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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






千羽鶴 2/2





「ごめん、しろがね!ぼく、去年来なかった、約束、破った!」
石段を全部駆け上がるや否や、鳴海は大きな声の謝罪を一気に吐き出した。体育会仕込みのお辞儀で腰を折り、深々と頭を下げる。しろがねは鳴海に頭を上げさせると、
「詮無いことだ」
と穏やかに言った。
「でも。今年だって何日も前に来たのに、しろがねにずっと待たせて」
約束通り、しろがねは昨年も鳴海が神社にやって来るのを待っていた。来ないと分かっていながらもずっと待っていた。そしてこの夏、ついに鳴海が里にやって来たことも当然知っていた。自分とのことをすっかり忘れて里の子供たちと楽しそうに遊んでいるのを、温かく見守っていた。
「ぼくは」
「いい。こうして今、来てくれたではないか。それで充分だ」
しろがねは微かな、でもとても嬉しそうな笑みで鳴海を迎えてくれた。
「それでいいの?」
「ああ。ナルミが気に病むことなど何一つない」
「でも」
「そんな申し訳無い顔をするな。久し振りなのだから、笑顔を見せてくれた方が私は嬉しいぞ」
しろがねの言うことに成る程と感じた鳴海は背筋を伸ばして、笑う。すると、しろがねも目を細めて柔らかな表情になった。


「ずいぶん、背が伸びたな。幾らか抜かされてしまった」
それは鳴海も感じた。想い出では上にあったはずの目線が並んでいる。
「猫背も治ってる。逞しくなった」
しろがねの手が鳴海の肩や背中を摩る。途端、体の真芯に火が灯った心地がした。
彼女に正対するのは二年ぶりだ。二年前の記憶の中の彼女よりも、ずっと可愛らしく思うのはどうしてだろう。
もちろん、可愛かった記憶はある。けど、こんなにも可愛かったっけ?と考えてしまう。思春期に差し掛かった鳴海にはクラスに気になる女の子がいるはずなのに、しろがねを前にその子の存在が明らかに薄れたことを実感する。
もしも、しろがねのことを忘れずにいられたならば、と考えて鳴海の胸がドキドキと鳴った。
「どうかしたのか?顔が赤いぞ?」
不可思議そうな丸い瞳に覗き込まれる。鳴海は慌てて手にしていた紙袋を
「ああ、そうだ、これっ」
と、しろがねの手元に押し付けた。


「何だ?」
「ええと、その…お土産…?」
「私に?」
「うん」
自分でもどうして買ったのかずっと分からなかったものだけれど、ここに来て完璧に理解する。無意識が彼女のために買ったのだ。彼女の好みに合うか、は神のみぞ知る。
しろがねは紙袋から中身を取り出し、
「わ…きれい…」
と目を輝かせた。ただでさえキラキラしている銀の瞳が大きく光を瞬かせたので、気に入ってくれるか不安だった鳴海の心も安堵と喜びで満たされる。
「開けてもいいか?」
「もちろん」
透明で柔い袋が破けないように慎重に封を開け、取り出されたのは二十枚ばかりの色取り取りの千代紙。桜花に鞠に雪の輪、扇に歳寒三友に宝尽くし、しろがねは一枚一枚手にしては矯めつ眇めつ、頰を染めている。
「こんなに綺麗な紙、どう使うのだ?」
「しろがね、折り紙したことない?」
しろがねが首を左右に振るので、鳴海は「どれか一枚ちょうだい?」と言った。しろがねは鳴海の顔と千代紙の模様を見比べて、青から白のグラデーションの青海波の千代紙を差し出した。鳴海の『海』が名前に入った模様だし、白波銀波の雄々しさが鳴海に似合うと思ったからだ。


鳴海は千代紙を受け取ると腰を落ち着けて折り紙が出来る場所を探した。石段は凸凹だし、社殿の階は陽当たりが良すぎる。キョロキョロと辺りを見回している内に細く開いている社殿の扉が目に付いた。
「中に入ってもいい?」
「あ、ナルミ、そこは…」
鳴海は見るからに二年前とは違う身軽な動きで社殿の階段を上がると、しろがねの言葉を待たずに取っ手に手を掛け、開けた。そして中を覗き、荒れきった有様に思わず絶句した。
根本的に、経年劣化や雨漏りから来る腐食で建屋全体が傷んではいる。 そこに加えて、望まれざる客に床もボコボコに踏み抜かれ、天井もところどころ抜け落ちていた。
壁には大穴、更には引っ掻き傷で描かれた相合傘や、ラッカーで「○○参上!」等の頭の悪い落書きがされている。こんなところに相合傘を描いたカップルは確実に別れるだろうと、子供の鳴海にだって分かる。
傾いた神棚には何も無い。全ては地に落ち無残だ。割れた鏡、瓶子や榊台などは遠の昔に砕けて、原型もない。
一面に散乱するコンビニ袋やペットボトル、食べ残し。ここに来てしろがねしか目に入ってなかったものの、この二年で境内もまた散らかっているに違いない。ここは性質の悪い輩のヤリ部屋にも使われていたようで、あちこちで使用済みのコンドームが干からびていたが、この時の幼い鳴海がそれの意味するところを理解することは出来なかった。
尤も後数年後には、同じ光景を見て、まるでしろがねがここで姦されたような気がして如何ともし難い感情を、鳴海は噛み締めることになるのだが。


「すまないな。どこもかしこも汚れていて」
きっとしろがねはこの惨状を自分に見られたくなかったに違いない、そう察した鳴海はそっと扉を閉めた。
「しろがねのせいじゃないよ。しろがねは汚れたものにアレルギーがあるんだもん」
裏手の日の当たらない場所に移動しながら、後で出来るだけ掃除をしてあげようと思う。適当なところで二人で腰を下ろし、
「見てて」
と、鳴海は受け取った千代紙の角をきちんきちんと合わせて折り畳み始めた。興味津々なしろがねにまじまじと見つめられる中、
「何を作っているのだ?」
「鶴」
を折り上げた。折り鶴をしろがねの手に乗せてあげると、銀色の瞳が改めてキラキラと光を振り撒いた。
「すごいな…元は紙なのに鳥の形に見える」
「他にも色々なものを作れるんだよ。ぼくは鶴しか折れないけど」
「わ、私も作れるだろうか?」
大人びているしろがねが見せる子供の顔に、鳴海はニッと笑って応える。
「うん。折り方、教えるよ」


鳴海は青海波の折り鶴を開き、元の千代紙に戻した。折角作った鶴を壊した鳴海にびっくりしたしろがねだったけれど、なるほど、一枚の紙を何回でも折って楽しむことが出来るのだな、と悟る。
「一緒に折ろう」
しろがねは悩んだ末に、鶯色の地に千鳥と梅模様の千代紙を選ぶと、
「まずはね、三角を作って…」
と鳴海に倣って折り鶴を折った。道中、しろがねには複雑怪奇に思われる工程もあったりして、初めて折り上げた鶴は鳴海のそれに比べてずいぶんと不恰好だった。鳴海を真似て、何度も何度も紙を開いて作り直し、練習する。鳴海もしろがねに付き合って繰り返し鶴を折った。
「昔、これをたくさん連ねたものを神社に奉納されたことがある。そうか…これはこうやって、手間を掛けてひとつひとつ折られたのだな」
折りながら、しろがねは言った。
「それは、千羽鶴、って言うんだよ。折り鶴を千羽折ると願いが叶うって」
「確かに、ひとつあたりに篭められた念は小さくとも束になればなかなかのものにはなるからな」


ふと、鶴を折る手を止めて、鳴海は訊ねた。
「本当に千羽鶴を作ればお願いは叶うの?」
しろがねも手を休め、鳴海と目を合わし、問いに答える。
「千羽鶴に限らず、願いは力だ。最後は本人の努力が物を言う。何事かを必ず叶えたいと強く願う者は、須らく努力する者だから願いに手が届きやすくなる。神は努力出来る環境を整える手助けをして、見護るだけだ」
天神様に合格祈願をしたところで全員が第一希望に通る筈も無い。努力せざる者は報われない。且つ、幾ら努力をしたところで手が届きようのない願いだってある。
「運命は己で切り拓くものだ。言動や選択で幾らでも変えられる。だが、どんなに願っても宿命は変えられない。宿命というのは、その人間が生まれる前、前世から決められ、動かしようのないものだ。それに関わることを願われてもどうしようもならない」
昔、全て薬包の紙で折られた千羽鶴が奉納された。朝に晩に、重い病に苦しむ者が薬を飲む度に空いた薬の包み紙で鶴を折ったのだろう。病の快癒を願って。しかし、病から解放されることはなく若くしてこの世を去った。命数は宿命、薬師如来に願っても覆せない。


「九死に一生を得たのなら、その者の命数がまだ残っているからだ。その際、加護が影響するのは家屋敷が無事とか身体が無傷とか、そういうものだ」
「そうなんだ…」
鳴海の視線が指先に落ち、ノロノロと紙を折り始める。しろがねは鳴海の様子を怪訝に思い、
「何だ?千羽鶴に籠めたい願いでもあるのか?」
と問うた。鳴海は返答に少し躊躇いを見せたが、
「うん…例えばさ、『しろがねのコトを忘れないようにしてください』…っていうのは叶うのかなぁ…って思って」
と照れたように言った。
鳴海の願いが思い掛けなくて、しろがねはしばし言葉を無くした。胸の奥がじんわりと温かくなる。
「これも宿命ってモノ?」
「いや、違う」
「なら努力次第なんだね?一生懸命、鶴を折ればしろがねを覚えていられる」
あんまりにも鳴海の表情が嬉しそうだったので、しろがねは面食らってしまった。
「ど、どうだろうな…そんな願いは聞いたことがないし、私を忘れることは、むしろ自然の摂理の範疇だから…」
「しろがねが分からないってコトは…可能性はゼロではないってコトでしょ?ダメならダメって、しろがねは分かるもんね」
「可能性は無くは無い、と思うが…でも」
「でも?」
「仮に叶うのだとしても、ここを出たら鶴を折ること自体を忘れるだろう」
「あー…」


一転、とんでもなくガッカリした表情を見せる鳴海に、しろがねはくすりと笑う。まるで猫の目のようだ。くるくると目まぐるしく変わる表情に、鳴海を待つだけだった日々が如何に退屈なものだったかを思い知る。そして自分の感情も、鳴海と共にあって初めて、温かな血潮を流す心臓が動いているのだと知る。
「難しいなぁ…何か上手い方法はないのかなぁ…」
溜息とともに、青海波模様の折り鶴を自分としろがねの間の板張りに置いた。
「縁があれば…きっと何とかなる…」
しろがねは自分に言い聞かせるように呟くと、少しは上達した鶴を、鳴海の鶴の傍に置いた。幾らかまだ不格好な鶯色の鶴は、バランスを上手く取れずに隣の鶴に寄りかかった。
「何だか、仲良しな鶴だね」
と、鳴海が衒いもなく笑うので、自分でも千羽鶴を折ってみたい、と思った。



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