忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




Capter.11



男と銀目銀髪の女夫婦は、世界中の戦争や紛争地域、または国内治安が不安定な地域を巡って人々に笑いを届ける移動サーカスなんてものをライフワークにしていた。実際は数年前のとある事件の関係者であるためその事後処理のために世界中を飛び回っているのだが、全人類を震撼とさせたその事件も時の流れとともに風化し、世間の記憶から薄れつつある。
彼らの仕事の目的を知っている者は少ない。彼らの正体を知る者もまた少ないのだ。
大抵は常にふたりワンセットで行動している男と女だったが今回の目的に向かう前、女の方でひとつ所用ができたので女はそれを済ましてから合流、男は先に入って事前調査を行う、という算段だった。予定では男が例の樫の樹の入り口に辿り付いた時点で落ち合える筈だった。が、天候不順から飛行機の出発が大幅に遅れたため半日以上遅れての到着、空港からのヘリのチャーターはスムーズだったものの、男と一切の連絡が出来なくなっていることが判明した女はとにかく気が気でなく、村の外側の着いたと報告を受けた途端、着陸を待たず適当なところでヘリから飛び降りたのだった。



女が目的の村に足を踏み入れたのは昼近かった。既に村中がクラリッサとエドワードの行方不明で大騒ぎになっていた。女が聞きかじったところ、前日に村内を徘徊していた見慣れない東洋人の大男がいたこと、その男は鍾乳洞を探してたらしいこと、その男は姉弟と接触したらしいこと、男が鍾乳洞にふたりを拉致したかもしれない、これから鍾乳洞を皆で捜索する、という情報が入手できた。
その鍾乳洞に潜入するのが自分達の目的だったから男が先行したのかもしれない、というのはともかく、姉弟の行方不明は正直無関係だろうと女は思った。万が一、何かしら男と関係があるのだとしたら夫の性質からして面倒事を引き受けてしまったのだろう。村人達が言っているような拉致だの誘拐だの、子どもに危害を与えるようなことは絶対にありえない。女は鍾乳洞の捜索に自分も加わろうと村人に声をかけた。しかし、それがいけなかった。



村人たちは古くからある鍾乳洞に巣食う吸血人形の話を恐れてはいたが本当に信じているものは少なかった。信じてはいなかったが今では鍾乳洞を恐れ好き好んで近づく者はいなかった。地元の者は近づかない鍾乳洞は「お宝が眠る」という噂につられ迷い込む余所者は後を絶たず、その度に村人は捜索に借り出されたが行方不明者が見つかることは稀で、生存者も半ば狂って戻ってきた。「化け物が!人形が!」と取りとめのないことを喚く自業自得な愚か者の戯言など信じる者はいなかった。
そのうち営利誘拐が発生した。村の子どもを拉致し、誘拐犯は『鍾乳洞の財宝と引き換えにする』の要求を出して来た。要するに危険を伴う鍾乳洞の探索は村人にやらせようという輩が現れたのだ。その時は犯人がすぐに逮捕され子どもも無事だったが、これはまたいつか繰り返されるかもしれないと村人は思った。
この村の人間は余所者が嫌いだった。
余所者はこの村の者に迷惑をかけることしかしなかった。



そして今回の一件。いつぞやの誘拐事件の再来だと誰もが思った。
子どもたちの件でピリピリしていた村人は女とはいえ、このタイミングで現れた新たな余所者に過剰反応ともいえる警戒を見せた。女は問答無用で村の交番の留置所に監禁されてしまったのだった。村人は
「子どもたちが無事見つかったら出してやる。それまではここで大人しくしていろ」
の一点張りで、誰も女の話を聞こうともしない。不条理以外の何物でもない拘禁と男の安否の心配とで、いつも冷静のな女にしては珍しく激しい憤慨を見せたが、頑固で排他的な村人相手にどうにもならない。とにかくこの牢屋を脱出しなくては、と考えを巡らせた。
煉瓦で囲われた古い牢は中国拳法を嗜む夫の拳なら壊せそうだが、常人よりも強いとはいえ彼女の力でどうにかなりそうもなかった。鍵も檻も古いが堅牢、軟体芸を得意とする女でも通り抜けるのは難しいくらい檻の幅が狭い。鍵はいつも持ち歩いているマリオネットの整備道具があれば開けられないこともなさそうだったが、彼女の手荷物は手を目一杯伸ばしても届かないところに置かれていた。やはりマリオネットさえ手元にくればオールクリアだった。どうにかして自分のところに持ってこさせたかった。
女には常時見張りがつけられていた。昼から夜にかけての見張りは太った中年女だった。この中年女には綺麗な女へのコンプレックスがあるようで、ぱく、とも口を開かず取りつく島がまるでなかった。この見張り番の間、女はイライラと壁にかけられた時計の針を睨む事しかできなかった。



チャンスは夜になり見張りが中年女から中年男に交代した時に訪れた。中年男は掃き溜めに鶴の絶世の美女と留置所でふたりきりになってからというもの、チラチラチラチラと好色そうな目で盗み見てきた。あの人が傍にいたら視線だけで絶対にキレてそう…なんて思いながら女は見張りの男に話しかけてみた(女はこの数年の間に『色仕掛け』というスキルを身につけたらしい)。男はまんまと引っ掛かった。さすがに「ここから出して」のお願いには乗ってくれなかったが、「手荷物を取って欲しい」のお願いには応じてくれた。
女にはそれで充分だった。
「お礼に人形繰りを見せてあげるわ」
女が指貫をはめると大きなマリオネットに命が吹き込まれた。まるで生きているかのように動くマリオネットに見張りは感嘆した。華奢な女が堅固な檻越しに操る人形に何の脅威があろうか?その認識が甘かったとしても、誰もこの見張りの男を責められはすまい。
「マリオネットに踊らせるから少し部屋の奥に行って座っててね。見ての通り大きなマリオネットでしょう?場所を取るのよ」
やさしい笑顔で言われるがまま、見張りの男は部屋の隅に椅子を引っ張って行った。女はそれを見届けると
「あるるかん!コラン!」
と叫んだ。



女は笑顔の裏でとんでもなく怒っていた。
私は何にも悪い事をしていないのにこんな狭いところに閉じ込めて!
あの人を一刻も早く捜しに行きたいのにそれをさせてくれないで!
女は脱走するための破壊活動に遠慮する気など一切なかった。見張りの男がとばっちりを喰らわないように避難させたのは彼女に出来る最大限の理性的な行動だった。滑らかな高速回転を始めたマリオネットは賑々しく彼女を閉じ込める檻を薙ぎ払った。
見張りの男が突如起こった爆音に身を竦め、辺りが静かになるのを待って恐る恐る目を開けた時、留置所は半壊していた。檻も、留置所の向こう側の壁も吹き飛んですっかり風通しが良くなっていた。見張りの男は呆然と黒い空に浮かぶ月を眺めた。女もマリオネットもいなくなっていた。



見張りの男が「女は脱走したのだ」とようやく気がついた時分、女は例の樫の樹の根元に立っていた。さっきの見張りがペラペラと何でも教えてくれたので入口を苦労もせずに見つけられた女だった。女が足止めを食らっている間にすっかりと夜も更けてしまった。(その頃、鍾乳洞の奥では男がクラリッサに古いお伽話を聞かせていた。)
女は樫の樹の根元の入り口を検め、そしてその周辺の根に生す苔に残る大小の足跡に目を止めた。それらが少し争った形跡の先にぽっかりと空いた大穴。水音は遠い。夫が落ちた穴はかなり深い。女は夫がここから子どもたちと一緒に落ちたことを確信した。
女は大きく深呼吸をして、最愛の夫を気遣う心を落ち着けた。
大丈夫。私と一緒に車通しの罠に落ちた時だって、あの人は平気だったもの。ちゃんと人間だったのに。
ここの真下にいないってことは移動が出来ている証拠だもの。
改めて覗き込む。すると奥底で何かがぼうっと淡い光を放っているのが見えた。女は夫が目印用のペイント弾を常備していたことを思い出した。
「あるるかん」
女はマリオネットに自分を抱き上げさせると、ひゅ、と銀糸を繰った。マリオネットは主を胸に抱き抱えたまま暗闇に舞い滑空すると危なげなく着地した。女の人形繰りは見事で衝撃もなく物音すら殆どさせなかった。
女の足元で蛍光塗料が光っている。周囲を包むのは漆黒の闇。女はぐるりと見回して2カ所目の目印を見つけた。昼に入った筈の捜索隊が戻ってくる気配もない。ここは相当入り組んだ構造なのかもしれない。女は慎重に、でも出来るだけ速く目印の光る方向へ移動を始めた。





そうして女は夫の元に追い付いた。
夫に迫る自動人形に一撃を加え、当座の危機を回避する。振り返ると夫の傍には子どもがふたりいた。彼らが行方不明の子らなのだろう。見たところ子どもたちは無事のようで、夫が身を呈して自動人形から子どもたちを守ったことが分かった。まさに、身を呈して。
男は酷い有様だった。右腕と左脚を失っていた。作り物の手足だから痛みはないだろうけれど、彼は再び四肢の喪失感を覚えたのだ。血を吐いている。生身の箇所にだって重いダメージを受けたのだ。こんな古い人形一体、男一人でここに乗り込んでいるのならあっさりと勝負はついていただろう。例え、相性の悪いゴムの腕を持っている人形だったとしてもだ。
「よくも…」
女は銀色に燃える瞳を水中から起き上がれずにもがく自動人形に向けた。
「覚悟するがいい」
夫に血を流させた自動人形を破壊することに躊躇いもなかった。冷酷に確実に息の根を止めるつもりで糸を繰った。マリオネットが剣を振り翳し、水の中に蹲る自動人形に飛びかかろうとした瞬間。
壊れかけの自動人形が何とも不思議な、興奮しているかのような声を上げた。ざばん、と大きな水音を立てて性急にも思えるスピードで女の元に近づく。今にも止まりそうだった歯車が物凄い勢いで回っている音が聞こえる。
「しろがね!危ね…っ」
妻に迫る危険に男が慌てて身を起こすが片手片足でバランスを取れずすぐに体勢を崩してしまった。当然、自動人形が女に襲いかかるものだと誰もが思った。けれども、自動人形は皆の予想を裏切り





女の足元に恭しく跪いた。





「フランシーヌ様!フランシーヌ様直々にお迎え頂けるとは夢にも思いませんでした!何たる…何たる光栄!」
人形は歓喜に打ち震えていた。殺気も消え、戦闘する意志もなくなっている。あんなにもしゃがれて切れ切れだった自動人形の声が生き生きとしている。あんなにも軋みを立てていた壊れた身体が滑らかに動いている。男も女も、朽ち果てた人形が全き姿をしているかの錯覚を覚えた。整った顔を縁取る流れるような長い髪、優雅なドレスの裾が翻る。主を前にして自動人形の最期の盛栄が蘇る。
女は腕を下げマリオネットの動きを止めると、瞳を細め、自分の前に控える人形を見つめた。男は大きな息をついた。安堵の吐息とも悲しい溜息ともつかない呼気だった。男はずっと前に戦ったアプ・チャーという自動人形を思い出した。
「フランシーヌ様のお傍を離れたこと、深くお詫びいたします!ですがこのフランシーヌ様の似姿を放っておくわけにはいきませんでした。この似姿をフランシーヌ様と思いお世話をしてまいりました…が、お会いしとうございました!フランシーヌ様!」
女の心に奇妙な感情が湧き上がる。自分であって自分でない誰かが被害にあった人間に対し詫びながらも、自動人形を懐かしく慈しむ、そんな不可思議な感情が。女はかつて自分のことを「フランシーヌ」の名前で呼び、主として傅いた二体の自動人形を思い出した。自動人形達は、今でも悲しいまでに主フランシーヌ人形に忠誠を誓っている。



自動人形には心がない。
仮初の命が吹き込まれた身体には真の心は生まれない。
ずっとそう思ってきた。
けれどやはり、自動人形のこんな姿に触れると機械仕掛けの神もいるのかもしれないと思う。
自動人形とは何と物悲しい存在なのか。



女は男を振り返った。これから自分が行おうとしていることに男が賛同してくれるかどうかを確かめるために。男の瞳には女と同じ感情が浮かんでいた。男がやさしく微笑みながら頷いてくれたので、女も微笑を浮かべて頷き返した。女はすうっと深呼吸をすると人形に向けて一歩を踏み出した。それを受けて人形は更に畏まる。
「永い間、私の像をきれいにしてくれていたのですね」
どこか威厳の感じられる声だった。
「はい!」
「このレプリカを本物のフランシーヌ様だと思い、お仕えしてまいりました!」
自動人形は嬉しそうに首を揺らした。そして男に向かい、勝ち誇って叫んだ。
「『しろがね』よ!おまえは私にフランシーヌ様はもうこの世にはいないと言った!だが見よ!この通り、フランシーヌ様は健在ではないか!おまえは嘘つきだ!ああ、だから『しろがね』の冗談は面白くないと言うのだ!おお…おお…フランシーヌ様…敬愛するフランシーヌ様が私を迎えに来てくだすった…!」
饒舌になっている自動人形に嘘つき呼ばわりをされても男は黙っていた。



「おまえ…名は何と言う?」
「はい、コンスタンスと申します!」
「コンスタンス、私を見てごらん?」
「いえ、そんな、畏れ多い…」
人形は畏まって顔を上げることが出来ない。
「良いから」
女は人形の前に膝を落とし、その両頬をそっと手で挟むとゆっくりと顔を上げさせた。人形は恐る恐る女と目を合わせ、彼女の顔に浮かぶ表情を見て言葉を失くした。
「お…おお…」
「私は笑っているでしょう?」
「は、はい!」
「長い旅の果て、私はついに見つけました。そなたたちのおかげで私は笑えるようになったのです」
「何という…何という喜び…!」
上半分がない顔の口がガチガチと震えた。
「フランシーヌ様?造物主様とは会えましたか…?」
「……私は愛する人に、出会えました。だからもうよいのです、コンスタンス…おまえはもう眠ってもよいのですよ?」
「もうよい…眠ってもよい…?」
「私は幸せです。笑えるようになったのですから…いつでも愛する人の傍にいられるのですから」
「よ…い…ふら…んしーぬ様は…わら…う…」



また自動人形の喋り方がおかしくなった。ギシ…ギシ…と身体も軋み始める。
「疲れたでしょう…?私のために永い間大義でした…ご苦労様、ありがとう」
女が人形の顔をやさしく撫でた。人形の瞳の紫色がゆっくりと薄くなっていく。
フランシーヌ人形からの労いの言葉、それは人形コンスタンスがずっと欲しかったもの。歯車が止まろうとしている。ぼんやりと溶けていく視界に主の笑顔、その向こうに主のレプリカの白い塑像。
「…あ…あ…よか………った…」
満足そうな笑みを浮かべた人形の口元から発せられた最期の言葉は泡沫のように消えた。ぐらり、と傾いだ人形の身体はそのまま水面に倒れ込んだ。けたたましい水音が鎮まっても、しばらく口を開く者は誰もいなかった。
男も女もただ黙って人形の死に顔を見つめていた。





鍾乳洞に巣食った吸血人形は永遠に動きを止めた。



next
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]