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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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Capter.4



「さあてと。これからどうするかな」
男は真上を向いて自分たちの落ちてきた穴を見ている。クラリッサもエドワードもつられて上を見た。
「流石にこんだけツルツルした表面だと上ることはできねぇしなあ」
男の目には天井のところどころから月明かりが射し込んできているのが見える。天井の穴は地上に続いているのは確かだがそこから帰還するのは無理だ。
「夜の間は誰も来ないわ。ここには怖がって誰も近寄りたがらないもの」
「ごめんね、姉ちゃん」
「バカエド!こんな男の口車に乗ってこんなとこに来るからこんなことになるのよ!」
「だからおじちゃんは関係ないんだってば」
「まあまあ。姉弟ゲンカは無事に表に出てからにしろ」
今度のケンカには男がやんわりと仲裁に入った。
「あんたねぇ!自分が原因だってことが」


男は自分の携帯を取り出してここが圏外だということを確認すると、今度はバックパックの中から通信機らしきものを取り出してそれが落下の衝撃でうまく『作動しない』ことも確認した。
「ちぇ。ツイてない時ってこんなもんか?まー、何かしらは壊れたろうとは思ったが肝心なモンが壊れちまったとは。最後に身体捩って肩口から落ちたんだけどなぁ」
男はガリガリと頭を掻いた。バックパックの中身を潰してはいけないと、男は背中から落ちるのを避け、計算ずくで肩から落ちた。左肩から落ちたのも、左腕ならばどんな大怪我をしても自然治癒できるからだ。痛みをしばらく我慢すれば済む。右腕は痛みを感じない代わりに壊れたら元に戻らない。今後のことを考えると片腕になるのは得策ではなかったのだ。
「これじゃあアイツと連絡が取れん。向こうでも連絡が取れなければオレが非常事態だって分かるから、まぁアレだが。なぁ、村の連中はエドがこの樫の樹の入り口に来たかもってことは知ってるんだろ?」
男がクラリッサに訊ねた。
「一応…ここを探して、って私がお願いをしたから」
「昼間になったら怖がってる連中も森の捜索もできるんだろ?」
「ええ」
「それで樫の樹の根元の本来の入り口から入って捜索してくれるんだとしても…それとここが繋がってなかったら話にもならんがな」
男はまた頭上を見上げた。
「そんな…じゃあどうしたらいいのよ」
「どうすっかなあ…」
どうするか、と言いながらも男の顔にはあんまり緊迫感はない。



「これ、使えないかな?」
エドワードがジーンズのポケットからノートの切れっぱしを引っ張り出して男に手渡した。
「エド、何それ?」
男が折りたたまれた紙を開くとそこには手書きで何かの絵が切れ切れに描いてあった。
「地図だな…もしかして、この鍾乳洞の地図か?」
「何でこんなもの持ってるのよ?」
「おじいちゃんの古い日記の中で見つけたんだ。何かの役に立つかと思って破いてきた」
「えっらいぞ、エド!」
男は嬉しそうにエドの頭をわしゃわしゃと掻き回した。
「ちょっと!エドに乱暴しないでよ!」
「へえへえ」
男はクラリッサの声をさらりと流す。
「小さく折ってジーンズにきつく入ってたから水にも殆ど濡れてねぇ。ところどころインクが滲んじゃいるが問題ねぇや。何々…」
男の手の紙切れをクラリッサもエドワードも覗き込む。
「この、old oak、ってのがあの入り口のことでしょ」
「うん、そうだな。とするとその隣の大きな丸が、ココ、か…と、するとぉ…」
男は太い指で見づらい地図を丁寧に辿る。
「ああ…やっぱツイてねぇ…あの入り口から続く道は途中で分岐してこの洞窟を掠めちゃいるが、ここに降りることが叶わねぇところに繋がってらぁ。分岐した他の道も真逆の方向に向かってる。それもここに繋がってねぇわけじゃねぇが、グルッと無駄に回ってる。これなら…こう真っ直ぐ突っ切って…」
男の指が地図の上をスススと滑る。
「…こっちの出口に向かった方が早い」
クラリッサとエドワードは真剣にその軌跡を追い、「その通りだ」と頷いた。



「何でおじいちゃん、こんな地図持ってたんだろ?小さい頃、ここを探検したのかな?」
「そうかもな。でもじいちゃんが小さい頃にはもう化けモンがいたんだろ?これはきっともっと昔の人間が探検して作った地図を子供のじいちゃんがどこかで見つけて書き写したんだ。これは子供の字だ。すごく古い文体な割りに誤字脱字がポロポロあるぜ。…いつか探検してみたかったんじゃねぇかな」
「うん。きっとそうだね」
「こっちの出口、って言ってもここからどの方向に進めばいいの?」
「ねえ、おじちゃん。この丸にくっついているマーク何?rimstone、って何?」
子供たちは次々に質問を寄越す。
「rimstoneってのはあれだよ、あそこ、鍾乳石が段々の畦みてぇになってるだろ?」
男は指を指した。指差す方を見てもそこにあるのは濃い暗闇でクラリッサにもエドワードにも何も分からない。
「え?暗くてよく見えないわよ?」
「そおかぁ?オレにゃあ見えるがな」
「視力、幾つなのよ?」
クラリッサが疑心の目を向ける。
「ここはどうも磁場が狂ってるみてぇだ」
男はクラリッサの問いを無視して、彼女の膝にコンパスを放った。見るとコンパスはクルクルと不安定に回り続けている。
「中に入ると方位が分からんから目印を書き込んだんだろう」
男は指を舐って濡らすと頭上に翳した。そしてしばらくして、一定の方角に顔を向けクンクンと鼻を動かす。再び地図を確かめる男の表情はどことなく暗いようにクラリッサには思えた。濡れた長い髪が顔周りにくっついて影を濃くしているからかもしれないが。何かを反芻するように考え事に没頭していた男はクラリッサが自分を観察していることに気づくと、元のようにニヤリと笑い、誤魔化すようにまた天井を振り仰いだ。



「あそこにドリーネ(地上からの雨水が流れ込む漏斗状の穴)があったんだな。その上に樫の樹の根が張ってて、たまたまそれが腐って脆くなってたんだ…生憎が重なったな。しゃーねぇな。そこに重たいのが乗ったから」
「何よ!私が重たいとでも?」
クラリッサが再び噛み付いた。
「軽かったら踏み抜かねぇだろ?」
「失礼ね!」
「おじちゃん、詳しいんだね」
エドワードがニコニコと姉の尖った空気を中和しつつ、幾分尊敬をこめた瞳で男を見上げた。
「うん?まぁ、職業上、この手の自然環境に触れることが多くてな。前に一回、こういう穴に落っこちたことがあるんだよ。それでな」
「こんな自然環境に触れる、っておじちゃんの仕事は何なの?」
「本当にトレジャーハントが本職なんじゃないでしょうね」
「いんや。職業は一応、大道芸人。まだ駆け出しだけどな」
「芸人?あなたが?」
クラリッサは男の風体と職業名があまりにも似つかわしくないので頓狂な声を上げた。
「な、何だよ…そんな変か?」
「おじちゃん、芸人さんなの?何かできるの?今何かできる?」
「今?」



パアアっと輝いた、期待しているのが一目瞭然のエドワードの瞳に男はタジタジとなった。
「オレは正直、上達が遅くてな…それに今はこれといって何にも道具が…あ、これでいいか」
男はバックパックのポケットから大きさの違う缶詰をふたつ取り出し、自分のペンライトを手に持った。それから両肩を軽く回して骨を鳴らし身体を解すと器用にジャグリングを始めた。
「上手くねぇんだ。あんま期待はすんなよ?」
男が歌うコミカルなリズムに合わせて形も大きさも重さも違うそれらはクルクルと回転しながら男の右手から左手へ、時には背面から、そして空中高くへ飛び回り、クラリッサとエドワードの目を釘付けにした。時々本当に危うい場面もあったが、ふたりはそれをネタと思ってくれたようだった。口ずさむ曲が終わりを迎えると男は大きな手で三つの『ボール』を一掴みにしてフィニッシュする。おどけて頭を下げる男にふたりはパチパチと拍手をした。
クラリッサですら目を丸くしてパチパチと。
「へへ…この2年ばかし毎日々々、厳しい先生の特訓を受ければ小手先作業の苦手なオレも多少は誰かを笑顔にできるってもんだな」
男の脳裏にはこの2年間に繰り返された『アメとムチ』の特訓が走馬灯のように蘇った。それは現在も別の演目の練習で続行されていることであるのだが。



クラリッサは男の胡散臭さを忘れて見入ってしまっていたのだが、ふと、男が左肩の怪我などなかったかのように滑らかにジャグリングしていたことに思い当たった。さっきまで骨でも折ったかのように痛みで顔が歪んでいたのに。今では何事もないような顔をしている。クラリッサにはそれが酷く異常なもののように思われた。
クラリッサの訝しい視線に男は自分が調子に乗ってやり過ぎたことに気がついた。今更、怪我をしているフリをするのも不自然だ。
「オレは国が貧しかったり、戦争をしてたりで娯楽なんて知らない子供たちにサーカスを見せてやるために世界中を旅して回っているサーカス芸人なんだよ。時にはジャングルの中を突っ切ったり、ゲリラの散開する地域に入り込んじまったり。そんなワケでサバイバル術に長けてたりするんだな」
クラリッサはまだ鋭い瞳で自分を探っている。
「腐って軟らかくなった樹の根っこがクッションになってくれたから大したケガをしないで済んだんだな。大体が小さい頃から身体を鍛えているからちょっとやそっとじゃケガもしねぇし、高いとこから他人庇って落ちたのもこれが初めてじゃねぇし」
最後に言い訳を付け足してみたものの、効果はないことは百も承知だった。男は、はぁ、と苦笑いをしながら溜め息をついた。



「で、だ」
男はクラリッサの追及から逃れるためか、今現在、彼らを困窮させている本題に切り込んだ。
「今後のオレたちの身の振り方なんだが」
クラリッサとエドワードは硬い表情で男を見た。
「ここから出る方法はふたつ。ひとつは救援隊をここで待つ。運よく、あの穴から」
と男は指を真上に向ける。
「落ちたのを見つけてもらえるかもしれん。入り口がここに直接繋がってなくとも、もしかしたら何とかして穴から吊り上げてもらうこともできるかもしれん。足場がどれだけ持つか、っていう恐れもあるんだが…」
「もうひとつは?」
「さっき言った出口を自力で目指す。おそらく、最短で表に出られるのは確実だ。ただ、その道中でこの鍾乳洞に棲む化けモンの巣を通過するルートだ」
クラリッサとエドワードはどうしてか頭の中から抜け落ちていた『鍾乳洞の中に棲む、自分で動き回る吸血人形』のことを思い出した。どうしてそんな恐ろしいものを失念していたんだろう?今にも背後から襲い掛かってくるかもしれないのに!
クラリッサは鍾乳洞に巣食う吸血鬼なんて信じていない。けれど、自分が実際にそれが棲むと言われる暗闇に身を浸すと信じたくもなってくる。
姉弟はジリと近寄って手を握り合った。
「ね、ねぇ…」
「大丈夫だ。化けモンはここにはいない」
男はふたりが不安を覚えたことを敏く知り、それを打ち消す言葉を口にした。
「確かにこの鍾乳洞にはおまえたちの言う化けモンがいる。だけどそれはまだ遠くにいる」
「何でそんなことが分かるのよ。いい加減なコト…」
「分かるんだ」
出口のある方角から風が吹いてくる。その風には微かに血の匂いが混じっている。化け物の餌食になった哀れな獲物の流した血の匂いが。その方角の先に、男には分かる、化け物の気配。
男はクラリッサにやさしく、明るく笑ってみせた。
「分かるんだよ、オレには。だから今は心配をしなくていい」
クラリッサには男の言葉の根拠がまるで分からなかったけれど、その笑顔は彼女にそれ以上のことを言わせない何かがあった。



「オレはふたつめの方法を取る。仮にあの穴から引っ張りあげてもらうにしてもオレの目方じゃムリだ。穴の周辺は樹の根が腐ってて脆い。おまえらみてぇな軽いカラダならどうにかなってもな。だからおまえたちはここにいろ。ここでじっと救援を待った方が安全だ。このランタンや、こん中の防寒具とか食料や水なんかをありったけ置いてってやるから…」
「やだよ!僕も行く!」
エドワードが男の腕にしがみついた。
「気持ちは分かるが、言ったろう?準備が足りねぇんだよ。正直どれくらいの時間で抜けられるのかも分からん。オレの手持ちの食料は少ねぇが一晩ちょっとならふたりで凌げるだろ?それにオレがこっちから表に出たほうが助けを早く呼べるかもしれんし」
「おじちゃん、一緒に行ってくれるって言ったじゃないか!僕もこの目で見たいんだよ、動く人形を!おじいちゃんの話が嘘じゃないってことを!」
エドは懸命に訴えた。
「エドワード!何を言うの!」
「ここから助けられたら絶対に鍾乳洞に入るチャンスはなくなっちゃうよ!今しかないんだ!だからッ!」
男は困った顔でエドワードを見下ろしていたが、真剣な少年の瞳には勝てず、折れた。男はエドの頭を撫でる。
「分かったよ…。その代わり、無茶はするな?それからどんなにキツくても泣き言は言うなよ?」
「うん!」
「ちょっと勝手なこと言わないでよ!」
慌てたのはクラリッサだ。
「おまえさんはここで待ってな。必ず救援隊を呼んでくるから」
「え?え?」
「ここには化けモンは絶対に来ねぇ。精々、コウモリくらいなモンだ」
「コウモ…」
「おまえさん用に備品を半分置いていくから―――」
「嫌よ!エドが行くんなら私も行くわ」
クラリッサはすっくと立ち上がった。男は呆然とした眼を上げる。
「おいおい…」
「善は急げよ!さあ、今すぐ行くわよ!」



オレひとりなら時間もかからずに行って帰ってこられるのに…。
クラリッサの鶴の一声で男は手のかかる遠足の引率者になることが決定した。



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postscript 
このSSは勝が地球に帰還してから3年ほどが経過した辺りの設定で書いてます。戦いの終結と原作最終回と、そのちょうど間くらい。

鳴海としろがねは恵まれない子どもたちのための移動サーカスをしているわけですが、『しろがね』であり、あの未曾有の戦いの当事者であったふたりは、「戦いは終わった!後は自分たちのやりたいことだけをやっていく!」にはならないと思うのですよ。藤田先生はあのゾナハ世界蔓延を「何だか変な風に寝ている間に」の一言で片付けてしまっていますが、これまで語られた200年を思えばそんなに簡単に物事は完全修復されないはずなんです。

『しろがね』である彼らはこの度の被害の実態を把握する立場にありますし、しろがねの歌で全てのアポリオンが停止したかどうかを世界中くまなく調べる責任があるわけです。ものが機械である以上「絶対に全てが停止した」という確証はないし、僻地にいくほどアポリオンの連絡ミスがあるかもしれない。もしかしたらまだゾナハ病で苦しんでいる人が世界のどこかにいるかもしれない。まだ動いている自動人形がいないとも限らない。そういったものに対応できるのは『しろがね』で動ける鳴海としろがねだけです。だから、移動サーカスとそういった意味での調査(異常が見つかればその対処)を並行しているのなら、終結後6年くらいで世界を飛び回っているのも分かるな、と思ったのです。
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