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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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手ブロにてなつをさん 1周年記念フリリク。
Thanks! illustrated by なつをさん

オマケSSあり〼。







涙の川に泳ぐ鯉




スーパーで精算の順番待ちをしている時、僕はレジ脇で懐かしいものを見つけた。まもなく子どもの日っていう季節柄、そこにはお菓子つきの小さな鯉のぼりが置かれていたんだ。ピンクやブルーの鯉のぼりがヒラヒラと、レジ待ちのカゴに『ついでに』放り込まれるのを待っている。僕はその鯉のぼりを見つけた途端、思わず
「わあ…」
って声を漏らしてしまった。後ろに並んでいる鳴海兄ちゃんに
「どうかしたのか?」
って言われちゃうくらいの大きさで。兄ちゃんは僕とオモチャの鯉のぼりを交互に見てる。僕は何だか気恥ずかしくて
「な、何でもない!混んでるし、僕、サッカ台の場所取りしてるよ、向こう側で待ってるね!」
って、何か言いたげな兄ちゃんと、『カトウと何かあったのですか?』と勘違いしてそうに首をのばすしろがねを行列に取り残し、ちょっと逃げた。


「ほれ」
精算を済ませた見るからに重たそうなカゴを軽々と台に置いた兄ちゃんは、僕にあの鯉のぼりを差し出した。
「何だか欲しそうなツラしてたからよ。違ってたら悪ぃ」
兄ちゃんは笑った。兄ちゃんのゴツい手が持つと、本当にちいちゃく見えるオモチャの鯉のぼり。
「違ってないよ。ありがとう」
僕はそう言って、にっこりを返しながら鯉のぼりを受け取った。チリンチリン、と安っぽい鈴の音がする。とっても懐かしい音。僕の中の記憶が揺り動かされる。ふたりして僕をじっと見ているから何だか本当に恥ずかしくて
「おかしい?6年生にもなってこんなの欲しがるなんて」
そう言って僕は鯉のぼりに熱い顔を隠した。兄ちゃんとしろがねは目を見交わし、揃って「そんなことはない」と首を振った。
「欲しいなら欲しいって言やぁいいのによ?遠慮することねぇのに」
兄ちゃんが買ったモノをガサガサと買い物袋に入れながら言う。
「そうですよ。私たちは家族なのですから」
いつも鳴海兄ちゃんとはケンカがちなしろがねが即座に同意した。
「遠慮してたわけじゃないけど…ホントに買ってもらうつもりもなかったんだ。ただ、懐かしいな、って思ったものだから、つい声が出ちゃったんだ」
「懐かしい、ですか?」
しろがねが肉や魚をビニル袋に包みながら訊ねた。
「うん。死んじゃったお母さんがね、今みたいな買い物の時に買ってくれたんだ。うちは貧乏だったし…兜とか鯉のぼりとか、ちゃんと飾れるような大きいのはなかったから、せめて小さいのくらいは、ってパート代が出たから大丈夫よ、って…こんなのしか買ってあげられなくてごめんね、って言いながら…」
僕が棒をクルクル回すと鈴がチリン、とやさしく鳴った。
「お母さんが買ってくれた鯉のぼり……オモチャだけど僕の宝物で、こどもの日が過ぎても捨てられなくて僕、大事に取っておいたんだ、毎年毎年。だからね、才賀に来る前の年には鯉のぼりが何匹もいたんだよ。全部、まごいとひごいだねって僕が言うとお母さんも面白そうに笑ってた…アパートを引き払った時に前の持ち物は全部処分されちゃったから…もうどこにもないけど」
僕は騒々しいスーパーの中で、僕たちのいる作業台だけがいつの間にか静まり返っていることに気がついた。


「あ、ごめん!僕、別に暗い話をするつもりじゃあ」
「いいんだ、勝。気にするな」
「そうですよ、お坊ちゃま…」
そうは言ってもふたりとも、気にしなくてもいいような表情はしていない。しみじみしてしまっている。
「でもよう、才賀の家に行ってからは立派な飾りを出してもらえたんだろ?何てったって天下のサイガだし。一流品のすげえのがあったんだろうなぁ。人間国宝が作った鎧とかよ、全部手描きの鯉のぼりとかよ。庭だって広いから鯉だって泳ぎ放題で…」
兄ちゃんが明るく話題を変えてくれた。しろがねもコクコクと頷いている。
「ううん。才賀の家でも飾りが出たことは一度だってないよ」
「そういう飾り物をやらないご家庭だったのですか?」
「ううん。僕が行った時には下のお兄さんはもう大人だったから出す必要はないって」
「子どもだったら、おまえがいんじゃん」
ナンダソレ納得いかねー、って顔に書いてある兄ちゃんが膨れた声を出した。
「僕はほら…才賀の家では余分な子だから」
「「……」」
「僕のために才賀の家では何にもしてくれなかったけど…おじいちゃんがね、お祝いしてないことを知ってね、怒ってくれたんだ。おじいちゃんは一緒に住んでなかったから…気が付いてやれなくてごめんな、って…来年は盛大に祝ってやるからな、って…」
「よかったじゃねぇか」
「やさしいおじいさまでしたものね」
おじいちゃんを知っているしろがねが、その面影を思い出したのか、感慨深げに言った。僕もおじいちゃんを思い出す。大好きだったおじいちゃんの笑顔と温かさを思い出すと胸がじんとする。
「うん。やさしいおじいちゃんだった……でも、一緒にお祝いする前に、おじいちゃんは死んじゃったから、結局お祝いはやらないじまいだったんだけど…」
バサリ、としろがねの手元からモヤシが滑り落ちた。


「やだなぁ、僕、本当にしんみりさせるつもりはないんだよ!」
ああもう!どうして僕ってこうなんだろ?僕は慌ててバタバタを手を振りながら
「そうだ、兄ちゃんはどんなだったの?兄ちゃんの端午の節句」
と、話題を兄ちゃんに振った。僕の話になるからよくないんだ。兄ちゃんの話ならきっと大丈夫!
「オレ?」
と、兄ちゃんは自分を指差し、うーん…と…考えている。
「オレ…は小学生の半ばで中国に行っちまったからなぁ。日本で飾りを出してお祝いってのは小学校2、3年までだった。中国にはあんな嵩張るだけのモン持ってけなかったし、オヤジもオフクロも仕事が忙しくてそれどころじゃなかったし、オレもお祝いってのはなかったなぁ。ま、その頃はオレも拳法にのめりこんでたから特に気にもならなかったが。オモチャでも鯉のぼりを買ってもらえたおまえの方がマシかもよ?」
兄ちゃんがニヤっと笑う。ふたりの袋詰めのスピードが回復した。僕は心底ホッとする。
「日本にいた頃は確か…オヤジも飾ったっていう古くて小汚ねー鎧兜と…多少の庭があるからな、ちょっとした鯉のぼりと。それが…」
兄ちゃんの言葉はそこで途切れた。兄ちゃんは少し小難しそうな顔で黙り込んでしまった。僕はちょっと不安になる。この話題も失敗だったのかな?どこかに兄ちゃんが沈黙してしまうような罠があったのかな?
「あの、兄ちゃん」
「しろがね、ちょっと来い。勝、ちょっと待ってろ」
兄ちゃんは難しそうな顔のまましろがねに来い来いと手招きして、僕には大きな手の平を見せた。
        だから、おまえは        な、それは    
兄ちゃんはしろがねの耳元でコソコソと何やら内緒話をする。会話は切れ切れで僕にはよく聞こえない。話が進むにつれて、最初は訝しそうだったしろがねの顔もキュッと真面目なものになった。
「作り方は後で教えるからよ」
「分かった」
しろがねは兄ちゃんにアイコンタクトをした後、僕のところに来て膝をつくと
「お坊ちゃま、しろがねは他に買い物をしてから帰りますので、先にカトウと家に戻っていてくださいますか?」
と言った。
「う、うん。もちろん、それはいいけど…」
「途中ですみません。それでは失礼します」
僕には事情が分からない。どこか意気込んで鼻息が荒いようにも見えるしろがねを見送っていると
「そんじゃあ帰るか、勝」
と、兄ちゃんが、ぽん、と僕の頭を撫でた。


「たーしーか、ここにあったと記憶してんだけどなぁ」
兄ちゃんは帰るや否や慌しく食品を冷蔵庫に放り込んで、階段下のデッドスペースを活用した昔ながらの押し入れに頭を突っ込んで何かを探し始めた。埃を被った荷物が次々と引っ張り出される。
「何しろ彼これ10年近くご無沙汰だからなぁ。滅多にここは開けねーし…でも確かに前にここで見かけた気が…お!あったあった!」
一番奥から幾つかの段ボールが現れた。兄ちゃんは喜色満面で段ボールを開ける。
「あったはいいが。中身は無事かぁ?」
「兄ちゃん、何を探してるの?」
「へっへっへ。見てみろよ、勝」
兄ちゃんが掴みだしたのは目に鮮やかな派手な色合いの大きな布。広げてみて、僕は目を見張る。
「わああ…大きい…」
僕が中に入れるくらいの大きな鯉のぼりだった。
「じいさんが生きている間はオレがいなくても毎年出してくれてたらしいんだ。おかげでしまいっ放し期間が短くて助かったぜ。オレもこうして見るのは久し振りだが予想以上に状態がいいな。ムシに食われてなくてよかった」
兄ちゃんはどこか懐かしそうだ。
「子どもの日にはちーっと早ぇがな、せっかくだ、今日は皆でおまえの端午の節句、祝おうぜ?」
「お祝い?僕の?」
「そうだよ、子どもっておまえしかいねーじゃん」
何当たり前のこと訊いてんだよ、って兄ちゃんがちょっと乱暴に僕の髪をわしゃわしゃした。
「そんじゃあ、庭に鯉のぼりの柱を立てにいくか。勝、手伝ってくれるか?」
「もちろんだよ、兄ちゃん!」
僕はわくわくした。何てったって、生まれて初めての、僕の、本格的な子どもの日、なんだから!


「これは…なかなか壮観なものですね…」
しろがねが遅れてリビングに現れた時にはすっかり、色とりどりの鯉たちは屋根よりも高く、青空に気持ち良さそうに泳いでいた。しろがねも僕たちがいる庭に出て初めて間近に見る日本の風物詩に目を見張っている。
「けっこう立派だろ?」
隣に立つしろがねに、兄ちゃんは白い歯を見せた。
これまで鯉のぼりセットは組み立ててもらう側だった鳴海兄ちゃんだけど、「取り説はねーのかよ!」と悪戦苦闘しながらも見事に組み上げたんだ。汚れた手や顔や、巻いたタオルの下で汗にはりついている髪の毛が兄ちゃんの頑張りを物語ってる。しろがねもそれが分かったから
「ご苦労様」
って兄ちゃんに素直に労いの言葉をかけたんだと思う。兄ちゃんはしろがねの言葉にちょっと照れくさそうにして赤くなった頬っぺたを掻いてた。僕は思わずクスクス笑った。
「♪やねよーりーたーかーい こいのぼーりー」
僕の口から自然に、お約束の歌詞が流れた。
「「♪おおきーいーまごいーは おとうさーんー」」
兄ちゃんも続きを歌ってくれた。歌をよく知らないしろがねも何となくハミングでついてきてくれる。とても楽しい。見上げる鯉がじんわりとする。
不思議だね、鯉のぼりが水の中を泳いでいるみたいに滲んで見えるよ。
僕にはまごいが兄ちゃん、ひごいがしろがね、その下の小さい鯉が僕に見えた。


「しろがねは何の買い物をしてきたの?」
歌い終わって、ひとしきり笑って、僕が訊ねるとしろがねはリビングに置いてきた買い物袋を取りに戻った。
「これですよ」
しろがねが差し出したのは和菓子屋さんの包みと細長い葉っぱの束。
「えーと、これはですね…カシワモチと…ショブ?」
しろがねが兄ちゃんに確認を求めた。
「菖蒲な」
「そう、ショーブの葉っぱ」
「菖蒲?」
僕が訊き返すと兄ちゃんは「お?」と目を丸くした。
「珍しいな?何でも知ってる勝が知らねぇなんてよ」
「だって…」
兄ちゃんは「ああ、そうだよな」って僕の肩を叩いて、僕にその先を言わせなかった。
「子どもの日にゃあ菖蒲湯に入るのよ。菖蒲は薬草、身体の穢れを祓って健康と厄除けを願うんだ」
大きくなれよ、って兄ちゃんの目が言ってる。兄ちゃんってやっぱり何だかお父さんみたいだ。
「しろがねもよく知ってたね。柏餅とか菖蒲とか」
「カトウに教わったのです。自分たちは先に帰ってお坊ちゃまのお祝いの支度をしているから、私は別行動をとって和菓子屋さんとお花屋さんに寄るようにと。お坊ちゃまのお祝いのために必要だからと」
しろがねはフルフルと首を振った。
「兄ちゃんは詳しいんだね」
「んー、そうでもねぇよ?これは日本式の端午の節句。オレはオレが小さい頃にやってもらったこと以上のことは分からん。やっぱ、オレには中国の暦の方が馴染みでよ、日本では端午の節句イコール子どもの日だけど、中国では端午の節句と子どもの日は別物なんだ。子どもの日は児童節って呼ばれて6月1日だし、向こうの端午の節句は愛国詩人の命日を祝うモンで、食うのもチマキだ」
へええ、と僕は感嘆する。
「端午の節句もルーツは中国だからなぁ」
「だからこれから、しろがねがチマキとやらを作ってみます。初めてですから上手にできるか分かりませんが、カトウに教わって頑張ってみます」
しろがねも張り切って、すでに腕まくりをしている。
「そんじゃあよ、しろがね、もち米を…普通の米じゃなくてもち米な?それを研いでザルに上げとけ」
「どれくらい?」
「5合もあればいいか」
「分かった」
「よおし、オレらはもう一仕事。押し入れから鎧と兜を引っ張り出そう」
「うん!」
僕はしろがねを追いかけるようにしてリビングに上がろうとした。
「勝」
そんな僕を兄ちゃんが呼び止める。


「あのな勝。これからは毎年、オレたちがおまえの端午の節句のお祝いをしてやる。おまえがでっかくなって『こんなのは恥ずかしいからやんなくていい』って言いだすまで続けてやるからな」
兄ちゃんは頭に巻いていたタオルを取ると、それで汗に濡れた髪をゴシゴシ拭いた。
「オレたちゃ血の繋がりはねぇけどよ、でも家族なんだからさ」
「う…うん」
「遠慮すんな」
「…うん」
「そんじょそこらのガキが親に甘えるみてぇに、おまえはオレとしろがねに幾らでも甘えていいんだからな」
兄ちゃんはワザと髪を拭いて、僕と目を合わせないでそんなこと言って。きっと照れくさいんだ。それを証拠にへへっと笑った兄ちゃんの顔はちょっと赤く見えるもん。
「何だ、勝?泣いてんのか?」
「な、泣いてないよ!」


僕は泣いてないけど。
やっぱり、大きな兄ちゃんの後ろ、もっと高いところで泳いでいる鯉のぼりは川の中を泳いでいるみたいにユラユラと滲んだ。きっと、久し振りに広い空を泳げた鯉のぼりが、嬉しくて泣いてるんだ。



End



postscript
なつをさんが描いてくださった3人が本当に仲良しで家族っぽくてね、親子みたいなのが書きたくなった次第です。お兄さんお姉さん勝、じゃなくてお父さんお母さん勝。3人が出会った時は季節的にそこらへんなのだけど、パラレルでも『平和にお節句』なんてすぐには無理なので出会ってから一年後のイメージです。サーカス要素まるでなしの疑似家族。一つ屋根の下に暮らすことで強制的に身体的距離が近くなったことで返って心情的にぎくしゃくしてしまっている鳴しろと、そのカスガイ勝坊ちゃま。仲良く3人で暮らしてくれればもうそれでよい(時々、勝は遺産相続争いに巻き込まれるオプション付き)。何となく、バカップルショート・ショートでオマケのオマケ。甘め、かな?。




↓。






今度は君に桃の花




勝ははしゃぎ疲れて、買ってもらったオモチャの鯉のぼりを抱きしめながらリビングのソファで眠ってしまった。どこか笑っているような寝顔で、見ているしろがねも何だか胸が温かくなる。勝に毛布を掛けて、夕食後の後片付けをしようとキッチンに入ると、鳴海がダイニングで茶を飲んでいた。
「お坊ちゃまは余程嬉しかったのだろう」
「そうだな」
鳴海は自分の向かいに置いてある湯呑を指差し、「おまえの茶ぁもいれてあるぞ」と合図する。
「腹の皮が突っ張れば目の皮が弛む、ってな。くたびれた上に腹も膨れて満足したんだろ。おまえが作ったチマキ、ずい分食ってたし…アレ、けっこう美味かったし」
鳴海は最後の方の褒め言葉をいれたての熱い日本茶を啜る音で誤魔化した。柏餅の最後のひとつに手を伸ばす。しろがねはくるりとした瞳を鳴海に向けて、ふわりと椅子に腰かけた。鳴海のいれてくれたお茶で手の平を温める。
「私は日本の行事には疎いから…」
「ん?」
静かに話出したしろがねに、鳴海は目だけを向ける。
「あなたのおかげでお坊ちゃまに喜んで頂けた。ありがとう」
「べッ…別におまえに感謝してもらう筋合いのこっちゃねぇだろ」
日常会話の大半が口ゲンカの相手に感謝されたりすると何だか居心地が悪い。もっといい受け答えがあるのになぁ、とは思いつつ、ツンツンした返事をする。いつもだったらそれをきっかけに言葉の応酬になってもおかしくないのだが、しろがねは湯呑を見つめて黙ったままだ。
しろがねに傷つかれるのもまた、鳴海にとっては居心地が悪い。鳴海はズズー…、と音を立てて茶を啜った。


「あのさ」
しろがねが顔を上げた、が、鳴海は視線を明後日の方向に向けている。鳴海はそのまんま会話を続けた。
「あー…、端午の節句は男の子のお祝いなんだが、日本にゃあ桃の節句って女の子のお祝いもある。お雛祭りってヤツだ」
「それがどうかしたか?」
しろがねが少し小首を傾げる。しろがねに目を合わせようとして、サラ、と滑った銀色の髪の隙間から普段隠れている白い耳が覗いたのを見てしまった鳴海は慌ててこれまでと反対の明後日に視線を巡らせた。
「今年の3月は特に考えもせずスルーしちまったけど…おまえ、祝って欲しかったか?桃の節句…ほら、一応、おまえも女の子だし」
鳴海が何を話したいのかがピンときてないのか、しろがねはきょとんとしている。
「んーと、あー…、だからさ、おまえの中で、私は何にもなかったのにお坊ちゃまは祝ってもらってズルイ!ってなってたら…何だしさ、と思ってさ。……もっともオレんちにはお雛様なんかねーからよ、してやれるのは桜餅食って桃の花飾るくれーだが」
ダイニングにまた、ズズー、という音が響く。
「私は今も言った通り、日本の行事には疎いから、そんなことは別に…考えたこともなかった」
ゆっくりとお茶に口をつけた後、お茶に映る天井の明りを見遣りながら、しろがねがそっと言った。
「そっか」
鳴海なりの、『来年はしろがねも祝ってやろうか?』というアピールだったのだけれども。何だか自分の提案が空振りに終わったように思えて、鳴海は意味もなく曲げ伸ばしをした自分の手を見下ろした。


鳴海はいつも思う。勝はどこか、自分たちと一緒にいて楽しそうにしていても何となく寂しいんだな、と感じる時がある。だから何がしかの縁あってこうして一緒に暮らしている勝には、自分と同じく故あって共にいるしろがねで出来うる限りの温かさをあげたいと思う。でもしろがねにもまた、勝と似たような印象を受けることがあるのだ。ふとした時に『ああ、こいつも寂しいんだな』、そう思うことがある。
勝を守る側にいるしろがねだけれど、自分とはいつも売り言葉に買い言葉になってしまうしろがねだけれど、彼女の心が寂しいのならば、その寂しさを癒してやりたいと思う。晴れやかに笑わせてやりたいとも思う。
でも、なかなか上手くいかない。
まあ、しろがねはフランス産だからな…日本のお祭りはそぐわねぇのかもなぁ…。
鳴海が、ふう、と肩で大きな息をついたので、しろがねは顔を少し上げた。上げて、鳴海の顔に浮かぶ感情を読み取って、また湯呑の中に視線を落としつつ、
「それに…」
と唇を開いた。
「それに?」
「私はもう、女の子、って年じゃないだろう?祝ってもらうのはおこがましい、ような…」
しろがねが鳴海と目を合わせて苦笑いをしてみせた。しろがねが微かに見せる親しさと、ちょっと困ったように寄せた眉の形に、鳴海の喉元をきゅんと苦しくさせる何かが込み上げる。
「お、おこがましいとかさ、そんなこと考えなくていーだろ」
鳴海は急に渇きを訴える喉を潤すために、ごくり、とお茶を呑み込んだ。
「そうだろうか」
「雛祭りはさ、いいダンナ様が見つかりますように、幸せな結婚ができますように、っつー良縁を祈るお祭りだからな。年齢は関係ねーんだよ。娘が幾つになっても親の願いがそこにあればさ、いいんじゃね?」
しろがねが自分の提案に乗ってくれ始めたのが嬉しくて鳴海はいささか早口。
「それではあなたは私の親代わりにもなるのか?」
「あ?」
「私の良縁を願って、私がどこかに嫁ぐまで桜餅と桃の花で祝ってくれるのか?」
自分の言葉尻を捕まえたしろがねの発言の中に面白くない内容を見つけた鳴海は、三角にした目の上で眉を釣り上げる。
「誰んとこに嫁ぐんだよ」
「あなたじゃない誰かのとこ、ってことになるな」
「何でオレじゃない、がつくんだよ?」
「だってあなたは私の親代わりなのだろう?」
「……」
しろがねは大きな銀色の瞳で鳴海をじっと見る。鳴海を親代わりという自分の言葉に違和があるんだかないんだか、その涼しげな様子からは全く図れない。
人の気も知らねぇでよ。
鳴海は湯呑を呷って空にした。


「期待している」
お茶の最後の一滴までもきれいに飲み干そうとしている鳴海にしろがねが言った。
「あ?何を?」
「桃の花。買ってくれるんだろう?」
たまに見せる、しろがねの柔らかい表情がそこにあった。笑えない、そう嘆く彼女が自分に作る精一杯のやさしい表情。鳴海のふてくされていた気分がどこへやらへと飛んでいく。だから鳴海はしろがねのお手本になるような明るくて大きな笑顔を彼女に向けた。
「ああ。しこたま買ってやる」
「ありがとう」
「今日は……どした?何だか…やたら素直じゃねぇか。いつものケンカ腰はどこ行った?」
「色々と、あなたを見直した」
「惚れ直した、の間違いじゃねぇのか?」
軽い気持ちでそんな冗談を言ったのに、やっぱりしろがねが柔らかいあの顔で
「そうだな」
だなんて言うものだから、鳴海は空になっている湯呑をまた思いきり呷るという間抜けをしてしまった。


「しろがね?」
「何?」
「勝がさ…大きくなって、ここを巣立っても、おまえは…」
「私は?」
「……何でもねぇ」



End
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