忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。







白銀縁起 1/7





鳴海は高校三年になった。
高校入学を機に日本へと戻り、今では祖父の家で暮らしている。しろがねの根付く里を出れば大陸に渡ってしまっていた頃よりもずっと、守り袋を通じて鳴海の様子を見護ることが容易になった。日に日に力を失い、小さくなっていたしろがねにとっては有難いことだった。
そして、もうひとつ有難いのはあれから毎夏、鳴海が訪れてくれていること。
境内を出るとしろがねと逢った記憶は失われてしまうものの滞在している間、用事のない時間は繰り返し山に入り、目印の白百合を探してくれるようになった。鳴海が無意識下で常に、時間が許す限り逢いたいと思ってくれていることがしろがねは嬉しかった。





二年前、鳴海は
「将来は大工になりたいんだ」
と言った。進路を本格的に考える時期辺りから漠然と考えるようになったらしい。卒業と同時に祖父の知り合いの仲町工務店に弟子入りする頭でいたところ、多方面(工務店の親方からも)「別に高校に行けねぇワケじゃねぇんだろ?だったら今日日、高校は出とけ」と言われ「変なクセが付くから普通科にしとけ。オレんトコ来たらみっちり仕込んでやるから」のアドバイスから渋々、普通の高校生をやっているんだと言っていた。


どうして大工なのか、自分でも良く分からなかったけれど、このボロボロの社殿の前に立った時、その動機が腑に落ちた。
しろがねのいる社を直してあげたいと思ったからだ。
だったらなるべきは宮大工なのではないか、とも思ったけれど、宮大工だとこの里での生業には出来ない。
大工ならどこでだって需要がある。
どんな物でも造れる腕のいい大工になればいい。
それで、一人前になったらこの村に移り住んで、しろがねの社を直すから。


そんなことを言ってくれた。
どれだけ、感動したろう。
「この神社の神様は人間に忘れられてこんなになっちゃったけどさ。誰も、ここの神様を信じなくなっちゃったのかもしれないけど……オレが信じてるから」
ひとりでも信じる人間がいれば、その間は神様は消えなくて済むんだろ?
そう言って鳴海は笑った。千羽鶴と一緒で表層で忘れてしまっても深層で覚えているのなら大丈夫なんじゃねぇの?、と鳴海は笑った。
そんなことを言われたことなんてなかった。神の身になってから誰も彼も、利己的な願いを押し付けてくるばかりで、誰も彼も、彼女自身を案じてくれたことはなかった。


秋も冬も春も、鳴海に逢いたいとずっと思っていた。盲亀の浮木だと感じたあの時から、首を長くして夏を待っていた。今年は来ないと分かり切っている夏も、社殿の階に座って鳥居の向こうを見つめていた。
神と人間の住む世界は時間の流れの速さが違う。生まれ落ちては、忙しなく生き急ぎ、呆気なく死んでいく人間と異なり、神の世の時間はほぼ止まっているに近い。ごくゆっくりと流れる時間の中、常に在るのは果てしない孤独。
積年の孤独を鳴海は癒してくれた。


鳴海に逢いたいと、ずっと思っていた。
その理由は、鳴海と会うのが楽しみだから、鳴海の成長が嬉しいから。
鳴海のことが、可愛いから、好きだから。
いつの日かそれに、愛しているから、そんな理由が加わって、それが一番に大きな動機になった。


愚かなことだとは自覚している。
神と人とでは住む世界が違うのに。
流れる時間が違うのに。
彼は、自分のことを忘れてしまうのに。
誰かを、愛した経験など一度もないのに。
人間にとって山の女神の見目は……
悩み事はきりが無い。
理解していても、想いは募る。





翌年、現れた鳴海は更にぐんと背を伸ばしていた。初めて見えた赤ん坊の時に育ちさえすれば立派な体躯の男子に成長することは視えていたものの、今や体格だけなら大人顔負けだった。だから、しろがねも己の身体を大人の大きさに揃えたけれど、今度はあまり鳴海との差を詰められなかった。遠くに鳴海の顔がある。
まだまだ成長期は続くだろう鳴海と違って
「私はこれ以上、姿を変えられない」
と言ったら、鳴海は
「いや、充分だ。とても…すごく…キ…」
と赤い顔で言った。それから見てはいけないものを見たかのように目を逸らした。
「おまえはいつも眩しそうな目をするのだな」
と言ったら、困ったようにもっと目を細めて
「ホントに、眩しいんだよ」
と返した。そして、深呼吸して覚悟を決めた表情を見せると、大きな手をしろがねの頬に伸ばした。それを寸で止めて
「触れても…」
と問うた。


しろがねは、鳴海を真似て目を眩しそうに細めると、自ら首を差し出して、手の平に頬を埋めた。そ、と手に手を添えた。とても温かかった。鳴海が成長してからは手を繋ぐこともなくなっていたから、久し振りに直に感じる鳴海の温もりだった。それだけに集中したくて目を閉じる。
懐かしい鳴海の匂いが濃く香った。武道を嗜む鳴海の手はゴツゴツと節くれ立って、硬い肌をしているけれど、とてもやさしい。涙が目蓋を割ってしまいそうになるほど心が震えた。


鳴海の親指が控えめにしろがねの唇をなぞった。薄く目を開ける。すると鳴海の顔がゆっくりと近づいて来て、唇が重なった。
驚いた。しろがねの古い知識では、口吸いは交わう時にする行為だったから。
初めてのこと、心臓が割れ鐘のよう、でも、押し付けられる鳴海の胸の奥もガンガンと音を立てていて、自分達は同じなのだと思った。身を任す、と辿々しく舌が伸び、求めに応じて、辿々しく愛撫を返した。


「しろがねは山の子、だけど本当はここの女神様でもあるんだろう?」
髪を撫でると、腰よりも長い髪のところどころに切り取られ、頬ほどに短い房がある。やはり、鳴海の守り袋の中に入れられた髪はしろがねのものだったのだ。
「薄々、そうじゃないかって思ってたんだ」
少し苦く、鳴海は笑う。
「ずっと前から…オレが赤ん坊の頃から、見守ってくれていたんだな」
「こんなに立派に育ってくれて…甲斐があったというものだ」
ざんばらで長さの揃わない髪も、鳴海のためならば気にもならない。
「…しろがねは神様で、オレは十把一絡げのただの人間。報われないことは分かってる。畏れ多いことも、分かってる。でも、好きなんだ、しろがね」
真剣な瞳で告白をされる。
「ここを訪れた時しか、この気持ちを思い出せないけど、嘘じゃない。大工になってこの里に住みたいって言ったのも、しろがねの傍にいたいってのが本音だからだ」


その言葉の意味を理解できた瞬間、自分を見つめる鳴海の顔がユラと歪んだ。
涙が熱いものだと、初めて知った。
こぼれてしまうそれを両手で受けると、俯くしろがねに鳴海はオロオロと声を掛けた。
「人間が何を馬鹿なことを、って思うよな…こんな罰当たりなコトしてゴメン…応えてくれてありがとう、頼むから、嫌いにならねぇで…」
鳴海の腕が解かれる。
「もう、こんなコト、二度としねぇから…」
「嫌いになんかならない」
「しろがね」
「私は山の女神だぞ?」
「うん」
「私は、醜いだろう?」
「は?何言ってん…」
「おまえは、物好きだな」
「オレは、しろがねがいいんだ」


しろがねは鳴海の胸に縋った。人間に縋られるのが役目の自分が、人間に縋る、何と滑稽だろう。本末転倒だ。己の存在意義が分からなくなる。
鳴海はそんなしろがねをやさしく包んでくれた。
「私も、おまえのことを想っていた…だから、とても嬉しい」
「こうしている時は、神様とか人間とか、考えなくてもいいかな」
「いい…私も、考えたくない」
鳴海は何度も何度も、口付けをくれた。それは唇を重ねるごとに、深く濃くなっていった。



カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]