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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(11) 包帯の向こう側 2/3





「なんだか…おばけがでそうなおふろだねえ…」
電気の点いてない暗い浴室は、話声さえ浴槽に吸い込まれているみたいだ。
風呂の上に渡されている物干しの端っこの、S字フックに引っ掛けられた懐中電灯の弱弱しい灯りだけが頼りという心許なさ。
毎日入っている場所とは思えない。
灯り一つでここまで印象を変えてしまった自宅の風呂場にワクワクしながら、そして同じだけ「本当にお化けが出て来るかもしれない」と慄きながら、勝は鳴海と湯に浸かっていた。
当の父親は両目の上に白いパッチを貼りつけていて、暗い中だと時折、目が無いように見えて、のっぺらぼうみたいで、実は父親じゃないんじゃないか、なんて思ったりして、怖い。
「んー…出るかもしれねぇなァ…」
「ほんと?」
でも逞しい父親が一緒だから何の心配もないと考えている勝にワザと、鳴海は言う。
「悪ィなぁ、マサル。オレ、目が見えねぇからお化けが出てもどこにいるか分かんねぇ。自分の身は自分で守ってくれ」
「えー?たすけてくれないの!?ぼく、こわいよッ」
「オレは見えねぇからちっとも怖くねぇ」
からかうだけからかって、ぎゃー、と叫んでしがみ付いてくる勝に「冗談だってば」と笑って「お化けなんて出ねぇよ」と慰めた。
ぴちょん、と天井から水滴が一滴、落ちた。


「ねぇ…、おとうさん…?」
「んー?」
鳴海に抱き付いたままの勝が打って変わって不思議そうな声を出した。
「おとうさんのおちんちん、すっごくおっきくなってるよ?」
「……」
さっきまでのお化け話から一転して下の会話。
勝の指摘を受けるまでもなく、勿論、鳴海は自覚していた。勃起したのは今さっきの話ではない、風呂に向かう前、リビングにいた時から持続している状態だったりする。
「今日、治療で使った薬のせいだ。目を治す代わりにちんちんが腫れちまうんだ」
とりあえず、勝には嘘を言って誤魔化しておく。鳴海の下手くそな嘘もさすがに幼稚園児には通用する。
「おちんちんが?ほんとに?こわいよ」
勝は風呂場のお化けよりも怖いと思った。自分のも時に膨らむし、父親の朝勃ちは見慣れているけれど。
それにしても、今まで見たことのない父親の一物のサイズに、勝は恐々と暗い湯の中を覗き込む。
もしかしたら。
父親は薬のせいだと言っていたけれど、本当は、暗い風呂場のお化けの仕業かもしれない。
「おとうさん、いたいの?おちんちん」
勝の目には目一杯に腫れているそれは痛そうに映る。勝が何の気なしに鳴海の男根を触った。
「おちんちん、かたいよ?カチカチだよ?」
びくっと跳ねた鳴海の肘が、ごん、と風呂場の壁を突き、揺れた懐中電灯の光がゆらーんゆらーんと不規則に浴室の陰影を変えた。
「痛くはねぇ。でも、頼むからちんちんに触らねぇように。迂闊に触るとちんちん爆発すっからな?」
「ええ!おちんちんがばくはつ?すごくこわい!」
勝は早く風呂を出たいと思った。
朝勃ちとフル勃起じゃ勢いが違ぇからなァ…、鳴海は「男同士でも刺激強かったか」と唸り声を上げた。


どうして鳴海がこうも臨戦態勢に突入してしまったのか、というと。
原因は、気の毒な父子家庭の手伝いを申し出てくれた女性、エレオノールにあった。
尤も、彼女が悪いわけでも、特別な何かをしたわけでも何でもない。
彼女はただ、鳴海の包帯を解いてくれただけだ。
包帯を取ることでアイパッチ越しに透けて浴びる光が眩しいだろうと、灯りを落として、こうして風呂場に懐中電灯を提げてくれたのも彼女の仕事だ。
風呂に入るに辺り「包帯は取った方がいいわよね」とエレオノールはソファに腰掛ける鳴海の傍に寄って、包帯の止め具を外してくれた。耳の上の止め具を細い指がやさしく外す、その際に、柔らかい手がほんの少し外耳に触れた。
ぞくっとした。
見えない、が、彼女との距離はおそらく、彼女の肘から手までの長さくらいなものだろう。
包帯を巻き取りながら、彼女の身体が間際で揺れている、微かに布ずれの音が聞こえる。
目が見えない分、耳が敏くなっている、彼女の、呼吸も、聞こえる。甘い花の香りのような彼女の体臭がふわりと香った。
エレオノールを欲しい気持ちに燃料がくべられて、そして一気に、ヤバい状態になった。
「どうしたもんかな…」
鳴海は洗い場へと勝を先に出して、滾る何かではち切れんばかりになっている己自身を持て余しながら、湯から身を起こした。





「えれおのーる、おふろでたよー」
「お帰りなさい」
ぽかぽかと温まった頬っぺたでキッチンに呼びかけると、綺麗なヒトがにっこりと微笑みを返してくれた。いつもは父親とふたりきりで、一緒に風呂から戻る部屋には「お帰りなさい」なんて言ってくれるヒトなんかいないのに。勝は何とも言えない高揚した気分で、目の効かない父親の手を引いて、ソファまで誘導する。鳴海は
「すまねぇな、マサル」
と礼を言いながら腰かけ、大体の見当をつけた宙で丸い頭を探し、見つけたそれをぐりぐりと撫でた。
室内には物凄く美味しそうなご馳走の匂いが滲んでいて、ふたりの食欲が刺激された。揚げ物をした名残の、油の弾ける小さな音が遠くから聞こえてくる。
「えれおのーる、すごいいいにおいッ」
「今、用意するわね。その前に…マサルさん、もう少し頭を拭きましょうか」
その言葉に、エレオノールが自分の膝元近くまでやって来ていることを鳴海は知る。
甘酸っぱくもほろ苦い『何か』が鳴海の胸をいっぱいに膨らまし、そのせいで奇妙な緊張が全身を走った。


「いいよ。いつもこんなんだよー」
そんなことを言っている間にも、勝の襟足の細い毛についた水玉が、今にも落っこちそうだ。
「いいから。タオル貸して?私が拭いてあげるから」
「ほんと?」
エレオノールに拭いてもらえると分かると勝は大人しく首にかけていたタオルを差し出した。
洗いざらしのゴワゴワタオルなのに(柔軟剤というハイカラなものを使いこなせない鳴海が洗濯するとこうなる)、ふわ、という擬音をもって頭に掛けられる。
いつもの、父親の力任せのガシガシッという乱暴で適当な拭かれ加減も好きだけれど、このひたすらにやさしい撫でるような感触もとても好きだ、と勝は思った。
実の母親のことを勝はもうあまり良く思い出せない。だからこれが『おかあさん』なんだ、と幼心に沁みた。


「お風呂でお父さんの面倒、ちゃんとみてあげられた?」
と問いには元気に
「うんっ!」
と答える。
父親の手の平にシャンプーを出してあげたり、泡泡にしたボディタオルを手渡してあげたり、そうっとシャワーを髪にかけてあげたりと頑張った自負がある。鳴海にも
「よーく手伝ってくれたよな」
と賛辞をもらえて鼻が高い。
「ぼく、おとうさんのせなかもあらったんだ!おとうさんはおっきいから、せなかもおっきくてあらうのたいへんなんだ」
エレオノールは思わず、鳴海の身体に視線を転じる。頼り甲斐のある寄りかかっても倒れない大きな背中。それはもう洗い甲斐のある背中だったろう。
昔、何度か戯れに背負ってもらった記憶がある。逞しくて、温かくて、エレオノールを高く持ち上げてくれた背中、それは今ではこの小さな男の子のものなのだと思うと、少し心に寂しい風が吹く。


「大丈夫だった?困ったことはなかった?」
困ったこと、と訊かれて勝は考えた。
ちょっと違うかもしれないけれど、結局、父親の股間が最後まで膨らんだままだったことが勝の脳裏をよぎった。
「そんでもってこれは秘密なんだ。秘密をバラした奴には感染る症状なんだ」
「オレのちんちんが腫れてデカくなってたことをエレオノールに言ったら、マサルのちんちんも風船のようになる」
と、父親が深刻な顔で言ったことを思い出し、勝はタオルの下で、「ううん、何にも」とぶんぶんと首を振った。あんな風にでっかくなってしまっては、お気に入りのキャラクターパンツにちんちんが収まらなくなってしまう。それは困る。カッコ悪い。


「はい、おしまい。これでいいわ」
ふわ、とタオルが取り上げられる。
仕上げにちょいちょいと手櫛で前髪を整えてもらって勝は、ほっこりした笑顔で「ありがと」を言った。
「さ、今度はナルミの包帯ね。ナルミは…髪、拭けてる?」
「は…」
目が見えずとも勝が喜んでいる空気を感じて、自分も疑似的に癒されていた鳴海は、いきなり名前を呼ばれてびっくりした。
「ナルミのも拭いてあげる」
なんて真面目な声で言われて
「だいじょぶ、自分で拭けるから」
と慌てて肩に掛けていたタオルでゴシゴシ拭いた。
拭いてもらえば良かったかな、とそんな考えも浮かんだけれど不必要な肉体的接触は避けた方が無難だ。今の自分はヤバイと思った瞬間にダッシュで逃げることもままならない。


「これくらいで大丈夫、かな」
頭からタオルを外すと、繊い指が控え目に、そっ、と前髪に触れてきた。エレオノールは鳴海の拭き終わりを待っていたらしい。びくん、と鳴海の身体が揺れる。
「あ、いきなり触ったからびっくりした?」
さ、と指が引っ込められた。
「いや…なに…」
己の余裕の無さに鳴海は苦苦と、頭を下げた。
何を、緊張しているんだ、オレ。
「大丈夫みたいだから、包帯を巻き直すわね」
「…頼む…」
解く時と同じ、時折触れるやさしい指、間近に聞こえる布擦れの音、彼女の呼吸。
もしも、この場に勝がいなかったら、押し倒してしまっているかもしれない。
肉欲がまた張り詰めて行く、鳴海は両手を股間の上で組んで、前傾姿勢を心がけた。
「はい。出来た」
彼女の身体が離れて行くのを感じた。
「今すぐご飯の支度をするわね。マサルさん、お部屋を明るくしてくれる?」
「はーい」
包帯を外した鳴海の目を慮って灯りを絞ったまま暗かったリビングに電気が点く。
「うわー、まぶしーっ」
「ふふ。本当ね。マサルさん、お皿並べるお手伝い、出来るかしら?」
「できるー!」
我が息子との微笑ましいやり取りと一緒に、パタパタと、軽いスリッパの音が遠ざかっていく。
「はああ…」
鳴海は大きく吐息して、ソファにズルズルと沈みこんだ。
「…飯までに…大人しくなっかな…?」
鳴海は傍らのクッションを手探りすると引き寄せて、膝の上に載せた。
そして、支度が出来たと呼ばれるまで、夕餉の支度の家庭的な音にじっと耳を傾けた。



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