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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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あんばらんす





★エピローグ:見上げれば キラリお星様  手を伸ばし 線で結んでみる★





「……分からないです…。覚えていると、思っていたのだけれど…そう、思い込んでいただけなのかもしれません。…駅からここに来るまでの景色も記憶の中と結構違ってましたから。自分が思うよりもずっと、変わっているのでしょう。もっとも…、この町にいたのも、園に通ったのも、半年くらいだったから…、余計…」
「そういう、モン、だろうな」
エレオノールは俯いたまま、沈黙が流れた。
北風は、鳴海の黒髪を散らし、ふたりを隔てる鉄門ごと冷やして行く。


もしも、エレオノールが「ナルミ先生はいらっしゃいますか?」と訊ねるのならば、自分がそうだと名乗り出るつもりだった。
彼女の幼稚園訪問の目的は、自分との邂逅、それ以外にない。
なのに、それを言わないでいる、ということは、目の前の男が『ナルミ先生』であると気付いているが、『コイツ』とは約束を果たしたくない気持ちの表れだろう。
一卒園生と、それを応対した一園教諭として、この場を収めたいのだろう。
ならば、鳴海の取るべき行動はひとつだ。
「それでは、失礼」
最後に愛おしい姿を目にしっかりと焼きつけて、踵を返す。


こんなにも、まだ見ぬ想い人に恋をしていたとは。
こんなにも、教え子が大人になるのを心待ちにしていたとは。
いい年、なのにな…
オレってやっぱバカなんじゃねぇの、
己の女々しさが唇の両端を歪んだ形に持ち上がったその時、


「あっ、あのっ、な…ナルミ先生」


思いも寄らず、エレオノールに名を呼ばれ、全身が固まる。
何だよ?おまえ…
『オレ』を『ナルミ先生』だと、認めちまうのかよ?
鳴海は大量の空気で肺を目一杯膨らませることで、跳ねた心臓を無理矢理押さえ付けた。
「エレオノールです!わ、私…のこと、覚えていませんか?」
ああ。何という幸甚だろう。
教師としても、ひとりの男としても冥利に尽きる。


「覚えていない」、そう答えた方が結果としてエレオノールには親切なのかもしれない。
でも、思い出す努力(をするフリ)をしないのは鳴海の教師としての矜持に反する。
そう、教師として、他の卒園生と同様に接すればいい。
そして、例の約束だけ、都合よく忘れたらいいだけだ。
実際、この12年間に送り出した卒園生の数は結構なモノだし、その中に自分が埋もれていると感じれば、賢いエレオノールのことだ、件の口約束を持ち出すこともないに違いない。


よし、方針は定まった。
鳴海の確固たる覚悟は決まった、筈だった。
でも、
「12年経って、私も大きくなったし、先生に習ったのも、ほんの半年で、先生からしたらたくさんの園児の内の、ひとりでしかないんでしょうけど」
折角の理論武装が、相手からの先制攻撃で使われたら。
恩師の仮面を被る前の背中にぶつけられてしまったら。
「でも、私にとってナルミ先生は、たったひとりの、ナルミ先生だから…」
別れ際の泣き顔を彷彿とさせる必死さで、そんなことを言われたら。
優柔不断な覚悟は、ガラガラと音を立てて、瓦解する。


くる、とエレオノールに向き直り、大きく肩で息を吐いた。
懸命に見上げて来る大きな銀の瞳が、ほんの少し見下ろした場所にある。
「はぁ…でっかくなったなぁ…」
そりゃぁオレも年を取るわけだ。
温かい、大きな手の平がエレオノールの頭を撫でた。
エレオノールの記憶に在るそのままの温もりに、涙が零れ落ちそうになる。


「わ、私のこと、思い出してくれたの?」
「思い出すも何も。こんな特徴的な銀色、忘れるもんかよ。それに、あんなに懐いてくれたヤツは後にも先にもおまえだけだ。オレがこの職業に就いたのも、おまえがきっかけみてぇなモンだしな」
鳴海は気恥ずかしそうに笑った。
「じゃあ…どうしてさっき…」
知らないフリをしたの?
エレオノールは言いかけて、それがあの約束のせいだと思い至る。


ただの口約束。
分かってはいたことだった。
12年。幼稚園児との結婚の約束を真に受けるひとなんていやしない。
自分自身が大人になるのに充分な時間、12年、元々が大人だった鳴海はもっと大人になり、疎遠になっている自分との約束云々じゃなくて、その間に恋人だって結婚だって    
胸がズキンと痛んだ。


鳴海が誰かと結婚している可能性。
失念していた訳じゃない。
考えたくなくて敢えて意識の外側に追いやっていた可能性。
慌てて鳴海の長い腕を視線で辿るけれど、左手は上着のポケットの中だ。
だから、曖昧な表情をしているのかもしれない。
上手な、昔の教え子を傷つけない言葉を探しているのかもしれない。
30代なのだから既婚でも不思議じゃない。
だとしたら、こんなオママゴトのような絵空事を本気で実現しようとやって来た元教え子なんて、失笑物だ。


どうしたらいいの?
ここまで来て、折角ナルミ先生に逢えたのに、このまま、帰った方がいいの?
一介の卒園生として、ただ懐かしさだけを満喫できたなら良かったけれど、私は、気負った物が大き過ぎて、もう言葉も探せない。


視線が門扉を握り締める自分の手の上に落ちてしまった。
沈黙、恩師もさぞや困っていることだろう。
案の定、鳴海が静かに大きく息を吐いている音がする。
不意に、大きな拳がエレオノールの手のすぐ近くで門扉を握った。
びくっとする。反射的に鳴海の拳に目をやって、それが左手であると気が付いて、そして無垢な薬指にハッと息を呑む。
「生憎と、ずっと独り者でね」
エレオノールの目の動きを読んでいた鳴海は、問われる前に白状した。


これまで、結婚の話直前までいった彼女は何人かいた。
仲人趣味のある園長のばあさんの知り合いから、ウンザリするほど見合い話を貰った。
シングルマザーの保護者から告白されたのも一度や二度じゃない。
一緒になってもいいかと思った女もいたけれど、その度に、折り紙の星が脳裏で瞬いて、気が付くと、自ら縁を遠ざけていた。
あの卒園式から12年が経って、もしも、あのコが訪ねて来た時に自分が既婚者だったら約束を破ってしまうことになるから。


事情を知らない周りからは散々、おまえは阿呆かと言われた。
否、事情を知ったら尚、阿呆呼ばわりされただろう。
正直、自分でも馬鹿だと思った。
でも、ようやく全部が繋がる。


「オレが知らんぷりを決め込もうとしたのは    
エレオノールが今にも泣きそうな目を上げる。
「おまえに逃げ道を作ってやりたくてよ。おまえの記憶ん中のオレは相当に美化されてんだろうからさ」
それもこれも、今日、彼女に逢うためのことだった。
12年前の薄幸な少女との出逢いも、今日、彼女と出逢うため。
「12年経った今    お前はピチピチ18歳だが、オレぁ、三十路のおっさん、だからな」
エレオノールはふるふると首を横に振った。
「先生は昔と変わらない」
「あ?」
「12年前の写真に写っている先生と、ちっとも変わらないわ?」
「……」
老けている、とはよく言われた。12年経って年齢が見た目に追いついた宣言は、果たして喜んでいいものやらダメなものやら。


「先生?」
「うん?」
「卒園式の時の約束…覚えてますか?」
細い指がおずおずと、星の形に折られた金色のホイル折り紙を差し出した。
懐かしい、想い出の中にある形そのままだ。
笑顔をそれと同じ色に染める敬愛する恩師は瞳を細め
「覚えてるよ」
と言った。
そして、銀色のおほしさまが載った分厚い手の平をエレオノールへと伸ばした    





☆☆☆☆☆





せんせい おはよう
みなさん おはよう
おはなも にこにこ わらっています
おーはよう おーはよー

せんせい おはよう
みなさん おはよう
ことりも ちっちと うたっています
おーはよう おーはよー


幼稚園児たちが元気に朝の挨拶の歌を歌う。
オルガンを弾いて歌声に伴奏をつけているのは、可愛らしいヒヨコのエプロンがやたらと似合わないデカい男、加藤鳴海。
「さあて、新学期が始まって一週間、新しいクラスになれたか、おまえ達!」
「はあーい!」
「なれたー!」
「ほんじゃぁ、皆でご挨拶!」





後日談。
鳴海とエレオノールは、エレオノールの二十歳の誕生日を機に籍を入れた。
エレオノールは後2年、大学に通わなければならないが、学生結婚することに些かの躊躇もなかった。
何故なら、感動的な再会の日から間もなく、押し掛け女房的に鳴海のアパートに住み付いたエレオノールは、『約束』が現実となる日を首を長くしてずっと待っていたのだから。


エレオノールの父親は、幼い頃から娘がお題目のように唱えたために「なるみせんせいのおよめさんになる」ことが彼女の夢だとは知っていたが、本当にかつての恩師と付き合うようになるとは思っていなかった。
可愛い娘が「同棲します!」と宣言して家を出ていった時には、「娘を誑かしやがって!」とばかりに鳴海のアパートに乗り込んだりもしたものの、むしろ鳴海が段取りを踏まない交際に困惑気味であることを知り、「連れて帰ってください」と嘆願されもした。
相手は筋や立場というものをきっちり理解していたが、自分の娘が理解していなかった。
娘の首根っこを掴んで連れ帰ろうと試みたものの頑として動かないエレオノールに、父親も鳴海も、即日根負けした。


晴れて父親公認、17歳も年下の彼女を得た鳴海は仲間内からやれ変態だのやれロリコンだのやれ犯罪者だの散々言われ、やっかみ上等とは知りつつも、言いたいヤツは勝手に言ってろの境地に辿り着くのに若干の時間が掛かった。
何しろ、嬉し恥ずかしの甘い生活をリアルに送っていると、仲間の弄りにさえ顔の緩みが抑えきれないのだ。
次の長期休暇には新婚旅行がてら、ふたりで海を臨む小さなチャペルにて式を挙げて来る予定。
ウェディングドレスを身に纏ったエレオノールは、いつか見た夢のように、輝くばかりに綺麗だろう。
鳴海は、その日のエレオノールが見せる笑顔が楽しみで仕方が無い。





さあ、元気な一日が今日も始まる。



End
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