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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(27) あなたに遠い旅をする 1/2





「エレオノール、明日の昼、ちょっとオレに付き合ってデートしねぇか?」
勝の元気な「行って来ます」の後、エレオノールは鳴海から唐突なお誘いを受けた。
「え?」
ティーポッドに注がれるはずのお湯は目測を誤り、床でダバダバと湯気を立てた。
「おいおいエレオノール、階下から文句が来るぞ?」
「あ、ああっ」
慌てて、エレオノールは赤い顔で床を拭く。
床をきれいにしたエレオノールは腰を伸ばし、ネクタイを結ぶ鳴海に向かって
「デート、とはどういうことでしょうか」
と神妙な顔付きで訊ねた。
「いや何、デートっつっても、エレオノールにとっちゃ面倒事のような」
かえって、エレオノールには申し訳ねェような…と、鳴海は歯切れが悪い。
「何?お願い事なの?」
それはそうよね。
エレオノールは少しガッカリした気持ちを抱えて苦笑した。


「まぁ、お願い事と言えばそうだな。仕事の付き合いの話でさ、女性同伴が望ましい場所、だもんで」
「なあに?どういうこと?」
エレオノールはついつい、身を乗り出した。鳴海が同伴相手に自分を選んでくれる、なんて嬉しいことこの上ない。図らずも声に喜色が混じってしまい、こほん、と小さく咳払いをする。
「オレんち貿易関係だろ?取引先でワインを卸してるトコがあって、そこが明日の昼に『ワインを嗜む会』なんてのをお得意さんを集めて開くのよ」
「ワイン?」
「要するに立食形式のワインの試飲会、の上等なヤツよ。…オレぁほら、下戸だから当然断ってたんだけども、向こうさんがどうしてもって。そう言われちゃあ無碍にも断れなくて。ウチの上得意だし」
「そんなところに私が行ってもいいの?」
「基本アッパークラスはパートナー同伴がデフォルトだから。気にしないでいいさ。エレオノールなら問題ねぇし。そんなわけでエレオノール、来てくンねぇかな?」
この通り。鳴海が顔の前で両手を合わせ、頭を下げた。
「そんな、頭下げないで?ナルミの頼みだったら聞いてあげるから」
「ホント?」
鳴海の顔がパッと明るくなった。キラキラ光る瞳に、エレオノールの頬が思わず染まる。
「でも本当に、私でいいの?その…パートナーの代わり、でしょう?」
彼女、妻 ≒ 私、
という図式に、エレオノールは舞い上がってしまいそうな気持ちを冷静な顔の下で諌め続けた。


「いいのいいの。エレオノールだったら文句なし。完璧」
「私はナルミがいいのなら」
「よっしゃ」
鳴海がパチンと指を鳴らした。続いて、鳴海が待ち合わせの時刻と場所を言った。エレオノールは一言一句しっかりと記憶し、メモにもちゃんと取った。
「で…私、どんな格好をしていけばいいのかしら?」
「格好?」
代わり、であってもきちんとした場所での、デートはデートなわけで。それも鳴海の仕事が絡むデートなわけで。自分如何では鳴海の評価にも関わるかもしれない。
「ほら…行く場所によって、着る洋服も…」
モジモジと指が動く。
「そんなの構えなくてもいいってば。ラフなカッコじゃなきゃ。エレオノールなら普ッ通ーのスーツで…。今日みたいなカッコでも全然」
鳴海はエレオノールの乙女心に頓着なく言う。
「今日、みたいな…?」
本日のエレオノールの服装は、モノトーンのワンピース。膝丈で襟刳りも大きく開いている一品だが
「地味じゃない?」
エレオノールは腰を屈め、自分の身体を見下ろした。
「ううん。ちっとも地味じゃねぇよ」
鳴海は、前傾姿勢になった襟元からたわわに覗く、眩しい白い谷間を注視しながら屹然と答えた。何しろエレオノール自体が銀色に光って派手な分、多少服装が控え目な色味でも気にならない。
「じゃあ、よろしく頼む。ありがとな」
そう言って出勤する鳴海に「いってらっしゃい」と送り出した後、エレオノールは生真面目なでっかい目で明日の服装を一生懸命シミュレーションし始めた。







一夜明け、デート当日、間もなく待ち合わせ時間。
鳴海に言われた駅の改札を出たところで、エレオノールはきっちり10分前から待っていた。何度も手首に視線を落としてそわそわと待つ。
昨日からずっと服選びに悩み続け、最終的にはクローゼットの中身を全部引っ張り出してしまったエレオノールだった。帰ってからの片付けが思いやられるけれど、それよりも何よりも、今のこの服装が鳴海にOKをもらえるかどうか、それだけが気掛かりだった。
ひたすら『デート服』で検索をかけまくった研究の結果、端的に言えば、「身体のラインを出した」「女性らしい」「ミニスカート、ワンピース」が男性的に好ましいお勧めらしい。それに加えてアッパークラスの集まる仕事関係のフォーマルな場。隣に立つ女性の品位で男性の評価は変わるだろう。
いっそ買い物に走ろうかとも思ったけれど、付け焼刃で何とかしてもかえって変なことになりそうだし、見るからに新品の服で妙なヤル気をアピールしてしまっても嫌だし、この場にあるもので何とかしようと悩み、頭を使い、試行錯誤した。
そして、エレオノールは苦心惨憺の末にラベンダーグレーのワンピースをチョイスした。いささか丈が短過ぎる嫌いはあるけれど、細身だし、「身体のラインを出した」「女性らしい」「ミニスカート、ワンピース」のどれもクリアしているから大丈夫なはず。色味も落ち着いているし、デザイン自体はシンプルだからフォーマルな席でも浮かないはず。
それにシルバーのパンプスとスプリングコートを合わせてきたものの、「もっとカチっとした方がよかったかも、甘過ぎたかも」と、エレオノールは既に後悔を始めていた。


腕時計に目をやる。
待ち合わせ時間ちょうど。
行き交う人々が老若男女を問わず、エレオノールに視線を彷徨わせ、通り過ぎていく。奇異の目で見られているように感じ、エレオノールはハンドバッグを胸に抱え、身体を竦めた。鳴海と同年代くらいの男性達もまた、エレオノールに見られていることに気がつくと、まごつきながら去ってしまう。
自分の放つ『高嶺の花』オーラに気付かないエレオノールは、
今日の私の格好は、若い男性向けではなかったのかもしれない。
と次第に、落ち込み始めた。
せっかくの、鳴海とのデートなのに。
こんな風に人に見られるなんて。
きっと、自分では気が付けない違和感、間違いがあるに違いない。
もしかしたら、無理して若作りしてるように見えるのかも…もう20代も半ばだし…そもそも何か私は、デートというものを勘違いをしているのかも…ナルミはデートって言ったけど、会社の集まり、に重きを置くべきだったのでは…?鳴海が大丈夫としたモノトーンの方が良かったのかも…。
ああ、どうしよう、でも、ここまで来てしまったし、もう待ち合わせ時間だし。
気が重たくなってしまったエレオノールは、ふう、と大きな溜息をついた。


「おうい、エレオノール!」
待ち合わせに2分ばかり遅刻して、鳴海がやってきた。首を長くして待っていた鳴海なのに、いざとなると、エレオノールは何とも落ち着かない心持ちになった。
「すまん、待ったか?」
「ううん、大丈夫…」
毎日、顔を合している相手、でもこんな風に待ち合わせなんてしたこともなく。
お互いに照れた。
いつも通りの鳴海にでさえ、場所が変わっただけでエレオノールは新鮮に感じている。ましてや、今日のデートのために色々勉強してそこにいるエレオノールに、鳴海は言葉も出ない。
「構えなくてもいい」
その言葉通りなんだろうと鳴海は思うけれど、何かが違う、自分と会うためにおしゃれしてきた感が漂っている(その通りである)。
胸元は期待を裏切らず谷間を覗かせていて、タイトなシルエットは彼女の胸の大きさを強調している。細身とはいえ、ウェストマークなしでここまで括れを主張出来るエレオノールのスタイルはもはや脅威。そこから続くヒップの丸み。高いヒールは腰の高さと脚線美を更に際立たせている。
『モデル体型の女子』と『職業モデル』は似て非なるものである。エレオノールは『職業モデル』ではないけれど、頭身は『職業モデル』だ。しかも、『職業モデル』にはない巨乳の持ち主であり、『職業モデル』よりずっと素晴らしい、と鳴海は常々考えている。
どうでもいいことだが。
メイクですら、いつも通りナチュラルにはナチュラルだけれど、明るめピンクのルージュだったり、普段とちょっと違うニュアンスのアイシャドーだったりチークだったり。今日のエレオノールのそういった諸々が、自分とのデートのために用意されたのだと思うと、鳴海は感無量で言葉も出ない。


「あの…やっぱり変?この格好…」
自分を見つめたまま止まってしまって動かない鳴海に、エレオノールは恐々と訊ねた。発言内容はともかく、エレオノールの唇が動く度にキラキラ光るのが気になり
「エレオノールがグロス塗ってるの、初めて見たかもしんない」
なんて考えて凝視していた鳴海は
「え?何で?」
と数テンポ遅れて返事をした。
「ナルミ。固まっているから…」
鳴海だったら、エレオノールの頑張った点を指摘しつつ「似合う似合う!」と明るく笑ってホッとさせてくれると思ったのに。なのに、鳴海はどことなく動揺した様子で
「いやいや。平気。どこも変じゃない」
と言うと、「さあ、行くか」と目を泳がせた。駅前でエレオノールの前を通り過ぎた、他の若い男のひと達と似た反応。
やっぱり、ナルミの好みでもないのね…根本的に、TPOに合っていないのかもしれない…コーディネートの勉強、してみよう…、と心に決める。
「会場は近いの?」
「ええと…歩いて5分、くらい…。でもおまえはヒールだから10分弱かかるかな…」
ごほん、と大きな咳ばらいをして鳴海はエレオノールの前に腕を差し出した。


「何?」
「何、って…今日はほら、デートだし?一応でもその…オレのパートナー代わりなんだから」
要は、腕を組めと。
エレオノールは鳴海の意図を汲み取って、頬が熱くなった。鳴海の耳も、どことなく赤い。
「もしかしたら、迷子になるかもしれないし」
「子どもじゃないのだから」
エレオノールはクスと笑って、じゃあ、と鳴海の腕に手をかけた。硬い筋肉の感触、この身をすっかり預けてしまいたくなるくらいの逞しさ。肌から伝わってくる温もりは、エレオノールには『温度』というよりはやはり、『熱』で。グラグラと目眩がするくらいの心地に、もういっそ、と思い切り腕に身体を摺り寄せる。
どうせ、こんなことできるのは、今日だけだもの。
『代わり』という大義名分がある、今日しかできないもの。
それが許された今日くらい、バチは当たらないわよね。


「腕を組んで歩いている私たちは、人から見たら、恋人同士に見えるのかしら」
「みッ、見えンじゃねぇの?ちゃんと…」
エレオノールには、鳴海の声が奇妙に上擦っているように聞こえた。
「な、ナルミ…私にくっつかれるのが本当は恥ずかしいんじゃない?」
「え?」
ふ、とエレオノールの手が腕が緩み、引き抜こうとする。
「ちょ、待って」
鳴海は急いで脇を締め、エレオノールの手が擦り抜けていかないようにロックした。
「何でそう思うのよ?」
「だ、だって、声が…」
「い、嫌じゃねぇ!恥ずかしくねぇって!このままこのまま、離れない、放さないでいてくれよ」
「そ、そう…?なら、いいんだけど…」
エレオノールが不安そうな声を出すので、鳴海は「大丈夫大丈夫」と殊更、明るく笑ってみせた。エレオノールに怪訝に思われたかもしれない、と鳴海は冷や汗を掻いた。


鳴海は今、異常に緊張していた。
腕にエレオノールの胸が当たる。
肘が、エレオノールの胸に潜り込む。
その柔らかい物体がふゆふゆと形を変えるのが、触れる鳴海に伝わってくる。
もたれ掛かる、エレオノールの髪が、歩く度にサラサラと腕を滑る。髪からすっごい、いい匂いがする。
腕がエレオノールに抱かれている。
腕が、自分の腕が、天国にいる。
密着度が半端ない。エレオノールの手はひんやりしていて、相対的にやたら熱く思えるだろう自分の体温を、彼女がどう思っているのか気になった。4月の風がやけに生暖かく感じた。


女とこんな風に連れ立って歩くのなんか、初めてってワケでもねぇのに。
何でエレオノール相手だとこうなっちまうのか。
まともにエスコートも出来ねぇ体たらく。
会話だって途切れ途切れで、うまく話を振ることも出来ない。
前からくる男共がすれ違い様、誰も彼もがエレオノールの身体を舐めるようにして見て行った。鳴海が後ろに目を遣ると、幾人かが振り返ってまでもエレオノールの後ろ姿を眺めていて、むかっ腹が立った。鳴海の三角目と目が合うと連中はそそくさと前を向いた。
「どうかした?」
自分が視姦されていたことに気付きもしない、自分の美しさに無頓着な女が訊いてくる。
「んー…」
会話の最中にも、エレオノールに向けられる視線の多さに鳴海は改めて気付く。男はさることながら、女もエレオノールに賞賛とも嫉妬とも取れる視線を投げて寄越す。
「おまえのこと、ジロジロ見やがる野郎が多いな、と思ってよ」
それも致し方無し、こんなに綺麗なんだもんな、と鳴海は思う。
「そうなのよね…何で今日はこんなに、見られるのかしら…」


本人は至って、自分が人の目を引く容姿をしている自覚がない。普段、他人の視線の行方に頓着のない彼女は、今日は服装の件で自意識過剰気味なのでようやくその存在に気付いた模様。
「気付いてねぇの?エレオノールが野郎に見られるのなんて今日に限ったことじゃねェって」
「そ、そうなの?知らなかった」
「いつものことよ。商店街で買い物してる時だって…」
「何で?何で私は見られるの?」
「綺麗だからだろ」
他に理由なんざねぇだろ、と鳴海は言い切った。いきなり褒められて、気恥ずかしくなったエレオノールは顔を下に向けた。相変わらず、鳴海には特に褒めた自覚はない。エレオノールが綺麗なことは、鳴海にとって当然のことだから。
会場に到着した頃には、エレオノールを腕にくっつけていることに慣れてきた鳴海に、絶世の美女を侍らせて練り歩いていることの優越感が生まれてきた。相変わらずエレオノールが野郎共の視姦の対象になっている事実は気に入らないが、同時に自分へと集まって来る羨望の眼差しは大変に気分がいい。知り合いが鳴海に挨拶をしようとしてエレオノールの存在に気付き、言葉が置き去りにされてポカンと口を開きっぱなしにする様は何度見ても面白い。
鳴海が徐々に、非常に分かりやすい形で上機嫌になったので、エレオノールもやっとホッとすることができた。



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