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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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Capter.5



「潰れてなきゃいいんだが…よ…うん、無事無事!」
男はバックパックのポケットに手を突っ込んで何やらを取り出しながら大きく頷いた。
「おじちゃん、何それ」
エドワードがその手元を覗き込む。グローブのように大きな手の平に小さな銀色の丸薬みたいなものが詰まっているビニル袋が載っていた。
「ペイント弾さ。サバイバルゲームで使うBB弾のフウ特製改良版…っつっても分かんねーよな。こうやって使うのよ」
男は小さな丸い弾をひとつ指で弾くと隣の大岩に命中させた。弾はビスッという鈍い音をさせて破裂し蛍光塗料を付着させた。暗闇に蛍光黄緑がボーッと光る。
「あの位置ならオレたちの落ちてきた穴から覗いて見えるだろ」
「それって普通ピストルで撃つものじゃないの?」
「まあな。でもオレ持ってねぇし」
これまでもこれからも、男の武器は己の肉体だけだったから、人を傷つけるのが目的でなくとも銃などというものは持ちたくないのだ。
クラリッサはこの男が限りなく胡散臭く思われて仕方がない。
ピストル並みの初速を出せるっていうの?この男の指ったら?
クラリッサはこれ以上エドワードが男に近づけないよう、その首根っこをぐっと捕まえていた。
「さあ、移動しよう。こうして目印をつけながら歩いていけば通った道かどうか分かるし、助けもオレたちがどっちに向かったのかが分かる」
男はバックパックを背負いながら岩盤を下り、歩き出す。エドもランタンを手に男の後についていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ。足元が暗すぎて歩けないんだから」
「ほれ」
男はクラリッサに予備のペンライトを差し出した。
「オレは夜目が利いてこれくらいの闇は平気だ。使え」
「ありがと…」
クラリッサは遠慮なくペンライトを受け取った。感謝の気持ちよりも何よりも、クラリッサには男の人間離れした感じが気持ち悪くて仕方がなかった。



男を先頭に3人はザバザバと水の道を歩いた。クラリッサもエドワードも足元をライトで照らしていても歩くのが覚束ないのにライトなしのこの男は蹴躓くこともなく、天井から下がるつらら石も道を塞ぐ石柱も日の下を歩いているかのように見事に避けている。エドワードは
「おじちゃんってまるでコウモリみたいだね」
なんてことを無邪気に言っていたけれどクラリッサには薄気味悪くて堪らない。あまりにも常人離れしている。
男は通り道の何箇所にペイント弾を打ち付けては目印をつけた。必ずそれはクラリッサの目にもエドワードの目にもひとつ前の目印が見えない距離に付けられた。不安を口にするクラリッサに男は
「オレには見えるぜ?前の目印」
と気楽に言った。
「あんたは動物並みに目がいいのかもしれないけれど、助けに来てくれる人にだって間隔が開きすぎて分からないわよ」
そう噛み付くクラリッサに
「平気平気。オレを追いかけてくるヤツもお嬢ちゃんの言葉を借りりゃあ『動物並み』だからさ」
と笑って流す。こんなに緊迫した状況なのにヘラヘラして一体なんなの?クラリッサは眉間に皺を寄せた。



そのうちに3人の間に会話はなくなった。正確には話かけてくる男の言葉に返事をする余裕が姉弟になくなってきたのだ。暗闇を歩く恐怖と緊張に心が疲弊し始め、冷たい水の中の歩行が急激に体力を奪っていった。男は最初の頃と何ら変わらず疲れも見えない。同行者の今にも止まりそうなスピードに合わせてくれているようだった。クラリッサと手を繋いで水を漕ぐエドワードは更に強張った顔をしている。暗くてよく分からないけれど顔色もきっと悪いだろう。
「おい、大丈夫か?」
男が何十度目かの気遣いを見せた。
「平気です。お構いなくッ」
クラリッサはエドワードの分まで気を引き締めないといけないと、努めて強い口調で言った。本当はクタクタで、今にもへたり込みたくて堪らなかったけれど。
「エド、平気か?」
ついていく代わりに弱音は吐かない、男とそう約束をしたエドワードだったがとうとう
「疲れた…」
と音を上げた。
「おじちゃん、僕…」
「だよなぁ。いいさ、エド。おまえは頑張ったよ」
男はにっこりと笑ってエドワードの頑張りを労うと彼の小さな身体に腕を伸ばした。
「エドに何するの!」
「少しは静かにしろっての」
男はエドワードをひょいと肩に乗せると今度はクラリッサの膝をすくい横抱きにした。
「ぎゃー!どこ触ってんのよ!」
「うっせぇなぁ…暴れんな!ったく自意識過剰だぜ。こんな骨ホネしたケツなんざ、女の魅力はねーから安心しろ」
「何ですってぇ?」
「おまえが暴れると大事な弟くんが落っこちるぜ?だから大人しく、賢い弟と同じように道を照らしてくれよ」
「分かってるわよッ!」
クラリッサは言われなくとも!と、ライトを前方に向ける。
「おじちゃん、重たくない?」
「ちっこいおまえとガリガリのねーちゃんなんてどうってこたねぇよ」
「いちいち引っかかるわね!」
「エド、天井に気をつけろよ?突き出してるとこに頭をぶつけんなよ?」
「うん」



男は人間ふたりを軽々と抱えて真っ暗闇を危なげない足取りで前に進んでいく。コンパスの小さい子供に付き合わなくてもよくなった分、かなりスピードが上がったのは事実だ。
3人は水の溜まった岩場を2時間ほど歩いた後、男がふたりを抱えて1時間ほど歩いてようやく水のないフラットな場所に出た。水から上がってしばらく歩いたところで男はふたりを下ろした。
「ずい分奥まで来たんじゃない?」
クラリッサは地面の上に座り込んだ。足元は氷のように冷たくて飛び上がりたかったがそんな元気はどこにもない。エドワードはくたびれきって寒さよりも睡魔に負けてウツラウツラと舟を漕ぎ出している。
「エド!こんなとこで眠ったら死んじゃうわよ!エド!」
「ほれ」
男はバックパックの中からエマージェンシーシートを取り出すとクラリッサに放り投げた。
「それはオレサイズの特注品だ。おまえらふたりだったら余裕で包まれる。服を脱いで包まってくっついてろ」
「あんたの前で服を脱ぐなんて」
クラリッサは無意識に胸元を両手で覆って警戒心を示した。
「だから言ってるだろ?そんな起伏のねぇ身体は女に見えんから安心しろっての。気になるなら後ろを向いててやるから脱げ。弟の服も剥いでやれ」
「ホントにこっちを見ないでよ」
男はクルリと大きな背中をクラリッサに向けるとまたもバックパックを漁って何やらを始めた。クラリッサは手早くエドワードから濡れた服を脱がし、自分も下着だけになるとエマージェンシーシートに包まった。薄手の銀色のシートは予想以上に温かかった。



「もういいか?」
「い、いいわよ」
男はもう一度クルリとしてクラリッサに向き合うと、真ん中に明るく力強く光るものを置いた。小型バーナーの上に置かれた小型の鍋でお湯が楽しげにポコポコ歌っている。そして、その中ではソーセージが食欲をそそる匂いをさせながら踊っていた。ソーセージの茹で上がる匂いを嗅ぎ取ったエドワードが
「いい匂い!」
と跳ね起きた。睡眠欲よりも食欲の方が勝ったらしい。
「缶詰のソーセージだけどな。腹減っているときにゃあ美味いモンだぜ?先が分からんから食料は小出しだ。今はこんだけしか出せねぇ。大事に食えよ?」
男は串に刺したソーセージをそれぞれに手渡して、小さなコップにティーバックで入れたお茶をふたりの前に置いた。エドは
「ありがとう、おじちゃん」
の言葉もそこそこ熱々のソーセージに齧り付いた。
「美味しいや」
「…ありがとう」
クラリッサもお腹を温めてくれるソーセージに感謝を述べた。
「そうか、よかったな」
お腹がペコペコだったふたりは出されたものを夢中で平らげた。男はそんなふたりを満足そうに見遣りながら、笑っていた。けれどクラリッサは気がついていた。男はクラリッサたちにサーブするだけで、自分自身は一切の飲食をしていないことに。



「ねぇ、おじちゃん…ここで寝ているときに吸血鬼が来たりしないよね…」
満腹とはいかないけれど幾らかお腹の中を温めたことで睡魔が戻ってきたエドワードが、シートに包まってトロトロとまどろみながら呟いた。
「変なこと言わないでよ」
クラリッサは頭を上げて弟に文句を言う。
小さなランタンの灯りだけが自分たちを暗闇から救っている今、これ以上の恐怖が這い寄るようなことを言って欲しくない。
「大丈夫だ」
ふたりが横になった後も後片付けやら何やらの作業をしていた男が手を動かしながら低くて深い声で言った。
「奴はまだずっと遠くにいる。オレたちがここに来てから今まで場所を移動していない。多分、オレたちには気づいてない。万が一、近づいてきてもオレにはその気配が分かるから安心しろ。エドが寝ている間にやっつけとくから」
「何をそんな安請け合い…!」
「おじちゃんがそういうな…らあんしん…だ、ね…」
エドワードは間もなく安らかな寝息を立て始めた。
「おまえさんも寝とけよ。オレが見張ってるから」
「私はあなたのことも警戒しているの!」
「ちぇー、ホントに自意識過剰だなぁ…。マジでおまえさんには食指が動かねぇから安心して今のうちに寝とけっての!吸血鬼とやらは冗談抜きでまだ遠いから」
「何であなたにそんなこと分かるのよ」
「何で…ってまぁ、何となく」



男は答えにもなっていないようなことを困ったように言うと、クラリッサたちから幾分離れたところに置いてあるバックパックの傍らに腰を下ろした。男の顔が闇に沈む。
「……あなた何者?」
クラリッサはとうとうその疑問を口にした。
「何者って言われても」
戸惑った苦笑いが空しく響く。
「普通じゃないわ、あなたって。あんな高いところから落ちてもケロっとしているし、明かりもないのに普通に歩くし、全然くたびれてないみたいだし、さっきだってあなたは何にも口にしていないでしょ?お腹、空いてないの?私なんかこんなにしててもまだ薄ら寒いのにあなたはそんな薄着でちっとも寒がらないし!濡れたジーンズ穿いたままじゃない?何にも敷いてないで冷たくないの?」
「ん?あ、ああ…そうだなぁ…。ケツは冷てぇけど…ていうか、そんなに矢継ぎ早に訊くなよなぁ。何訊かれたのか、全部覚えきれねぇや」
「だったら覚えてるのから順番に答えてよ」
うー…ん、と答えに窮し、なかなかハッキリとしない男にクラリッサはイライラとした。イライラとキツい言葉をぶつけた。
「私には空想話の人の血を吸って動く人形よりも、目の前にいる人間離れしすぎたあなたの方が化け物に見えるわ」
「……」
これまで静かだったランタンがジジッと音を立てた。
男は黙っている。そしてクラリッサは今、自分がとても酷いことを言ったのに気が付いた。例え人間離れしていても男がクラリッサたちに悪さをしたわけでもなし、それどころかこんなにもよくしてくれている、助けてくれているのに。
「あ…」
謝らなきゃ。
クラリッサがそう思ったとき
「そうだよなぁ」
と男が言った。



「人間か、人間じゃないか、と聞かれれば、オレは人間じゃあねぇよなぁ」
男の顔は闇に沈んでいてクラリッサからは全く見えないけれど、どこか寂しそうなそして諦念の色が見えるような声色だったから彼女は罪悪感に駆られずにはいられなかった。
「あの…言い過ぎたわ、ごめんなさい」
「いいんだ。頑丈すぎて、飲まず食わずで平気で、夜目が利きすぎる。変だよな、そんなの変だって思うのが当然だ。オレも初めは化けモンだと思ったからな。汗もかかない、人を人とも思わない。笑いながら使命のためにと平然と死んでいく。そんな連中を化けモンだと思ってたよ」
洞窟に男の低い自嘲ともとれる笑い声が響いた。クラリッサには男が何を言いたいのか、後ろ半分がよく分からなかった。
「他にも人間離れしているとこはあるんだぜ?一週間くらい眠らなくても平気だし、怪我をしてもあっという間に治っちまう。だからさっきもな、本当は左肩の骨が折れたみてぇに痛かったんだがちょっと休んでいる間に元通りだ」
「冗談でしょ?」
「冗談だったらよかったんだがな。オレ的にも」
男はまた笑った。
「まるで吸血鬼みたいね」
「そうだな。人外って意味では同類だ」
「生まれつき?」
「いや…不治の病を治す薬の副作用、みてぇなもんかな」
ふたりの会話は切れ切れに続く。



「そんなあなたがここに何の用なの?特殊な体質を生かしたトレジャーハンターなの?」
「オレの用があるのはここに巣食う化けモンの方さ」
「化け物も宝物も、存在なんてしないわ。絵空事よ」
「うん。オレも宝物なんかねぇと思うぜ。それは人間たちが膨らませた空想の産物だ」
男はクラリッサの言葉に頷いたようだった。
「だがな、化けモンは確実にいる。これは絵空事なんかじゃねぇ。そして行方不明の全部とは言わねぇがかなりの数が奴の餌食になっている」
餌食、という生々しい単語にクラリッサの肌に粟粒が立った。
「どうしてそんなことが分かるのよ?」
「それも人間離れしている能力のひとつさ。化けモンには化けモンの気配が分かるのよ。それにここは石灰の匂いに混じって血の生臭い匂いがする。それは」
男はクラリッサの目にはハッキリ見えないがどうやら右手を上げて方角を指し示しているようだった。
「こっちの方から微かに流れてくる。化けモンはこっちにいるんだよ。そして風が流れてくるってことは出口もこっちだ」
「じゃあ…」
「ここから抜け出すには敵さんを乗り越えて行かんとな。明日中には嫌でも遭遇するな。だから今のうちにたっぷり寝て気力も体力も蓄えておけよ」



それっきり会話は途切れ、辺りは真の静寂に包まれた。



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