忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




Capter.6



クラリッサが目覚めると鍾乳洞の外には太陽が昇っていることがすぐに分かった。天井にはところどころに裂け目や穴があって、そこから日光が白い斜めの線になってクラリッサたちのいる底まで射し込んでいたからだ。正確な時間は分からないけれど斜角から見てけっこう日は高くなっているようだ。心身ともにあまりにも草臥れてしまったがために起きることができなかったのだろう。エドワードはまだ隣で無防備にヨダレを垂らしながら寝ていた。
男はいなかった。
置いていかれたのか、とクラリッサは慌てて跳ね起き辺りを見回したが男のバックパックはそのまま残されていたので、帰ってくるつもりで留守にしているだろうとは思ったが念のため、バックパックの中にペイント弾があるか確かめることにした。クラリッサはそうっとシートの間から滑り出ると男のバックパックを開けてみた。ペイント弾は入ったままになっていた。
「これがないと先には進めないわけだから…」
クラリッサはホッと安堵の息をつく。
「何のサービスだ、そのカッコは」
背後からの声に自分の姿を見下ろしてクラリッサは「ぎゃーッ!」と悲鳴を上げる。
「何?朝?」
姉の大声で目覚めたエドワードは寝ぼけ眼を擦っている。
「おいおい、おまえの声を聞きつけて吸血人形が寄ってくっぞ」
わざとらしく両耳を押さえてみせる男の言葉にクラリッサは口を押さえたが手で隠す場所はむしろそこではないことに思い至り、
「ちょっと!こっち見ないでよッ!」
とさっきよりは幾らか控え目な声で男を牽制した。
「へえへえ。後ろ向いてっから着るモン着ろよ」
男はすんなりとクラリッサに背中を向けた。見られたら見られたで腹が立つけれど、興味がないと言われたら言われたでそれはそれで腹が立つ。男は実際、言葉通りクラリッサを一人前の女として見ている様子はまるで感じられない。
私は村ではけっこうモテるんだから!けっこう付き合ってくれ、って言う男は多いんだから!
「姉ちゃん、どうして僕パンツだけなんだっけ?」
「うるっさいわね!寝ぼけてないでさっさと服を着なさい」
男の言動のせいでクラリッサのプライドが傷つけられていることに気がつかないエドワードは、どうして叱られるのかが分からず首を捻りながら自分の服を手に取る。



「服が濡れたままだよねえ」
昨夜服を濡らしたことを思い出す。エドワードは濡れた服が肌に張り付く不快感を想像して思わず身震いをした。
「どうせまた濡れるわよ!」
「姉ちゃん、さっきから何を怒ってるの?」
「うっさい!」
ふたりは自分の服を広げ、それが思ったよりも濡れてないことに気づき驚いた。どことなく生乾きではあるものの昨夜脱いだときのぐっしょり感がない。
「あの…これ…」
クラリッサが男の背中におずおずと訊ねた。
「ああ、それな。おまえさんたちが脱いだ後にな、そこので乾かしてみたんだ」
男が顎をしゃくった先にあるバックパックの上に小さな器具が無造作に投げてあった。
「何、アレ?」
「簡易赤外線ヒーター。あれを貸してやりゃあもっと温く過ごせるってことは分かってたんだが、服を乾かすのに使いたかったし、バッテリーにも限度があるからな…すまなかった」
男はどうしてか謝る。
「火でも焚けりゃあもっと乾いたんだろうが、こんなところにゃ薪なんてねぇし。こんなのしかなくてさ。時間はねぇし枚数はあるしで最大出力でも半乾きで…」
「ううん、おじちゃんありがとう」
エドワードの笑顔に男も笑顔を返す。クラリッサは黙って服に袖を通した。



「それはそうと。よーし。メシができたぞー。早く服着ろー」
「わーい。僕ペコペコだよ、おじちゃん」
ふたりが慌しく身支度を整えると、男はふたりがいるエマージェンシーシートまで皿をふたつ運んできた。香ばしい香りが空っぽの胃袋を刺激する。
「朝メシはレトルトのカレーだ。最低限で食いつながにゃならんから姉弟でワンパックを仲良く半分こな」
「うん!」
「…あなたはまた自分は食べないつもり?」
皿を受け取りながらクラリッサが言う。
「言っただろ?オレはしばらく食わんでも平気なんだよ」
男は「何もエドの前で言わんでも」とクラリッサに目配せをする。
「おじちゃん、食べてないの?」
「オレは多少飲まず食わずでも平気な特異体質なんだよ」
カレーを掻き込むスプーンを持つ手を止めて、エドが心配そうに男の顔を見上げてくるので、男は「平気平気」とエドの頭を乱暴なくらいにわしゃわしゃと掻き混ぜた。
「だけどおまえたちはそうはいかねぇだろ?オレの食料はホントに予備に持ってきただけの極僅かなんだ。それを大事に食うためにゃあ、オレが食うわけにはいかんのよ」
「でも」
「気にすんな。冗談抜きでマジで平気なんだから」
エドワードは皿とスプーンを下に置くと、自分のジーンズの尻ポケットの中から食べかけのチョコレートの小箱を取り出した。
「おじちゃん、これあげるよ。あんまり残ってないし、もしかしたら溶けてるかもしれないけど…」
「さんきゅ。ありがたくちょうだいするよ」
男は手の平にチョコレートを取り出すとそれをパクリと口に入れた。
「オレは甘党なんだ。元気が出たよ、ありがとな」
男はにこやかに笑うとエドワードの頭に大きな手の平を載せた。エドも嬉しそうにエヘヘと笑った。クラリッサは何にもないと知っていながらも自分のジーンズの尻のポケットを撫でてみた。この男に何かをしてあげたいのに何もできない自分が何だか嫌だった。この男に何かしてやりたいと思う自分も、同じくらい何だか嫌だった。



朝食を終えて、また3人は歩き出した。
今度は水中行軍というわけでもなく、天井の隙間から光がところどころに漏れていることもあり多少の視界もある。だから昨夜とは比較にならない程に進みは速かった。ただ一歩踏み出すごとに鍾乳洞に巣食う吸血人形に一歩近づいているという緊張感がクラリッサとエドワードに心労を強いた。
それを理解しているからか、男はこまめに休憩をとってくれた。鍾乳洞は進む程に地上に近くなっていくようで頭上から差し込む明かりが次第に増えてきた。太陽の光はふたりに元気を与えてくれた。
男もあれやこれやと話題を提供してふたりの気を紛らわせた。



「おじちゃんて幾つなの?」
何かの話題の合間にエドワードが訊いた。
「えー…22…いや、19か」
「え?まだ19歳?」
クラリッサが素っ頓狂な声を出した。
「な、なんだよー」
男としては絶対に入るだろうなと思っていたツッコミではあったが、案の定入るとやはり口が尖る。
「19、ってことは姉ちゃんの2個年上?」
「サバ読んでない?東洋人って年齢よりも若く見えるって聞いたことあるんだけど…あなた、どう見ても20代後半か30代…」
「言ってくれるなよ、それを」
それは既に恩人に言われたことだ。自分の外見が周りから“若干”高く思われていることは薄々感じていたことだったけれど、あれ以来はそれが“若干”ではなく“随分”に変更され、内心苦々しく思っている男であった。
「19歳ならおじちゃん、じゃなくてお兄ちゃんだったね。ごめんね、お兄ちゃん」
「いいよ、気にしてねぇから」
男は再度ごめんね、と謝るエドの頭を笑顔でぽんぽんと叩く。そのほのぼのとした空気にクラリッサは茶々を入れる。
「謝ることなんかないわよ。その見た目じゃ仕方ないもの、だって10代に見えないんだから」
「言ってくれるじゃねぇか」
「だってそれで私より2個上?ありえないわよ?サバ読んでるでしょう?」
「おまえらにサバ読んで何の得があんだよ?」
減らず口を叩き合うふたりの会話にエドワードは微笑ましさを覚えてにっこりとした。エドワードは右手で男の手を握り、左手で姉の手を握る。



「ね、姉ちゃんと兄ちゃん、何だか気が合うよね」
「そおかあ?」
「バっ…やめてよね、こんな人と気が合うだなんて」
クラリッサは図らずも耳と顔が熱くなるのを感じた。男が軽く流している弟の言葉に過剰に反応している自分が恥ずかしくて仕方がない。
「だってさ、姉ちゃんがこんなにぽんぽん言い合うなんてさ、初めて見たもん。ね、お兄ちゃん、クリス姉ちゃん、彼女にどう?」
エドワードには邪気がない。
「やめてよっ!」
「そうだなぁ、気の強い女は嫌いじゃねぇ」
「なっ」
肯定とも受け取れる男の返事にクラリッサは思わず真っ赤になって絶句した。しかし、その後に続いた男の
「でも、ま。残念だがオレはもう結婚してるから」
という言葉にもっと絶句させられた。
「えええ?もう?19歳なのに?」
「まあな」



確かに19歳には見えないから結婚しててもおかしくない気はするけれど、でもやっぱり19歳なわけで、自分と大して年齢は変わらないわけで…クラリッサは何と言っていいのか分からずパクパクと口を動かすだけで声にならない。
「どんな人?綺麗な人?」
エドワードは特に疑問にも思わないようで、純粋な好奇心からの質問をする。
「ああ、すげぇ綺麗だよ、絶世の美人てヤツだ」
「は?」
突然のノロケを聞かされて、詰まっていたクラリッサの声が吐き出される。
「ゼッセイの美人、ってどういうこと?どれだけキレイなこと?」
「そうだなぁ…女神様とか天使とか、そんくれぇ綺麗なんだぜ、オレの奥さん」
男は自分の妻を脳裏に思い描いたようで、これまでになくやさしく柔らかい表情になった。そんな男にクラリッサの眉間に皺が寄った。
「ばっかじゃないの?」
「何が?」
「自分の妻をそこまで褒めちぎる男なんていないわよ?天使だの、女神だのって」
「うーん…そう言われてもなぁ」
男はガリガリと頭を掻く。が、すぐに軽い口調で
「まぁ、百聞は一見にしかず、ってことだな。近いうちに会えるだろうから楽しみにしとけよ」
とニヤリと笑った。
「近いうちって何よ?」
男はクラリッサの質問には答えなかった。ただ
「それにしても遅ぇなぁ…オレの守護天使は。何か手違いでもあったのかな…」
と心の中で呟いた。



next





postscript
話の中に出てきた【簡易赤外線ヒーター】、実はアレ、携帯型超小型ハリーのつもりで書いてます(笑)。その4の後書きにも書きましたが、鳴海としろがねが世界中を【事後調査とその対処】をかねて飛び回っているとしたら、彼らが足を運ぶような不便な土地などで万一ゾナハ病が治りきれてない患者を見つけたとしていちいちフウの施設に運ぶよりもハリーで治療して回った方が効率的だな、と思いまして。あんな皮膚に入り込むような覗きカメラを作る技術があるジジイなんだもん、モバイルハリー(赤外線ヒーター機能付)くらい3年もあれば作れるでしょう?
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]