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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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あんばらんす





★このまま二人きり 時を止めて 輝く君を見ていたい★





お弁当の時間が終わり、外遊びを心待ちにしていた園児がひとりふたり、教室を飛び出して行く。
「おおい、危ねぇだろうが!走るな!」
ルール違反を大声で嗜めて、鳴海もまた外に出る支度をする。
突貫工事で卒園式に使用するカキワリをこさえなければならないのだ。
ビッグイベントを間近に控え、先日、倉庫に仕舞われていたカキワリを点検したところ、使用に堪えない欠陥が見つかった。
桜の樹を縦に裂く、大きな罅割れ。
長年、卒園式を彩ってくれたけれど、危険だし、何より縁起悪いということで新調することとなった。
そうなると数少ない男手の鳴海に仕事が割り振られるのは分かり切ったことだった。


ただでさえ多忙なルーチンワークに最大行事の準備、その隙間を縫っての作業になる。
なので、昼休みの子供の面倒は副担任に放り投げて、鳴海は園舎の裏でカキワリ作りに精を出す算段だ。
「作るのはお茶のコだけどよ…北側は寒ィからなぁ…」
寒さには強いものの、上着が必要なレベルだ。
愛用のMA-1に袖を通しながら、空模様を確認しようと窓を見遣る。
「ま…雨の心配はねぇか…」


ふと、園庭をぐるりと取り囲むフェンス脇にひとり立つ、女性に目が止まった。
淡い春色のワンピースをシックに着こなした、スタイルのいい女性だった。
如何せん肩から上が、フェンスに掲げられた園の看板に掛かって見えないのが残念だ。
意図せず、今朝方見た夢を思い出す。
大人になった彼女は、あんな風になるのかな     そんなことを考えた。
幼いながらに綺麗な子どもだった、成長した暁にはきっと、他人の目を惹く別嬪になるだろうと勝手にお墨付きを与えている。
でも、彼女はこの春に高校を卒業したばかり、街を歩いて擦れ違う世間一般的な女子高生のイメージとダブらせて、あそこの女性のような大人の落ち着きはまだ持ち合わせてはいないはず、なんてことも考えて、無駄なことに考えを巡らせている自分を嘲笑った。


長い黒髪をタオルに押し込みつつ、通用門の傍らに設えられている倉庫へと向かう。
「うー…さぶっ」
園舎の北側は日の当たることがないため底冷えて、外に続く扉を開ける前から身震いが出る。
「さぁて…ガキ共が遊んでる間に、もう一頑張りするかぁ…」
外に出た途端、余寒に凍える北風に身を斬られた。
手の平で両腕を擦り擦り、
「うう…北側は流石に寒……ィ……」
竦めた首を上向けた時、通用門の前に立つ女性と目が合った。


さっき、園庭を眺めていた女性だった。
遠目にも美人なら、間近で見れば尚美人。
賢さと品を兼ね備えた佇まいも、女性美を具現化したプロポーションも、鳴海の好みドストライクで、世の中にこんな女が存在したとはと驚いた。
けれど、それよりも何よりも鳴海を絶句させたことは、
「あ…あの…」
自分に語りかけて来る、その破格に美人の彼女が銀目銀髪で、エレオノールである事実、だった。


「ええと、お迎えですか?」
誤魔化しの言葉を吐き出したのは咄嗟のことだった。
本当は「エレオノールよく来たな」と、諸手を挙げて迎えてやりたかった。
これまで、彼女と再会する場面を夢見る度に口にしていた台詞でもって、喜びたかった。
心と裏腹な言葉、心にもない言葉をエレオノールにかけたのは、ひとえに、成長した彼女が余りにも若く、綺麗だったからだった。


12年の時を乗り越えて今日ここに来たエレオノールは、「せんせいの、およめさんになりたい」、その約束を果たしに来てくれたのだろう。
幼い約束を忘れもせず、自分に好意を抱き続けてくれたという証明だ。
もう、それだけで充分だ、と鳴海は思った。
12年経て、エレオノールは綺麗になった。
だが自分は?
12年経った今、自分は三十路のおっさんだ。
自分にエレオノールは勿体無さすぎる。
彼女は放っておいてもモテるだろう、何も、しがない幼稚園教諭に拘る必要なんてどこにもない。


それに、こうして声をかけるまではキラキラと輝いていた恋心も、実物を見た瞬間に砕け散ったに違いない。
彼女が長年かけて『なるみせんせい』に美化に美化を重ねていたに違いない。
今も昔も中身が不変だと言っても、女子高生から見た自分がおっさんであることも否定しない。
鳴海自身、小娘世代には興味はない。のに。
でも、やはり、エレオノールだけは特別なのだと確信する。
かつて己のロリコン疑惑に煩悶していた頃と何ら変わらない。


だからこそ、エレオノールに逃げ道を与えてやりたかった。
「エレオノールよく来たな」、そう言ってしまったら、彼女の退路を断つことになりそうで、
そして自分もまた、逃げたがる彼女を、全力で追いかけてしまいそうで、宝物を傷つけてしまう未来しか見えなくて、だったら最初から、運命を交差させない方がいいと、考えた。


「え…あ、その…違います…」
「こいつぁ失礼。保護者にしちゃァ若ぇし、見慣れないなぁとは思ったけども、念のため。そしたら、こっちの方で用?」
と、教員募集のポスターを指差す。
「えっと…いえ…、私、ここの幼稚園の卒園生で…その、久し振りにこちらに来る用事があって…」
フランクな自分の物言いに比べて、エレオノールの口調は硬い。
もしかしたら、過去の恩師に会いに来たものの、目の前の男が当人であると、彼女は気付いてないのかもしれない、と考える。
ならば、それならそれでいい。
気付かれないまま、過去は過去に流した方がいい。


「へえ、卒園生?何年前の?」
訊くまでもないことを訊く。
「じゅ…12年前…、です…」
「12…。そっか、流石にオレがまだここに勤める前だなぁ」
真実でもないないけれど、それは嘘でもない。





12年、か。
本当にデカくなったな、エレオノール。
そんでもって、凄ぇいい女になった。





「だから…懐かしいな、と思って…」
にこ、とエレオノールが笑った。
でも、それが作り笑いであることが鳴海にはすぐに分かった。
昔、懐いていたエレオノールがくれたものとは似て非なる物だ。
胸の奥深くまで去来するキリキリとした切なさを、鳴海は、ぼそぼそと襟足の髪を掻いてやり過ごす。
「…覚えているものなのか?12年前の、幼い頃の記憶っての…」
問うてみる。
すると、エレオノールの瞳は戸惑うように、冷えたアスファルトへと落ちて行った。



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