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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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あんばらんす





★きらきら色の星くずは ぱらぱら石くずになった!★





昔、この幼稚園で出逢った教師は、大学生バイトとはいえ、彼女よりも15歳も年上だった。
それから12年が経つ、当時は青年だった彼は今、30代に歩を進めている。
心に残るイメージと現実と、おそらく乖離していることは覚悟していた。
「大昔の子供との口約束なんか覚えていないかも」、「覚えていても彼にとっては冗談でしかないかも」、そういった不安は勿論、「先生のこと、先生だってわからなかったらどうしよう」という懸念もあった。
自分の記憶は、12年に渡って美化され続けて来ただろう自負もあるからだ。


園舎から出て来た大男はゆっくりとだけれど真っすぐに彼女の前にやって来た。
女性としては背が高い彼女が、首を上向けて見上げないといけない。
太く逞しい首に、上着の上からも分かる広い胸板、『先生』はこんなにも大きかったろうか。
大人に近づいた筈の自分にも、彼は大きく、まるで入道雲のように思える。
自分が、ちっぽけに思える。


男が頭に巻いていたタオルを外し、乱れた前髪を手櫛で整えた。
ハッと息を呑む。
タオルの下に隠れていた肩を擦る黒髪は、彼女の記憶するシルエットと変わらない。
「あ…」
彼女の顎が、く、と上がり、息を呑み込んだ形のまま唇が、纏まらない思考が掛ける言葉を見つけるのを待つ。
ああ。あの頃も、彼女の凍えた心に眩しかった、光が小さな心からあふれた。
記憶に棲む敬愛する教師と、同じ顔。
そして、自分を見下ろすやさしい瞳は、そう、こんな風に力強い光を湛えていた。


正直、対峙する彼は幾らか年を取った。
年月を越えて邂逅を果たした、子供ような若さが弾けていた青年は、そこはかとない渋さを湛えた大人の男になっていた。
それはそうだ、幼稚園児だった自分だって手足が伸びきって、もう、結婚だって出来る年になったのだから。
彼女は、目の前の男性が、ずっとずっと恋焦がれていた相手だと確信出来た。
重ねて、自分の恋心は、今も健在であることを確信した。


胸がドキドキする。
息苦しい甘酸っぱさを伴って、性急さが過去と現在を結び付けようとする。
「あ…あの…」
エレオノールよく来たな、無意識が、そんな言葉を待っていた。
直前まであんなにも膨れていた不安が一瞬、彼女から遠ざかっていたに違いない。だから、
「ええと、お迎えですか?」
彼の口から発せられた余りにもビジネスライクな第一声に、彼女は崖から突き落とされた。


「え…あ、その…違います…」
「こいつぁ失礼。保護者にしちゃぁ若ぇし、見慣れないなぁとは思ったけども、念のため。そしたら、こっちの方で用?」
太い指が門柱に貼られた『教員募集』の文字を指し示した。
「万年人手不足なもんでね」
きさくで温かみのある口調と、屈託ない笑い方、どちらにも覚えがある。
キ、と門が軋んだ音を立てた。
通用門の上縁に掛けられた手が武骨で、胸がもっとドキドキする。
ただ、自分と初対面みたいな話し方をする彼のせいで、ドキドキが歪んで苦しかった。
この格好、先生との年の差を埋めたくてあえて大人っぽくしてきたけれど、お迎えの父兄と間違われた辺り、かえって年齢不詳にしてしまったのかもしれない。
最近まで女子高生をしていた身なのだから、相応の服装で来るべきだったのかもしれない。
だから、分かってもらえないのだろうか、私だと。


「えっと…いえ…、私、ここの幼稚園の卒園生で…その、久し振りにこちらに来る用事があって…」
「へえ、卒園生?何年前の?」
彼は無邪気に目を丸くする。
本当に?本当に、私が分からないの、先生?
膝から力が抜けてしまいそうで、門を握り締める指に力がこもった。
「じゅ…12年前…、です…」
「12…。そっか、流石にオレがまだここに勤める前だなぁ」
もう片方の手で、手帳の間に挟まる宝物をぎゅっと押さえた。


勤める前、それは嘘じゃない。
先生はまだ、正式には『先生』じゃなかった。
だから嘘じゃない、でも、真実でもない。
『先生』じゃなかったけれど、先生は、ここに居た。
ここで幼い私と出逢って、約束を、してくれた…


「せんせいの、およめさんになりたい」
そう言った私に、先生は、
「おまえが18歳になった時、これを失くさずに持っていたら。そんで、その時まだ、それを叶えたいと思ったなら。ここにもう一度来るといい。オレはここで待っていてやるからよ。な?約束だ」
だから泣くな、と。笑っていろ、と。
私はその言葉だけに縋って今日まで生きて来たけれど。


でも、これが現実なのだ。
覚悟はしていた、約束を忘れられているかもしれない、存在すらも忘れられているかもしれない、ここに来るまでの道程でも、ずっと考えていたこと。
今頃、そんな古い話を持って来られても、先生…困るわよね?


「だから…懐かしいな、と思って…」
微笑みを顔に貼り付ける。
だけれど、何故か、目頭が熱くて、背伸びをしてパンプスを穿いた、窮屈で痛みを訴える爪先に視線を据える。
だから、
「覚えているものなのか?12年前の、幼い頃の記憶っての…」
その声色がどことなく寂しそうに感じても、顔を上げることが出来なかった。


「……分からないです…。覚えていると、思っていたのだけれど…そう、思い込んでいただけなのかもしれません。…駅からここに来るまでの景色も記憶の中と結構違ってましたから。自分が思うよりもずっと、変わっているのでしょう。もっとも…、この町にいたのも、園に通ったのも、半年くらいだったから…、余計…」
「そういう、モン、だろうな」
頭の上で、溜め息のような、小さな風の音がした。
「それでは、失礼」


大きな手が門から離れた感触がした。
引き返していく、サンダルの足音。
「あっ、あのっ」
どことなく丸まって見える背中に呼び掛けたのは、咄嗟のことだった。
「な…ナルミ先生」
びく、と引き攣れたように男の足が止まる。
「わ、私…のこと、覚えていませんか?」





きらきらと光っていた星は、実はただの石ころだった。
ぱらぱらと足元に落ちた石ころ、でも、もしかしたら、
その石はもっときらきら光る、宝石の原石かもしれない、
そう、思った。



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