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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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人物設定、舞台設定、その他諸々完全創作です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。







(1) Cafe 『Cirque』





しっとりとした白漆喰の壁、磨かれた飴色の床、窓には濡れたような光を通すレトロガラス。
古い日本家屋を改装した店内に、アンティークと呼べば聞こえはいいが希少性よりも古さの印象がだいぶ際立つ人形たちと調度品。
壁に所狭しと飾られたフォトフレームの中に在るのは古い古いピエロやサーカスの写真。
これまた年代物の建具に仕切られた入口には『Cirque』の文字が書かれた看板と、白く煙る姫紫陽花。


『Cirque』は、駅近の商業地域と住宅地の境目に店を構える喫茶店だ。
店主が代わり、リニューアルオープンして彼これ1年。
静謐な空間にアナログなレコードプレーヤーからクラシック音楽が流れ、店の一角にある大きな本棚にはサーカスに関連した書籍が並べられていて客は自由に読めるようになっている。
大きな一枚板のカウンターに6脚の椅子、窓際には複数人掛けの席も3組設えられていて、客がゆったりと腰を据えて寛げる。


今もカウンターにはふたりの男の客が腰をかけていたが彼らは心ここにあらずといった体で、視線はパラパラと徒に繰られる本の頁ではなく、カウンターの向こう側へと注がれていた。
しばらくしてコツコツと軽い靴音がして、銀色の髪の女がコーヒーの香りを纏って近くに現れた途端、彼らはキリリと顔を引き締め、ずっと本に熱中していた体裁を整える。
「コーヒーをお持ちしました」
どうぞ。
優雅な白い指が一人の客の前にコーヒーを置いた。
カップ&ソーサーは白地に青で模様の描かれた、趣味のいい国産陶磁のヴィンテージ。


「ああ、ありがとう」
客は精一杯恰好をつけて絞り出した渋い声で礼を言うと、一口飲んで
「君のコーヒーはいつも美味しいね、エレオノールさん」
と台詞に常連っぽさを醸し出してみた。
ひとつ空けて右隣に座る、もう一人の客に対する牽制が多分に含まれていることは言うまでもない。
「ありがとうございます」
木目のトレーを抱えた銀髪の美女、エレオノールが自分にくれたクールな笑みに客の鼻の下がだらしなく伸びる。


「ああ、すみません。エレオノールさん」
もう一人の客が手を上げ、美女の注意を自分に向ける。
「もう一杯。お代わりをもらえるかな」
「そんなにお代わりして大丈夫?」
エレオノールは少し首を傾げ、くすりと笑う。
彼女の動きに合わせて滑る髪がキラキラと星屑を撒き散らしそうだ。
意図せずに生みだされる女性美に、思わず客の口がポカンと開く。
「もう4杯目でしょう?」
男が勝ち誇った目をひとつ空けて左隣の客に向けた。
杯を重ねていることをアピールしてみせ、先程の遺恨を晴らしたつもりだろう。
「いや、君のコーヒーは美味しいから。幾らでも飲めるよ」
「ありがとうございます。今、お持ちしますね」
ふ、と微笑みを残し、エレオノールは踵を返した。
コツコツと軽い靴音が去っていく。
白を基調としたタイトなシルエット。
高い位置の腰から見事に描き出される女性らしい曲線と、すらりと伸びた脚線美。
あまりの艶めかしい後ろ姿に、男たちの口から同時に感嘆が漏れた。


ここは美味しいコーヒーが本物の器で頂けると評判の古書店。
しかもコーヒーを淹れてくれるのがとびきり美人の店主、しかも独身とくれば来店の9割以上が男性客というのも致し方ない話だろう。
先の客だけでなく、彼女の店を訪れる男性客の殆どの目当ては店の鄙びた雰囲気でもなく、香り高いコーヒーでもなく、見目麗しい美貌の店主だ。
こうやって男性客たちが競い合って飲んでくれるコーヒー代の売り上げも結構なかなか莫迦にならず、彼女にとっては想定外。
美人店主の気を少しでも惹こうと日参する男たちを笑顔であしらうのが、彼女にとっての一番の重労働かもしれない。
でも。ここでの暮らしは今の彼女にとって、何物にも代え難い。
ドリッパーにお湯を少しずつ垂らし、豆を蒸らす。
エレオノールは豆がふくふくと膨らむのをゆったりと待ちながら、レコードの柔らかな音圧を楽しみ、曲を口ずさむ。カウンターに飾られた紫陽花に目が留まった。
店の外にある小さいながらも手入れの行き届いた庭の草花を店のあちこちに生けている。
代わり映えのしない景色の中、四季折々の小さな植物たちが暦の移り変わりを教えてくれる。
エレオノールは目を細め、しっとりとした花びらに指を愛しげに滑らせた。


がらり。入口の引き戸が開く音にハッとする。
扉の開け方一つで、エレオノールにはこの新しい客が誰だか分かる。
本人としては「出来るだけ静かに」とかなり気を使っているつもりなのだろうが、結果としていささか乱暴な扉の開け閉めの音に続く、大きくて重たそうな靴音。
耳に届く、たったそれだけの気配で自分の表情がふんわりと柔らかくなったことに、彼女は気付いているのか、いないのか。
エレオノールのこの町での暮らしを掛け替えのないものにするヒト。
とくん、と大きく、彼女の胸の中が揺れた。


騒音の主は脇目も振らず、勝手知ったる店中のカウンターにやってくるとその上にビジネスバックをどさりと置いた。
テーブル上のカップやスプーンが飛び上がり、カチャカチャと音を立てる。
先客達は、古い家屋の低い天井に頭を擦りそうな上背の持ち主でカタギとは思えない目付きの鋭い客に慄き、自然と身を縮こめた。スーツの上からでも分かる、筋骨隆々な躯体。
新参者は椅子の脚を木端微塵にしそうな勢いで、どっか、と腰かけた。
ふう、と大きく息を吐いてネクタイを緩める客にエレオノールは言う。
「ナルミ。もっと優しく座ってくれる?脚が折れてしまう」
「すまねぇ」
「後、荷物も。やさしく置いてくれる?」
「…すみません」
店主に静かな口調で窘められて、ガサツな男・加藤鳴海は素直に頭を下げて謝った。



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