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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






あの銀色狼はいつもどこか物思いに沈んでいるような顔をしていた。
いつもどこか、寂しそうだった。
距離を置くようなことばかり言って。
白い両手で突っぱねて。
でも本当は、言いたいことを呑み込んでいたんだ。
その両手は、違う形で触れたかったんだ。



愛してくれていたんだ。
愛してよかったんだ。
もう、愛することを我慢しなくていいんだ。



ずっと愛するから。
ずっと大事にするから。
ずっと傍にいるから。
ずっと抱きしめていてやるから。
これからは
ずっとオレがおまえを守るから。



だから。
だから、どうか。



無事でいてくれ!





銀と黒の詩。
そのはち、恋の季節





「はあっ…はあっ…はあっ…」
しろがねは大きな木の根元の洞に身を隠し、荒れた呼吸を整えていた。急に激しくなった雪が打ちつけられて蓋のようになり、彼女の銀色を擬態させてくれてはいるけれど、それだって長くは追手を眩ましてはくれないだろう。
匂いが消えるわけじゃない。
しろがねは予定通り森の縁を回り、崖沿いの道に飛び込むことが出来た。しかしその道は既に積もった雪で殊更細くなっていて、進むのに大変な難儀を強いられた。確かに追手の足は遅くなった。けれども逃げるしろがねもまた、下手をすると立ち往生しかねない。
「まいったな…」
遠くで犬が盛んに吠えている。追跡を諦めてはいない。逆巻いた吹雪のせいで鼻はもう利かない。しろがねは大きく息を吐いて、キッとした瞳を上げた。
「……よし。息もつけた…これ以上ゆっくりもしていられない。行こう」
しろがねはそろ、と歩を進める。
途端、背後に気配を感じ咄嗟に左に避けるも、背中を物凄い勢いで突かれ、何事が起きたのか理解する間もなく雪に埋まった。右の肩口に鋭い痛み、痛みに目を遣ると、その周辺の雪が真っ赤に染まっていた。
目前に唸り声を上げる猟犬、その口は朱に染まり、しろがねはあれに噛まれたのだと分かった。避け切れず、牙に裂かれたのだ。
「匂いが全然分からなかった…」
遠くの吠え声は陽動だったのだろう。気がつかない内に距離を詰められていた。しろがねは肩を押さえて立ち上がろうとして、今度は左の足首に激痛を覚えた。
「あああああッ!」
思わず、絶叫してもんどり打つ。足首にもう一匹の猟犬が齧りついている。ガリ、と更に牙を突き立てられ、しろがねは再度悲鳴を上げた。
「いい女だな」
舌舐めずりしながら最初にしろがねを倒した猟犬が近づいてきた。後ずさりももう満足に出来ない、痛みに傷口が火照るが、同時に血液を失いつつある身体は冷えて行く。
「ご主人はお前の毛皮が欲しいんだそうだ。殺すにゃあ勿体ねえが、ここはひとつ死ねや」
寒風吹き荒ぶ中、流れ出る血が温かい。猟犬の血涎塗れの口が大きく開いた。喉笛に近づいてくる。逃げないと、でももう動けない。もう、力が入らない。
「……た、すけて……」
死ぬのは嫌だ。ナルミの笑顔が脳裏に浮かぶ。あの人に何も残せずに逝くのは嫌だ。



最後に、会いたかった。
そして、伝えたかった。
愛しているのだと。
もうずっと、傍にいるから、泣かないで、と。



目頭が熱くなった。頬に零れた涙も、寒風に吹かれてすぐに凍りついた。
もう首を動かすことも出来ない。ずる、と身体が沈んだような気がした。
ああ、違う、沈んだのではなくて、崖から滑り落ちそうになっているんだ…。
崖は深く抉れていて、どれだけの高さがあるかも分からない。もしかしたら、しろがねの横たわる真下には厚く積もった雪しかないのかもしれない。ぐすぐすと雪が沈んでいく感覚が全身に響いてくる。それは猟犬が近づく毎、加速度的に大きくなる。
落ちてしまう。落ちたら、落ちた先に待つのは死、だ。
でも、このまま人間に掴まって毛皮を剥がれるくらいならいっそ、崖底に落っこちた方がマシかもね…。
しろがねの身体が谷底へと滑っていることに犬達も気付いた。しろがねの身体を牙で捕らえようとするも、足裏に覚える雪の柔らかさに本能的な恐怖を覚え進めない。下手をすると一緒になって落ちかねず、なかなか近づくことが出来ない。しろがねは重い瞼を下ろした。
いいわ、このまま落ちましょう…。
でも……あなたに会えなかったことが、心のこり……。
力を抜いて、雪が崩れるに任せる。
すると遠くから、誰かがしろがねの名前を呼んだ。



「しろがねぇッ!」
しろがねは懸命に瞼を持ち上げる。その声が誰のものか、苦しい程に分かるから。
黒い何かが雪埃を舞い上げて突進してくる。ナルミが自分の危急に駆けつけてくれたことが嬉しくて、痛みも忘れて感涙をこぼす。ナルミは立ちはだかる猟犬達を一匹一匹一撃で沈めていく、その雄姿が涙で滲む。
「ナルミ…」
「しろがね!大丈夫か、おいっ!しっかりしろ!」
最後の一匹の腹に拳を沈め、ナルミがしろがねの傍らに駆け込んだ。途端、更にずる、と谷に向かって雪が落ち込んだ。己の体重が崩落を速めてしまったと悟る。
「うおっと」
「ナルミ…私はいいから、早く逃げて…このままではあなたも…谷底に、落ちてしまう…」
「何言ってんだ、置いてけっか、馬鹿!」
しろがねが横たわる雪は紅に染まって、明らかに一刻を争う事態になっている。服の裾を裂いた布で手際良くしろがねの傷口に止血を施し抱え上げた。けれど柔らかな雪に腰まで浸かったナルミはしろがねを抱いたままでは上手く身動きが出来ない。



「いいから…私のことは、あなただけ…」
「ンなこと出来ねえっつの!」
すると、次第に新手が近づいてくる気配がした。犬の吠え声とともに、一発の銃声、咄嗟に身を小さく屈めはしたが、それは動けずにいるナルミの頬を掠めて飛び去った。熱く鋭い痛み、一筋の赤い跡を頬に残した。雪の上に焼け焦げた黒髪がバラバラと散る。
『動くな!』
猟師が叫んだ。銃口をナルミに突き付けて、もう一発、問答無用の鉛玉を撃ち出した。散弾はしろがねに覆いかぶって横に逃げるナルミの左肩を、ばしゃん、と薄く撫で肉を丸く抉った。余りの激痛にナルミの視界が真っ赤に染まる。千切れた腕がしろがねの目前に鈍い音を立てて落ち、その下に大きな血だまりが広がっていく。
「…ナ、ナルミ…ッ」
ナルミは身体を九の字に折り、焼け付く痛みを浅い呼吸で逃がそうとしている。しろがねは身体を捩り、ナルミの顔に顔を寄せる。ナルミは痛みに顔を歪めつつも、しろがねに微笑みを見せてくれた。
「へーきへーき、こんなの…」
漁師はこれ以上近づくのは危険と考え、犬達を引っ込め今度は網を打とうとしているようだ。あれに巻かれてしまってはもう、助かる道はない。
「へへ…しろがね…腹ァ、括れよな…」
「ナルミ…ごめんなさい、私のせいで、あなたの、腕が…」
ボロボロとこぼれる涙が止められない。
「これでお前が、帰って来てくれんなら、痛くも痒くもねェよ」
「ナル…」
「お前がいなくなっちまうんだと、そん時の心の方がずっと痛かった」
「ナル…ミ…」
「だから、泣くなって」



漁師が網を構えた。それが投げ放たれるよりも早く、ナルミの足が底を蹴り抜いた。雪はばくんと大きく割れ、奈落を作る。
宙に浮いたナルミがしろがねを掴まえる。
「しろがね、もう…放さねぇぞ」
ふたりで虚空に放り出される、走馬灯のように時間がゆっくりと流れる。
「やっと言える、あなたのこと、愛してるって」
ナルミの右腕がしろがねをぎゅうと胸に抱き締める。しろがねもナルミの首に腕を巻き付ける。
「ああ、もう。思い残すコトねぇなぁ」
ナルミはキラキラと笑うしろがねの額に口付けた。
そうしてふたりは、真っ逆さまに、真っ暗な崖の下へと落ちて行った。










また、春が巡って来た。
マサルはほんのちょっと逞しくなったけれど、一番のトモダチがいなくなった森は詰らない。



あの日から、ナルミは帰って来ない。
勿論、しろがねも。



吹雪が治まって、ナルミの匂いを頼りにやってきた先でマサルが見つけたのは、千切れたナルミの前脚だった。大きな落雪を起こしたのが明らかな崖っぷちに、肩から千切れた左腕が引っかかっていた。決死の思いで、重たい腕を引き上げて、抱き締めて泣いた。
ナルミの腕は散弾銃でカラダから引き裂かれたものだと分かった。辺りにはナルミとしろがねの血の匂いが微かに残っていて、彼らが重傷を負わされたことだけが確実で、その後の安否が分からない。ふたり揃って漁師の手に掛かってしまったものか、それとも落雪に巻き込まれて崖下に落ちてしまったものか。
マサルなら、死して毛皮を剥がされて辱められるくらいなら崖から飛び降りていると思うから、きっとふたりもそこにいると思うけれど。
お日様でも薄くしか照らせない深い崖の下に降りていくことは春にならないと難しくて、それまで探しにもいけない。



以来、マサルは雪解けを確認しにちょくちょくここに足を運んでいた。
今日は、日当たりの悪いこの場所もようやく土が顔を出し始めていた。他の土地で越冬を終えた渡り鳥達が間もなく迎える繁殖期に向けて騒がしいったらありゃしない。
「もう少し……かな。そうしたらナルミ兄ちゃん達を見つけに行ける」
待っててね、マサルは呟く。
深い雪に埋もれたふたりは生前と変わらない姿で横たわっているに違いない。きっと、ふたり仲良く寄り添って。
「ようやく両想いだって分かったのに。こんなのないよね…」
マサルは、すん、と鼻を啜って地面に這いつくばり、
「崖の下の方はどうなってるのかな…」
と下を覗き込もうとした。その時。マサルの鼻先に、ぴょこ、と顔を覗かせたものがあった。
銀色の毛並みの、仔オオカミ。



「わ!」
予想外のものを想定外の場所で間近に見たマサルはびっくりして後ずさった。
銀色の仔オオカミが地面に飛び移ると、その後から今度は黒い毛並みの仔オオカミが現れその隣にぺそっと寝そべった。最後にもう一匹、銀と黒のまだらの仔オオカミ。三匹はマサルを見つけると、「あそぼうあそぼう」と遠慮なしにカラダをよじ登り始めた。
「な、何なの、きみたち?」
にぱっと屈託ないその笑顔が凄く誰かによく似ている気がする。呆然とするマサルに更に追い打ちをかけたのは
「おまえらそこから動くなよ?落っこちたらコトだからな?」
という低くて深い、聞き慣れた懐かしい声だった。よいしょっと、の掛け声とともに大きな体が崖の下から現れた。そして目の前に思いもしなかった出迎えを見つけると、それはそれは嬉しそうに
「よう、マサル!久し振りだなァ」
と笑った。



「に、兄ちゃん…ッ?!ナルミ兄ちゃん!無事だったんだね?」
「おうよ、何とかな」
ぶわっとマサルの目頭が熱くなる。
「兄ちゃん達を探しにここまで来て、兄ちゃんの腕しか見つけられなくて…だから、てっきり…僕…」
「うん。腕、もげちった」
強い風に煽られるナルミの左袖はペラペラで、中身の不在を訴えている。
「しろがねを庇うので精一杯でさ。散弾銃ってのァおっかねぇなぁ」
なんて笑ってる。死にかけたんじゃないの?と心配した自分が馬鹿みたいに思うくらいに明るく笑い飛ばしている。
「あ、で?しろがねは?」
「しろ…がねはぁ…」
「呼んだ?ナルミ?」
この声に応じてナルミは右腕を崖下に伸ばし、声の主を引き上げる。
「あ、マサルさん!」
最後に会った時と全く変わらない、否、もっと綺麗になったしろがねがマサルが初めて見る、花のような笑顔で現れた。おまけに4匹目の仔オオカミを抱っこしている。マサルを遊び相手と認識した小動物が4匹になった。
「ね、ねぇえ?この仔たち、もしかして…?」
「おう。おれらのコドモ」
ナルミは誇らしげに笑い、しろがねは恥ずかしそうに頬を赤らめ俯いた。



この崖の中腹には大きく迫り出した庇状の場所があり、そこに上手い具合に出来た横に入った深い亀裂にナルミが用意した『秘密基地』のひとつがあった。一緒に落ちた大量の雪はふたりのクッションになり、冷えて収斂した傷口は致命的になるほど出血しなかったのが幸いだった。
互いに互いの傷を舐め合って、互いに互いの身体を温め合っているうちに
「まぁ、なるべくしてなった結果と言うしかねぇよなぁ」
赤ちゃんが出来たと。
「こう、人間に追われた時の心理とか、逃げる方向とか地理的特徴とか、そういうの考慮すると崖の中に避難所が必要だって用意しといたんだけど。正解だったな」
ナルミはカラカラと笑っている。
「そうだね…兄ちゃんは我慢した期間が長かったからね…」
さぞかしはっちゃけたコトだろう。雪に隔離されたふたりだけの世界、
「するコトも他にないものね……」
独り言ちる勝の頬を引っ張って、こども達は遊んでいる。
「ケガが癒えて、ガキどもがそこそこ育って雪が減るのを待ってたんだ。この腕じゃ崖のぼりも辛いからな。しろがねも傷つけられたし…」
チクショウめ、と毒づいて、ナルミは引き寄せたしろがねの襟ぐりからのぞくピンク色の肌が張ったばかりの傷をべろりと舐めた。恥ずかしげもなく。以前のナルミにこういった度胸があっただろうか?いやない。
「やだマサルさんの前で」と言うしろがねも決して嫌がってはいない。
彼らは見事なバカップルになって生還したようだ。これからはコレを毎日見せつけられるのか…、マサルは先が思いやられた。でも。



「心配かけて悪かったな、マサル。これで晴れてしろがねもずっとここにいる」
「ありがとう、マサルさん。私たちが幸せなのは全部、マサルさんのおかげ」
「ううん、いいんだ」
ふたりが無事なら。
これからのふたりがずっと一緒で、幸せになってくれるなら。
「ああ、ありがとな、トモダチ」
大きな手の平がぐりぐりと頭を撫でてくれた。
大好きな友達が笑ってくれるなら。












とあるところの、とある山の、とある森の中。
動物たちが人の姿をして人の言葉を話す童話の世界。
でも、人間の目から見れば、やっぱり物言えぬ動物にしかみえない、そんな動物たちのお話。
童話の中のオオカミと言えば狡猾で意地悪で悪者で、アンハッピーになることで皆がハッピーになる動物だけれど。



オオカミがとんでもないハッピーエンドで終わる物語がひとつくらいあったって、いいよね?



End
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