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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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Capter.8



翌日、鍾乳洞を進むにつれ男の口数は見るからに減っていった。昨日まではクラリッサたちの気を紛らわせるために何やかやと話しかけていたのに、会話が途切れがちになる。「そんなくだらない話、いい加減にしてよね!」と何度もクラリッサに叱られてもエドワードがお腹を抱えて笑ってしまうような話や、思わずクラリッサまでが聞き込んでしまうようなサーカスや旅の話等を明るく楽しく話してくれていたのだ。
けれどその男がだんだんとピリピリとし始めていた。まるで、狩りに挑む猛獣のようだとふたりは思った。ただでさえ鋭い瞳が険しくつり上がっている。男は子どもたちには分からない何かを捉え、神経を研ぎ澄ましているのだ。
男の捉えるモノ、それはこの鍾乳洞を根城にする噂の吸血人形。
だからクラリッサもエドワードも男のピリピリが伝染し、黙っていた。微かな物音も聞き逃すまいと耳を澄ます。
でもクラリッサは男の様子が変わったのはその化け物のせいであるとは思いながらも、昨夜の話の最後に自分が言った余計なことが男を怒らせているような気がして何とも落ち着かない気持ちで一杯だった。自分と口を利きたくないから男は気配に集中しているフリをしているのではないか、と考えていた。クラリッサは振り返らない男の後姿をじっと見た。
男はこれまでクラリッサがどんなキツイことを言っても穏やかだった。笑っていた。けれど、そんな男にも気分を害する話題はあったのだ。





「ねぇ…あなたの奥さんってヒト…あなたのこと知ってるの?その…あなたの『特異体質』について」
自分たちを追いかけてきている『助け』が男の妻であることが判明した後、クラリッサは素朴な疑問をぶつけてみた。男は19歳で妻帯者だと言う。普通の男であっても、狭い世界で結婚相手を見つけるクラリッサたちが住む田舎町でも結婚するには早い年齢だ。
百歩譲って人間的に魅力的な人物であったとしても、まるで物語に出てくる吸血鬼のように殺しても死なないような男と結婚できるその女性もまた不思議な生き物のように思われたのだ。もしも自分だったら、化け物のような体質の男を伴侶に選んだことを両親が知ったら果たしてどんな顔をされるのだろうか、そんなことを考えて身震いをしてしまった。
また、男の体質を知らないで結婚したのであれば、その女性がひどく気の毒だと思うのだ。そうだとしたら騙されていると言っても過言ではない。自分の夫が常人ぶって、そんな大事なことを黙って結婚したのだとしたら、自分だったら許せないかもしれない。
どういう繋がりでふたりが伴侶になったのか、とても知りたいと思った。
「知ってるよ。つーか、オレの同類だからさ」
クラリッサの真意を知る由もなく普通の世間話に応じるように、男は柔らかく笑いながらそう言った。



一方、クラリッサは「なるほど」、と合点がいく。同類であれば相手が『変わっている』ことが気になる筈もない。確かに、人の生き血を吸うモンスターが巣食うと言われる、そうでなくとも真っ暗で不気味なこの鍾乳洞を一人でやってくる女など、まともな神経をしているとは到底思えない。クラリッサはエドワードが行方不明だから恐怖心を振り切って鍾乳洞の入り口までは頑張って来たものの、幾ら大事な弟のためとはいえ、こんな奥まで単独で来られるか、と言われればNOだ。
ライトの灯りをいとも簡単に吸い込む真の暗闇。クラリッサの腕にはびっしりと鳥肌が立つ。
クラリッサは男の筋肉隆々な山のような体躯を改めて見遣り、「奥さんって人は彼と似たようなタイプ、マッチョ女に違いない」と納得した。脳裏にアメリカンコミックスにありがちな、やたらと真っ白な歯を光らせた笑顔の眩しい(もちろん笑い声は「HAHAHA!」で)、乳というよりは【大胸筋】の呼び名の方がしっくりきそうなバストの大味東洋美人が浮かぶ。
似た者夫婦、っていうものね。この人の奥さんはきっと、長身で腹筋もバキバキに割れているボディビルダーみたいな女に違いないわ。食事はプロテイン、夫婦揃って趣味は筋トレ。このヒト、自分の奥さんを【絶世の美人】、【天使】、【女神】と褒めちぎってたけど、私の美的価値観とは大きくかけ離れているに違いないわ。東洋人の趣味は分からないもの。それに蓼食う虫も好き好きって言うし……絶対に欲目よね。そんな奥さんの胸と私の胸、一緒にしないで欲しいわ。まるで違うもの、そりゃあ私の胸なんか物足りないわよねぇ。
エマージェンシーシートの中で自分の胸を触ってみる。大きい、と言ったらそれは見栄になるけれどそれほど小さい方でもない。クラリッサは先だって胸が小ぶりだなんだと男にからかわれ、プライドを傷つけられたことを思い出し、ふふん、と冷笑をした。



クラリッサは男には何を言っても大丈夫だと思っていた。何を言っても、時に困ったように笑って流してくれる男だったから。だから今回もこれまで通り、そのとき思ったことをそのまま素直に言葉にした。
「ふうん。奥さんも人間離れしてるんだ。要は【人間】、じゃないのね」
男の顔から瞬く間に笑顔が消え、その真顔はスッと暗闇に引っ込んだ。男はなかなか返事をしなかった。クラリッサは「図星なのね」と気楽に考えていた。けれどそれが失言だったのだと、クラリッサが気づくのに然程時間はかからなかった。
「オレは自分が人間離れしてるだの、人間じゃねぇだのといくら言われても痛くも痒くもねぇ」
さっきクラリッサが男を人形呼ばわりしたときには男の返事は硬く強張っていた。けれど今回の男の声には明らかに憤慨の色が滲んでいて、男はそれをできるだけ押さえ込んではいたが、クラリッサは全身から冷たい汗が流れるくらいのプレッシャーを受けた。即座に自分が男の逆鱗に触れてしまったことを悟った。
「あ…」
「けど、あいつが他人からそういう風に言われるのは、そういう目で見られるのは、意外と面白くねぇもんだな。初めて知ったぜ…」



男は歯噛みをしていた。自分もかつて、彼女を人間扱いしてなかった事実を弥が上にも思い出したのだ。あの時の、あの悲しそうな表情を忘れることなど死んでもないだろう。あんな顔をさせたのは紛れもない自分自身、そんな自分が許せない。
もうあいつにはあんな悲しい思いは絶対にさせねぇ。あいつへのどんな悪感情からもオレが盾になってやる。
それから男は最愛の女の他にも、もう今はこの世にいない【同類】の顔を数多思い出していた。彼らに対して自分が最初抱いていた感情を、クラリッサの言葉の中に見つけていた。自分が如何に無知であったか、自分が如何に青かったか、考えると胸が痛くなる。彼らにはもう謝ることができないのだ。
男はもうどうしようもなく苦しくなって、自分の腿に爪を深く食い込ませて感情の爆発を堪えた。
「ご、ごめんなさい」
クラリッサは謝った。こんなにも親身になってくれる男にどうしてこんなにも酷いことを言ってしまうのだろう?確かにこの得体の知れなさから過剰に自己防衛をしていることは認める。でもだからと言って、言っていいことと悪いことはあったのだ。クラリッサは自分はとんでもなく矮小な人間に感じられて居た堪れなくなった。
「あの」
「いいよ、もう。おやすみ」
男はクラリッサの謝罪に短く答え、そして会話はブツリと途切れた。





ブツリと途切れた会話のまま、今に至る。クラリッサは朝から男とはまともな話をしていないのだ。男はエドワードとはこれまで通りににこやかに会話している。でも、クラリッサは話かけづらい。男もクラリッサに話しかけてくることはなかった。
あの後、クラリッサは考えた。
男だってあんな体質になりたくてなったのではなかったのだろう。どこまで本当のことかは分からないけれど、男は不治の病を治すための薬を飲んだからこんな身体になった、と言っていた。言うなれば薬の副作用。薬を飲まなければ死、薬を飲めば生、けれど【人間】としての死。究極の選択。そしてそれは彼の妻も同じなのだろう。普通の人間として生きること、そんな当たり前のことすら彼らはできない。普通の人間に混じることができない。
自分がどんなに酷いことを言ったのかを考えるだけでもやりきれない。もう一度、男に謝らなければ気が済まない。
クラリッサはきゅっと唇を噛んで、意を決して男に声をかけた。
「あ、あのっ!」
「おまえたち、オレから離れるな…オレの後ろに固まってろ」
男の緊迫した声に、クラリッサの言葉は引っ込んでしまった。子どもたちの心臓はぎゅっと縮み上がり、咄嗟に男の服の背中にしがみつく。男は両手を広げ、クラリッサたちを背中に隠し庇うようにしながらゆっくりと進んだ。
緩やかな右カーブが開けるとそこに驚くくらいに大きな空洞が現れた。3人はその入り口で足を止める。これまでずっと閉塞感漂う細くて天井も低い場所を歩いてきたクラリッサとエドワードはいきなりの、そして呆然とするくらいの開放感を覚えた。踝まで浸るくらいの透明の水がサラサラと流れる、3人が落ちてきた空洞よりもずっとはるかに大きな広場。薄くなった天辺は大きく口を開けていて、森の木々が腕を伸ばしここを太陽から隠している。梢越しに幾筋も斜めに差し込む日の光で薄明るい空間は何とも言えぬ荘厳な雰囲気が漂っていた。
荘厳な雰囲気。
それは広場の真ん中から自分たちを見下ろす大きな彫像のせいではないかとクラリッサもエドワードも思った。



どうしてそこに存在するのかがまるで分からない。
いつから存在するのかも分からない。
遠目に見ても身震いするほどに美しい顔をした女神像。
いや、天使の像かもしれない。
何故ならそれの背中には大きな白い翼が生えていた。



吸血人形が棲むために誰も足を踏み入れたがらない鍾乳洞の奥に、見上げるほどに大きく、そして言葉をなくす程に美しい天使像。こんなところにありながら石灰水の影響をまるで受けてはおらず、誰かの細やかな手入れが入っていることは明らかで真っ白なその姿には全く隅がない。威風堂々とした気高さすら感じる。
男は身じろぎもせず、じっ、と立ち竦んだ。
「ねぇ、あの像は何?どうしてこんなところに…」
クラリッサが恐々と訊ねると、男は
「これは【フランシーヌ様】の像、さ」
とボソリと答えた。
「フランシーヌ?誰?」
「昨日の話の?あれっておとぎ話なんじゃ…」
クラリッサとエドワードは更なる疑問を男にぶつけたくてその顔を覗き込んだ。男はとても苦々しい顔で美しい彫像を睨んでいる。男はふたりが自分を観察していることに無頓着で、目元に深い皺を刻むとただ一言、
「やっぱり嫌になるくれぇ似てやがるぜ…」
と呟いた。



「似てる、って誰に…?」
クラリッサがそう口にしたとき、
「おおい!そこにいるのは分かってんだよ!隠れてたって無駄だ!出て来いよ!」
男が突然、大声で叫んだ。男の咆哮はドーム内でわんわんと反響し、ふたりを飛び上がらせた。
「な、何呼んでるのよ?」
「何って決まってんだろ」
男の瞳が爛々と燃え、口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「人間の血を吸う化け物さ」
男が吐き捨てるように言ったそのとき、ざばあん、と大きな水音が上がり、クラリッサとエドワードはびくりと大きく身を震わせ男の背中に張り付いた。フランシーヌ人形の像の土台近くに何か異形なモノが出現したからだ。荘厳な雰囲気は一気に打ち破られ、化け物の腸の中に閉じ込められた心地になる。呼吸は乱れ、ガクガクと足が震える。
ふたりは大きな男の身体越しに戦々恐々と目だけ出して覗き見た。
「ひっ!」
見てはならないものを見てしまった、と思った。
そこにはボタボタと水滴を滴らせて、化け物が、立っていた。



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