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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。





しろがねにはもうずっと鳴海に言ってもらいたい言葉があった。彼のくれた冗談から、自分が『カトウナルミのしろがねである』と気付いた時からずっと。けれど、鳴海との距離感は以来、膠着状態のままだった。しろがねが鳴海に言ってもらいたかった言葉、それはこれまでの自分達の関係性のままではおそらく、もらえそうにない言葉だった。
悩んで悩んだしろがねは、過去に暴挙に出た事が一度だけある。
下戸の鳴海の飲み物に酒を混ぜ彼を『送られ狼』に仕立てたのだ。
酔いの回った鳴海を誘って、鳴海に抱かれた。肌を晒し、か弱い子羊を演じ、狼の牙を喜んで受けた。鳴海に抱かれて、鳴海とひとつになれて、とても幸せだった。


しろがねの欲しかった言葉は交わる最中に何度ももらえた。でも、本当は分かっていた。こんな形で言葉を引き出しても、それが彼の本意かどうかが分からないことが。それに酒の上での過ちでも、関係を持った自分に対して鳴海は責任を取ろうとするだろうことも。責任感が強過ぎるキライのある男なのだ、例えそこに心が無くても、しろがねに対して精一杯の誠意で応えようとするだろう。
そうではなくて。そう、ではなくて。
しろがねの求めるものは、鳴海の内側から自主的に生まれて欲しかった。そのキッカケにでもなれば、と思ってしたことではあるけれど、結局は自分が鳴海に一度でもいいから抱かれたいだけだったと痛感した。


だから翌朝、しろがねは鳴海が寝ている内に彼の家を後にした。目覚めて飛んで来た鳴海に問い正されたけれど、案の定、彼は前夜の記憶があやふやなようだったから、しろがねは情事を無かったことにした。自分達は一線を越えたのではとの問いにきっぱりと「それは夢だ」「最後までしなかった」「あなたは途中で寝潰れた」と言い張った。鳴海は疑わしげな表情を浮かべていたけれど「本当に何もなかった」の一点張りを貫き通した。
「そうか、おまえが、何もない、そう言うなら」
鳴海はそれを最後に何も言わなくなった。依然、変わらぬ関係性。
ただ時折、鳴海は軽いキスをくれるようになった。必ず「冗談だ」と笑顔を付ける。だから、しろがねも時にキスをする。遊びの域を越えない、淡いものを。
唇を触れ合わせるだけのキス、そこから先には進まない。それ以上が欲しくても。お互いに距離を置くことを暗黙の内に決めた。
しろがねが鳴海から欲しかった言葉も、きっと、与えられることはないのだと悟った。







食事も終わり、店を出る。今日みたいな食事の後は、鳴海がしろがねを駅までバイクで送り、取れた新幹線に乗るまでの時間を適当に四方山話をして過ごすのがいつもの流れだ。今も駐輪場まで歩いて行きながら、今夜の店や料理の感想など他愛ないことを話していた。
楽しい時間というものはどうしてこうもあっという間に過ぎ去ってしまうのだろう。会えない時間は止まっているかのように思えて仕方がないのに。


「なぁ、オレ達が次に会えるのは…」
愛車に辿り着いた会話の切れ間、ふと鳴海がそんな言葉をこぼした。上向くしろがねの視線を避け、鳴海はぐいと顔を更に空に向ける。
「…都会はホントに星が見えねぇなぁ」
言うまでもなく、鳴海が話を逸らしたことは分かったが、しろがねも一緒に空を見る。今夜は雲ひとつない夜空なのに、星は見えない。街の明かりに星は飲み込まれてしまっている。
「師父の道場は寒村にあったからさ…星がまるで降るように見えたんだ…」
濃紺のビロードに白銀のビーズをブチ撒けたような宙に覚えた美しさには鳥肌が立った。手を伸ばしたら触れられそうなのに、触れることの叶わない美しさに幼い頃の鳴海少年は泣きたくなったのを覚えている。


「カトウ…」
鳴海に上を向かれると、しろがねには彼が何を考えているのか分からなくなる。
「今夜はありがとな。忙しいのに時間作ってくれてよ」
「それは私のセリフだ」
しろがねに顔を向ける、鳴海はいつもの鳴海だった。そ、と温かな指先がしろがねの頰に触れた。
「しろがね」
軽く唇が重なる。いつも通りの『冗談』のキスは瞬きの内に終わり、ほんの少しの合間に吐息を漏らすと、今度は深く鳴海からキスが落ちた。躊躇なく舌が伸び、しろがねの口腔から唾液を啜り上げる。驚いて思わず引いた体に太い腕が回り、抱き締められた。柔らかな口の中を鳴海の舌が蹂躙する。
『送られ狼』の夜を別にすれば、初めて交わす深いキス、『冗談』にしては意味深なキスだった。
唇が離れると、鳴海はバツの悪いのを隠すためか、しろがねをキュッと抱き締めた。何故、と問われるよりも早く
「なぁ、しろがね」
と鳴海は耳元に小さく呼び掛けた。
「このままふたりで、どこか遠くに行こうか」
しろがねを囲う腕が気持ち狭まる。
「星のたくさん見えるトコがいいな…仕事もサーカスも誰も、オレ達に追いつけないような場所…」
鳴海は首を深く垂れ、唇を噛み締めた。





鳴海は以前に一度だけ、酒の力を借りてしろがねを抱いたことがある。その晩に限ってどうして飲まない酒を口にしたのか、よく覚えていない。が、寝室まで送ってくれたしろがねを、そのままベッドの中にまで引き込んだことは覚えている。酔ってはいたけれど、全部分かっていた。酒の上での狼藉を装ってしろがねを抱いた。それがレイプ紛いの行為だと言うことも理解していた。
しろがねとはもうずっとこうしたかった。深い関係になりたかった。酒をダシにしてでも彼女が欲しかったし、意気地の無い自分には現状を打破する方法が他に見つからなかった。しろがねに罪悪感を抱きつつも、鳴海には好機だった。


けれど、朝に目を覚ますとしろがねはいなかった。ずっと欲しかったしろがねを腕にして幸せだった分、彼女が応えてくれた実感を覚えていた分、空っぽの隣に気付いて起きた動悸、どれだけ苦しかったろう。そして、狼狽甚だしく会いに行ったしろがねには「何も無かった」と殊更に言われた。
しろがねには最初から、自分の卑怯も下心も見抜かれていたのだ。彼女も自分に何某かの想いを抱いてくれていたと感じたのは自惚れだった。
自分達の間に交わされた情事を無かったことにしたい、今までの関係を壊したくない、それがしろがねの希望なのだと悟ったから、鳴海は酒で記憶が曖昧なフリのまま、彼女の言う「それは夢だ」を受け入れた。
以来、本心を押し殺して、せめてもの反抗が冗談めかしたキスで、今日まで友達以上恋人未満。だったのだけれども。





「カトウ、どうして」
しろがねの声が戸惑っている。宥めるために、つい、と滑らかな銀糸を撫でた。
「なんかもう、面倒になったのかもな。いろいろ…」
気持ちを押し隠すことに疲れてしまった。単純に、もっとしろがねと一緒にいたい。彼女の時間を独り占めしたい。手放したくない。そんな願望が堰を切った。自分の気持ちを垂れ流すことは彼女の求める関係性とそぐわないと分かっていても、止められなかった。
でも抱き締めて、想いを吐露して、少し落ち着いた。だから、身を離して
「冗談だ」
といつものように笑うことが出来た。今ならまだ繕える。でも、しろがねが強い光を放つ銀色の瞳で見上げて来るから、少し怖い。


「ほれ」
ヘルメットを差し出す。けれど、しろがねは手を引っ込めたまま
「…ここからだとどこが一番近いのだろう」
と言った。新幹線に乗る駅なんて訊くまでもないだろうにと
「品川駅だろ?」
と、片眉を上げると
「いや、そうではなくて。ここから今すぐに行ける、星がたくさん観られる場所はどこだろうか」
察しが悪いと言わんばかりに眉を顰められた。しろがねの手が鳴海の襟元に伸び、ぐ、と掴み、引き下ろす。今度はしろがねの方から唇に触れ。再度、舌を絡ませ合った。思いの丈を込めて彼女を抱き締めた。ヘルメットが地面に跳ねてどこかに転がっていったが、構わない。
「連れて行ってくれるか?」
「おまえ、どうして」
「…私も、いろいろと面倒になったのだと思う」
猫のように擦り寄って来る柔らかな体をぐっと引き寄せる。ひたりと余すところなく身体を吸い合わせ、互いの耳元で囁くように会話を交わす。


「あの日、あなたが起きるのを待てば良かった」
「…無かったコトにしたかったんだろが…」
「あの時に言われたこと、お酒のせいであなたの本心かどうかが分からなくなってしまった。飲ませたのを後悔した」
「アレ、犯人おまえだったのかよ?どーして酔っ払ったのかずっと謎だった」
「カトウを狼にしたくて。ずっとあなたが好きだったから」
鳴海の身体がぎくんと攣れて、しろがねがどんな表情でその言葉を口にしたのか知りたくて、ほんのちょっとだけ身体を離した。鳴海は信じられないことを聞いた、という顔をしている。


「あなたから言われるのを待つのではなくて、こうして自分から言えば良かった」
「好きだ、っての?」
「そう」
「オレ、言っただろうが。しこたまよ」
「酒の勢いで、セックスしながら。それでは本心か分からない」
「オレが嘘吐いたコトあったかよ?」
「嘘だとは思わない。でも、雰囲気に流されることだってある。それに、あなたは記憶があやふやだったろう?」
「全部、覚えてるけど」
「え?」
「酔ってたけど、覚えてる。あやふやだったのは、酒を飲んだ経緯と、家に着くまでの記憶」
「……」
「アレは、本心だよ」
「カトウ」
「好きだ」
「……」
「今のオレがシラフなの、知ってるよな?」
「もう一度」
「好きだ、しろがね。これでいいか?」
「うん」
「意気地が無ぇばっかりに、長く待たせちまったなぁ」


何もかもを了承した唇同士が軽く触れ合う。
「おまえ、サーカスに戻らなくていいのかよ」
「明日の昼過ぎまでに着けばいい」
「そうか」
鳴海は地面に転がるヘルメットを拾い上げ
「なら、今日のところはオレんちで手を打たねぇか?散らかってるけどよ」
と、それをしろがねに手渡した。
「で。今の公演が終わったらさ、ふたりで旅行しよう。たくさんの星が観られるところへ」
こくん、と微笑むしろがねの首が前に倒れた。
二人乗りの大型バイクが車道に滑り出る。
最愛の彼女に腰にしがみ付かれ、一時間後の自分が置かれる世界に気が逸って仕方がない。
「都会の空にも一等星は見えるけど」
鳴海は、近い内にしろがねと見上げる星でいっぱいの空に心を馳せた。この先は幾らでも、ふたりで星見が出来る。まさに幾星霜。


きっと、これから二人で進む道も輝く星で溢れている。果て無く溺れるほどに。



End
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