忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





人柱 1/2





「はっ…はっ…はっ…」
石段を一段飛ばしで駆け上がる。
「なんかっ…オレっ…」
いつもこの石段を駆け上がっている気がする。否、気のせいなんかではない。実際、人を待たせている以上、急ぐのは当然のことだ。そう、この石段の先には
「しろがね…っ!」
が鳴海を待ってくれている。筈なのだ。






前回、彼女と会い鶴を折り、いつも通り「また来るね」の挨拶をしてから、またしても年単位の月日を跨いでしまった。今度は三年ぶりという体たらく。
翌年の小六の夏は祖父が再度体調を崩してしまい帰郷を断念した。そして更に翌年は、鳴海が中学に上がりもう自分で自分の身の周りのことは出来るだろうと判断した両親が、恒例の『息子の丸投げ』を止めたことで東京行きそのものがなくなった。


場を離れてしまえば約束を忘れてしまう、そういう決まりだから、誰のせいでも、勿論、鳴海のせいでもないのだけれど、しろがねが一人待っている、その事実は現存としている。鳴海はそれを覚えてはいないものの、やはり胸に空いた大きな穴に焦燥感だけが日増しに高まった。
三年前、気がつくと首から提げた守り袋が新しいものと取り替えられていた。引き換えと言わんばかりの記憶の空白。真新しい守り袋からはほんのりと甘い花の香りがして、件の迷子を助けてくれた山の子、もしくは赤ん坊の頃から見護ってくれているという山の神様に会ったのだと理解した。
記憶は無い、けれど守り袋が、祖父の故郷にいる何某かの存在を訴えかける。それとともに己の果たされない約束も。


だから今年は、自ら東京行きを両親に掛け合った。訊けば祖父もこの夏は田舎に帰ると言う。色々な事情を鑑みてこれまでのように長逗留はしないもののお盆の法事に合わせて二、三泊すると言う。当然のように田舎帰りの同行に志願して、親族への挨拶もそこそこに、鳴海は山の中へと駆け出して行った。
そしてまた、目印のように玲瓏に咲く白百合の足元を掻い潜り今に至る。






石段を一気に上りきると、社殿の階から腰を上げる銀色の女の子が目に止まった。ああ、彼女は約束通り、ちゃんと自分を待っていてくれたんだ、と胸が熱くなる。
「しろがね…!」
玉砂利を蹴り飛ばしながらしろがねに駆け寄ると
「ナルミ」
と、彼女は涼やかな笑顔で名を呼んでくれた。鳴海は膝に手をつき、呼吸を整える。
「すまねぇ、しろがね!いつもいつも待たせて…って、あれ…?」
深呼吸をして、しゃんと腰を伸ばしてみて、目の前の少女との『差』に驚いた。
「しろがねって…」
こんなに小さかったっけ…?


鳴海は現在中学二年生、ここに来てようやく成長期を迎えたようですくすくと身長を伸ばし、まだまだ縦にも横にもデカくなる片鱗を見せている。前回から二十センチは高くなった鳴海の視点と比べ、しろがねは全く姿が変わっていない。子供のままだ。
「違う。ナルミが大きくなったのだ」
そうか、と思う。しろがねは『山の子』だから年を取らないのかもしれない。迷子の自分を助けてくれたしろがねは成長過渡期の鳴海から見て、とても小さくて可愛らしくて儚げな存在だった。そのしろがねが、どこか誇らしげな瞳で鳴海を見上げている。
「ナルミが立派な体躯の男子になることは最初から視えていたぞ…」
初めて見えた時は弱々しく泣いてばかりの赤ん坊だったのにと、その成長を見守って来た自負のあるしろがねは感慨深い。そして、自分の手足の短さを眺め
「そうだな。人の子は育つものだ。この身長差では確かに話しづらい」
と言った。


ぱち、と瞬きをした、
次の瞬間、鳴海の前には自分と同い年ほどの大きさになったしろがねが立っていた。


「え?」
目がおかしくなったんだろうか。
ぱちぱちぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。でも、決して見間違えではなく、しろがねは明らかに育っている。クラスの女子達と遜色ない大きさに。
「こんなものでいいだろうか。おまえと同じ年頃に、私の身体を揃えてみたのだが」
目線は幾らか下なものの、顔の高さは近くなった。可愛らしかった表情には、少女の憂いが足されて、きれい、としか言いようがない。勿論、可愛いが消えたワケでもない。肩ほどまでだった銀髪も、背中の真ん中くらいの長さに伸びている。
こんなに綺麗で可愛い女の子を、鳴海は見たことがなかった。心臓が跳ね回っている。
鳴海に釣り合う身体に調えたしろがねは満足そうに、長い手足を曲げたり伸ばしたりしていたが、全く無反応無返答になった相手を
「ナルミ?」
と心配そうに覗き込んだ。息が掛かる距離に肉薄したことで我に帰る。
「あ、ああ、うん、大丈夫、ちょうどいい」
鳴海は慌てて、両手を突っ張り距離を取った。


「顔が赤いぞ?おまえこそ大丈夫か?」
「へっ、へーきへーき」
「心拍も上がっている」
「か、階段を駆け上がって来たもんだから」
「そうか?」
ならいいのだが、と肩を滑り落ちた長い髪を後ろに流す仕草にも見惚れてしまう。
「世が世なら、おまえは間もなく元服を迎える年、大人の仲間入りだ。禁域に迷い込むのは決まって子供で、大人なんて滅多にあるものではないから、童姿で事足りていたのだが」
人に化けるのにも力がいる。小さく化ければその分消耗を抑えられる。
「それに、おまえだけだしな。こんなに大きくなってまで会いに来てくれるのは」
「でも、間が空いて…」
「声も低くなったな。ナルミじゃないみたいで、こそばゆいな」
しろがねの声色にくすりと笑った色が混じった。


「そうだ、見て欲しいものがある」
唐突に、しろがねに手を引かれた。彼女と手を繋ぐのは初めてのことではないのに、やたらとドギマギする。小さい頃は無邪気に繋げたものに意識している自分がいる。
確かに実生活で女子と手を繋ぐことなんてない。未だにカノジョなんてものがいない鳴海だから異性に慣れていないのはある。どれくらいの力で握り返したらいいんだろう。それとも素っ気無いフリをした方がいいんだろうか。でも、彼女に触れることは純粋に嬉しい。
そんな鳴海の葛藤も知らず、しろがねは社殿の横手に回ると、前に折り紙をした場所へと案内した。そこには古びた行李が一梱、置いてあった。しろがねは行李の蓋を開けると中から何やらを取り出す。
「覚えているか?」
その白い手の平には見覚えのある千代紙の折り鶴が載っていた。


「これ…オレが折った鶴だ」
見覚えのある青海波の模様。
「取っといてくれたの?」
鳴海は首を伸ばし、行李を覗くとそこには色取り取りの鶴が入っていた。しろがねはもう一羽を取り上げると、鳴海に手渡した。
「おまえに貰った千代紙でな、私も折ったのだ。勿体無いから一枚を四つ切りにして…練習したのだぞ」
妙に得意気なドヤ顔をしている。それがまた、そんな表情もできるんだ、と可愛くて、「うん、上達した」と褒めてあげたら「だろう?」と本当に嬉しそうな顔をしたので、もう直視が難しくなった。
「あ、そうだ。新しい千代紙をお土産に持って来た…んだけど、階段登り切ったトコにバックパックを放り投げて来ちまった」
「本当か?」
しろがねがパッと頰を輝かせて鳥居に向かって駆け出して行った。その言動にキュンと来た。今の鳴海はどんなしろがねでも胸が早駆けになってしまうらしい。どうにも何かを叫びたくなる。行李の中の鶴を全部外に出すことで、しろがねのせいで落ち着かない肚を誤魔化すことにした。
鳴海が折った鶴を先頭に、しろがねの鶴が八十羽ほど並んだ。それとなく並び替えてみると、確かに彼女の上達の変遷が見られる。
「そうだ……千羽鶴…作りたいと思ったんだ…でも」
やはりここを出たら忘れてしまった。『しろがねのことを忘れたくない』が千羽鶴に掛けた願いだ。
記憶を失くして当てにならない自分に代わり、こうしてしろがねが祈ってくれていたことが心を締め付ける。それは、彼女もまた、鳴海に自分を覚えていてもらいたい、そんな気持ちの表れではないのだろうか。


「ナルミ、この袋に入っているのか?」
駆けて戻ったしろがねが鳴海のバックパックを突き出した。待ち切れない気持ちが表に出過ぎているキラキラした銀目が眩しい。
「今出すよ」
受け取ったバックパックをごそごそ漁り
「はい、お土産」
と紙袋を渡す。中には
「わあ…三袋も…!」
千代紙が入っており、しろがねはそれらを潰さない程度に熱烈に胸に抱き締めた。何となく、一年につき一袋は用意しないといけないような気がして買い溜まっていたものだ。
「あっ、開けてもいいか?」
「もちろん」
丁寧に新たな千代紙を取り出し、初めて見る色や模様にホワホワと感動を飛ばしているしろがねがやっぱり可愛くて、喉元が甘酸っぱい。
「そんだけ喜んでくれたなら、オレも満足…」
そこで、あらかたの折り鶴を取り除いたことで、行李に納められている他の物品に気付いた。
それは古い日本人形だった。そうっと持ち上げて
「この人形はしろがねの?」
と訊ねると、
「さぁ…どうだったかな…」
しろがねは明らかに「見せるつもりはなかった」という顔をしていた。千代紙のお土産の件ではしゃいでいなければ、適当なところで話を誘導するつもりだったのだろう。


「奉納されたもの、だった、かも…」
鳴海は人形を静かに行李の傍らに横たわらせると続いて
「鞠と…手鏡と、櫛…」
を取り出した。手鏡と櫛は揃いのようで、牡丹の模様があしらわれている。けれど相当古いものらしく、鏡は霞んで罅割れているし、櫛の歯は何箇所も欠けていた。日本人形も見るからに年代もので、着物の色は褪せているし、髪は薄くなっているし、顔には鼠の齧り後もある。髪の毛が伸びるとか、涙を流すとか、何らかの謂れがあって神社に託されたのだとしても不思議じゃない人形だな、と鳴海は思った。
いずれにしても、どれも小さな女の子のためのものだ。チラ、としろがねの様子を伺うと、些か神妙な顔付きをしていた。
さっきまで小さな女の子の姿をしていたしろがねは、今は少女の姿をしている。しろがねの本当の姿は他にあるんだろうか、そんなことを考えた。


行李の底にはまだ折り鶴があった。でもそれは千代紙ではなく、素材も大きさもまちまちだった。普通の単色折り紙製もあれば、飴の包み紙、ファミレスのペーパーナフキンなど、色々だ。
「何だコレ…バラバラ…」
「これは、おまえがこの三年間の内に折った鶴だ」
「あーだからか、何となく見覚えがあるの」
不揃いな鶴は全部で百羽ばかりあった。正方形に近い紙を手にすると鶴を折り始める癖には自覚があった。でもそれは日本人としての習性に近いとばかり思っていたのだけれども。
「以前、おまえが千羽鶴にした願掛けを、おまえは忘れてしまってはいるが、無意識下では覚えている。勿論、これらは実物ではない。その願いを集めて、ここで私が組み立て直したものだ」
しろがねは「これを四つ切りにすれば二百四十羽折れる」「千羽もそう遠くないかもしれない」と意気込んでいる。
「オレも折らなきゃな……って、それにしても良く分かるな。オレが鶴を折ったって」
「山の神は、おまえを見護っているから」


そう言いながら、しろがねは鳴海の胸元に手の平を当てた。その下には守り袋がある。彼女が触れようとしたものは守り袋だと分かっていても、その柔らかな感触に鼓動が速まってしまう。近い、彼女の体臭が甘やかに香る。頬に触れた髪がサラと鳴った。
両手が行き場を無くして空中で固まる。やたらドカドカ音を立てている心音をしろがねがどう感じてるのか、とても恥ずかしい。
「な、なぁ」
「何だ?」
「ここに入っている銀色の髪って…」
しろがねのか?と訊ねようとしたけれど止めた。
「いや、えっと…コレ、新しいのに取り替える?」
「ああ、そうだな。忘れないうちに」
しろがねは懐から新しい守り袋を取り出すと、手ずから鳴海の首に掛けてくれた。
「ありがとう」
礼を口にすると、しろがねは淡く微笑んだ。掌に宝物の詰まった袋を握り込む。


もしもこれがしろがねの髪ならば、いつも彼女が傍にいてくれるということだ。例え自分が忘れていても代りにしろがねが覚えていてくれるならそれでいいのではないか、そう鳴海は結論付けた。



カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]