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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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Capter.7



結局、その日は化け物に遭遇することはなかった。
男は鍾乳洞に日が差し込まなくなるとすぐに「今日はここまでにしよう」と言って適当なところで腰を落ち着けた。男の用意した簡単な食事を済ませて、前日と同じように服を脱いでエマージェンシーシートにクラリッサとエドワードは包まり横になる。
ずっと足場の悪い洞窟を歩き詰めで身体はクタクタで、いつ現れるとも知れない化け物への恐怖と緊張で精神衰弱も激しい。エドワードは今にも上下の瞼が既にくっついてしまいそうだ。細い視界に鼻歌交じりに食事の後片付けをしている男の姿が映る。
「元気だね、お兄ちゃん…」
エドワードがトロトロと不鮮明な声を出す。
「まあな。オレはタフが売りだからな」
男の明るい口調にエドワードの表情が緩むが早いか、く    と眠りの淵に落ちていった。
「エドは寝ちまったか」
口を半開きにしたまま動かなくなったエドワードを見て男が温かい笑顔を見せた。そしてその隣のクラリッサが物言いたげな瞳で自分を射るように見ていることに気づく。
「何だよ?」
後片付けの終わった男はエドワードの服を掴むと、今朝方説明をした【簡易赤外線ヒーター】を取り出してその上に広げ、かざしながらクラリッサの問いに答える姿勢を示した。
「エドが寝付くまで訊くのを我慢してたんだけど。あなたは昨日の夜、『明日中には化け物と遭遇する』って言ったわよね?でも、会わなかった。どうして?本当に、私たちは出口に向かっているの?私たちはあなたについて行くしかないから…不安なのよ」
クラリッサは強い瞳で男を睨む。
「それに、あなたが言う『助け』がちっとも追いついてこないじゃない?本当にそんな人、いるの?」
「相変わらず矢継ぎ早に色々訊いてくれるなぁ」
男はランタンの明るさを絞ると昨日と同じ、バックパックの隣に腰を下ろす。クラリッサからは男の顔が暗闇に沈む。
「オレってそんなに信用ねぇか?」
「その通りよ。私、頭からあなたを信用する気にはどうしてもなれないわ」



とても明るくやさしく面倒見のいい、けれど得体の知れない人間離れした男。男の温かさに救われているのは事実。けれど所詮は余所者、昨日知り合ったばかりなのだ。羊の皮を被った狼ではないとどうして言い切れる?男の人間臭さに誤魔化されて、自分たちは騙されているのかもしれない。狼は甘言を用いて獲物を油断させる生き物だ。
「オレがおまえたちを騙している、とでも?」
男はクラリッサの心を覗いたかのようだ。そしてクラリッサに容赦のない疑念の瞳に困惑の笑みをこぼした。
「そうね」
クラリッサは抑揚なく短く答えた。
「じゃあ、オレは何のためにおまえたちを騙してるんだ?」
「あなたはここに棲む吸血人形の仲間なんじゃないの?仲間のところまで【哀れな獲物】を引率していくのがあなたの役目なの。あなたも……意外と人形だったりしてね。人間にそっくりな、とても精巧にできた自動人形」
「……」
男は黙り込んだ。幾ら待っても男が口を開く様子がなかったのでクラリッサが言葉を続ける。
「頑丈だし、飲み食いの必要はないし…人間離れしているのも人間じゃないなら納得がいくもの」
「オレもそれは否定してないだろ?自分が人間かどうかと訊かれれば人間じゃないってよ」
男の声は硬かった。暗闇から男のついた大きな吐息が聞こえた。



「さっき、どうして今日中に化け物に出くわさなかったか、って訊いたな。まずはそれに答えようか?」
男は、自分とクラリッサたちとの間に置いたヒーターの上の服をひっくり返し、それが終わるとまた定位置に戻った。
「オレは今日のうちにかなりの距離を進めるだろうと読んでいた。実際かなり進んだよ。進む、ということは化け物に近づく、ということだ。近づけば近づいただけ、化け物の方もこっちの物音や気配を感知してその【哀れな獲物】が迷い込んだことを知る確率が高くなる。そうなれば向こうの方からオレたちの方にやってくるだろうと思ってたんだ」
「それが…?」
「それがどういう訳か知らんがやってこなかった」
「いないんじゃないの?最初から、そんな化け物なんて」
クラリッサは半分希望をこめて言う。化け物がいるなんて信じてはないけれど、こうも纏わり尽くような暗闇に長時間浸されていると、裏づけのない恐怖が心を蝕んでいく。信じてなかったはずなのに、本当に存在しているといつの間にか信じそうな自分がいるのだ。だが、男は無情にも
「いや、いるにはいる」
と言った。嘘をついても誤魔化しても仕方がないからだ。
「確かに化け物の気配がする。さすがに向こうもオレたちの存在は掴んでるはずだ。けれど昨日から場所をちっとも移動してないようなんだ」
「どういうこと?」
「考えられることは幾つかある。その中で最も有効そうなのは、何らかの理由でその化け物には長距離を移動する手段がない可能性だ。エドが言っていたな、銀髪のヤツがマリオネットを使って人形を壊したのを爺さんが見たってよ。人形はけっこう派手に壊れて鍾乳洞に落っこちたから、銀色のそいつは深追いすることをしなかったんだろうな。もう動けない筈だと踏んでよ。だが、その目測は外れた。壊したと思った人形は完全停止までには至らなかったんだろ。だが“あの”人形が動けないってんなら移動機能は息の根を止められているんだと思う」
「本当に…異様に詳しいわね。知り合いのことを話しているみたい」
クラリッサは自分が話している相手が本当に血の通う人間なのかどうか、見極められなくなっていた。男は構わずに淡々と話を進める。
「他には、効果的な罠がこの鍾乳洞のどこかに仕掛けられてあるのでわざわざ捕まえにやってくる必要がないのかもしれない、今は満腹状態なので人間の血を必要としていない又は、向こうが“オレの”存在に警戒しているか…もしくはそのどれかが複合的に組み合わさっているか」
「罠…満腹…」
クラリッサはその言葉の持つ剣呑さに身震いをした。



「あいつらは救いようもなく愚かだが、小賢しいからな」
「ね、さっきも言ったけど、何でそんなに詳しいの?」
クラリッサはエマージェンシーシートの中で腕に立った鳥肌を擦った。男はどこか遠い声で返事をする。
「嫌、と言うくらいにその化け物の仲間と戦ったことがあるからさ」
「人の血を吸う人形と?嫌と言うくらい?」
ありえないわ、嘘ばっかり。クラリッサは馬鹿馬鹿しいと頭を振った。
「ま、信じてくれなくてもいいんだ、こんな話。荒唐無稽にも程があるってオレも自分で思うからさ」
「そんなものがどこからか沸いて出たとでも?」
「さっきオレのことを【自動人形】か、って言ってたじゃねぇか?オレが人形なんだとしたら不思議でもなんでもないだろ?」
「それはモノの例えよ。私はここにいるって言われている吸血人形のことだって本当は信じてないんだから」
男は小さく笑ったようだった。その笑い方が自分を子ども扱いしているもののように感じられてクラリッサの癪に障った。
「もういいわ!私、寝るから!明日は何としてもここを脱出してやるんだから!」
「お子様の寝かしつけのおとぎ話でもしてやろうか?」
「何よ!いいわよ、そんなの!いらない!」
男に「お子様」呼ばわりされたことが更に癇に障る。
「まぁ、いいからさ。オレの独り言と思ってくれりゃあいい」
男は静かに、低くて深い声で遠い昔の、とある錬金術師とその男が作った人形の話を話し始めた。



200年以上も前の異国で、恋した女を失った錬金術師は狂気の果てに一体の人形を造った。その人形は錬金術師の愛した女に生き写し、まるで生きているかのような等身大の、それはそれは美しい人形だった。そして魔法の薬を与えられて、人形に命が吹き込まれた。人間のように呼吸をし、淑女のように振る舞い、自分で考えて動き話す、自動人形。まるで人間のようなその人形の名は
「フランシーヌ」
男の声は低すぎて聞き取るのが難しいくらいだった。男が何の感情をこめてその名を呼んだのか、クラリッサにはよく分からなかった。とても複雑な色を感じた。
フランシーヌ人形は完璧だったが、唯一、笑うことができなかった。錬金術師が愛した女はとても素晴らしい笑顔で笑う女だった。錬金術師は笑えない人形はやはり自分の愛した女ではないと言い、人形を捨てた。人形は主に捨てられ絶望したが、「自分が笑えるようになったら主は自分の元に帰ってきてくれるかもしれない」と思い、自分と同じ自動人形をたくさん作り、笑う方法を探す旅に出た。フランシーヌ人形に率いられた自動人形の一団を人は
「真夜中のサーカスと言った」
男の声は昏い。
「その錬金術師は人間に苦痛を与えれば笑えると、フランシーヌ人形に教えた」
「どうしてそんなことを教えたの?」
「人形のモデルになった錬金術師の愛したフランシーヌ、彼女が死んだのは彼女にやさしくしなかった人間たちの責任だって思ったのさ…錬金術師本人は、そんな人間が苦しむ様を見て笑えたから、フランシーヌ人形も笑えると考えた。…フランシーヌから笑顔を奪ったのは自分自身だということにあいつが気づくことはおそらくなかったんだ…」
男はまた、知り合いのことを話しているかのように語る。クラリッサはもう、そのことを指摘するのは止めた。キリがないような気がしたのだ。



「フランシーヌ人形はその教えに忠実に、人間に死と病の贈り物をばら撒きながら世界中、サーカスのパレードをして回った。そうした先に自分が笑う方法があると信じて。自分を造った錬金術師を求めてな…」
男はまた、溜め息をついた。
「フランシーヌ人形は笑う方法を見つけたの?その主に、会うことはできたの?」
「フランシーヌ人形が主に再会することはなかった。彼女が最期に笑えたかどうかは、誰も知らない」
「最期…ってフランシーヌ人形はいなくなったの?」
「今はもう、フランシーヌ人形も、彼女が率いた真夜中のサーカスも消えた。オレが聞いたところによると、フランシーヌ人形は最期に人間の赤ん坊を守って消えていったそうだから……きっと、人間になれたんじゃねぇかって思う……今ならな」
おとぎ話、にしてはとてもリアルな語り口だった。何もかもが実際にあった出来事のような臨場感があった。男の言った通り、荒唐無稽な話だったのに。
男はまたヒーターに手を伸ばして違う服をかざす。男の顔は長い髪に邪魔されてどんな表情をしているのか、クラリッサには分からなかった。



「あ、言い忘れてたの思い出した。おまえはもうひとつ質問してたな。『助け』、なんだが」
男が顔を上げたので、クラリッサと目が合った。さっきまでの寝物語をしていたときとは違い、これまで通りの軽い声で、顔つきも見慣れた男のもので、でも何だか久し振りな気がした。
「オレも正直、こんなに来るのが遅いのはおかしいと思ってる。予定ではおまえたちとここに落っこちる前に合流してもよかったくらいなのによ?まるっと一昼夜かかっても追いつかねぇってことは向こうは向こうで何かトラブルにあっていると考えた方がいいかもしれん」
「私たちが鍾乳洞に落ちた場所が分からないんじゃないの?それに目印をあんなに間隔開けてつけるから」
「オレもそいつも鍾乳洞に潜るのがここでの目的だからな、オレと連絡が取れないなら取れないなりに何かがあったと判断して動くだろうし…飛行機が遅れたのか、とも思ったがそれ以外の足止めを絶対にどこかで食っているはずだ。それから目印なら大丈夫、充分すぎるくらいの間隔だぜ?」
「もしかしたら私たちの向かっている出口から入って、化け物にぶつかってやられちゃったんじゃないの?」
クラリッサは新たな思い付きを口にしてみた。
「だから追いつかないし、化け物も動かない……さっきあなたも言ってたでしょ?満腹だから化け物が動かないのかもって。そのヒトの血を吸ってお腹がいっぱいで、私たちに見向きもしてないのだと…か?」



驚いた。クラリッサの言葉を受けて男が作った表情があまりにも奇妙だったからだ。衝撃とも焦燥とも懸念とも心配ともつかない感情が表情筋を支配して、瞳を虚ろなくらいに見開かせていた。男はしばらく固まっていたがそのうちに小さく頭を振って
「いや…いや、それはない、大丈夫。あいつはやられてない」
と口元に安堵の笑みを浮かべた。
「どうしてそんなことが言えるのよ」
「出口の方角から微かに風が吹いてくるけど…あいつの血の匂いはしないから」
「匂い、って…そんなことまで分かるの?」
「分かるさ、あいつのことなら。あいつが血を流していたらすぐに分かる」
「もしかして『助け』に来るヒトって…あなたの奥さん?」
「そうだよ」
男はにっこりと笑った。それはクラリッサがこれまで見た男の笑顔の中で一番輝いていて、一番幸せそうなものだった。思わずクラリッサの胸がドキリと音を立てるくらいに清清しいものだった。



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postscript
例えばイリノイの子どもたちのように実際に真夜中のサーカスに襲われてゾナハ病に罹患したりして、人知を超えた存在からの被害を被った経験のある者ならば、『しろがね』という存在もまた抵抗なく受け入れられると思うんです。けれど、ただ普通の生活をしてきた人間にとっては『しろがね』こそが【得体のしれない存在】になりかねないのではないかな、と。だからこそ、『しろがね』は人間と距離を置いてきた歴史があり、『一瞬のからくりサーカス』で両手を座席に杭で留められても痛みを表さず平然とした表情を崩さないルシールに対して乗客が見せた反応、人間から見た『しろがね』ってのはアレに尽きると思うんです。
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