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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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Capter.12



村はずれの広い草地を臨む高台、そこに聳える大きな樫の木の下に男は腰を下ろしていた。間もなくフウが寄越す迎えのヘリが到着する手筈になっている。片脚を壊してしまった男はじっとしている他はなく、梢から漏れ落ちる光に目を細めたり、寄りかかる樫の樹皮を頭でコンコンとノックしてみたり、そうしてその合間に村のある方向へと視線を幾度となく向けるのだった。
「ナルミ、後10分ほどで着くそうよ?」
ヘリと連絡を取り終えた女が戻って来てそう告げた。
「フウにしちゃ仕事が早ぇなぁ」
「あなたとの連絡が取れなくなった段階で、最寄りの空港にヘリを待機させる指示を出したんですって」
「つうか。覗き見してやがったんじゃねぇの?」
男は薄く笑って、また視線を村の方角に投げた。
「あの子たちのコト、気になるんでしょう?」
「まぁ…ね」
彼女には全てがお見通しなので誤魔化すだけ無駄だ。村へと投げっぱなしの男の瞳の周りに細かな皺が寄った。










自動人形が完全停止したのを確認した女はすぐさま男のところに駆け戻り、その首に抱き付いた。
「何て酷い…手足が!意識はある?動ける?大丈夫?どこが痛いの?」
「痛て!痛て!痛てぇってば!」
「ごめんなさい!」
自分の熱烈な抱擁が夫を返って痛がらせているのだと気付いて身を引いた女はボロボロと涙を零していた。
「莫迦…!どれだけ私が心配したと思っているの?」
「すまん」
「何で連絡のひとつも入れないで潜ったりしたの?」
「すまん」
「…痛い…?」
「もう…だいぶ大丈夫」
男は愛おしそうに微笑んで女の銀色の頭を大きな手の平で撫でた。ふたりの間にある温かな絆は、例え不可視のものだとしても、エドワードにもクラリッサにも見える気がした。



「あなた達も大丈夫?…もう人形は動かないから安心してね」
女は眦を指の背で拭うと、クラリッサとエドワードににっこりと笑いかけた。
本当に綺麗なヒトだった。男が道行きに散々ノロけてくれたのも納得する程に綺麗だった。モデル顔負けの小さな頭に文句なしの美貌、抜群のプロポーションながらスラリとした姿態。細い銀糸のような髪は流れる度に星屑がきらめいた。
ふたりは思わずポカンと口を開けて見とれてしまった。大輪の薔薇が香気を放ち咲き綻ぶような美しい笑顔にも。以前話題に上った『オレ専用乳』にも。
「本当に大きいね…おっぱい…」
「ホントね…」
クラリッサは舌を巻かざるを得なかった。ただ大きいだけじゃなく形がいいなんて、女子垂涎の理想形だ。確か何かの時に男は「かみさんと同い年」と言っていた。だから目の前の彼女も自分のふたつ年上なのだ。
「2年経ったら私のもそんだけ育つかしら…?」
自分の控え目なサイズの乳房を撫でる。
「え?な、何の話?」
女は不可思議な視線の位置と話題に、赤くなって胸元を押さえ、男に疑問符を投げかける。
「はは…ちょっとな」
男は痛む身体を起こし、エドワードに正対した。
「さてと…これで探検はおしまいだ。エド、おまえの話が絵空事じゃなかったって村の連中もこれで分かっただろ。もう誰もおまえやじいさんのことを嘘つきって言わなくなる」
「うん!ありがとう…お兄ちゃん」
「よかったな」
少年の明るい笑顔は男にとって最高の褒章だ。男の伸ばした手がエドワードの頭に届きそうになったとき、少年の身体は人形停止を見てソロソロと近づいてきた彼の父親たちに引っ手繰られた。



「あんたたちは一体何者だ?!何を考えてるんだ、子どもたちをこんなところに連れ込んで!」
猛烈な非難が口々に飛んだ。
「違うよ!僕がここに入ろうとしてたんだ!お兄ちゃんはそれを止めたんだ!」
「そうよ!私が暴れて腐った木の根を踏み抜いて底に墜ちちゃったのよ!」
姉弟が必死に擁護する。女はすっくと立ち上がり村人に向かい合うと
「私たちは『しろがね』というものです」
と名乗りを上げた。
「この鍾乳洞に人間の血を糧にする自動人形がいるかもしれないという情報を受けて調査と、自動人形の破壊を目的に来ました」
毅然とした態度の女にはさっきまでの柔和な雰囲気はどこにもなく、沈着冷静な冷徹さが漂っている。それは彼女の美しさを損なわせるものでもなく、やはり村人たちもその空気に一瞬飲まれてしまった。それは畏怖にも似た感情を、無知な村人達の心に湧き起こす。女の銀色の髪は、エドワードの祖父が話す昔語りに出てくる、化け物を破壊した人物を彷彿とさせた。
しかし、すぐに誰かの声が上がった。



「何であんたはこの像と同じ顔をしているのだ?」
と。それはエドワードもクラリッサも疑問に思ったこと。
人間の生き血をすする怪物が崇めていた像と同じ、身震いする程に美しい顔。
「この人形の主は、私の先祖をモデルに作られた自動人形でした。その先祖と私は瓜二つなのだそうです。だからこの人形は私を自分の主と間違えたのでしょう」
女の言ったことは事実だ。だが、証明のしようはない。罵声が矢面に立つ女に向けられる。
「都合のいい話で我々を言いくるめようとしてるんじゃないのか?我々は見たぞ?あの人形はアンタに傅いた。アンタの言葉に従った。アンタはコイツの仲間なんじゃないのか?」
「この男を見ろ!人形の手足をつけてる。血を吐いたフリをしてるだけで人間かどうかも怪しいもんだ」
「人間じゃないだろう、その男!あんな化け物と素手で互角に戦えるのは化け物だ!」
「あんたはこの人形の主そのものなんじゃないのか?」



「出ていけ!人形!人形の崇めていた像と同じ顔だなんておぞましい!」



その言葉に、男の全身が総毛立った。
心の奥底から煮え湯のようなトラウマが溢れ出し窒息しそうになるのを懸命に堪えた。
「しろがね、肩を貸してくれ」
村人達の騒乱を喝破する男の深い声に、辺りは水を打ったように静まり返る。名前を呼ばれた女が、男の元に駆け寄った。
「気にしなくていいのよ、私のことは」
「おまえが気にせんでも、オレが気にする」
男は女の肩を借りて立ち上がるとフランシーヌ人形の像へと向かった。潰れた片足の代わりに、女がバランスを取ってやる。ふたりの通り道はまるでモーゼの十戒のように人垣が割れて出来上がる。誰も彼もが得体の知れないふたりに恐怖と嫌悪を覚え距離を取った。
「ありがとな」
「いいえ、ありがとうは私の言葉よ」
男は像の前に立つと全身の気を右脚に溜め、その土台に膝で重い一撃を蹴り込んだ。崩れた左足では踏ん張りが利かず、力が上手く伝わらない。左手と壊れた右手で像を掴み、もう一撃、もう一撃。めり込んだ膝を起点にビシビシと音を立てて塑像全体に蜘蛛の巣状に罅が入っていく。女によく似た白くて美しい顔に醜い皺のような罅が覆ったと思った瞬間、自動人形の宝は瓦解し、ただの瓦礫の山と化した。
ドームにうわんうわんと響き渡る騒音が治まってようやく、男は村人達に向き直る。そして有無を言わさぬ口調で言った。
「アンタ達は何も知らねぇ。何も知らねぇヤツに何を言われようが構わねぇ。ただよ、オレの女に対する悪口は別だ。次、コイツを悪く言うのがオレの耳に入ろうもんなら…この拳がその口にメリ込むぜ?オレに喧嘩売る度胸があるってなら、もう一度、言ってみろ」



コイツのことを、人形だと。



男は言葉に気迫は込めたが殺気を込めたつもりはない、ただ数多の死線を潜り抜けた男の覇気は、善良であるだけが取り柄の村人には強過ぎた。彼らはじりじりと『しろがね』と名乗る者達から後退ると、子供達を急いで入院させることを口実にそそくさと撤退を始めた。
「兄ちゃん!」
エドワードが叫んだ。
「兄ちゃん!僕達、入院だって!お見舞いに来てね!必ず!」
男はそれに応え、手を挙げた。
少年が振る手は村人たちに制されすぐに見えなくなったが、見えなくなっても男は手を振り返し続けた。










さわさわと心地よい風が男の髪を撫でていく。
「……見舞いになんか、行けねぇしな」
右腕も左脚も、壊れて開けた口から人体に有るまじき絡繰りが覗いている。男自身、じっと眺めていると己の中身にぞっとしてくるくらいだ。
「フウのラボに直行出来てラッキーだって思わねぇとな。はぁ……しばらくはオレも入院かぁ」
女が男の傍らに腰を下ろした。彼女に踏まれた下草が青い香りを放つ。
男の左手に、女は手を重ねた。手足を人形のそれに置き換えた男の、唯一の血肉を携えた温かな肢。
「ごめんな」
繋がれた手に指を絡め返し、男は呟いた。
「謝らなくていいのに」
男がくたりと女の肩に頭を凭れかけた。彼には珍しいオープンな場所での甘える仕草に、女は彼の心が些か弱っていることを悟る。
「私は最初から、許すも許さないもないって言っているでしょう?私は、あの日からずっと、あなたのしろがねなのだから」
「……分かってる、んだ、けど……さ……」



あの時、村人が異口同音に罵倒したあの内容は、かつて男が彼女に吐きかけたものと全く同じ、彼女を傷つけた言葉の刃だ。傍で聞いているだけで胃の中が引っ繰り返りそうだった。それを自分が放っていたなんて信じられない。
目の前に、憎悪に狂った昔の自分がいるようで。
今にも、最愛の女の息の根を止めるために飛び掛かって来るような気がして。
『しろがね』の仲間に対して化け物扱いした己の非礼も、改めて、贖罪の気持ちを呼んだ。己が如何に無知であったかが男は切なくて辛かった。
今回、男は初めて『しろがね』である自身に対する露骨な「人間からの嫌悪」を真正面から受けた。それは想像以上に心にキツいものだった。こんなものを始終受け続けた彼らは、心を鈍化させねば『しろがね』などやっていけなかったのだと我が身をもって理解した。
彼女も、彼らも、カラダが人間から遠ざかっても心は人間のままだった。男自身がそうであるように。
それでも自分が人外と貶されることはいい、でも、彼女にはもう、そんな思いをさせたくない。彼女への悪意からの盾になろうと心に誓ったのに、それも叶わなかった。
自分は何て非力なんだろうかと情けなくなる。



「ナルミ…」
女は男の黒髪に頬を寄せた。
「私はね、誰に何て言われても、どんな目で見られても平気なの。あなたが……あなたさえ、私を見誤らないでいてくれたら、それでいいの」
「うん」
ふわ、と彼女の花のような体臭が香り、男は瞼を下ろした。
「だからもう…謝らないでね」
「うん…」
男はただ一本残る肢で、やさしい妻の手をぎゅっと握った。










エドワードは清潔で真っ白い病室のベッドの上から部屋の扉をじっと見つめていた。その扉が勢いよくガラリと開いて、その向こうからある人の笑顔が飛び込んでくるのを今か今かと待ち侘びていた。けれど、開けども開けども待ち人ではなくて、その度にエドワードの心は消沈した。
同じ病室の隣のベッドにはクラリッサもいる。鍾乳洞から助け出されたふたりは病院へと直行させられ、入院させられた。久し振りのベッドで眠ったふたりは熟睡を得て、今はずいぶん疲れも取れた。



「足…折れてたなんて少しショック…」
クラリッサが話しかけた。
「うん…」
けれどエドワードの返事は生返事。クラリッサはそれでも気にせず話しかける。
「運動不足なのかな私?」
「うん…」
「…それにしてもアンタのクラスメイト達のお見舞い、五月蠅いったらなかったわよ?」
「うん…」
「ここが病院だってこと、気にもしてないんだから」
「うん…」
「誰も彼も、エドの話を聞きたがってさ」
「うん…」
「…よかったね。皆に『エドは嘘つきじゃなかった。ごめん』って謝ってもらえて」



ようやくエドワードは顔をクラリッサに向けた。姉がやさしく、そしてどこか誇らしく微笑んでいたからエドワードは少し頬を赤くして
「うんっ!」
と元気に返事をした。
「どうして連中に苛められてるって私に言わなかったの?言ってくれたらあいつらのこと叱り飛ばしてあげたのに」
「姉ちゃんに心配をかけたくなかったんだ。それに僕、自分のこともおじいちゃんのことも嘘つきだなんて思ってなかったから、皆に後ろめたいこともなかったし。だから平気だった」
「……」
「まあ、ちょっと…遊んでくれる友達がいなかったのは…寂しかったけどさ」
エドワードは照れくさそうにヘヘッと笑った。クラリッサは大きく息をついた。



「あーあ、エドの方がずっと強かったんだねぇ…私なんか口ばっか強くてさ…。今回の事ですごくよく分かった。エド、あの人形に立ち向かおうとしてたもんね。私は何も出来なかった…怖くて…腰が抜けて…泣くだけで」
「そんなことないよ、お姉ちゃん。僕だって怖かった。でも、お兄ちゃんがいてくれたから…」
エドワードの目がまた閉まったままの扉に向いた。クラリッサも扉を見る。
「来ないわね…」
「うん、遅いね…お兄ちゃん…」
「後始末に時間がかかってるのかしら…?」
けれど、子ども達は薄々気付いていた。待ち人はきっと来ないことを。鍾乳洞の中で自分たちを迎えに来た大人たちが彼らにかけた言葉を思うと、姿を見せずにこの村を去るだろうと気付いていた。村人がどれだけ自分たちを恐れているか、彼らは知っている。
彼は、とても心優しい男だったから。
どんなに無礼を口にした村人だからって怖がらせることは絶対にしないと思うのだ。



「でも僕……まだ言ってないんだ、ありがとうって」
「私もよ……私なんか、酷いコト言っちゃた…謝らないと…」
その時、バラバラと騒々しい音を立てて病院の上を何物かが通過した。こんな辺鄙な村にはそぐわない音だった。クラリッサが見つけたのは、窓の外の地面に描かれた大型ヘリのシルエット。
ハッとひとつのことに思い当たる。
「エド!もしかしたらあのヒトたち…!」
エドワードもクラリッサの言葉にピンと来る。子ども達は急いでベッドを下りると廊下へと飛び出した。










それからしばらくの後、男と女は機上の人となった。最後に村を上空から眺めてフウのラボへの帰路に着く。男はぼうんやりと窓の外を眺めていた。女もその傍らから外を覗く。彼女は夫の目が赤十字を探していることが分かっていたから、それを先に見つけた時
「ナルミ、病院の屋上を見て」
と指差し示した。
そこには屋上に子どもがふたり。ヘリに向かって大きく手を振っている。
「エド…クリス…」
クラリッサの方は松葉杖をついているが、元気そうだ。エドワードはぴょんぴょんと跳ね回っている。
女は操縦席に病院の上で旋回するように頼んだ。
ふたりは何やら大声で叫んでいる。遠目にもその唇の動きを読めた男の目元が嬉しそうに歪んだ。


「ありがとう、と、ごめんね。…良かったわね」
女は夫の黒髪に額を付けた。
彼の心が幾らかでも報われたことが、女には分かる。
「すれ違う一万人に白い眼を向けられても、その中のただ一人が温かい言葉をくれたなら、それだけでそれまでの茨の道を歩んだ痛苦が報われることを、私は知ってるわ」
柔らかく温かなカラダで夫の背中を抱き締める。広すぎる彼の背中は、自分のちっぽけな腕では抱き締めきれないけれど、全霊で抱き締める。
「あなたは優し過ぎるのよ…」
だから私はあなたが好き。
男の頬を伝う涙が、彼のジーンズの色を重たく変える様を女は見て見ぬふりをした。










エドワードとクラリッサの頭上を何周か旋回して、ヘリは青い空に点になった。
「結局……お兄ちゃんの名前、聞かなかったな……」
ぽつり、とこぼしたエドワードの言葉に
「『しろがね』でいいんじゃない?」
とクラリッサは言う。
「また、会えるかな…」
「私たちが世界に出れば、会えるわよ」
「そっか」
世界は広大過ぎて途方に暮れるけれど、この村から一歩も出ないんじゃ会いたいヒトも探せない。
「私、いつかこの村出てやるんだから!」
クラリッサは誓う。彼女が未来の伴侶としたい男性はこの村の中ではもう絶対に見つからないのだ。
理想が高くなっちゃったかな…、ちょっとした失恋気分に溜息が出た。
「私も、頑張って自分を磨かなきゃ」
「僕も、頑張って強くなる、お兄ちゃんみたいに」


蒼天に流れる風はあおあおと、
いつかきっとどこかで逢える日まで。



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