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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






人柱 2/2




その夜、鳴海の夢に人形が出てきた。
古ぼけた日本人形、退色した着物を着て、髪はざんばらで、顔には動物に齧られた痕がある。
男子である鳴海は人形なんて縁がないのに、でも何故か、見覚えのある人形だった。


その人形が、じっと鳴海を見つめている。
艶のない、黒い瞳で。
鳴海も彼女から目が離せないでいる内に意識だけが吸い込まれ、人形の瞳の向こう側で、色褪せた、殆どモノクロームに近い世界が広がった。
音の無い、無声映画のような映像が展開する。


それは、鳴海には時代の判別もつかない、田舎の景色だった。
その中に、小さな痩せっぽちの女の子がひとり、現れた。
小学生低学年くらいの少女、どうやら孤児らしい。
少女は村の厄介者であり、誰からも邪険な扱いを受けていた。
楽しそうに遊ぶ村の子達を遠巻きに眺め、いつも独りぼっちで居た。
銀色の髪と瞳、透けるような白い肌と、日本人らしからぬ大きな双眸が忌避された理由。
人と異なる姿形から『バケモノ』『アヤカシ』と呼ばれていた。
『附子』『醜女』とも罵られていたけれど、鳴海には、とても聡明そうな、大きな瞳の、綺麗な顔付きをした子に思えた。


ある日、少女は村で一番大きなお屋敷に連れて行かれた。
その家の離れで、綺麗な着物を着せてもらい、食事を振舞われた。
食事は非常に質素な精進料理だった。
でも、日々の食事もまともに貰えたことのなかった少女にしてみたら物凄いご馳走だった。
数日間、独りでそこで過ごすよう言い含められた。
最初に手渡された人形と、手鏡と櫛を使ってままごとをして過ごした。
孤独には慣れていた、人形が在るだけ、全然良かった。
美しい毬も貰ったけれど、畳の上では満足に突くことが出来なくて残念だった。


そして、その日は前触れもなく訪れた。
それは、月の無い夜だった。


少女は真夜中に起こされて、白装束に着替えさせられた。
男達の担ぐ輿に載せられると、山麓にある滝に連れて来られ、禊をするよう言われた。
身を切る様な冷たい滝に打たれた。
滝から上がると、巫女装束に着替えさせられた。
綺麗に化粧も施された。
手には、榊の枝と、鈴の付いた鉾を持たされた。


少女はまた輿に担ぎ上げられて山道を行く。
少女の冥い銀の瞳は、手に持つ鉾先舞鈴に向けられていた。
鳴海には何も聞こえないけれど、輿が揺れる度に鈴が鳴っているのが聞こえる気がした。
ちりん…ちりん…ちりん…、場違いな程に澄んだ音が響いていることだろう。
村人の隊列、彼らが掲げる松明が暗闇に浮かび、まるで人魂のようだ。


少女は拓けた山の中にある大きな楠の足元で恭しく降ろされた。
地面には狭くて深い穴が掘られている。
少女はそこに入るように命じられても、取り乱すことなく、大人しく穴に下りるときちんと正座をして、俯いた。
背後で縄梯子が巻き上げられていく。


そこでようやく鳴海は、間もなく少女に訪れる過酷な運命を察する。
少女の元に駆け寄りたかったが、こちらは夢を見ている身、夢の中で進行する出来事には干渉出来ない。
そうして、穴の中に、複数の村人たちが冷たい土を戻していった。
少女の銀髪に、無情の土が降り注ぐ。


彼女は賢かったから、真夜中に行われた禊の意味も、着せられた巫女装束の意味も、その先に待つ自分の未来も、分かっていたに違いない。
もしかしたら最初から、お屋敷に引き取られ、生まれて初めて、綺麗な着物に袖を通した時から、その代償が自分の命であることを悟っていたのかもしれない。


年端も行かない少女が泣くこともなく、己の運命を受け止めている。
徐々に白衣が土に埋められて行く。
鳴海の胸が息苦しさに塞がれる。
何と言う、無力。
「    !」
鳴海は少女の名を呼んだ。
知らない子なのに名前を呼んだ。
大声で叫んだのに、辺りはしんとしたまま。
けれど、少女だけが、聞こえないはずの鳴海の声に微かに反応した。
ゆっくりと視線だけが持ち上がる。
その時、確かに、彼女の銀の瞳が鳴海を視、鳴海のそれと重なった。


結局、鳴海はその白い顔が黒い土に覆われて行く様をじっと見守ることしか出来なかった。
最後まで見守った。
やがて、穴はすっかりと均された。
先刻まで少女が在ったことなど、なかったかのように。
少女は生贄となった。
村人は、少女を人柱に、この土地を護る神を呼んだのだ。
少女を吸った樟の木魂は神と成り、いずれ、鎮守の樹となるのだろう。
ゆくゆく小さいながら神社が建てられた。
そこに暮らす人々は、それを山の神として祀り、詣でた。
一人の少女は命と引き換えに、多くの村人たちに自己満足という別名を持つ、永い安寧を与えたのだ…












朝日がカーテンの隙間から白々と射し込む頃、鳴海は目を覚ました。何故か、頬が冷たくて、手の甲で拭うとどうやらそれは涙のようだった。同室の祖父に見られたくなくて、慌てて擦る。
「あれ…?何でオレ泣いてんだ?…夢でも、見たのかな…」
でも、何の夢を見たものか、全く覚えていない。普通なら忘れても切れ切れの断片が、どこか頭の片隅に残ってるものだけれど、修正液で塗り潰されたみたいに記憶にない。
「変なの……ま、いっか」
布団を抜け出し、洗面所に顔を洗いに行く。


蛇口を捻り、流れ出す水に手を浸した時、ふと、その冷たさに何かを思い出しそうになった。でも何も思い出せなくて、ただ、胸の中が切なさで満たされた。鏡を覗く。
その答えをくれる誰かと目を合わせられる気がしたけれど、鏡の中から見返して来るのは充血気味の自分の黒い瞳だけだった。
ふと、誰かの視線を感じた気がして、その方を向く。でもやっぱり誰もいなくて、そこには窓の形に切り取られた、緑の山があった。



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