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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。





甘縒り





「しろがねさん、ちょっといいかな?」
背中に声を掛けられたしろがねがくるりと振り向くと、そこには平馬がひとり立っていた。にっこりと微笑んで近づいてくるしろがねに、平馬は後退りしたい心地を踏んで踏んで我慢する。女団員は誰も彼もテント周りを練習着のレオタードで歩き回っているから、その例に漏れないしろがねの格好だって珍しくとも何ともないはずなのに、中身の造形って大事なんだなあ、と切実に思い知らされる。知り合った頃には既に『綺麗なお姉さん』で、子どもの目から見ても喜怒哀楽に乏しいと思われたしろがね。あれから数年の年月が流れて、彼女の肉体年齢と肩を並べた今なら分かることが山ほどあるのだ。
(しろがねさんてマジ美人。)
大輪の花が綻ぶように笑う術を覚えた今の彼女は半端なく無敵だと思う。こんなことをちょっとでもおくびに出そうものなら自分の彼女に縊り殺されるので、腹の底にしまっておくけども。


「何か御用ですか?」
「……うん、えっと……」
平馬は辺りを見回して周囲に人気のないことを確かめると
「ナルミさんの、コトなんだけど…」
と、口元に手を添えてこそっとした声で言った。
「ナルミのこと?」
しろがねの形のいい眉が曇る。平馬の様子からネガティブな話であろうことが容易に感じ取れたからだ。
「彼がどうかしたの?」
「ナルミさん、今オレの部屋に泊まってるじゃん?」
海外で恵まれない子供たち向けの移動サーカスをライフワークにしている鳴海としろがねも時々日本に帰って来る。帰ってくれば、しろがねの実家たる仲町サーカスに顔を出し、公演スケジュールによっては長逗留してしろがねは番組に参加する。自分の芸はお客さんからお金を頂けるほどではないと自覚している鳴海は道具方の手伝いに入り、ちょくちょくキグルミの中の人になっている。
今もふたりは来週から始まる公演に向けて、ここ一週間くらい仲町サーカスの寮でお世話になっているのだった。男女で別寮のため、鳴海は平馬の部屋に、しろがねはリーゼの部屋に厄介になっている。


「それでさ…」
平馬が言いにくそうに言い淀む。
「何でも言ってください、気にしないで」
「うん、ナルミさんさ…、よく、悪い夢見てるみたいで、魘されてるんだ」
「悪夢…」
見るからに銀色の瞳を曇らせるしろがねに、平馬は肯定を表す頷きを返した。
「オレに気を遣われてるって思わせたくもなくて、ナルミさんが自力で目覚めんの、待ってんだけど。マジで苦しそうでさ、本当は、叩き起こしてやりてえんだけど…」
「ごめんなさい。平馬さんもゆっくり眠れないわね。それでは」
「オレのことはいいんだよ」
ブラコン気質のある平馬にとって、鳴海は頼もしい兄のような存在だったから少しも迷惑をかけられているなんて思わない。
「オレが起きてるコト、ナルミさんは気づいてると思う。そういうの、敏いヒトだから」
けれど、鳴海は平馬に迷惑をかけていると思っている。
「だからここんとこ、眠ってないみたいで。眠らなきゃ悪い夢も見ないだろ?表面上は何もない風で、ちゃんと夜は笑顔で『おやすみ』って言うのが気の毒でさ」
鳴海の様子がありありと目に浮かぶしろがねは、ふう、と溜息を吐いた。
「辛いこと、自分では言い出さないヒトだから」
「うん。よく分かるよ」
数年前、世界が未曽有の災厄に見舞われた時の鳴海の様子はどうしたって忘れられない。


「だから、しろがねさんからフォロー入れてやってよ。ナルミさん今は……、昼飯食った後はテント裏の大道具置き場で大概休んでるからさ」
「分かったわ。教えてくれてありがとう平馬さん」
しろがねは平馬の右手を両手で包んでぎゅっと握り、感謝の言葉を残してテント裏へと駆け出して行った。平馬は自分の右手をじっと見つめ、その手で自分の頬を撫でてみた。何だかいい匂いがする。
「はー…ナルミさんて凄ぇよなぁ、やっぱ…」
あのしろがねをベタ惚れにさせている、その事実だけでも鳴海のことが尊敬できる平馬だった。





しろがねが平馬に教わった場所にやって来ると、そこには確かに鳴海がいた。自分のキグルミのほつれを直そうとしていたようで傍らに裁縫道具が出ているが、その作業に取り掛かる前に寝落ちしたらしい。折しも今日は小春日和、寝不足には堪らない陽気だったのだろう。本当ならばポカポカとした日和には気持ちの良い眠りが付き物なのに、鳴海の眉間には深い皺が刻まれている。歯を食いしばり、全身は不自然に力み、こめかみにはうっすらと脂汗が滲む。
鳴海は今も悪夢に囚われている。
しろがねは鳴海の傍らに駆け寄ると、その大きな身体を揺さぶった。
「ナルミ、ナルミ、起きて」
苦しそうにくぐもった音が喉の奥から漏れる。こんな夢はとっとと終わらせた方がいい。
「ナルミ?私はここにいるわ?あなたの世界はこっちよ、ナルミ!」
ぎくん、と鳴海の身体が引き攣れた瞬間、これでもかと目が開かれた。同時に止まっていた呼吸が再開し、筋肉の膨れた肩が忙しく上下した。不安定な眼球がギョロギョロと辺りを見回し、でも、探し物が真正面にいることに気付くのにはかなりの時間を要した。
「し……しろがね……?」
「ナルミ…良かった、気が付いた?」


ようやくしろがねを見つけた鳴海は震える両手を伸ばし、彼女の首を検めた。その行動に、しろがねは鳴海がどんな悪夢を見ていたかを理解する。
鳴海が見た夢、それは自分の手でしろがねの首を刎ねた夢。
もしくは絞め殺して骨を圧し折る夢。
壊れ物を扱う手付きで、しろがねの首を何度も何度も撫で擦る。そのうちに荒れた呼吸が落ち着きを見せ始めた。
「大丈夫?」
「うん…」
溜息と一緒に吐き出された返事。長い腕がしろがねの身体に巻き付き、胸元に抱き寄せた。しろがねが現実に生きていることを確認するために。
彼女の身体が温かいこと、柔らかいこと、甘く香っていること。
そして唇を触れ合わせ、彼女が自分を愛してくれていること。
これが夢でないと納得し、安堵の息を漏らしても、鳴海の身体は小刻みに震えている。
「平馬さんから聞いたの。眠ってないって」
「あいつ…やっぱ気付いてやがったか…」
目元には小さな皺をたくさん刻んだままではあるけれど、やっと苦笑いでも笑顔を見せた。
「もうずっと魘されることなかったのに」


伴侶となり一緒に暮らすようになったしばらくは時折、こんな風に、鳴海は魘された。どんな夢を見たのか、鳴海が詳しく語ることはないので具体的にはしろがねもその内容は知らない。それでも、暗い汗を流しながら暗闇に跳ね起きた鳴海が、しろがねの首を必死で触るその行為に彼女は悟るのだ。
私は今夜も、鳴海の夢の中で彼に殺されたのだと。
しろがねが自動人形の首領だという疑念が残っているからではなく、一歩間違えていたら、責任の名の元に冤罪で愛する女を殺していたかもしれない、その恐怖が鳴海の心に粘着り付いているために見せる夢。その悪夢は鳴海から、夢と現の境目を奪い取る。どちらが夢でどちらが現実かが分からなくなる。
しろがねと相思相愛に一生を生きる、それは鳴海が絶望の淵で見る儚い夢であり、自分が心から求めてやまない女がこの世のどこを探してももういない、何故なら自分がこの手で殺した世界、それが現実かもしれないと、どちらが正しいのか分からなくなる。
しろがねに触れ、自分の隣にいる、ちゃんと生きていることを知り、彼女を腕に抱けばその後は安らかに眠れる。


「おまえと一緒に、寝てればな。悪夢なんか、見ねぇんだけど」


そう理解した鳴海は以来、意識的にしろがねより先に眠らないようにしている。必ずしろがねが腕の中にいる、そして彼女が眠りに落ち自分の傍を離れないことを見届けてようやく鳴海も眠る。しろがねが先に目覚め起き出すようなら、その気配を即座に悟り目を覚ます。そうすれば悪夢は見ない。
だから、しろがねは鳴海の悪夢が治まったと思っていたけれど、鳴海の悪夢は常に頭の中に巣食っている。あの強烈なトラウマは消えることはないだろうし、今の鳴海にとってしろがねが居なくなること以上に恐ろしいことはない。
呆れた程の依存心だと、鳴海は己の女々しさが嫌になる。


「今回、別々に寝ているから?」
これまでも何度か仲町サーカスの公演に参加したことはあったけれど、通勤圏内にある鳴海の自宅が定宿だった。でも今回初めて自宅から遠く離れた場所での公演だったので、仲町の寮に身を寄せたのだった。
一週間も肉体的に離れ離れになるのは伴侶になってから初めての経験で、当然集団生活をしているとプライベートもなく、こうしてふたりきりで話すことも物凄く久し振りに感じられた。
「そーゆーこったな」
「言ってくれれば良かったのに」
「だってよ…カッコ悪ィじゃん…」
怖い夢を見るから傍にいてくれ、なんて。そう独り言のように呟く鳴海の頬を、しろがねは両手でパチンと叩いた。
「どうして甘えてくれないの」
叩かれて少しびっくりして目を丸くした鳴海だったけれど、しろがねが辛そうに目元を顰めていたから自分の拘った男の沽券を即座に捨てる。しろがねに心配させるつもりも辛い思いをさせたいわけでもなかった。
しろがねは鳴海の頭を抱え込むと、そのふかりとした胸に押し付けた。


「私はあなたに甘えているわ、我儘も言うわ?あなたは何でも…私に応えてくれるじゃない、甘やかしてくれるじゃない?」
それが鳴海の純粋な愛情だけからくるものだけではなく、彼の悪夢にも起因する、かつてしろがねに対し仕出かしたことへの贖罪の意味も多分に含んでいることが、しろがねには切ない。だから鳴海は甘えたがりのしろがねを底抜けに甘やかしてくれるのだと思う。
「私だって、あなたに応えたいわ…?あなたに、必要とされたいのに」
「なぁに馬鹿言ってやがる」
鳴海は苦笑する。
オレはこんなにおまえを必要としてるってのに。
おまえのいない世界が恐ろしくて、悪夢に魘されてるってのに。
「オレは……充分おまえに甘えてるさ」
名残惜しいしろがねの胸から顔をあげた鳴海は、しろがねをキグルミで包むようにして自分の膝に横抱きにすると、両腕で彼女の周りに繭を作った。しろがねの額に額を寄せて
「オレは。おまえに甘えて、おまえに甘えてもらってる」
そう囁いた。
「甘えて、甘えてもらっている…?何だか変よ、結局、私が甘えているだけじゃない…」
今も、甘く縒り合わせた糸のように柔らかな抱擁に包まれて、愛し児の如く鳴海に抱かれているのは自分の方。
「ね?」
「うん…?」
「今夜から、どこかに宿を取りましょうか」
「え…」
「あなたは関係ないわ?私が心置きなく、あなたに甘える時間が欲しいだけよ」
鳴海が素直に甘えられないのならば、しろがねは彼の言葉通りに自分が甘えて彼に逃げ道を作ってあげる。それが、彼の甘えに繋がるのならば。


「しろがね…」
ホッとしたように鳴海の身体から力が抜けた。
「好きだよ…」
たった四文字の音が、しろがねの心に温かさを穿つ。鳴海の唇から放たれる愛の言葉が鼓膜を震わせる時、どうしてこんなにも泣きたくなるのだろうか。けれど、それをしみじみと満喫する間もなく
すう… すう… 
規則正しい寝息が聞こえ出した。ふふ、としろがねの唇に微笑みが浮かぶ。がくりと落ちた鳴海の首筋に鼻先を沿わして、しろがねは愛おしい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「莫迦ね、ナルミ…」
寝不足なのが自分だけだと思っているなんて。





リーゼは午後の練習が始まっても現れないしろがねを探していた。真面目な彼女に限ってそんなことはあり得なかったから、何かあったのかと心配して歩き回っていると、テント裏で平馬を見つけた。何かを見ているような様子の平馬に
「どうかしましたカ…?」
と声をかけると、彼は唇に人差し指を当てて「し」とジェスチャーをして見せた。平馬の傍に寄って、その指が指し示す方向を見遣り、リーゼは表情を緩ませた。
そこにはしろがねを腕に深く抱き込んでいる鳴海と、鳴海の胸元にすっぽり嵌まり込んでいるしろがねがふたり仲良く熟睡している姿があった。すやすやとまるで子どもみたいにあどけなく眠っているふたりに、平馬とリーゼは顔を見合わせると微笑ましそうにくすっと笑う。
「しろがねサンが寝てるトコ、初めテ見まシタ…」
「どゆこと?」
「しろがねサン、いつも私より後に寝テ、朝は私より早く起きテ、私が夜中に目が覚めた時はイツモ、窓際で宙を見上げているノ」


鳴海と離れた夜にしろがねの身に見舞うのは圧倒的な不眠だった。独り寝は肌寒くてしろがねはどうしても眠れない。昔、どうやって独りで眠りを得ていたのか、しろがねはどうしても思い出せなかった。
「ナルミさんとしろがねさん、似た者同士、ってコトかぁ」
「私…何だかうらやまシイ」
「まぁったくなぁ……マサルのヤツは今頃どこほっつき歩いてんだかなぁ」
平馬がぽんぽんとリーゼの背中を叩いて励ました。
「道具方の連中に、テント裏には寄らねぇように言って回んねぇとな」
そう言って踵を返す平馬に続いて、リーゼもその場を静かに離れる。
さわさわと梢を揺らす風は暖かく穏やかで、きっと眠り児たちの邪魔はしない。


「おやすみナサイ」
リーゼはそっと呟いた。
どうかやさしいふたりが安らかな眠りで癒されますように。



End
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