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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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Capter.10



銀と黒の斑となった男の長い髪は熱風になびき、凛とした瞳は力強く光っている。逞しく大きな躯体はどっしりと頼もしく、どんな敵に果敢に立ち向かっていく威風堂々さが漲っている。大きな拳は硬く、どんな物でも一撃で退けてくれる。



まるでライオンみたい

クラリッサはそう思った。

きっとライオンなんだ

エドはそう思った。



銀色に変色した筈の男の髪は、気がつくと元の黒髪に変わっていた。
「確かに銀色だったのに…」
どうして?
奇妙に思ったクラリッサだったがそんな瑣末なことに心を割いている暇もなかった。不自然な体勢を強いられている男がじりじりと後退したからだ。身を盾にして懸命に阻止してくれている男の奮闘次第では、自分達が人形の餌食になるのは時間の問題だった。髪の毛の色が違って見えたのだって暗さに慣れた目が光に眩んで見せた錯覚だったのかもしれない。
対峙するのは壊れかけた人形一体、もしもここにいるのが男ひとりだけだったら、あっという間に倒しているに違いない。人形のやたらと深い間合いなど物ともせずに突っ込んで、気をこめた一撃の元に破壊していたことだろう。けれども、男はか弱い子どもふたりを庇いながら戦わなくてはならなかった。本体を仕留めに向かう間にバカに長い腕が子どもたちに伸びてしまう。尤も、男は枷付きの戦闘に苦心することは覚悟していた。誰かを守るため戦う、それによって自分の力が最大限に発揮されるいうことを男は身をもって知っていた。



剣呑な切れ味悪い鋏の腕は圧し折った。次は火炎放射器付きの腕。何しろ古い人形だ、燃料を補給する機会があったとも思えないから体内にさほど燃料は残っていないと思われる。少なくともエドワードの祖父が目撃した以降は燃料を得てないと推測される。が、威力は充分だし射程距離は長い。強力勝負は男と互角だ。「人間離れしている」、そうクラリッサに言われた男だけれど、対する相手は明らかに人間ではない。心も身体も人間らしさの欠片もない人形だ。
『土は土に、人形は人形に還せ』
今も尚、男の心の奥底に刻まれたままの文言。自動人形は破壊する、それが今も男の使命。
「金輪際、目の前で、人形に人間を殺させてたまるかよっ!」
男は全身に力を漲らせた。
とにかく、炎を子どもたちに向けさせてはならない。
男は幾度となく拳を打ち込み、引き千切ろうと、何とか残る腕の破壊を試みるがゴム製品と男は相性が悪いようだ。
「ちぇ。聖ジョルジュの剣が懐かしく思える日が来るなんてなぁ。全く皮肉なもんだぜ」
あの切れ味の良さをしみじみと思い出す。気の通らない相手でも、あの刃はナマス斬りにしてくれたものだった。まあ、だからといって大事な生身の左腕ともう一度取り返るか?と訊かれれば返事は絶対に「NO」なのだが。こうなると忍耐強く相手の燃料切れを待つしかない。我慢勝負と相成る。そんな中、炎で焼け焦げた男の服は自動人形と渡り合う間に無残にも破れ果てた。


「…あ…あの腕…何か変」
クラリッサが剥き出しになった男の腕の異様さに気がついた時、先程男に折られた人形の腕が最期の力を振り絞った捨て身の一撃を男に浴びせた。折れて尖った人形の腕が男の頭を襲う。
「まだ動くのかよ!」
男は咄嗟に頭を右腕で庇ったが後手に回り、頭は守ったものの男の右腕と人形の腕は合い打ちとなった。人形の腕の切っ先が男の腕に突き刺さり、そのまま肩に向けて切り上げる。激しく鈍い音がドームに響いた。
「お兄ちゃん!」
「きゃあッ!」
エドとクラリッサの悲鳴が上がる。当然、肉が弾け、血飛沫が飛ぶと思った。
でも。
男の右腕からは血肉の代わりに歯車やコードが撒き散った。クラリッサ達は絶句した。だらんとぶらさがった男の右腕は…何ということか、人形の腕だった。筋肉の盛り上がった上半身に大仰なバンドがかけられ、それで人形の腕が固定されていたのだ。子どもたちは思わず、壊れた男の右腕に注視した。クラリッサは何故さっき男の腕に違和感を覚えたのか、その理由が嫌という程に理解できた。服が裂け、そこに覗くのが肌色の皮膚ではなく、無機質な素材の色だったからだ。男が真夏だというのに長袖のシャツを着こみ、手袋まで穿いていたのもそのせいだ。
男は右腕を押さえ苦しそうに顔を歪めて、その場に膝をついた。



その時、どこからかクリスとエドワードを呼ぶ声が聞こえてきた。遠くからドームにわんわんと反響してくるその声は複数で、徐々に大きくなってくる。
「あ、お父さんの声!」
クラリッサが涙声で叫んだ。
「お父さーんっ!僕たちはここだよう!」
安堵感が一気に噴き出し、エドワードが明るい声で返事をした。
子どもたちの集中力は明白に切れた。その隙をついて人形が距離を詰める。
「させるかよっ!」
男は肩口から人形に体当たりをし、我諸共に押し倒した。大きな水飛沫が上がる。
ドームが俄かに騒がしくなった。村人たちで結成されたクラリッサ・エドワード捜索隊がようやく追い付き、3人がやって来た入口から傾れ込んだのだ。
「クリス!エド!無事かぁ?!」
「私たちはここにいるわ!」
「大丈夫だよ!」
「てめーら、それ以上中に踏み込むな!ここはバケモンの巣だ!」



クラリッサ達に駆け寄ろうとする村人たちに向かって男は吼えた。口々に行方不明になったふたりの名前を叫んでいた村人達の足がビクリと止まる。子どもたちの近くで不自然に立つ水柱。中には無意識のうちに後ずさりする者もいた。
ついで群衆は広間の真ん中に鎮座する、場違いに大きくて美し過ぎる天使像を見つけ言葉を失くした。思わず見惚れてしまう程の美女がやさしく見下ろしているのだ。しかし村人の夢見心地も長くは続かなかった。再び大きな水音とともに水の中から姿を現した、この世の物とは思えないくらいにおぞましい人形を目の当たりにしては。
古い人形に対し人間が持つ恐怖や畏怖といったものを想像力の及ぶ限り具現化したとしても到底追いつかないだろう、それほどまでに禍々しい造形に全ての者が絶叫した。しかもこの人形は恐ろしい姿をしているだけでなく、人間の血を糧にしていると言い伝えられている。
「愚…かな人間どもめ…汚…れた足でフランシ…ーヌ様のお部…屋を荒しおっ…て」
人形の瞳が怒りで紫色に燃えた。
「この『し…ろがね』を片付…けたら、お…前達を残らず…食ろうてや…る」
地獄から響く声に全身が粟立つのを止められない。この場に居合わせた村人は身をもって悟った。
エドワードの祖父の話は決してボケ老人の戯言ではなかったことを。
そして、エドワードが嘘つき少年ではなかったことを!



続いて男も立ち上がった。男はゴムの腕にまだ食らいついていた。
「おまえたち!村の連中のところに走れ!そんでもって一緒にここから脱出しろ!」
「お、お兄ちゃんは?」
「オレのこたぁいい!おまえらがいなくなれば制約がなくなって好都合ってもんだ!」
三人はアイコンタクトをして頷き合い、男の「今だ!」の声を合図に駆け出した。しかし、ガクガクと膝が震えっぱなしだったクラリッサの脚は咄嗟の動きに言う事を聞いてくれず、岩の割れ目に蹴躓き派手に転んでしまった。
「い…痛…」
「お姉ちゃん!」
倒れたクラリッサにエドワードが駆け戻る。
ふたりを心配した男の気がほんの一瞬緩んだ時、人形の腕は渾身の力で男を張り飛ばした。既に脆くなっていたそれはその衝撃で火炎の射出口を大破させたが、勢いよく跳ね飛ばされた男はクラリッサ達がいる近くの大岩に背中から激突した。粉砕された石飛礫がクラリッサ達にも降りかかり、エドワードが身を呈して身動きの出来ない姉を庇った。戦いを見守るしか出来ない村人達からも悲鳴が上がる。片腕の男は満足に受け身が取れず、声にならない悲鳴を上げ、口から血反吐を吐いた。


クラリッサはさっきの男の右腕のイメージが強くててっきり、男が歯車や金属片を吐くと思った。でも男の口から溢れたのは真っ赤な血だった。
やっぱり、この人は人間なんだ!
クラリッサは確信した。
「ちちィ…やってくれるじゃねぇかよ」
「だ、大丈夫?」
「へ…ちょっとばかりアバラが折れた、かな?」
男はこの期に及んでも笑って軽口を叩いている。
「な、何で笑えるのよ、こんな有様なのに!」
ギシ…ギシ…と軋んだ音を立てて人形がゆっくりと近づいてきた。男は痛む身体を無理矢理動かし、人形の腕がクラリッサに届く寸前で再三掴みかかった。
「さあ、行け!今のうちに…」
「ダメなの、足、挫いちゃってっ…」
「僕が肩を貸すから!頑張って!」
クラリッサはもう自力で動けなかった。痛みからも、恐怖からも。普段あんなに威張っているくせにと自分が情けない。自分よりずっと小さなエドワードの方がはるかに勇敢だった。
「エド、あんただけでも」
「僕は行かないよ、いつまでもお姉ちゃんの傍にいるよ!」
クラリッサは力の入らない自分の足腰を叱咤して、ズリズリと前に進む努力をした。自分が動けなければ弟も危険にさらし続けることになる。
男は何とかしてこの姉弟を助けたかった。この身に代えても救い出したかった。しかし片腕でどこまで踏ん張れるか。力を込める度に折れた肋骨が内蔵や筋肉を突き、気を失いそうな激痛が走る。逃げる事も、事態を打開する事も出来ぬ内に自動人形は男の眼前に迫った。男と人形は睨み合う。人形がニイイイと笑った。
「いい…格好だな、『しろ…がね』よ」
動きの鈍い人形の足が男の左足首を踏んだ。
「ぐ…あ」
ミシミシと足のひしゃげる嫌な音が身体中に響く。人形の重たい足は無慈悲に易々と、男の足を踏み潰した。
男は腕に引き続き、脚も一本失った。



「さあ、て、もう片方の脚も壊…してやろう」
人形は男を蹴飛ばす。男の身体はゴロゴロと転がり、クラリッサ達が懸命に開いた僅かな距離はあっという間に無に帰した。クラリッサは潰れた男の左足からも歯車がこぼれコードがはみ出しているのを見た。でもその事実を知ってももう驚きもしなければ違和感もなかった。クラリッサもエドワードも、男が満身創痍であることに自らの死への恐怖を覚えるよりも、自分達のためにボロボロになってくれている男への感謝しか思い浮かばなかった。
「ごめんね」
クラリッサもエドワードも顔をくしゃくしゃにして男に謝った。
「何?何謝ってんだよ」
「だ、だって、私達のために死…」
「なあに言ってんだよ。オレはまだ諦めちゃいねーぜ」
男はまだ笑っている。腕と足を一本ずつ失ってもまだ立とうとしている。まだ戦おうとしている。
「こんなんどうってことねぇんだぜ?これまでにだってもう何遍も…」
不意に男の血塗れの笑顔が太陽みたいに輝いた。
「…来た」
「な、何が?」
「オレの守護天使!」



前方で村人達の幾人かが小さな悲鳴を上げた。何事だろうと首を巡らすクラリッサとエドワードの頭上を何か黒い影が、さあ、と飛び越えた。
それは大きな黒い人形だった。黒ずくめの服を着て、ヒラヒラフワフワした羽根飾りを頭に戴いている。クラリッサ達は新手の自動人形が現れたのかと思った。でも、新たに現れた人形は、人形は人形でもマリオネットだった。人形の身体からはとても細い銀色の操り糸が何本も繋がり、その傍らには細い人影があった。とてもスタイルのいい、スラリとした女性だった。短い髪はさっき男の髪に見たように思ったものと同じ銀色だった。
「あるるかん!聖ジョージの剣!」
銀髪の女が叫ぶと黒い人形の右腕から長い剣が現れた。女が踊るように銀色の糸を操ると、あるるかんと呼ばれたマリオネットは弾丸のように自動人形に斬りかかった。一閃した剣は男を苦戦させていたゴムの腕をチーズの如く切り落とす。自動人形は斬りつけられた勢いで転倒し、あるるかんはまるで芸を披露しているかのように見事な跳躍を見せ繰り手の隣に立った。
「しろがね、おっせーぞ!」
男は血唾を飛ばしながらもとてもいい笑顔を見せる。
「ごめんなさい!」
女は男の様子を確かめるために振り返った。クラリッサは「この男も人形に『しろがね』って言われてなかった?」と思ったけれど質問できる状況ではなかった。彼女の瞳は髪と同じ、銀色をしていた。クラリッサとエドワードはその顔を見て驚愕した。女は美しかった。この世のものとは思えないくらい、男が自分の妻を女神やら天使やらに例えるのも納得がいくくらいに、美しかった。けれど、クラリッサたちが驚いたのは彼女が美しかったからではなかった。
彼女の顔が、このドームに聳える巨大な塑像と瓜二つだったからだった。



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