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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。




男の料理




「あの…カト…」
と背後から呼び掛けられて、鳴海は殺気を孕んだ視線を声の方に向ける、と
「ウ、さん…」
そこに居たのは長い黒髪ストレートが可憐な少女だった。
てっきり、人形のアイツだとばかり。
自分を呼ぶ女など、他にはいない頭でいた。
ここは仲町サーカス、つい最近、鳴海が成り行きで加わることになった日本の貧乏サーカスだ。


可憐な少女、リーゼはいきなり強面で不愛想な男に射殺されそうな瞳で睨まれて
「ご…ごめんなサイ…。いきナリ、声をかけたりシテ…」
と謝った。謝る必要などどこにもないのに。
子ども相手に何してんだ、と余裕のない自分に溜息が出る。
「何か用か?」
殺気は全消し、心持ち、表情も声色も緩めて対応する。するとリーゼもホッと強張っていた頬を緩め、それでもおずおずと用件を口にした。


「あの、ウチのサーカスでハ朝食と夕食、ふたり組の当番制で作っテルんデス。お昼のお弁当は空いテル皆でオニギリ作ったリ」
基本的には仕事に出ないメンバーの持ち回り、朝ごはんを食べながら今晩は誰が作るかを適当に決めている。
鳴海はサッと食事を済ませると会話に参加することなく引っ込んでしまうので、こうしてリーゼが派遣された次第。
「要は、オレに食事当番が回って来た、そういう話か?」
察しのいい鳴海にリーゼはこくこくと頷いた。
「そうデス。それで……今日の晩ご飯、私と一緒ニ当番、なんですケド…」
チラリ、とリーゼは鳴海を見遣る。


猛獣使いのリーゼの目には、この新入りの加藤鳴海という男は真っ黒いライオンのように見える。
強いライオン、負けないライオン。
ドラムみたいな毒針を持つ老練なライオンではなく、己の体躯で相手を捻じ伏せる力に溢れた若いライオン。
瞳に爆発しそうな怒りを湛え、獲物の喉笛を食い千切る瞬間をじっと待っているかのような、ピンと張り詰めた空気が周りを覆っている。
彼の獅子吼は百獣を従える。
けれどその咆哮はきっと、悲しみに満ちている。そんな風に思う。
リーゼは、目の前の男と相対することが猛獣たちと接するよりも怖いし、実際に胡散臭いんだけれど、ノリ達が言うほど悪い人には思えない。
むしろ、寂しい人なのではないだろうか。
それと、リーゼが鳴海を悪く思えないのは、あの綺麗でやさしい先輩シルカシェンが、彼に対して特別な感情を抱いているのが感じられるせいもあった。


『そうは言っテモ、この新入りサンと一緒に食事当番、なのハ怖い、デス』
もしかしたら、けんもほろろに断られるかもしれないと構えていたリーゼだったが、意外にも鳴海はあっさりと
「分かった」
と返事をした。そして矢継ぎ早に
「買い出しは必要か?予算は幾らだ?今余ってる食材はあるのか?」
と質問された。リーゼは毎日買い出しが必要なこと、一日の予算はこれだけと説明し、そして余剰食料品置き場に鳴海を案内した。
冷蔵設備がないので、あるのは米やパスタや芋の類。季節が冬のため野菜が野ざらしでも大丈夫なのがありがたい。それくらいだ。
「……男七人、女が四人、うち子どもがふたり……基本は炭水化物で腹を膨らます方向、か……」
鳴海はブツブツと呟いている。
「どうしマスカ?買い出し、必要なモノを言ってもらえタラ、私、行っテ来ますケド…」
正直、目の前の男は料理に縁遠そうに見える。だからふたり組当番、と言ってもほとんど自分でやることになるんだろうな、とリーゼは覚悟していた。


けれど
「いい。買い出しはオレが行って来る。おまえさんが持つ分くれえはおれひとりで充分だしな。…財布、くれるか?」
と鳴海は言った。当たり前のように突き出された手の平に、リーゼはそろ、と晩ご飯代を置く。
「そんじゃ」
と背中を向ける鳴海に「どこへ行くのか」と訊ねると、「どこって、買い物」と言う。
「私も一緒に行きマスよ?」と言えば、「商店街の場所は分かるからひとりで平気だ」と言う。
「作る時分になったら声掛けるから」
そう言い残し、仏頂面のアルバイターは想像以上に腰軽く、食糧の買い出しに出て行った。





「たっだいまー」
「ああ、くったびれたあ」
夕刻、本日の肉体労働から戻ってきた出稼ぎ組が、一日の疲れを口々にこぼしながらテントに帰って来た。
辺りには美味しそうな匂いが漂っており、彼らの胃袋を刺激する。
「腹減った。今日の晩飯何ー?」
「何コノすげえいい匂い…。今日の当番誰だっけ?」
「新入り」
「…って、げ。アイツかよ…」
「ああ、今夜のメシはアテに出来ねえかなあ…」
「もしかしたら、リーゼひとりに押し付けてっかも」
「ありえるありえる」
「あ、お帰りなさーい」
ノリ、ヒロ、ナオタを涼子が出迎えた。


「ね!聞いて?今日の晩ご飯、すごいのよ?」
目をキラキラさせた涼子に引っ張られ、連れてこられたテーブルの上に並ぶのは、一見本格的な中華料理。男達の目が丸くなる。
「あ、お帰りなサイ」
カトラリーを並べているリーゼに三人は詰め寄り、ヒソヒソと質問する。
「え?これ、全部…まさか新入りが作った、とか」
「そうなんデス!」
リーゼは感動し切りとばかり両手を打ち鳴らした。
「マジでか?」
「でもアイツ、予算オーバーしたんじゃねえのか?」
だって大皿にてんこ盛りな料理が複数、それも見た目が売り物レベルだ。貧乏サーカスの食卓にはあり得ないくらいに豪勢。
「ちゃんと予算内デスよ。いつもヨリお釣りが多いくらい」
それも全部、新入りがひとりで買い物に行き、算段を付けてきたと言う。
「私は野菜の下ごしらえくらいシカしてないノ。後はゼンブ新入りさんが。ええと、豚肉の代わりに安売りの厚揚げを使った酢豚モドキ、八百屋さんから譲ってもらったクズキャベツの餃子、見切り品のモヤシとウチに大量にあった泥付きネギの中華スープ……」


三人は新入りのデカイ背中を見遣る。
鳴海は仕上げとばかりにチャーハンを作っていた。馬鹿力でやすやすと重たい中華鍋を振り回している。ガスコンロの上で煽られた米粒が高く踊り、金色に輝いていた。
「カトウさん、中国にいた頃に覚えたんデスって。料理」
鳴海はリーゼには詳しく語らなかったが、通っていた拳法道場でも持ち回りで料理を作ることがままあった。道場娘且つ姉弟子が日本人である鳴海にきつく当たり、殆どの当番を押し付けてきたりは当たり前。血の気の多い中華料理人と立ち回り、その後に男の友情が芽生え、隠し味だのテクニックだのを教えてもらったのはいい思い出。
お陰で鳴海は、中華料理ならば玄人裸足の腕前だった。


ゴト、と湯気の上がるチャーハンがテーブルに置かれた。醤油が焦げた香ばしい香りにその場にいた誰もの喉が上下する。
「オレは味見でけっこう食いましたから。後は皆さんでどうぞ」
鳴海は不愛想にそう言うと、さっさとどこかに行ってしまった。迫力に飲まれ一瞬、場に沈黙が流れたが、めいめい席に着き箸を取る。
「み、見た目じゃねえ」「匂いじゃねえ」「問題は味なんだ」
新入りに悪態をつきながら三人はチャーハンを口に運んだ。
美味かった、それもものすごく。
どの料理も言葉を失い、がっつく程に美味かった。
果ては取り合いにまで発展した鳴海の料理は、最短記録を樹立する勢いで完食された。





能ある鷹は爪を隠す的に披露された鳴海の中華料理の腕だったが、以来、仲町の食卓で披露されることは滅多になかった。
というのも、仲町や法安に手放しに誉められ、リーゼや涼子に絶賛されて、鳴海に照れが入ってしまったのだ。
それは、今の鳴海には非常に居心地の悪い、非常に落ち着かないことだった。
しかも自分の料理の腕があの、憎たらしい人形をかなり喜ばせたらしいとあっては封印せざるを得ず、その後は、当番を組む相手のサポートに徹した鳴海だった。
けれど、子ども組に「また食べたい」と言われては弱く、ごくたまにリーゼ、涼子、法安限定で作ったりした。
ノリ、ヒロ、ナオタは立場上、鳴海の料理を褒めることはなかったけれど、確実に胃袋は掴まれてしまっていたと、後日白状した。



End
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