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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(12) 包帯の向こう側 3/3





鳴海の声が聞こえたような気がしてエレオノールは、ふ、と長い睫毛を持ち上げた。昨日、目に傷を負ったばかりの鳴海は寝苦しいのかもしれないと勝の布団から抜け出し、布擦れの音ひとつにも注意を払いながら鳴海の枕元に膝をついた。
オレンジ色の電燈に照らされて、鳴海は大人しく眠っている。包帯で目元を覆っているから表情は半分しか分からないけれど、やはり気のせいだったようだとエレオノールは頬を緩めた。
鳴海は頑健な男だ。復調するのに然程日数は掛からない、そう祈るように思う。
怪我を負った鳴海には申し訳ないけれど、こんな風に寝顔を見せる時間まで傍にいられる機会を得てエレオノールはとても幸せだ。
息を殺して、瞳で鳴海に触れる。
もしかしたら、このまま彼を、射殺してしまうかもしれないくらいに、熱く。
と、時なくして
「エレオノール…?」
鳴海が少ししゃがれた小さな声で名前を呼んだ。


「あ…ごめんなさい。起こしてしまったわね…」
視線も、刺さると痛いのだろうか。
「いや…たぶんカラダが怪我で興奮してんだろうよ」
そうでなくともエレオノールが同じ部屋で眠っている、それだけでまともな睡魔が訪れてはくれない。布団に入ってからこの方、眠りはずっと浅いところをうつらうつらしている。視覚が利かなくなった代わりに聴覚が敏くなった実感がある。
「マサルは?」
「ぐっすり眠ってる」
「おまえと一緒の布団だってはしゃいでたからなぁ」
「目…どう?痛む?」
「まだ幾らか熱ぼったいけど、痛みは気にならない」
「…良かった。失明、とか言われたらどうしようってずっと思ってたから」
「心配かけて悪かったな」
「…ううん」
「ありがとな」


鳴海の腕が布団からにゅっと突き出て、虚空で何かを探す。
「頭のひとつも撫でてやろうと思ったんだが。やっぱ見つからねぇなぁ」
鳴海の口元が大きな弧を描く。エレオノールはその男らしい唇にふらふらと吸い寄せられそうになったけれど、寸でのところで我慢して、鳴海の手の平を両手で掴まえた。そしてその内側に右頬をそっと押し付けた。予想外の感触に鳴海は驚いたのだろう、ぎくっ、と腕の筋肉を引き攣らせたが成すがままになってくれた。
「早く、良くなりますように」
厚い掌に唇を寄せる。そして「おやすみなさい」の言葉と一緒にチークキスをくれて、勝の布団へと戻って行った。
エレオノールの身じろぐ音が治まってから、鳴海は腕を布団の中に戻した。エレオノールの唇が触れた手の平をぎゅっと握り込んだ。気付かれないように、長い長い息を吐き出す。視覚が利かなくなって敏くなったのは聴覚だけじゃなく触覚もだったようだ。彼女が触れた手の平も頬もびりびりとした痺れが残っている。チークキスをくれるために彼女の手がついた敷布の沈む感覚、サラサラと髪の鳴る音。
それから嗅覚も。彼女の甘い体臭が鼻腔に残っている。
残すところは味覚、なわけだけれど流石にそれで彼女を感じることのないようにしないといけない。
鳴海は収まりが悪くなってしまった下半身に難儀し、エレオノールに背を向ける形で寝返りを打った。





「ただいまーッ」
鳴海が病院から帰宅して間もなく、意気揚々と勝が帰って来た。
バタバタバタバタッ、と靴を蹴り脱いだ姿勢のまま猛スピードの四足スタイルで玄関から駆けて来るのが地響きで分かる。
「おとうさん、おとうさん、おとーうさんんー!」
勝はソファに腰かけている父親に全力で飛びつくと、その腹に全体重をかけて圧し掛かった。
「おぅっ、おかえり、マサル…って、痛ぇよ。こっちは見えねぇんだから手加減しろ」
「おとうさん、まだほうたいとれなかったんだ。まあ、いいや」
「よくねぇよ」
「ナルミ、病院からひとりで帰れた?」
「ああ、病院のひとにタクシーに乗せてもらって、タクシーの運ちゃんに無理行って玄関前まで送ってもらってよ」
「そんなことより、ぼくのはなしきいてよ!」


父親の具合よりも何よりも、本日のおもちつき会での出来事を話したくて堪らない勝は、興奮しまくった状態で喋り出した。が、正直興奮し過ぎで、半分以上、話の内容が分からない。「とにかくたのしかった」のだけは分かった。
後日、包帯が取れた鳴海自身が園の先生や母親達とした、「あの方はどういうご関係の…」が枕詞の幾つかの会話を統合した結果、勝の興奮の裏付けは取れた。
父親も重たい臼を一人で担いで周囲からの感嘆を集めたが、今回勝の『保護者代理』でやって来た女性は全く別の意味で園内の感嘆を回収しまくったらしい。


土日の園イベントは明らかに父親の参加を当てこんでいる。
普段よりもむさ苦しさ色が増している保護者に混じって存在する、初めて見かける絶世の美人。
園庭で行われるイベントのため、厚い冬服の上からエプロンの出で立ちなのに、それでもメリハリの分かる、同性から見ても垂涎のプロポーション。
父親達の視線は明らかに、餅よりも彼女に向かっていて、妙に張り切る保護者が続出して何とも奇妙な空気だったと言う。
特に勝の班では父親達の『一丸となった感』が半端なく、どこの班よりも早く餅をつき上げ、餅を平らげ、歓談に花が咲き、後片付けも断トツトップだったと聞く。
鳴海だって分かる、美女にいいところを見せたい、切ない男心だ。
一方の勝は、友達に「マサルのママきれいだね」とか言われまくって、鼻の穴が広がりっ放しだったらしい。
誰もが「きれいだね」と口を揃える大好きな人と幼稚園のイベントに参加できて、その人を「ママ?」って訊かれて、その人とつき立てのお餅を一緒に食べて、それはそれは美味しくて。
有頂天になったろう、息子の顔が目に浮かぶ。


「マサルさん。ちゃんとお手手洗った?」
はしゃいで腹の上で話しまくる勝に手を焼いている鳴海に助け舟が出された。
「あ、まだー」
「洗っていらっしゃい?園服も洗濯機の前に出してね」
「はーい」
「お布団取り込んだら、一緒にお買い物行きましょうね」
「うん!いくっ!」
勝がぴょいっと飛び降りて洗面所へと駆けて行った。
「診察結果、どうだった?」
「経過は順調。包帯を勝手に外したりしないで、言われた通りに診察に行けば、完治までそう時間は掛からないだろうって」
「良かった」
その声は何とも歓喜で上擦っているように聞こえ、心底安心してくれているように聞こえた。


「すまなかったな。今日はマサルがすっかり世話になっちまって」
「気にしないで。とても楽しかったわよ?私、おもちつきなんて初めてだったし」
「そうか?そう言ってくれんなら…。マサルのヤツ、甘えたり、我儘言ったり、迷惑かけなかったか?」
「とてもいい子だったわよ?」
マサルさんとは仲良しだもの、鳴海の周りでまた花が咲いた。
「…園で変なコト言われなかった?」
「え?変な…?」
「いや、あの。ほら、父子家庭の保護者代理で行ったから…妙な探りを入れられたり…して嫌な思いしてなきゃいい、と…」
実際、園では何度も聞かれた、「もしかして加藤さんとお付き合いされているんですか?」。
勝も「ママ?」と訊かれても否定をしなかった。勝の笑顔を見れば、彼がどれだけ母親と言う存在を園で披露したかったのかが分かった。勝に母親のように想ってもらえていることが、エレオノールは嬉しかった。
だから、エレオノールはそれに合わせる形で、曖昧な返事をするに留めた。鳴海が復活した時には妙な既成事実が出来上がっているかもしれない。
鳴海の伴侶のように言われて、エレオノールはどれだけ心が高揚しただろう。
鳴海の息子をまるで自分の子どものように感じて、どれだけ幸せだったろう。
「別に…何も嫌なことはなかったわ」
「ならいいんだ」
鳴海は口元に笑みを覗かせて立ち上がった。


「どこへ?」
「トイレ」
「大丈夫?付添うわよ?」
「だいぶ慣れたって。意外と見えなくても平気なモンだ」
「あ、マサルさん。おとうさんをお手洗いまで連れて行ってあげて?」
「はあい」
「大丈夫だってのに」
鳴海は勝に手を引かれていく。父親をトイレに押し込んだ勝は、昨日組み上げたレゴの続きをやろうとリビングへ取って返した。トイレから出て来た鳴海は帰りのエスコートが消えていることに、まぁこんなもんだ、と笑った。勝手知ったる自分の家だ、目を瞑っててもどうということはない。
でも、安心して油断する、ってことはよくある話で。
リビングに踏み入れた足の裏に何かが突き刺さった。踏んだ瞬間、あの特徴的なボチボチで『あ、レゴだな』と思った。家のあちこちに転がる、勝のオモチャトラップに引っ掛かる。
「痛ッつぅ…!」
視覚が閉ざされた身体がバランスを取り切れない。
ぐらり、と大きく揺れた鳴海の上体を、エレオノールが両手で支えた。自分の重さにエレオノールの腰が悲鳴を上げそうになっているのを察知した鳴海が、彼女の身体を軸にバランスを取り返し、細い身体を抱き抱える。
「だから言ったでしょう?もう本当に…気を付けて…」
お互いに長く触れていたら危険だと本能が囁くけれど、どうしても絡めた腕を解せない。


硬くしまったカラダにひたすら柔らかいカラダ。
厚い胸板と律動する筋肉、途方もない熱量。
押し付けられる胸の弾力、細い腰、そこから張り出す丸いライン。
甘い香り、お日様の香り、懐かしい香り。
泣いてしまいそうになる。
愛しているのだと、叫んでしまいそうになる。
感動で身体がカタカタと震えてしまう、足腰から力が抜けてしまう。
ふたりは身体の奥底に溜まる熱で融ける感覚に、自分が何を、誰を欲しているかを知る。


「ふたりともなかよししてるの?」
間近で勝の声がした。ぎょっとして身体を離す。するり、と愛おしい温もりは鳴海の腕から逃げて、どこに行ったのか、分からなくなってしまった。
「マサルさん、だめですよ?レゴを放り投げては。おとうさんがこれを踏んで転びそうになったの」
「そ、そうだぞ、マサル。ちゃんと始末出来ねぇなら、もう買わねぇからな?」
「ごめんなさいっ」
ふたりしてワタワタと弁解がましい。もう買わない、の脅しに勝は即座に謝った。
「さ、さ、マサルさん?お買い物に行きましょう。上着を着てください」
「はあい」
エレオノールと勝の声を遠くに聞きながら、壁に手を突き突き、鳴海はゆっくりと摺り足で進む。
「勝がいて助かったぜ…。危ねぇトコだった…」
ソファに腰かけて痛む足の裏を摩りながら『早く目ぇ治んねぇかなぁ』と薄く笑った。



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