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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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Capter.9



姿を現したのは原型をまるで留めていない酷く壊れた自動人形だった。
ボロ雑巾のようなドレスを未練がましく身に纏っているコレは、元は美しい姿の女性型の人形だったのかもしれない。植毛された毛も半分以上が抜け落ち、髪を濡らしてみすぼらしく束にしているせいで剥き出しの地肌は殆ど禿げ上がっているように見える。顔の下半分は無残にも破壊され、真っ黒な虚ろを空けていて、本来あるべき鼻と口がない。ざんばらの前髪の奥で瞬きしない、動きの悪くなった眼球が鈍い紫に光りながらキロキロと動いていた。
その姿を更に異様にしているのは、首元からむき出しのコードやチューブでぶら下がるもう一つの頭だろう。二つ目の頭部には本体とは逆に目から上がなかった。口が壊れて話すことと人間の血を飲む機能を失った本体の人形が、他の壊れた人形のあり合わせの頭を代用品にしているようだった。
バランスの悪いその自動人形は立っているだけで上体が前後左右に大きく振れ、その度にギ…ギ…ッと錆び付いた軋みをドームに響かせた。垂れ下がる二つ目の首もユラユラと異様に長過ぎて不格好なネックレスのように揺れた。
子どもに打ち捨てられて誰にも見返られることのなくなった雨風に打たれた古い人形の持つイメージを、人間の想像力の及ばない域までおぞましくしたモノ。この世のものとは到底思えない、子どもの悪夢を具現化したかのようなその忌まわしい自動人形を目の当たりにして、瞬きを忘れたクラリッサの目はこれでもかと見開かれた。



「ほ…おお…、これは久し…な…『しろがね』、で…は…いか」
天地が逆さまになったもうひとつの人形の滑らかさを失った口がカタカタと動き、喋った。
しゃがれた、何とも呪わしい声!音程も調子も何もかもが狂っている!
「ひいッ!喋ったッ、人形が…人形が!」
クラリッサは身体を縮こめ男のシャツをぎゅうと握り締めた。男は後ろに腕を回し、「大丈夫、オレが守るから」、とそっと震えるクラリッサを抱き締めてくれた。何て温かい手。恐怖と安堵で涙が勝手にこぼれた。
「姉ちゃ…」
一方、エドワードはいつも気丈な姉が見せた涙にオロオロと動揺する。
「お兄ちゃん」
ぎゅ、と男の手に縋る。男はエドの肩も力強く抱くとぐっと引き寄せた。
「エド、ようく見とけ。あれがその昔、おまえのじいさんが見たっていう吸血人形さ」
男の大きな手の平がぽんぽん、とエドの肩を叩いた。
「あれが…」
エドは視線を姿を現した伝説の化け物に移す。エドの心には恐怖があった。けれどそれ以上に筆舌に尽くしがたいような感慨深いものがあって、「いつかは鍾乳洞に潜ってこの手で化け物を見つけて退治してやろう!」なんて考えていたと思われる幼き日の祖父もまたこの場にいるような不思議な気持ちになった。
「よかったなぁ。おまえも、おまえのじいさんも嘘つきじゃねぇってこった。な?」
男はエドににっこりと笑うと、いたずらっ子のように片目を瞑ってみせた。
「うん…うん!」
力づけられたエドはグイと目頭を腕で擦ると姉を守るようにしてその前に立ち塞がった。背中に括りつけていた、落下したときにあちこちぶつけたせいでベコベコに凹んだ金属バットを掴むと両手で握り締め、化け物に向かって構えた。
「おまえなんか怖くないぞ!」
「エド…」
「大丈夫!姉ちゃんのことは僕が守るから」
小さい弟が初めてみせた勇姿に、クラリッサは涙に濡れた瞳を呆然と向けることしかできなかった。
男はエドの見せる強さに温かな笑みを浮かべると、綺羅と光る瞳を自動人形に向け直した。



例えば、片田舎の森の奥、地底深くの鍾乳洞の中。
辺鄙な場所に何らかの理由で潜んだままでいる自動人形は機能停止の伝達を受けることなく、今だひっそりと、完全に又は不完全に動き続ける個体が残存していることがある。自動人形が絡んでいるのではないかと予測される奇怪な事象、またはとある症候群が予想される患者の発生が報告されると、そこに駆けつけ対処するのが男の仕事であり責任だった。
実際には彼の本分が発動することは稀だった。でもこうして、本分が発動するケースもあるのだ。こうなると一般人である町の警察では手に負えない。
「よう、ずい分と人間を殺したみてぇだな、おまえ。ここいら一帯、血の匂いがプンプンすらあ」
「愚かしい人…間どもが宝を…求…勝手にやっ…てきてくれる…でな、忌々し…『しろがね』に…脚を壊された私にはありが…だった」
人形の紫色の瞳が細くなった。どうやら笑っているらしい。
「確かにな、人間も愚かだ…馬鹿さ加減ではおまえらを笑えねぇよ。命を賭ける宝なんて、どこにもねぇのにな」
男は吐き捨てるように言った。ところが、自動人形は男の言葉を可笑しく思ったらしい、またもや笑ったが今度は甲高い笑い声と思われるような奇妙な音をドームに響かせた。
「なんと…『しろが…ね』とは愚かなり…おまえ…には分か…ぬか…宝は、フランシーヌ様、のお姿を…模したこの像……か」
「ふん、そんなこったろうと思ってたよ。おまえらの主は笑えなかったってのに、三下のおめえらは下卑た笑いを作れるってんだから全く皮肉だよなぁ」
「フランシーヌ様は霊…液を体内に…流……人間人形…我らとは違…高貴…なお方…」
フランシーヌを語る時、自動人形はその呪われた口調にどこか恍惚とした色を差した。男はそんな自動人形を気食悪く感じるのか、それとも不憫に思うのか、少し苦しそうに目元を顰めた。
垂れた二つ目の首がゆうらりと揺れた。



昔、この地を『真夜中のサーカス』が移動したことがあった。その際、何かの理由でこのフランシーヌ人形の彫像が荷台からこぼれた。彫像はその重みで薄くなった鍾乳洞のドームの天井を突き破り、地底へと落ちてしまった。崇拝するフランシーヌ人形の似姿を落下させてしまった自動人形たちは泡を食った。彼らが神と崇めるフランシーヌ人形のレプリカなのだ、この自動人形他数体がこれの回収のため、【パレード】を離れた。しかし数体の人形では重量のあるこれを足場の悪い鍾乳洞から持ち上げることはどうしても叶わなかった。しかし、レプリカとはいえ忠誠心の強い彼らが女神と崇めるフランシーヌ人形を置き去りにすることもできない。だから彼らは伝令に一体放ち、残りはフランシーヌ人形のレプリカに侍るために鍾乳洞に居残ることにした。いつか仲間がフランシーヌ人形の彫像を回収に来るのを待つことにしたのだった。
しかし迎えは来なかった。伝令の自動人形はもしかしたら【パレード】に合流する前に運悪く出くわした『しろがね』に破壊されてしまったのか、それは分からない。確実に言えるのは「ここにフランシーヌ人形の像があること」は仲間に伝わってないということだろう。だが、自然の摂理とは無関係に生まれた自動人形たちは時間の経過など全くと言っていい程に気にならず、いつまで経っても迎えが来ないことにも然して疑問も抱かなかった。彼らにとってはレプリカでも女神に等しいフランシーヌ人形の傍に常にいることができたから、仕えるべき対象があったから、幸福ですらあったのだ。



その間、自動人形の食糧は森を散策する哀れな村人。
ただいたずらに闇雲に糧にするのでは村人は誰も森に来なくなる。だから人形たちは時にわざと獲物を逃がし『宝』の噂を広めさせた。強欲な人間はどこにでもいるものだ。どんなに恐ろしいところでも宝を求めてやってくる。人形たちは苦労せずとも血の補給にありつけた。
が、恐ろしい吸血鬼という人間の想像力を刺激するような噂もまた広まるのが早く、そうなると憎たらしい仇敵・『しろがね』が必ずと言っていいほどに現れる。ある時とうとう、【外食中】の自動人形と『しろがね』が森の中で対峙した。自動人形と人形破壊者が向かい合えばどちらかがこの世から消滅するまで戦うのが常だったから、両者は己の存在を賭けて熾烈に戦った。多勢に無勢だった、しかし勝利を手にしたのは無勢の人形破壊者だった。その『しろがね』が誰なのかはもはや分からないが、余程の熟練の者だったことは間違いない。自動人形は全てマリオネットに破壊され、鍾乳洞の暗闇にバラバラと落ちていった。エドワードの祖父が見たのはまさにこの場面なのだろう。
『しろがね』は破壊の手応えを感じていたからそれ以上深追いをすることはなく去っていった。
しかし、『しろがね』の思惑と外れ、ただ一体、完全に停止しなかったものがいた。
その自動人形は動かなくなった仲間の使えそうなパーツを時間をかけて自分に繋ぎ合わせ、機能しなくなった自分の身体を補完することに成功した。



我々の全部が停止したら、フランシーヌ様のお世話をするものがいなくなってしまう。

それはいけない。

それはいけない。

私は何とかして動けるようにならないといけない。

例え動かない彫像でもこれはフランシーヌ様。

例えお言葉のないレプリカでもこれは私の主。

私がお世話をしなければ。

フランシーヌ様は私の手を待ってらっしゃる。

お世話をさせてください、フランシーヌ様。

敬愛しているのです、フランシーヌ様。



それはおそらく執念というものだろう。
そこにあったのは無垢なる献身。
レプリカであっても自動人形にとっては恐れ多いフランシーヌ人形の写し身を仲間が必ず救い出しにくることを信じ、その日までたった一体でも、何が何でもこの彫像を守ることが彼女の使命となった。
それまでは壊れることなどできない。今にも止まりそうなカラダを騙し騙し動かしている。
彼女の歯車はいつ止まってもおかしくはない、もう滑らかには回らない。錆びて、腐って、断線して、一秒毎に全身から己が朽ちていく音がする。
けれど、彼女はまだ動き続ける。
いつか迎えが来て、本物のフランシーヌ人形に
「大儀でした、ご苦労」
と声をかけてもらうその日を夢見て彼女は動き続ける。



「『しろがね』…おま…えは私を壊し…に来…のだな」
自動人形は男のことを何度も『しろがね』と呼んだ。男もそれを受け入れているのでクラリッサはそれが男の名前なのかと思った。でもどうして、今会ったばかりの男の名前をこの化け物が知っているのだろう?化け物は一番最初に「久しい」と言った。クラリッサは何が何だか分からなくなってしまった。
男と人形の会話は続く。
「そうだ。おまえは人間を殺しすぎた。このままにしといたらおまえは動く限り人間を襲うだろう。オレが来たからにゃあおまえには壊れてもらう。…それにな、未練をなくしてやらぁ。おまえが大事に想うフランシーヌ人形はもうこの世にはいねぇ」
人形は黙って揺れている。
「おまえの存在意義はもうねぇんだよ」
「『し…がね』の冗談は本…当につまらぬ」
人形の作られた声色には明らかに男(もしくは『しろがね』への)侮蔑が見えた。
「冗談じゃねぇよ。それにもう、自動人形もおまえしか存在しねぇんだ」
男も一発で自動人形がフランシーヌ人形消滅の事実を受け入れるとは思ってもいない。何度言ったって信じるわけがないことも分かっている。でも、それでも繰り返す。
それが事実だからだ。
「嘘だ」
「嘘じゃねぇ。【真夜中のサーカス】は壊滅した。自動人形はどこにもいねぇ」
「『しろが…ね』が勝っ…とでも」
「相打ちさ。『しろがね』の全滅だ。生き残ってんのはオレを含めた3人しかいねぇ」
「嘘だ。フランシーヌ様がいな…なる筈はない。仲間は…必…ず迎えに来…」
「フランシーヌ人形は消滅した。どこにもいない」
「嘘を言…うな!」
どうあっても「嘘」を認めようとしない男に自動人形の苛立ちは膨れ、限界を超えた。ふたつの菫色の燐光がぼうっと燃え上がったかと思った次の瞬間、ざばあっ、と水中から長い人形の腕が持ち上がった。鋏状の腕の先が思ったよりも男たちの近くに出現したので、男はクラリッサたちを抱えて後ろに跳び退った。それでも尚、人形の腕は迫る。



「ち、破れ傘みてぇなナリして素早ぇな!」
男の鼻先で切れ味の悪そうな鋏が鈍く光り、ガチリ、と鳴った。超多関節の腕が蛇のようにのたくる。見た目はオモチャのマジックマンドのようだが、これは三次元方向にも自由自在に動くのだ。その腕の突端に大きくて分厚い剣呑な鋏がついている。見るからに、鋭利に切る、のではなく、鈍重に押し潰す鋏だ。
「けッ、どんだけなげー腕なんだよッ!」
男は子どもたちを背後に押し出すと人形の腕を掴み、捻じ切ろうと試みる。かつての左腕についていたギミックがあればこんなものはあっという間に一刀両断できただろうが、今はもうない。男は右腕に非人間的な力を込め、左腕には気を溜めた。硬い、が、いける。長いこと水に侵されていた人形は腐り、もろくなっている。問題はこの長い腕が蛇のように男に巻き付き、絞め殺そうとしていることだ。身動きがとれなくなったところを、あの如何にも切れ味の鈍そうな鋏で首を捩じ切られるのは勘弁願いたい。
「おまえたち、来た方に向かって走れッ!ここからできるだけ離れろ!」
男は子どもたちに発破をかける。
「分かっ…や、こっちにも!」
男の言葉を受けてこの場から離れようとするクラリッサとエドワードの前にも別の腕が立ち塞がった。こっちの腕も長い。蛇腹のゴムホースのようだ。古い人形はどうしてか、腕が伸びる連中が多いと男は思った。この腕は途中で折れ、手首があらぬ方向を向いてぶら下がっていた。男は格闘している腕をバキリと圧し折ると、クラリッサたちを襲おうとする2本目の腕に飛びついた。
「今度こそ離れろ!」
男が叫んだとき、2本目の腕が火を噴いた。熱さを感じるのと同時にクラリッサはエドワードもろとも男に蹴っ飛ばされ、跳ね飛ばされた。かなり手荒いが男がふたりを炎から遠ざけてくれたのは理解した。紅蓮の炎が日の光が薄くしか差さない鍾乳洞をまるで真昼のように照らし出す。暗さに慣れたクラリッサたちは眩しさに目を焼かれ、視力を一時奪われる。
「お兄ちゃん?!」
「ちょ、大丈夫?!」



ようやく目を開けたふたりは男がまだ自動人形の腕に食らいついて、火炎放射器が自分たちに向かないように踏ん張っているのが分かった。男のシャツは焼け焦げてところどころが燃え落ちている。
「おまえたち!水の中を転がって全身濡れ鼠にしとけよ!」
戦いながら、男はそう叫んだ。ほんの少し、クラリッサたちに顔を向けた男の頭部を火炎が襲う。男は動物並みの反射神経で身体を沈め、かわした。クラリッサはヒヤヒヤさせられたが男は無事だった。
ただ、熱を受けた男の黒髪の半分がバラバラと音を立てて、マジックのように見る見る間に、銀色に変わっていったのだった。



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