんの上着がちょっと水玉…」
「ならいい、絶対に近寄んなよ!エレオノール掴まえとけ!」
「うんっ」
勝は今にも鳴海の元に駆け出しそうなエレオノールの腰にしがみ付いた。
「残念だったなぁ。今回もオレの勝ちだ」
「はなせはなせ、痛いっ、髪が焼ける…っ」
鳴海の左手に掴まれた男の襟足の毛がブスブスと焦げた匂いを放っている。
「警察が来るまでおまえを野放しに出来んだろ?それにてめぇの髪が焼けんのは、おまえが放った薬のせいだろが」
焼けているのは男の髪だけじゃない。鳴海の左手も焼けている。むしろ劇薬をもろに被った鳴海の手の方が酷い有様だ。真っ赤な肉色を覗かせる左手の甲の痛みに本当は悶絶したい程だ。辺りには人の焼ける饐えた匂いが漂って、吐き気を催しているギャラリーもいる。その内に遠くパトカーのサイレンの音が聞こえて来た。
「覚えてろよ…必ずおまえに復讐して、僕たちの幸せな姿を見せつけてやるから」
「へ。何度来たって返り討ちにしてやるよ」
エレオノールを脅かす輩には容赦しない、鳴海は凄絶に笑った。



next
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]